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特集:ミュージカル「ビリー・エリオット」①オールダー・ビリー役 永野亮比己インタビュー~ビリーとの信頼関係が「ドリームバレエ」を生む

加藤 智子

2024年7月、ミュージカル『ビリー・エリオット〜リトル・ダンサー〜』が幕を開けます。スティーヴン・ダルドリーの映画「BILLY ELLIOT」(邦題「リトル・ダンサー」)を同監督によりミュージカル化。イギリス北部の炭鉱の町でバレエと出会い、数々の障害を乗り越えロイヤル・バレエ・スクールを目指す少年エリオットの物語です。
バレエファン必見の場面のひとつは、ビリーが夢見る将来の自分と踊る「ドリームバレエ」のナンバー。将来のビリーの姿、オールダー・ビリー役には、今年もバレエダンサーの経歴を持つ3名(永野亮比己、厚地康雄、山科諒馬)がキャスティングされています。

2020年の再演でオールダー・ビリーを演じ、ふたたび同役に臨む永野亮比己(ながの・あきひこ)さん。2024年2月末、製作発表を終えたばかりの永野さんに、バレエとの出会いや留学、ミュージカルの舞台での活躍、オールダー・ビリーへの思いなど、たっぷりと語っていただきました。

©政川慎治

永野亮比己 Akihiko NAGANO
神奈川県出身。17歳で渡欧し、モーリス・ベジャールのバレエ学校ルードラで学ぶ。卒業後、オーストリアのグラーツ・オペラ・バレエで活躍。2006年帰国後、劇団四季へ入団、『キャッツ』のランパスキャット役でミュージカル・デビュー。2008年にはNoismに参加。2010年に再度劇団四季で活動を開始、『キャッツ』ミストフェリーズ役、『ウィキッド』のフィエロ役のほか『コンタクト』『エビータ』に出演。2018年の退団後はミュージカル出演、企業イベントなどのプロデュース、定期的に自身の企画・演出による主催公演を実施。舞踊家・俳優業のみならず演出家、振付家としても多岐にわたる活動を行っている。

ダンサーとして活躍してきた永野さんにとって、オールダー・ビリーはご自身と重なるところがたくさんある役柄なのではないでしょうか。
永野 もともと僕はバレエではなく、ルイジスタイルというジャズダンスから踊りを始めたんです。遠足帰りにたまたま観に行ったエンターテインメント集団の舞台に影響を受け、小学校6年生の時にジャズダンスの教室の門を叩きました。ルイジスタイルはジャズダンスの中でもよりシアター的な踊りですから、もっときれいに踊るためにはバレエの基礎が必要と感じ、中学校3年生の時に地元のバレエ教室に通うようになりました。ご夫婦で指導されている教室で、男の子は先生の息子さんと僕の二人だけ。でも彼はバリバリのサラブレッドでイギリスに留学もして、こんなことで僕は大丈夫なのかなと思うようになりました。
ジャズダンスを極めるためにバレエを始めたにもかかわらず、瞬く間に夢中になってしまったというわけですね。
永野 彼が踊るクラシック・バレエのスタイルがすごくカッコよくて、ジャズダンスを極めるために、という心持ちで踊っていてはダメだなと思うようになっていました。男性があんなふうに華やかに跳んで、回って……男性のテクニックってすごいな、いいな、と感じて、バレエにのめり込んでいきました。
モーリス・ベジャールのスクール、ルードラに入学したのは、どのようなきっかけがあったのですか。
永野 バレエを始めて1年半ほど経ったころ、国内のコンクールにとりあえず出てみようということになって、挑戦したら結構いいところまで行けたんです。それで調子づいてしまった(笑)。僕でも海外に行けるのかなと思っていたちょうどそのタイミングでしたね、映画『愛と哀しみのボレロ』を観たのは。赤いテーブルの上で上半身裸で踊るジョルジュ・ドンを観た瞬間、言葉を使わずにこんな素晴らしい表現をする人がいるんだと衝撃を受け、この人のいたところに、ベジャールのもとに行きたいと思ったんです。たまたま見た「ダンスマガジン」にルードラのオーディション情報が載っていて、しかも、オーディションの日は僕の誕生日だったんですよ。
運命を感じますね。
永野 親も「どうせ記念受験。終わったら大学受験に向き合ってくれるかな」と思っていたようでした。それが奇跡的に受かってしまい、人生がどんどん変わっていきました。ベジャールさんの振付を踊りたいという思いが強くありましたし、ベジャールさんの理念である愛と生と死という言葉は、いまでも僕の中ではすごく大きいですね。僕も作品をつくることがあるのですが、ベジャールさんの作品はすごく哲学的ですし、かつリアリティがあるところに惹かれます。

