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【特集:パリ・オペラ座バレエ】②パク・セウン(エトワール)インタビュー〜ようやく扉が開かれた。私を待ってくれている役を、一つひとつ生きていく。

阿部さや子 Sayako ABE

©︎Jean-Pierre Delagarde / Opéra national de Paris

2024年2月、パリ・オペラ座バレエ日本公演が開幕! 4年ぶりの来日となる今回はヌレエフ版『白鳥の湖』とマクミラン振付『マノン』の2作品を上演します。

太陽王ルイ14世により創設された世界最古のバレエ団として、偉大な歴史を刻み続けてきた同団。2022年にはジョゼ・マルティネズが芸術監督に就任し、さっそくオニール八菜やマルク・モロー、ギヨーム・ディオップがエトワールに任命されるなど、今また新たな時代が拓かれようとしています。

本特集では、パリ・オペラ座バレエのダンサーたちのインタビューを連続でお届けします。
第2回はパク・セウンです。2021年、アジア出身のダンサーとして初めてパリ・オペラ座バレエのエトワールに任命され、2023年1月に出産。半年後には舞台に復帰し、輝きを増しています。

Interview #2
パク・セウン Sae Eun Park
エトワール

パク・セウン ©︎Ballet Channel

2021年にアジア人として初となるパリ・オペラ座エトワールに任命され、その瞬間を収めたドキュメンタリー映画&Blu-ray「新章パリ・オペラ座〜特別なシーズンの始まり」が日本でも公開されて話題になったパク・セウンさん。2023年1月には女の子を出産して同年6月に舞台復帰、7月には「オペラ座ガラ―ヌレエフに捧ぐ―」公演で来日するなど、この数年は日本のファンもパクさんの活躍をたくさん目にする機会がありました。
私自身、とても嬉しく思っています。日本の舞台に立つと、観客のみなさんがいつも温かく受け入れてくださっているのを肌で感じます。
舞台復帰の直後だった「オペラ座ガラ―ヌレエフに捧ぐ―」公演では、まったくブランクを感じさせない踊りと存在感で観客を魅了しました。出産は女性の身体に大きな変化をもたらすと聞きますが、パクさんの場合はどうでしたか?
産後の身体の変化には、やはりとまどいました。2023年1月20日に出産して、6週間後くらいからバー・レッスンを再開し、少しずつセンターでも身体を動かし始めたのですが、当初はひと言でいえば身体がすべて開いてしまったような状態。関節、骨盤、腹筋などの筋肉も広がっているような状況で、鏡に映る姿を見ても、まるで私の身体ではないように感じました。あまりの変化に強いストレスを感じましたけれど、周りのダンサーたちが「焦らないで。少しずつでも必ず身体は元に戻っていくから大丈夫よ」と励ましてくれたんです。そして確かに8週間目くらいから、そうした言葉が少しずつ腑に落ちるような感覚を得られるようになって、復帰公演となった『マノン』のリハーサルが始まる頃には問題なく踊れるようになりました。
私たち〈バレエチャンネル〉がパクさんにインタビューするのは初めてなので、経歴についても少し聞かせてください。パクさんは10歳からバレエを始めたそうですね?
ええ、『くるみ割り人形』の舞台を観て「私もあの豪華な衣裳を着て踊りたい!」と思ったのがきっかけです。まずは韓国国立バレエ・アカデミーで3年間ほど学び、12歳でイェウォン学校、15歳でソウル芸術高校に進学しました。韓国芸術総合学校を経て、17歳からアメリカン・バレエ・シアターのセカンドカンパニーで1年半踊ったのち、帰国して韓国国立バレエ団に入団。そして2011年にパリ・オペラ座バレエのオーディションを受けて、幸いにも採用していただき、今に至ります。
豪華なチュチュへの憧れがきっかけとのことですが、実際に習い始めてみて、練習が嫌になったり退屈に感じたりしたことはありませんでしたか?
確かにバレエは並外れた努力と厳密さが要求される世界だということは、習い始めてから知りました。でも私はもともとの性格として、学ぶことや新しい発見をすることが大好きなんです。筋肉の新たな使い方や動き方を教わったり、自分の知らなかった音楽性に気づいたりすることが何より楽しかったし、それはエトワールになった今でもまったく変わりません。私はエトワールだからといって、何でも踊れて、何もかも知っているというタイプではなくて。オペラ座にいると、素晴らしい先輩ダンサーや豊かな知識を持つコーチなど、たくさんの人たちから学ぶ機会があります。それこそが私がダンスと向き合う最大の楽しみ。むしろ本番の舞台以上に楽しくて大好きな時間だとさえ言えます。
韓国のバレエ学校でパクさんはロシアのワガノワ・メソッドに基づいた教育を受けていたものの、在学中にパリ・オペラ座スタイルに出会い、フランス・バレエに惹かれるようになったと聞きました。
ええ、そうなんです。教師の中に⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠かつてパリ・オペラ座のダンサーだった先生がいらしたんです。彼から初めてフレンチ・スタイルのバレエを教わり、私はすぐにそれが大好きになりました。どこに魅了されたかというと、足先の動かし方です。足の動きでこれだけ豊かな表現ができるのだということは、自分にとって素晴らしい発見でした。
フランス・バレエの主な美質のひとつは膝下の動きにあるとよく聞きますが、まさにそれを感じたわけですね。
あらためて思い出してみると、ワガノワ・メソッドによる訓練は、動きを徹底的に繰り返すことで身体に染み込ませていくという印象で、練習内容にあまり変化がないように感じていました。それに対してフレンチ・スタイルはとても多様で、先生が与えてくださるエクササイズも毎日違う。それが楽しかったんです。

