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【会見全文】寺田宜弘ウクライナ国立バレエ新芸術監督囲み取材レポート

バレエチャンネル

※12/26追記
あらたに、寺田宜弘ウクライナ国立バレエ新芸術監督の囲み取材の映像を公開しました(撮影・編集:バレエチャンネル)

ウクライナ国立歌劇場の来日公演が2022年12月17日(土)より開幕した。2023年1月15日までの約1カ月にわたり、オペラ、バレエ、オーケストラの演目を全国13都市で全26公演上演する。

今回来日したメンバーはすべて、ロシアによる軍事侵攻が続くキーウで活動を続けている団員やスタッフたち。バレエ団52名、指揮者を含めたオーケストラ54名、オペラおよび合唱66名、そのほか技術者やマネージャーなど9名の合計181名が日本に到着した。

今回の来日公演が実現する直前に、ひとつ大きなニュースが飛び込んできた。エレーナ・フィリピエワ同バレエ団芸術監督の退任を受け、それまでウクライナ国立バレエ学校芸術監督およびウクライナ国立バレエ副芸術監督を務めてきた寺田宜弘氏が、この12月に新芸術監督に就任した。

開幕前日の12月16日(金)、本公演の概要を説明する記者会見と公開ゲネプロが神奈川県民ホールで行われ(会見の全文レポートはこちら)、終了後に寺田芸術監督の囲み会見が行われた。

寺田宜弘ウクライナ国立バレエ芸術監督 ©️Ballet Channel

囲み会見の内容、記者とのやりとり(全文)は以下の通り。
※読みやすさのため一部編集しています

***

ウクライナ政府からの要請で、ロシアの作曲家の音楽は使用しないとのこと。寺田芸術監督はどう受け止めていますか?
寺田 個人の心の中で芸術と政治はまったく別だと思っても、今のウクライナでロシアの文化は使わないほうがいいと考えています。それはなぜかというと、2022年10月にチャイコフスキーの楽曲使用に関する会議のために7ヵ月ぶりにウクライナへ戻った時、ウクライナのカンパニーで働いている団員のご主人がこの戦争で亡くなったと知りました。彼女はマリウポリで何度かウクライナ人のサポートのボランティアをしたそうなのですが、マリウポリの町はロシアに支配されているけれども、ウクライナ人たちはロシアから支給される水や食料を誰一人として受け取らなかったと。ならば私たち芸術家も、いまはチャイコフスキーを我慢するべきだと。国がひとつになって、ウクライナの勝利を祈ろう。そう思いました。
また、10月にウクライナに戻った時、私の家のすぐ近く、歩いて5分ほどのところにロケット弾が2発落ちたんです。それはもちろん危険なことでしたが、その時に私が「ウクライナに戻って良かった」と思ったのは、35年間お世話になり、心の中でいちばん大事にしているウクライナの国民たちの心の苦しさや悲しさを、本当に10%か20%かもしれないけれど、感じることができた気がしたんですね。だからウクライナに戻って良かったと思うし、今はチャイコフスキーを我慢するべきだと考えています。
このような状況下でウクライナ国立バレエの芸術監督に就任し、どのようにバレエ団を引っ張っていこうと考えていますか。寺田さんが望むウクライナのバレエの未来とはどのようなものでしょうか?
寺田 10年前にキエフ国立バレエ学校の芸術監督に就任した時、当時の文化大臣から「新しい時代を作って欲しい」と言われました。クリミア半島の問題が始まった頃のことです。そして今回も歌劇場の総裁から同じことを言われました。10年前も現在も、ウクライナは苦しい時代です。そういう時代に新しいものを作ってほしいと言われた以上、私の役目は、この劇場を新しくて素晴らしいものにしていくこと。チャイコフスキーを使うことはできないけれど、今残っている95人の団員は、本当に自分の国、文化、民族を大事にしています。そういうダンサーたちの心をサポートしながら、世界の一流の芸術家にサポートしていただく。今シーズンの5月には、ジョン・ノイマイヤーとハンス・ファン・マーネンという偉大な国際的振付家の作品を、ウクライナで初めて上演できることになっています。これらの公演によって、「ウクライナの芸術は生きている。素晴らしい方向に進んでいる」というメッセージを、世界中にいるウクライナの芸術家たちに送ることができると思うのです。それを受け取ったアーティストたちが、再びキーウ、ウクライナの町へ戻ってくる。そういうメッセージになればと思っています。
戦争前の状態に戻りたいと。
寺田 一番の願いは……そうですね、戦争の前に戻りたいですよね。だけど、こういう苦しい時代だからこそ、新しくて素晴らしいものが生まれると信じています。
ファン・マーネンとノイマイヤーは、無償で振付作品を提供するのでしょうか?
寺田 そうなんです。これは素晴らしいことなのですが、世界中の振付家や芸術家たちが、ウクライナのためにサポートしたいと言ってくれています。しかしそう簡単ではありません。先ほど「新しい時代を作りたい」と言いましたが、いまは振付家もダンサーたちも、ウクライナには入国したくないでしょうから。それぞれご家族の心配もあるでしょうし、戦争中ですから、私から「来てください」とお誘いすることもできません。でも、私の同世代には芸術監督や振付家、あるいは偉大な振付家のアシスタントになっている人も少なくない。中でもドイツのハンブルク・バレエには3人のウクライナ人プリンシパルがいて、オランダのハンス・ファン・マーネンのアシスタントはウクライナ人なんです。それでこの2つのカンパニーに連絡してみたら、ウクライナ人の彼らはこう言いました。「私たちはウクライナに行くのは怖くない。ウクライナは自分の生まれた国なのだから、そこへ戻ってウクライナ人をサポートするのは、自分たちの生きる意味でもある」と。そうしたウクライナ人アシスタントたちにキーウに来てもらい、振付けてもらうことになったのです。
先ほどの記者会見で、15時から子どもたちの舞台が始まる前にサイレンが鳴ったというエピソードがありました。その公演についてもう少し詳しく聞かせてください。
寺田 キーウの町にあるウクライナ民族舞踊団、アンサンブル・ヴィルスキーの公演でした。そこには大人のカンパニーと(附属の)スクールがあり、その公演はスクールの子どもたちとの合同公演だったんです。開幕の1時間前にサイレンが鳴った時、私は公演はなくなると思いました。子どもたちも親もパニックになって、劇場の地下室に避難する。そして子どもたちはきっと舞台に立てないくらい精神的なショックを受けるんじゃないかと思ったんです。でも15時に幕は開き、舞台に立っている5歳から10歳の子どもたちは、目が輝いていたんですよ。言葉で伝えることはできないけれど、私は子どもたちの目を見た時に、今後何があってもウクライナの芸術は生き続けると強く思いました。公演中はずっと涙が止まらなかった。今でも思い出すと泣きそうになります。子どもたちの踊りから「素晴らしい芸術家になりたい」という気持ちが伝わってきた。芸術の力は、戦争よりも政治よりも強いのだと、よりいっそう感じました。