ローザンヌにて小林十市さん(右)と。「僕がルードラに在学中、ベジャールバレエ団の日本人ソリストとして活躍していた小林十市さん。退団された直後にはまだバレエ団にいらして、ボーイズクラスを教えて下さったり、大変お世話になりました(永野)」  写真提供:永野亮比己

その後、ヨーロッパのカンパニーへ入団します。
永野 ルードラで2年間学んだあと、オーストリア、グラーツのオペラハウスに入りました。コンテンポラリー中心のカンパニーです。そこに数ヵ月いたのですが、ベジャール・バレエから契約の話をいただけたので、ローザンヌに戻って半年ほど研修生として活動しました。もっとミュージカル寄りのことをやりたいなと思うようになったのはその時期ですね。
僕が所属していたグラーツのオペラハウスには、オーケストラ部門、ミュージカル部門、コンテンポラリーダンス部門があり、コンテンポラリーのダンサーがミュージカルの舞台に補充人員として出演する機会があったんです。僕はドイツ語版の『クレイジー・フォー・ユー』に出ました。これも可能性の一つかなと思っていたのですが、そのうちにミュージカルをやってみたい、とモヤモヤするように。まだベジャール・バレエの本契約は確実ではなかったので、一旦帰国してとりあえず劇団四季のオーディションを受けてみようと挑戦してみたら、合格。あれこれ悩んでいるよりは目の前のチャンスを早く掴んだほうがいいのかな、という自分の気持ちに正直になってその道を選んだんです。
劇団四季に入団後、2年ほど新潟のNoismで活動した時期もありましたが、ふたたびミュージカルの舞台に戻りました。永野さんはミュージカルのどんなところに魅力を感じたのですか。
永野 踊りと歌と芝居は、ミュージカル俳優の三種の神器のようなものだと思うのですが、ミュージカルはたとえどれかひとつに長けていても、どれかがダメだと絶対にダメ、なんです。台詞だけでは伝えられないことをダンスで表現し、もっと台詞で感情を表現したい時には音にのせて歌う。いずれも、台詞をよりわかりやすく伝えるための手段。もちろん、それぞれに特化したスキルというのがあっていいと思いますが、踊り、歌、芝居の三拍子が揃ってこそのミュージカルを、やってみたかった。ルードラでは演技や歌のレッスンも受けていましたから、抵抗はなかったんです。もしルードラに行っていなかったら、ずっとコンテンポラリーなスタイルのダンスを踊り続けていたかもしれません。
今回のミュージカル『ビリー・エリオット』では、2020年に引き続きオールダー・ビリー役を演じます。劇団四季からスタートして、ミュージカルの舞台でさまざまな役柄を演じてきた永野さんですが、当初オールダー・ビリー役にキャスティングされた時は、どのような印象を持っていましたか。
永野 映画「リトル・ダンサー」は観ていましたが、(映画でオールダー・ビリーを演じていた)アダム・クーパーが華やかに跳躍している場面が脳裏に焼き付いていて、じつはそれ以外のストーリーはあまり覚えていませんでした。なのでオーディションに受かったものの、「あれ? オールダー・ビリーが踊るところって、あのジャンプの5秒間だけでは?!」と(笑)。それくらい、何もわかっていなかったんです。
実際に取り組んでみたら、なるほど、とても責任重大な役。少年のビリーと二人で踊るあの場面は、ビリーの心理描写を踊りできちんと表現しなければいけない、大切なシーンだと知りました。そこから公演までの約1年間、改めてより踊りのほうへとベクトルを傾け、バレエのレッスンに力を入れました。
ビリーとのダンスシーンはどのように捉えて取り組みましたか?
永野 ビリーが自分の未来の理想像に向かって羽ばたいていこうとするさまが、お客さまにしっかり見えるよう成立させなければ、という思いがありました。ビリー役は日替わりで4人いるし、それぞれにスタイル、テンションが違う。しかも彼らは体当たりで向かってくる。彼らに怪我をさせてはいけないし、よりよく見せられるように、尚且つ、こちらにもフォーカスしてもらえるように演じなければいけない。いろんな情報を一度に考え、感じながら演技をしていくのは大変なことではありました。ただ、踊っていくうちにビリーとの間にある種の信頼関係が築かれていって、ステージ上でどんどんリンクし合えるようになる。その瞬間は本当にこの上ない喜びを感じましたし、オールダー・ビリーを演じることができて良かったと思いました。

