ウィーン国立バレエ専属ピアニストとして、バレエダンサーを音楽の力で支えている滝澤志野さん。
彼女は日々の稽古場で、どんな思いを込め、どんな音楽を奏でているのでしょうか。
“バレエピアニスト”というプロフェッショナルから見たヨーロッパのバレエやダンサーの“いま”について、志野さん自身の言葉で綴っていただく月1連載。
日記の最後には、志野さんがバレエ団で弾いている曲の中から“今月の1曲”を選び、バレエチャンネルをご覧のみなさんのためだけに演奏した動画も掲載します。
美しいピアノの音色とともに、ぜひお楽しみください。
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CD「Dear Chopin」が発売になりました
2022年が終わります。この一年、みなさまにとってどんな一年でしたでしょうか。
私の2022年はショパンに始まり、ショパンに終わった年でした。1月、ラトマンスキー振付『24 Préludes』の稽古で、24曲のショパンのプレリュードを朝から晩まで弾いていました。そんな生活を送るうちに、次のCDはショパンに、と自然に心が決まりました。すんなりレコーディングの予定がたち、夏に向けて選曲したり、調べものをしたり。夏にはショパンが過ごしたパリとマヨルカ島に赴き、私なりの小さなショパン留学をしてショパンに向き合い、レコーディングに臨みました。
そして今月。CDが発売になりました。「Dear Chopin(ディア・ショパン)」……本当にショパンへのお手紙のような一枚です。
これは手前味噌ですが、私はCDを作るたびに、最新作が今までで最高の出来だと感じています。 1枚目を作った時は、今後これ以上のものを作る自信がなく、最初で最後のCDになると思っていました。でも、それを超える何かが自分のなかに生まれた時、再び作品づくりに挑めるのでしょうか。そして5回目の挑戦で、ショパンというピアニスト冥利に尽きる作曲家のこんな美しい音楽でCDが作れたことを幸せに思っています。末永くみなさまに愛され、たくさん踊っていただけるCDになりますように。なお、旧友である読売新聞社の祐成秀樹さんがCDブックレットに寄稿してくださった解説文がこちらに、プロデューサーの阿部さや子さんによる私のインタビューがこちらに掲載されているので、そちらもぜひ読んでいただけたら嬉しいです。
誰かの夢に寄り添う
さて、最近、バレエ団で素敵なことがありました。
今月ウィーンで上演している『リーズの結婚』公演において、若手ダンサーたちが主役デビューしたのです。リーズ役のナタリア・ブチコ(Natalya Butchko)は入団5年弱で、これまでに小さなソロを踊ったのは3回くらい。実力に対して恵まれたキャリアには見えなかった彼女にとっては大抜擢となりました。じつは3年前、初めてソロ(『海賊』のオダリスク)を踊った彼女に「貴女にはリーズ役がぴったりだと思う。いつか踊るのを楽しみにしているね」と伝えました。彼女はその時「まさか!」と笑い飛ばしていたけれど、この日が本当にやってきた。最近稽古場で「私が昔言ったこと覚えてる?」と聞いたら、「覚えてる。志野は気が狂ってると思っていたの。でも、そんな風に信じていてくれてありがとう」と。
『リーズの結婚』主役デビューしたナタリアとアルネ(・ヴァンダーヴェルデ Arne Vandervelde)
ナタリアの他にも、絶対プリンシパルになろうね、と約束しているダンサーもいます。毎日稽古場でみんなを見ていて、そっと応援していて、時には言葉にして伝えて、そして夢が叶う瞬間に立ち会える。それは自分の夢そのものでもあるのです。バレエピアニストという仕事には、そんな幸せな側面があると、年齢を重ねて最近強く感じるようになりました。
生きること、死ぬこと
さて、話は唐突に変わりますが、昨日(2022年12月17日)、ウィーンで大変お世話になっていた指揮者の湯浅勇治さんがご病気で亡くなられました。湯浅氏はウィーン国立音楽大学で30年以上教鞭を執られ、有名な指揮者を多く育てられたレジェンドです。音楽に熱く、他者に惜しみなく与えきる人で、周りの方々に慕われていました。6月の「ヌレエフ・ガラ」で指揮したグリエルモ・ガルシア・カルボ氏も彼の弟子で、「ヌレエフ・ガラ」のゲネプロにも来てくれ、ピアノ協奏曲を弾いた私にもアドバイスをくれました。
つい最近までみんなで飲んでいましたし、10日前にも電話をもらったばかりで、もっとできることがあったはずだと後悔の念ばかりが心に浮かび、急な訃報をまったく受け入れられません。このところ、私は自分の生き方に迷いがあり、湯浅氏に相談にのってもらっていました。いろんな言葉をいただきましたが、一番印象に残っているのは「あなたにお願いしたいのは、バレエ音楽の良さを伝えていってほしいということ。もっと演奏活動をしなさい。あなたには愛とエネルギーがある」との言葉。悲しみのなかで、私はいかに音楽に、または人生に向き合っていくべきなのかを突きつけられている気がしました。
生きるとは、死ぬとはどういうことなのだろう。始まりがあれば終わりがある。その人に二度と会えない、話すことができないことを強烈に寂しく思ういっぽうで、何も失っていないような気もするのです。近くにいても離れていても生きていても死んでいても、その人を想う限り、心がそばにあると感じられる。亡き後も誰かの心の中で生き続けることができたら、それはとても幸せなのではないでしょうか。