寺田さんは芸術監督として、どういう未来を作っていきたいと思いますか。
寺田 芸術監督に就任して、この苦しい時代、苦しいウクライナをサポートしていかなくてはいけないと思っています。ウクライナ国立歌劇場は国内最大の劇場であり、ウクライナじたいもヨーロッパ最大の国。その劇場のトップになったわけですから、ここで日本人の私がミスをしてしまえば、日本のバレエ界はもちろん、世界のバレエ界に対しても失礼なことになってしまう。

芸術監督として今いちばん大事なことは、ウクライナの芸術をどうサポートしていくかです。次には、若手のダンサーたちを育てること。もしも私が素晴らしい才能のある若手ダンサーの存在を見過ごしてしまったら、それはウクライナの芸術をダメにすることにつながります。次世代のウクライナのために、1人でも多くの才能ある芸術家を育てていかないといけません。そしてもう一つは、今後どういうレパートリーを作っていくかです。バレエ団に残っている95人のダンサーたちに夢と希望を与えることができるか。私がダンサーたちに夢と希望を与えなければ、ダンサーたちも観客に夢と希望を与えることはできません。

芸術監督は名誉ある立場ですが、非常にデリケートなポストでもあります。だから間違いのないよう前に進んでいかなくてはいけない。しかし今は毎日毎日、一歩一歩前進しないといけない時代であり、じっくり考える時間もありませんので、責任も重大です。