それから、フレンチ・スタイルではソー(ジャンプ)が多用されるところも気に入りました。私はとくにプティ・バットゥリーが大好きだったので、それをたくさん練習できるのも面白かったですね。もちろん、動きとしてはとても難しいのですが。

こうしてお話ししているうちに、もうひとつ思い出しました。ワガノワ・スタイルのレッスンでは、先生方にいつも「スマイル! もっと微笑んで!」と言われていたんですね。8本の歯が見えるくらいの笑顔で踊りなさい、と。ところがフレンチ・スタイルのクラスでは、そのようなことはまったく言われませんでした。無理に笑顔を作らずに、自然な表情で踊れることも、私がフランス・バレエを好きになった理由のひとつだったと思います。

トウシューズを見せてほしいとお願いしたら、「もちろん!」と快くバッグから取り出してくれたパクさん。フリードのシューズを愛用しているとのこと ©︎Ballet Channel

自身にとってターニングポイントになったと思う作品や役は何ですか? ひとつ選ぶのは難しいかもしれませんが。
大丈夫、全然難しい質問ではありません。私にとっては間違いなく『ロミオとジュリエット』です。大先輩のエトワールであるエリザベット・モーランとクロード・ド・ヴュルピアンに指導していただきながら練習したのですが、本当に大きな経験でした。それまでの自分はとても優等生的なダンサーだったと思います。監督や教師やコーチからの助言に素直に従い、言われた通りにきちんと踊る。そしてクラシカルな演目を得意とするダンサーでした。そんな私にドラマティックな役に取り組むチャンスを与えてくれたのが『ロミオとジュリエット』です。ジュリエット役は本当に難しかった。例えば悲しみを表現するにも、ただ悲劇的な顔をするのではなく、全身で悲しみを伝えるにはどうすればいいのか。湧き上がる感情を身体で表現するとはどういうことか、体当たりで学ぶ日々でした。最終幕で死に直面するシーンなどは踊るたびに苦しくなりましたけれど、「役を生きる」ということの真の意味を教えてくれました。
いま目の前にいるパクさんは物静かでとても穏やかな印象です。ドラマティックな役を演じる時の情熱的でエモーショナルな姿はまるで別人のように感じます。
確かに、素顔の私はとてもシャイなところがあり、控えめな性格と言えるかもしれません。でも、そんな自分がまったく違うタイプの人間になれる唯一の時間がバレエの舞台で、私はそのひとときが大好きなんですよ。
2021年にパクさんがアジア人初のエトワールとなり、その後2023年にはオニール八菜さんがエトワールに任命されました。それらはパリ・オペラ座に新たな時代が開かれつつあることを示す象徴的な出来事のように思えますが、パクさん自身はオペラ座やバレエ団の中にいて、何か変化を感じていますか?
確かな変化を感じています。ようやく扉が開いた、と。長く閉ざされていた重たい扉を、オニール八菜さんと私はついに開くことができたのだという思いがあります。八菜さんがどう考えているかは聞いたことがないのですが、私自身は、この扉を開けるにはまだまだ長い時間がかかるだろうと思っていました。ですから任命されたことは本当に嬉しかった。八菜さんと私は同じ年にパリ・オペラ座に入団した同期ですから、感慨はひとしおです。

