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【第45回】ウィーンのバレエピアニスト〜滝澤志野の音楽日記〜舞踏会の街、ウィーン

滝澤 志野

ウィーン国立バレエ専属ピアニストとして、バレエダンサーを音楽の力で支えている滝澤志野さん。
彼女は日々の稽古場で、どんな思いを込め、どんな音楽を奏でているのでしょうか。

“バレエピアニスト”というプロフェッショナルから見たヨーロッパのバレエやダンサーの“いま”について、志野さん自身の言葉で綴っていただく連載エッセイ。
日記の最後には、志野さんがバレエ団で弾いている曲の中から“今月の1曲”を選び、読者のみなさんのためだけに演奏した動画も掲載します。

更新は隔月(基本的に偶数月)です。美しいピアノの音色とともに、ぜひお楽しみください。

♪「ウィーンのバレエピアニスト 滝澤志野の音楽日記」バックナンバーはこちら

舞踏会の街、ウィーン

毎年この季節になると、寒空の下で宝石箱のように煌めきを増すウィーンの街。そう、ウィーンは音楽・芸術の都であると同時に舞踏会の街であり、1月から2月にかけて夜な夜な舞踏会が開催されるのです。イブニングドレスと燕尾服に身を包んだ人々がウィンナーワルツやポルカに興じ、一晩中踊り明かすさまは、まるで映画のなかの出来事のようで……。19世紀初頭に始まったウィーンの舞踏会文化は、そのクラシカルなスタイルを今も守りながら豊かに息づいています。オーストリア国内で1シーズンに400から450という数の舞踏会が行われているなんて、いかに国民に愛され、浸透している文化かということがうかがえますね。

なかでも、ウィーン国立歌劇場で催される「オペラ座舞踏会」は、オーストリア大統領の主催で行われる世界一の規模の舞踏会で、特別に格式高いものです。内部の人間にとってもスペシャルなこの宴、私も幾度となく参加してきましたが、夢のような思い出が詰まっています。そこで今回は、このオペラ座舞踏会とはどのようなものか、これまでの思い出を振り返りつつ、夢の世界にみなさまをご招待したいと思います。

世界一の舞踏会、オペラ座舞踏会

第1回オペラ座舞踏会は1877年、オーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフ1世の主催でおこなわれました。以来、第二次世界大戦で歌劇場が焼失して中断された10年間とコロナ禍(!)等のごくわずかな例外を除き、毎年開催されています。今年は3年ぶりにウィーンに舞踏会が帰ってきた! と、人々は嬉しさを隠しきれない様子です。

2020年2月20日、コロナ禍直前に奇跡的に開催されたオペラ座舞踏会

オペラ座舞踏会は毎年「灰の水曜日」直前の木曜日に行われます。灰の水曜日とはキリストの復活祭(イースター)までの46日の初日を指すもので、今年(2023年)は2月22日です。カトリックの国ではその日からイースターまで、人々は嗜好品などを断ち粛々と過ごします。その静かな期間を迎える前にみんなでお祭り騒ぎをするのがオーストリアの舞踏会シーズン。

歌劇場には華やかなエントランスが設置され、リング通りは一晩じゅう交通規制が敷かれます。リムジンや馬車(!)で乗りつける人も

世界中からゲストを迎える舞踏会の準備は大がかり。通常、ウィーン国立歌劇場のキャパシティは2,280名ですが、舞踏会当日は5,000人もの人が来場します。平土間の客席は取り外され、舞台と平土間がワンフロアの舞踏会会場として繋げられ、舞台上には3階建てのボックス席が設営されます。そして、劇場じゅうが一流のフラワーデザイナーによる生花で彩られるのです。

ひと晩だけの装花。お花の香りで満たされるホワイエ

オペラ座の地下2階から最上階までがダンスフロアと化すので、稽古場もパーティー仕様に変えられます。オペラ座全館の壁は年に一度、舞踏会の前にきれいに塗り直されます。

ちなみに、入場券は350ユーロ(座席なし、約5万円)、ボックス席は1ボックス23,600ユーロ(約330万円)で販売されます。凄い金額ですが毎年すぐに売り切れてしまいます。