そして、季節が巡るように、いつか命も廻っていくものなのかもしれません。親愛なる氏が空に還ったその日、ナタリアのような若い人たちの夢が花開いていくように。すべては流動し、ひとところに留まっているものは何もない。もしかしたら、始まりも終わりもない。すべては廻っているのかもしれません。
いまを生きる
さて、この一年考えてきたことですが、わがままを言って、この連載を来年から隔月にしていただくことにしました。2019年5月にバレエチャンネルが立ち上がってから、3年半毎月綴り続けてきましたが、その間にバレエ団も自分も変化してきました。これは音楽日記なので、そんな変化も綴っていけばいいのですが、毎月の動画つきの連載が負担にもなってきたのです。時間に追われるということもありますが、何よりも私は、今後、自分の道を歩いていくために、静かに考える時間とピアノを弾く時間が必要だと思い当たったのです。新しい夢も生まれ、それに向かって充電期間を設けながら、時折お便りできたら。そんな私のわがままを受け入れてくださったことに感謝します。
じつはバレエチャンネルに書き残しておきたいことがまだ書けていません。それは、ウィーン時代のマニュエル・ルグリのことです。彼がどんな監督だったか、どんな人だったか。バレエ団がどう変化して、彼と私たちはその時何を見ていたのか。そんな大切過ぎる記憶を書かずして志半ばに連載を終えることはできないと思っているので、どうか気長にお待ちいただけますでしょうか。どうぞよろしくお願い致します。
とりとめがなくなってしまいましたが、2022年もこんな音楽日記にお付き合いいただき、ありがとうございました。またリフレッシュして、来年からは偶数月にお目にかかれたらと思います。
素敵なクリスマスを、そして、良いお年をお迎えください。
2022年12月20日 滝澤志野
今月の1曲
湯浅氏との突然の別れに直面し、連載原稿の締切が迫っているにもかかわらず、今日動画なんて撮れるわけないと取り乱しました。でも、彼が逝ってしまった日だからこそピアノに向かおうと。私も彼も音楽家だから、音楽で弔うことができたら。クリスマス1週間前にひとりで眠りについた彼に演奏で寄り添いたい。気づいたらこの曲が私の心に流れていました。「きよしこの夜」。彼が愛した、ここオーストリアの地で生まれた聖歌。
みなさまのもとにも静かであたたかなクリスマスが降り注ぎますように。
★次回更新は2023年2月20日(月)の予定です
【New Release!】
Dear Chopin(ディア・ショパン)〜Music for Ballet Class
滝澤志野さんの5枚目となる新譜レッスンCDがリリースされました!
志野さんがこよなく愛する「ピアノの詩人」ショパンのピアノ曲で全曲を綴った一枚。
誰もがよく知るショパンの名曲や、『レ・シルフィード』『椿姫』などバレエ作品に用いられている曲等々を、すべて志野さんの選曲により収録しています。
それぞれのエクササイズに適したテンポ感や曲の長さ、正しい動きを引き出すアレンジなど、レッスンでの使いやすさを徹底重視しながら、原曲の美しさを決して損なわない繊細な演奏。
滝澤志野さんのピアノで踊る格別な心地よさを、ぜひご体感ください。
♪ドキュメンタリー風のトレイラーや全収録曲リストなど、詳細はこちらのページでぜひご覧ください
♪ご購入はこちら
●CD、52曲、78分 ●価格:3,960円(税込)
配信販売中!
現在発売されている滝澤志野さんのベストセラー・CDを配信版でもお買い求めいただけます。
下記の各リンクからどうぞ。
★作曲家シリーズ
♪Dear Tchaikovsky https://linkco.re/pEHd0G2A?lang=ja
★「Dramatic Music for Ballet Class」シリーズ
Now on Sale
Dear Tchaikovsky(ディア・チャイコフスキー)〜Music for Ballet Class
ウィーン国立バレエ専属ピアニスト 滝澤志野
バレエで最も重要な作曲家、チャイコフスキーの美しき名曲ばかりを集めてクラス用にアレンジ。
バレエ音楽はもちろん、オペラ、管弦楽、ピアノ小品etc….
心揺さぶられるメロディで踊る、幸福な時間(ひととき)を。
●ピアノ演奏:滝澤志野
●監修:永橋あゆみ(谷桃子バレエ団 プリンシパル)
●発売元:新書館
●価格:3,960円(税込)
★収録曲など詳細はこちらをご覧ください
- ドラマティック・ミュージック・フォー・バレエ・クラス1&2&3 滝澤志野 Dramatic Music for Ballet Class Shino Takizawa (CD)
- バレエショップを中心にベストセラーとなっている、滝澤志野さんのレッスンCD。Vol.1では「椿姫」「オネーギン」「ロミオとジュリエット」「マノン」「マイヤリング」など、ドラマティック・バレエ作品の曲を中心にアレンジ。Vol.2には「白鳥の湖」「眠れる森の美女」「オネーギン」「シルヴィア」「アザー・ダンス」などを収録。Vol.3ではおなじみのバレエ曲のほか「ミー&マイガール」や「シカゴ」といったミュージカルナンバーや「リベルタンゴ」など、ウィーンのダンサーたちのお気に入りの曲をセレクト。ピアノの生演奏でレッスンしているかのような臨場感あふれるサウンドにこだわった、初・中級からプロフェッショナル・レベルまで使用可能なレッスン曲集です。
- ●ピアノ演奏:滝澤志野
●Vol.2、Vol.3監修:永橋あゆみ(谷桃子バレエ団 プリンシパル)
●発売元:新書館
●価格:各3,960円(税込)