2月の侵攻直前にウクライナを離れ、数ヵ月間の避難を経てウクライナに戻り、芸術監督に就任。ここまでの流れのなかで、ご自身にとってウクライナという国の存在の大きさを改めて感じたことなどがあれば聞かせてください。
寺田 私は2月23日にキーウの町を出て、翌日の朝に友人からの電話で戦争が始まったと聞きました。まさか本当に戦争が起こるとは思っていなかったので、最初は信じられませんでした。その後はミュンヘンに渡って、約100日間(ダンサーや生徒たちの)サポートをしました。朝6時頃から深夜2時頃まで子どもたちや親からの電話を受けながら、私自身もこれからどう動いていけばいいかわからない状態でした。けれどヨーロッパに残ってサポートしていくと決めた以上、自分が苦しいと思ってしまえば、本当に苦しんでいる人たちをサポートすることはできないと気がついた。それからはもう自分のことは一切考えずに、約100日間すべて、ウクライナの子どもたち、ダンサーたち、芸術家たちをサポートするためだけに生きてきました。いまでもたくさんの友人から「君にウクライナに行くなと言っても行くのはわかっている。だから体だけは気を付けてね」と言われます。私の母親は、もちろん何も言いません。言っても無駄だと思っているからだと思います。

私はウクライナを7ヵ月間離れたあと、夜行列車でキーウに戻りました。キーウの駅って、特別な匂いがするんですよ。というのも、私が1987年に初めてキエフ国立バレエ学校(当時)へ留学した時も、夜行列車でキーウの町に入ったんですね。あの時から35年。今回久しぶりに夜行列車に乗ってヨーロッパからキーウの駅に着いた時、再びあの匂いを感じました。そして今まで以上に、大きく空気を吸えたような気がして。その瞬間、私はやっぱりウクライナが好きなんだなと、この国で育った私は本当に幸せな人間だと、強く感じました。

その次の日にカンパニーに行くと、団員たちはびっくりしていました。みんな、「ウクライナ人でも戻るかどうか悩むような状況なのに、外国人である日本人が戻ってきてくれて本当に嬉しい」と言ってくれました。私が今回芸術監督になれたのは、もしかしたら空の上から何かの合図があったのかもしれない。芸術監督になった以上、ウクライナの芸術をサポートして、素晴らしいバレエ団にしていくのが、私の役目です。

来日したウクライナ国立バレエのダンサーやスタッフたち。写真中央の後ろ姿がバレエ芸術監督に就任した寺田宜弘氏 ©️Ballet Channel

停電や空襲警報によって、日々のレッスンやリハーサルに変化はありますか?
寺田 私が10月に行った時は、ずっとサイレンが鳴っていました。初めて聞いた時は外にいたのですが、あたりを見回すとみんな普段どおりで、カフェで食事をしている人もいて……ここで東洋人が一人で慌てて隠れたりするのも失礼かなと思い(笑)、どうしたらいいかわかりませんでした。

劇場のほうは、5月と6月はほぼ平和な日々を送ることができていたんですよ。サイレンが鳴ってもリハーサルは続けていましたし、停電もありませんでした。しかし10月になってキーウの町に攻撃があった後は、サイレンが鳴るとみんなで劇場の地下室に行き、2~3時間過ごしたこともあります。ただ、今回日本に来る直前の1週間ほどは、サイレンが鳴ってもリハーサルを止めて地下室に行ったダンサーは誰もいません。

今回、この戦争中に180人のウクライナの芸術家が日本に来るというのは奇跡だと思います。本当に歴史に残る日本ツアーです。私も団員たちも、この日本ツアーに夢と希望を持っていたからこそ、サイレンが鳴ろうと何があろうとみんなで無事に舞台を続けることができたのだと思います。

芸術監督の任期は決まっていますか?
寺田 決まってはいません。総裁によって変わります。
10年くらい続ける人もいますか?
寺田 10年はいないですね。
今回の就任にあたっては、芸術監督としてこういうことをして欲しいという国からの要請や国民からの声などは具体的にありましたか?
寺田 いまは戦争中で精神的にデリケートな時代ですし、私は芸術監督になって1週間後にもう日本に向かっていましたので。ただ、日本に発つ前の1週間は、バレエ『パキータ』、バレエ『ショピニアーナ』、それから全幕バレエという3つの作品の仕事をしました。この3つの作品で踊ったダンサーたちはすべて今回日本に来たメンバーです。そして総裁のほうには、今シーズンに3つの新作を作るということで、すでに2023年7月までのプランを渡してきました。ツアーを終えてキーウに戻ったら、そのプランに向けて仕事を進めていきたいと思っています。
こういう状況の中で芸術監督に選ばれたことについて。たとえば国民の団結を図るためにはウクライナ人を選ぶという考え方もあったのではと思うのですが。
寺田 そういう考え方もあると思います。ただ、ウクライナに残っている団員たちと、ヨーロッパに残っている団員たちの考え方は、まったく違うんです。それを1つにまとめるのは、ウクライナ人では難しいことです。私はウクライナに35年住んでいて、日本人でもウクライナ人でもない(とも言える)。だからこそまとめることができるのではないかという考えも、総裁や文化省にはあったのかもしれませんね。
そういう役割も期待されて、極東、日本人の寺田さんが選ばれたと。
寺田 それだけではないと思いますけれども。総裁とは1995年からずっと同じ劇場の中で仕事をしていて信頼関係もあるし、文化省の方とも長いお付き合いです。ですから信頼関係がいちばん強かったのではないかと私は思います。

