バレエを楽しむ バレエとつながる

  • 観る
  • 知る

【インタビュー】オリガ・ゴリッツァ(プリンシパル)~ウクライナ国立バレエは、私にとって世界一の劇場

青木かれん Karen AOKI

オリガ・ゴリッツァ ©Ballet Channel

2023年12月23日から2024年1月14日まで、ウクライナ国立バレエの日本公演が行われました。今回は日本初演となる『雪の女王』、新制作『ジゼル』『ドン・キホーテ』の3作品を上演。群馬県を皮切りに、東京・埼玉・静岡・茨城・京都・和歌山・岡山・大阪と日本各地の劇場で公演を行いました。

12月下旬、『雪の女王』のゲルダ役を演じたオリガ・ゴリッツァさんを取材。作品のこと、バレリーナになるまでの歩み、ウクライナでの生活について聞きました。

『雪の女王』あらすじ
ゲルダの家でパーティーが開かれています。遊びに来ていた幼なじみのカイの目と心臓に何かがチクッと突き刺さり、氷のような冷たい心に。やがて雪の女王が現れてカイを連れ去り、残されたゲルダはカイを探す旅に出ます。
雪の女王が支配する雪の王国。ゲルダは、雪の女王に「カイを返してほしい」と頼みますが拒絶されてしまいます。ゲルダの目に熱い涙があふれ、カイの胸に落ちると、凍り付いた心が解けていきました。二人の愛の力を前に雪の女王の魔力が弱まり、宮殿が溶け、世界は色を取り戻すのでした。

ウクライナ国立バレエ来日公演より『雪の女王』 撮影:瀬戸秀美 写真提供:光藍社(KORANSHA)

Interview
オリガ・ゴリッツァ(プリンシパル)

「ゲルダの成長を一緒に味わうような気持ちで」

ゴリッツァさんが演じたゲルダは、どんなヒロインですか?
ゲルダは私にとって新鮮な役でした。ゲルダはあたたかい家庭に育った女の子で、カイのことが大好き。それにただの優しい華奢な女の子ではなく、とても勇敢で行動力があると思います。カイを助けるためにいろいろな人とお話をしたり、盗賊や雪の女王のところに戦いに行ったりと、彼女は少し変わったタイプのヒロインかもしれませんね。
自分とゲルダが似ているなと思うところはありますか?
もちろん似ているところはあります。人を好きになる気持ちもそうだし、勇敢さや優しさ、それからとても叙情的なところ。舞台の上では、役になりきろうとするだけではなく、自分なりの個性も出すようにしています。そうすることで、きっとお客さまもそれぞれのダンサーの役作りを楽しめるのではないかと思っています。
ゲルダを演じるうえで大切にしていることは?
私は心からゲルダが好きで、いつも舞台上で起こるいろいろな出来事をゲルダと一緒に体験していこう!という気持ちで演じています。最初はまだ幼く少女らしかった彼女が、雪の女王に戦いを挑む強い女性になっていく、その成長を私も一緒に味わっている気持ちです。

ウクライナ国立バレエ来日公演より『雪の女王』 撮影:瀬戸秀美 写真提供:光藍社(KORANSHA)

全幕を通して活躍しますが、好きなシーンはありますか?
第1幕と第2幕それぞれの最後にあるアダージオも好きですし、第1幕にある魔法の花園の場面も好きです。それから盗賊たちが出てきて戦うシーン。ダンスは少ないけれど、演じながらワクワクしています。そして第2幕の雪の女王とカイのシーンは、氷の宮殿の厳かな雰囲気と相まってとても綺麗です。
この作品で面白いと感じるところはありますか?
『雪の女王』は演技の部分に特徴があります。たとえば『ジゼル』の狂乱の場面は、いわゆる「踊り」の要素はほとんどなく、完全に演技が中心ですよね。それに対してこの作品は演技の中にもピルエットやターンが入ってきます。つまり、少しダンサブルな演技なんです。
ダンサブルな演技は難しいですか?
最初は覚えるのが大変でした。ゲルダは全幕にわたってずっと舞台の上にいます。しかも、隅でちょこっと立っているようなシーンはなくて、必ずほかのキャラクターとの絡みがあるんです。踊りながら、他の人と対話するように演じる。自分だけではなく、ほかのキャストも同じように演技をしながら踊っているので、しっかりと覚えていないと、相手の動作や演技も邪魔してしまうことになります。ですからリハーサル期間中は毎日休憩する時間も惜しみ、3週間かけて振りを身体に入れました。何も考えなくても動けるくらい振付や演技が身体に染み込んでからは、この作品の構成がいかに隙間なく組み立てられているのが分かって、すばらしさを実感しました。