とはいえ、じつはエトワールという称号じたいは、それほど重要ではない気もしているんですよ。エトワールになる扉を開いたことが何を意味するかというと、それは素晴らしい役にアクセスする扉が開かれた、ということ。自分にとってはむしろそちらのほうが重要で、エトワールになったという事実じたいは、さほど大きなことではないと思っています。

私にとって、素晴らしい役を踊ることは生きることと同義です。この先のキャリアの中で、どんな役が自分を待ってくれているのか。その一つひとつの出会いが待ち遠しくてたまりません。

©︎Ballet Channel

パク・セウン Sae Eun Park
韓国・ソウル出身。10歳からバレエを始め、韓国国立バレエ・アカデミー、韓国芸術総合学校で学ぶ。2007年ローザンヌ国際バレエコンクールでスカラシップ受賞。アメリカン・バレエ・シアターⅡ、韓国国立バレエ団を経て、2011年パリ・オペラ座バレエ入団。2013年コリフェ、2014年スジェ、2017年プルミエール・ダンスーズに昇進。2018年ブノワ賞。2021年6月10日ヌレエフ版『ロミオとジュリエット』でジュリエットを踊り、エトワールに任命された。

公演情報

パリオペラ座バレエ団 2024年日本公演
会場:東京文化会館
詳細:NBS 日本舞台芸術振興会 公演ページ

「白鳥の湖」全4幕

音楽:ピョートル・チャイコフスキー
振付・演出:ルドルフ・ヌレエフ(マリウス・プティパ、レフ・イワーノフに基づく)
装置:エツィオ・フリジェリオ
衣裳:フランカ・スクアルチャピーノ
照明:ヴィニーチョ・ケーリ

2024年
2月8日(木)18:30
オデット/オディール:オニール八菜
ジークフリート王子:ジェルマン・ルーヴェ

2月9日(金)18:30
オデット/オディール:パク・セウン
ジークフリート王子:ポール・マルク

2月10日(土)13:30
オデット/オディール:ヴァランティーヌ・コラサント
ジークフリート王子:ギヨーム・ディオップ

2月10日(土)18:30
オデット/オディール:オニール八菜
ジークフリート王子:ジェルマン・ルーヴェ

2月11日(日)13:30
オデット/オディール:アマンディーヌ・アルビッソン
ジークフリート王子:ジェレミー=ルー・ケール
※[1/30追記]オデット/オディール役のアマンディーヌ・アルビッソンは降板し、代わってパク・セウンが主演する旨の発表あり。詳細・最新の公演情報は日本舞台芸術振興会WEBサイトでご確認ください

※上演時間:約2時間50分(休憩含む)予定

「マノン」全3幕

音楽:ジュール・マスネ
振付:ケネス・マクミラン
オーケストレーション・編曲:マーティン・イエーツ
原作:アベ・プレヴォー
装置・衣裳:ニコラス・ジョージアディス
照明:ジョン・B.リード

2024年
2月16日(金)19:00
マノン:ドロテ・ジルベール
デ・グリュー:ユーゴ・マルシャン

2月17日(土)13:30
マノン:ミリアム・ウルド=ブラーム
デ・グリュー:マチュー・ガニオ

2月17日(土)18:30
マノン:ドロテ・ジルベール
デ・グリュー:ユーゴ・マルシャン

2月18日(日)13:30
マノン:リュドミラ・パリエロ
デ・グリュー:マルク・モロー

2月18日(日)18:30
マノン:ミリアム・ウルド=ブラーム
デ・グリュー:マチュー・ガニオ

※上演時間:約2時間45分(休憩2回含む) 予定

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