数年前、知り合いのボックス席にお呼ばれしました

22時。いよいよオープニングセレモニーが始まります。ファンファーレ、国歌斉唱、デビュタントの入場、ウィーンフィルによる演奏、バレエ、ドミンゴ、ネトレプコ、カウフマンらスーパースターによるオペラアリア独唱と続き、人々を夢の世界に誘います。

バレエはマラーホフ氏が振付に来たことも。ルグリ監督も二度踊りました

美しき青きドナウの調べにのせて

芸術の殿堂での夢の競演は素晴らしいものですが、舞踏会の主役はなんといってもデビュタント。昔は貴族や上流階級の人々の社交界デビュー=デビュタントでしたが、今はダンススクールに通う18歳から23歳の男女のなかからオーディションで選ばれるそうです。デビュタントの女性は純白のドレスに身を包み、オペラ座から贈られるティアラをつけます。このティアラはスワロフスキー社製のもので、大戦後に舞踏会が再開されて以来ずっと同社が制作している伝統の一品なのだそう。

2023年のデビュタントのティアラ

毎年、そうそうたるデザイナーがティアラをデザインしているのですが、2017年カール・ラガーフェルド、2018年ドルチェ&ガッバーナ、2019年ヴェルサーチ、2020年クリスチャン・ラクロワ……という綺羅星のようなデザイナーの名前が並んでいて、ため息がでます。

舞踏会の真骨頂、セレモニーのフィナーレで「美しき青きドナウ」にのせてデビュタントたちがウィーン伝統の左回りのワルツを踊る瞬間、会場中から大きな拍手がわき起こります。私はいつも感動で涙がにじんでしまいます。前日のゲネプロですら目頭が熱くなります。古き良きオーストリアの伝統と現代の若者の夢がリンクするこの光景が本当に美しくて……。ウィーンに来てよかった、この文化に触れられて幸せと心から思います。

そして、「Alles Walzer!」のかけ声で、来場者もフロアに出てみんなでワルツを踊ります。この時は東京の朝の地下鉄構内くらいに混んでいて、ほとんど身動きが取れないのですが(笑)。

同じ劇場の合唱団ピアニスト、吉澤京子さんと

2017年の舞踏会でバレエ団のみんなと

深夜0時、2時、4時には、カドリーユと呼ばれるスクエアダンスに参加するのも楽しみのひとつ。簡単なダンスなのですが、どんどんテンポが速くなり、みんな酔っていて訳がわからなくなり、大笑いして大いに盛り上がります。

4時のカドリーユ。まだこんなに人がいます。平日ですよ(笑)

ポルカやギャロップもみんなで踊ります。主にヨハン・シュトラウスの曲が演奏されるのですが、オペレッタ『こうもり』の2幕にこんなシーンがあるよね、とその世界観を楽しみます。

オペラ座で働くアーティストラウンジもあり、ここで飲むのもよし

それぞれの楽屋での小さなパーティも突発的に発生し、朝5時の終演まで国立歌劇場は壮大なダンスフロアおよび飲み会会場と化します。

ドレスをいろんな人に踏まれるので、ドレスがビリビリに破れたことも。ちなみにハイヒールで踊り明かすのがつらくてスニーカーに履き替えたこともありました。イブニングドレスにスニーカーは流行りのスタイルかもしれない(笑)。

帰りに記念品をもらい、帰宅する頃には夜はすっかり明けています。
朝帰りしてもバレエ団は午前中から始動。なぜか毎年、このシーズンが年間でいちばん忙しく、今週も1週間のうちに異なる3演目5公演を上演しています。とってもヘビー。

そんなに忙しくても、舞踏会に行くと心が元気になる。夢のような一夜がずっと心に残り続けていく。暗く寒い欧州の冬は、舞踏会なしで乗りきるには長過ぎます。この美しい舞踏会の文化が、永遠に変わらず続いていきますように。

みなさま、いつかウィーンで一緒にワルツを踊りませんか?