ウクライナ国立バレエ来日公演より『雪の女王』 撮影:瀬戸秀美 写真提供:光藍社(KORANSHA)

今回の日本公演では、『雪の女王』のほかにも『ジゼル』と『ドン・キホーテ』が上演され、ゴリッツァさんはそのすべての作品に主演。短期間で個性の違う3人のヒロインを演じるのは大変ではありませんか?
『ジゼル』も『ドン・キホーテ』も何年も踊ってきた作品ですし、キーウでも充分練習して準備してきました。ですので日本で何回かリハーサルをすれば、自信をもって舞台でお見せできると思えるくらい、身体はもう作品のことをしっかり覚えています。
ゴリッツァさんが初めて見たバレエは『ジゼル』だと聞きました。あなたにとって『ジゼル』とはどんな作品ですか?
この作品はジゼルを演じるバレリーナが入念に演技プランを考え、心を込めて踊るものだと思います。ジゼルにどんな背景があるのか、家族構成はどうだったのか、なぜあのような行動をとったのか、彼女はどんな心境だったのかを考えて、さまざまなジゼル像ができあがります。私にとっても、『ジゼル』は特別な作品。先生と一つひとつのジェスチャーから物語の背景に至るまで、考えに考え抜いて作ったはじめての作品でした。ジゼルをどう解釈するかだけではなく、オーケストラピットの向こうにいるお客さまに届けるためにはどうすればいいか? 先生とふたりで深く掘り下げて考えた役です。

「ウクライナ国立バレエは私にとって世界一の劇場」

バレエを始めたきっかけや、学生時代のことを教えてください。
バレエを始めたのは5歳のとき。母が、ほかの子がバレエ教室に行くからという理由で、私にもバレエを習わせようと思ったそうです。母は私にバレリーナの素質があると考えて、クラシック・バレエに特化したレッスンも行っているパブロ・ヴィルスキー民族舞踊アカデミーに連れていってくれました。そのアカデミーでもやはり素質があるからということで、10歳でキーウ国立バレエ学校を受験することになりました。
入学試験では3つの審査がありました。身体審査、医学的な審査、そして最終審査の実技です。これは2、3分で踊ってみせるという課題で、通常バレエ学校を目指す子どもの家庭では、親が先生を雇って事前に振付を作ってもらい、それを練習したうえでオーディションに行くんですね。ところが私の母は「2、3分なんだから、自分で考えて踊りなさい」と(笑)。何しろ我が家は両親ともにエンジニアで、バレエとは縁のない家庭でしたから。私はヴィルスキーに通っていたので、民族舞踊っぽい踊りを踊って見せました。そうしたら、審査員の先生たちがみんな笑っていて。クラシック・バレエの学校に来たのに、そういう踊りをしたのが意外だったのでしょうね。でも無事に合格しました。
そうしてキーウ国立バレエ学校で学んだのち、ウクライナ国立バレエに入団したわけですね。
ほかの劇場からのオファーもありましたが、私はウクライナ国立バレエが大好きでした。それからおうちっ子だったので、外国で一人暮らしをして異文化の中で生活するのは、ちょっと想像できなくて……。ウクライナ国立バレエはレパートリーも豊富で新しい作品の制作もしていたし、私に対してもとてもいい条件を出してくださったので、ここに決めました。