©政川慎治

4人のビリーたちが舞台を通して日々成長していくところも、この作品の魅力といえますね。
永野 全部ではないけれど、前回の公演は一回一回しっかりと覚えています。彼はあの時こうだった、こちらの彼はこうだったと。終盤になると、むしろ自分のほうが引っ張られているのではないかと思う瞬間もありました。初日と千秋楽では愕然とするほど違っていたのを、いまでも覚えています。子どものパワーって本当にすごい。背も伸びるし、メンタルの強さ、意志の強さ、感情の豊かさも、ステージを重ねることで確実に変わっていく、そのさまを共有できる点はこの舞台の大きな魅力です。それは大人だけのミュージカルでは感じることのできない力ですし、自分も一緒に成長させてもらえるのかなと思います。
しかも『ビリー・エリオット』はすべてのシーンが楽しい! その中には、様々な愛の形が描かれています。家族愛だったり友情だったり、地域の人たちとの繋がりもあります。それを「あるある!」「そういうこと、あるな」と、リアルな日常生活の中の自分と結びつけることができます。2020年の公演で千秋楽を迎えた際には、あらためてバレエっていいなと思いました。僕は古典バレエをバリバリと踊るダンサーではないけれど、それだからこそできる表現も自分の引き出しの中にたくさんあると思うので、今回もそれを活かしつつ、よりいいシーンをつくっていきたいと思っています。
では今回のオールダー・ビリーも、バレエにベクトルを傾けて?
永野 とはいっても、古典全幕バレエの出演は2019年が初めてなんです。世田谷クラシックバレエ連盟の舞台で、坂本登喜彦さん演出・振付『ドン・キホーテ』のエスパーダを踊りました。坂本さんが「永野くんはバレエ以外の引き出しをいっぱい持っているんだから、そこを存分に使って」と言ってくださって、アクティングのほうにも力を入れつつ自分なりにやってみようと挑戦したんです。自分の軸にある踊りはやはりバレエですし、バレエという基本がないと、ジャズやコンテンポラリーをはじめいろんなジャンルの踊りを説得力ある動きで見せることはできない、と認識しています。

©政川慎治

公演情報

Daiwa House presents
ミュージカル『ビリー・エリオット~リトル・ダンサー~』

東京公演
【日程】
オープニング公演 2024年7月27日(土)~8月1日(木)
本公演 2024年8月2日(金)~10月26日(土)
【会場】東京建物Brillia HALL(豊島区立芸術文化劇場)

大阪公演
【日程】2024 年11月9日(土)~24日(日)
【会場】 SkyシアターMBS

【作品概要】
脚本・歌詞 リー・ホール
演出 スティーヴン・ダルドリー
音楽 エルトン・ジョン

【キャスト】
ビリー・エリオット(クワトロキャスト)浅田良舞、石黒瑛土、井上宇一郎、春山嘉夢一
お父さん(ダブルキャスト)益岡徹、鶴見辰吾
ウィルキンソン先生(ダブルキャスト)安蘭けい、濱田めぐみ
おばあちゃん(ダブルキャスト)根岸季衣、阿知波悟美
トニー(兄)(ダブルキャスト)西川大貴、吉田広大
ジョージ  芋洗坂係長
オールダー・ビリー(トリプルキャスト)永野亮比己、厚地康雄、山科諒馬
ほか

【公演に関するお問合せ】
ホリプロチケットセンター 03-3490-4949 (平日11:00~18:00/土日祝休)
*チケット一般販売 2024 年3 月13 日(水)11:00~

◆公式サイトはこちら

◉ミュージカル『ビリー・エリオット~リトル・ダンサー~』2024年版製作発表動画レポート

※ビリー役4名の初パフォーマンス披露
※オールダー・ビリー役:永野亮比己さん、山科諒馬さんコメントも収録!
動画撮影・編集:古川真理絵(バレエチャンネル編集部)
〈この動画は2024年11月24日までご覧いただけます〉

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