2023年2月20日 滝澤志野

今月の1曲

今月はもう、これを弾くしかないですよね。オーストリアの第二の国歌と謳われる、ヨハン・シュトラウス作曲「美しき青きドナウ」。聴く機会は本当に多いのですが、ちゃんと演奏するのは初めてでした。ウィンナーワルツとバレエのワルツの弾き方は真逆だなと思いつつ、今回はもちろんウィーン風に ♬

★次回更新は2023年4月20日(木)の予定です

【New Release!】

Dear Chopin(ディア・ショパン)〜Music for Ballet Class

滝澤志野さんの5枚目となる新譜レッスンCDがリリースされました!
志野さんがこよなく愛する「ピアノの詩人」ショパンのピアノ曲で全曲を綴った一枚。
誰もがよく知るショパンの名曲や、『レ・シルフィード』『椿姫』などバレエ作品に用いられている曲等々を、すべて志野さんの選曲により収録しています。
それぞれのエクササイズに適したテンポ感や曲の長さ、正しい動きを引き出すアレンジなど、レッスンでの使いやすさを徹底重視しながら、原曲の美しさを決して損なわない繊細な演奏。
滝澤志野さんのピアノで踊る格別な心地よさを、ぜひご体感ください。

ドキュメンタリー風のトレイラー全収録曲リストなど、詳細はこちらのページでぜひご覧ください
♪ご購入はこちら

●CD、52曲、78分 ●価格:3,960円(税込)

配信販売中!

現在発売されている滝澤志野さんのベストセラー・CDを配信版でもお買い求めいただけます。
下記の各リンクからどうぞ。

★作曲家シリーズ
♪Dear Tchaikovsky https://linkco.re/pEHd0G2A?lang=ja

★「Dramatic Music for Ballet Class」シリーズ

★滝澤志野さんのアーティスト情報ページはこちら

Now on Sale

Dear Tchaikovsky(ディア・チャイコフスキー)〜Music for Ballet Class
ウィーン国立バレエ専属ピアニスト 滝澤志野

バレエで最も重要な作曲家、チャイコフスキーの美しき名曲ばかりを集めてクラス用にアレンジ。
バレエ音楽はもちろん、オペラ、管弦楽、ピアノ小品etc….
心揺さぶられるメロディで踊る、幸福な時間(ひととき)を。

●ピアノ演奏:滝澤志野
●監修:永橋あゆみ(谷桃子バレエ団 プリンシパル)
●発売元:新書館
●価格:3,960円(税込)

★収録曲など詳細はこちらをご覧ください

ドラマティック・ミュージック・フォー・バレエ・クラス1&2&3 滝澤志野  Dramatic Music for Ballet Class Shino Takizawa (CD)
バレエショップを中心にベストセラーとなっている、滝澤志野さんのレッスンCD。Vol.1では「椿姫」「オネーギン」「ロミオとジュリエット」「マノン」「マイヤリング」など、ドラマティック・バレエ作品の曲を中心にアレンジ。Vol.2には「白鳥の湖」「眠れる森の美女」「オネーギン」「シルヴィア」「アザー・ダンス」などを収録。Vol.3ではおなじみのバレエ曲のほか「ミー&マイガール」や「シカゴ」といったミュージカルナンバーや「リベルタンゴ」など、ウィーンのダンサーたちのお気に入りの曲をセレクト。ピアノの生演奏でレッスンしているかのような臨場感あふれるサウンドにこだわった、初・中級からプロフェッショナル・レベルまで使用可能なレッスン曲集です。
●ピアノ演奏:滝澤志野
●Vol.2、Vol.3監修:永橋あゆみ(谷桃子バレエ団 プリンシパル)
●発売元:新書館
●価格:各3,960円(税込)

この記事を書いた人 このライターの記事一覧

大阪府出身。桐朋学園大学短期大学部ピアノ専攻卒業、同学部専攻科修了。2004年より新国立劇場バレエ団のピアニスト。2011年よりウィーン国立バレエ専属ピアニストに就任。 レッスンCD「Dramatic Music for Ballet Class」Vol.1、2、3、「Dear Tchaikovsky~Music for Ballet Class」、「Dear Chopin〜Music for Ballet Class」をリリース(共に新書館)。国内のバレエショップを中心にベストセラーとなっている。2023年7月大阪・東京で初のピアノソロリサイタルを開催。初のピアノソロアルバム「Brilliance of Ballet Music~バレエ音楽の輝き」も同時発売。

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