ウクライナ国立バレエ来日公演より クラスレッスンのようす ©Ballet Channel

これまで踊ったなかで思い入れのある作品はありますか?
どの作品も自分の人生のようなもので、素晴らしい作品ばかりです。公演に向けて準備していく中でそれを好きになるし、自分が踊る役を愛さないわけにはいかないので、一つだけ選ぶのは難しいですね。
ゴリッツァさんの思う、ウクライナ国立バレエの魅力とは?
世界一の劇場だと思います。欧米のカンパニーの多くは1ヵ月で1つの作品をリハーサルして、そのあと1ヵ月公演を打つブロックシステムです。いっぽうで私たちは、レパートリーシステムと言って、ひと月に10本ほどの演目を上演しています。その日ごとにいろいろな気分を味わえるし、同じ作品を1ヵ月公演し続けるよりも私に向いていると感じています。もうひとつの魅力は、クラシック作品のレパートリーが豊富なこと。さらにコンテンポラリー作品にも力を入れていて、世界的な振付家の作品も上演するようになってきています。この春には振付家のアレクセイ・ラトマンスキーを招聘して、新作が上演されます。ウクライナ国立バレエは、ダンサーとしても人間としても成長していけるカンパニーです。
2023年、ウクライナ国立バレエではジョン・ノイマイヤーさんを招いて、『スプリング・アンド・フォール』を上演しました。リハーサルでのエピソードや踊ったときの感想を教えてください。
ノイマイヤー作品を踊るのが、ずっと夢でした。それが叶うとは思っていなかったので、踊る機会を作ってくれたカンパニーに感謝しています。
まず、アシスタントの方々が来てリハーサルを行いました。そして2023年7月にハンブルクで行われた「ニジンスキー・ガラ」に、ウクライナ国立バレエを呼んでいただいたとき、はじめてノイマイヤーさんにお会いすることができました。
『スプリング・アンド・フォール』は、抽象的なバレエのように見えるかもしれませんが、その一つひとつの動作に意味があります。リハーサルでは、ノイマイヤーさんがどのように解釈するかヒントをくださって、私たちは彼の言葉から多くを学びました。ノイマイヤーさんとのリハーサルはかけがえのない宝物です。
そして『スプリング・アンド・フォール』の公演を終えて、この作品がもっと好きになりました。本当に幸せを感じたし、戦争の時期にあっても私たちは止まらずに成長していけるんだと実感できて、深く感動しました。

2022年の来日公演の際に行われた記者会見では、「(ウクライナ国立バレエのダンサーたちは)空襲のサイレンが鳴り響く中で踊っていた」と話していました。現在カンパニーのみなさんは、どのように生活していますか?
※取材時2023年12月下旬の情報です
いまも同じです。ただ、去年はひどい状況で水も電気も止まっていましたが、現在のキーウはミサイル防衛でしっかりと守られています。不安で眠れないこともサイレンで飛び起きてしまうことも、もう日常茶飯事ですが……電気もガスも水道もある状態なので、なんとか生活しています。いまのところは、大都市と重要インフラのある地域だけ集中的に守られているような状況です。
ゴリッツァさんにとってバレエとは?
私の仕事でもあり、人生でもあります。劇場を出て完全にバレエを忘れて別のことをするのはまったく想像がつきません。言葉で表すのは難しいけれど 、プライベートな時間も常にどこかにバレエがあるという意味では、私の人生そのものですね。
最後に日本の観客に向けてメッセージをお願いします。
日本で踊ることができて本当に幸せです。日本という国も好きですし、日本のみなさんも大好き。同時に、日本での公演を大切にしています。それはお客さまがバレエをたくさん勉強して、役のことまで理解してくださっているから。そして日本のお客さまのように温かい反応をくださる国はほかにありません。いつも私たちを愛してくださって、ありがとうございます。

©Ballet Channel

オリガ・ゴリッツァ Olga Golytsia
ウクライナ功労芸術家。5歳からバレエを始める。パブロ・ヴィルスキー民族舞踊アカデミーを経て、キーウ国立バレエ学校に入学。2004年セルジュ・リファール記念国際バレエコンクール第1位、2006年ワガノワ国際バレエコンクール第3位。2006年にキーウ国立バレエ学校を卒業。ウクライナ国立バレエにソリストとして入団し、現在はプリンシパルとして活躍。おもなレパートリーは『ジゼル』『ラ・バヤデール』『コッペリア』『スパルタクス』『愛の伝説』『ロミオとジュリエット』など。

NEWS

2025年1月にウクライナ国立バレエの来日公演を予定。詳細は8月に公開。

この記事を書いた人 このライターの記事一覧

類似記事

NEWS

NEWS

最新記事一覧へ