ウクライナ国立バレエの団員たちと 写真提供:光藍社

★ウクライナ国立バレエ来日公演『ドン・キホーテ』公開ゲネプロのようす(撮影・編集:バレエチャンネル)

公演情報

■ウクライナ国立バレエ「ドン・キホーテ」

2022.12.17(土)
14:00開演(13:15開場)
神奈川県民ホール 大ホール

2022.12.18(日)
12:00開演(11:00開場)
東京国際フォーラム ホールA

2022.12.19(月)
18:30開演(17:45開場)
昌賢学園まえばしホール 大ホール

2022.12.20(火)
18:30開演(17:45開場)
市川市文化会館 大ホール

2022.12.22(木)
18:30開演(17:45開場)
めぐろパーシモンホール 大ホール

2022.12.23(金)
18:30開演(17:45開場)
いわき芸術文化交流館アリオス 大ホール

2022.12.24(土)
15:00開演(14:15開場)
あきた芸術劇場ミルハス 大ホール
※光藍社チケット取扱なし:詳細・チケット購入はこちら

2022.12.25(日)
16:00開演(15:15開場)
やまぎん県民ホール(山形県総合文化芸術館)大ホール

2022.12.26(月)
17:00開演(16:15開場)
東京文化会館 大ホール

2022.12.27(火)
14:00開演(13:15開場)
東京文化会館 大ホール

2022.12.28(水)
15:00開演(14:15開場)
アクトシティ浜松 大ホール

2022.12.30日(金)
16:00(15:15開場)
ウェスタ川越 大ホール

上演時間:約3時間
公演情報:https://www.koransha.com/ballet/ukraine_ballet/

■ウクライナ国立歌劇場管弦楽団「第九」

2022.12.28(水)
14:00開演(13:15開場)
横浜みなとみらいホール 大ホール

2022.12.29(木)
13:00開演(12:15開場)
東京オペラシティ コンサートホール

2022.12.30(金)
14:00開演(13:15開場)
東京オペラシティ コンサートホール

公演情報:https://www.koransha.com/orch_chamber/daiku/

■ウクライナ国立歌劇場「新春オペラ・バレエ・ガラ」

2023.1.3(火)
12:30開演(11:45開場)/16:30開演(15:45開場)
東京国際フォーラム ホールC

上演時間:約2時間
公演情報:https://www.koransha.com/ballet/ukraine_ballet/

■ウクライナ国立歌劇場「カルメン」

2023.1.6(金)
13:00開演(12:15開場)
東京文化会館 大ホール

2023.1.7(土)
13:30開演(12:45開場)
東京文化会館 大ホール

2023.1.8(日)
15:00開演(14:00開場)
フェスティバルホール

2023.1.9(月祝)
15:00開演(14:15開場)
愛知県芸術劇場 大ホール
※光藍社チケット取扱なし:詳細・チケット購入はこちら

2023.1.10(火)
18:30開演(17:45開場)
和歌山県民文化会館 大ホール

2023.1.13(金)
18:30開演(17:45開場)
長野市芸術館 メインホール
※光藍社チケット取扱なし:詳細・チケット購入はこちら

2023.1.14(土)
15:00(14:15開場)
高崎芸術劇場 大劇場
※光藍社チケット取扱なし:詳細・チケット購入はこちら

上演時間:約3時間
公演情報:https://www.koransha.com/ballet/ukraine_opera/

【問合せ】光藍社チケットセンター 050-3776-6184(12:00~16:00/土日祝、12/29~1/4休み)

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