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【新レッスンCD発売!】滝澤志野SPインタビュー「ショパンの音楽に流れる詩情、感情のひだ、自然な呼吸。だから彼の楽曲は、バレエと相性がいいのだと思います」

阿部さや子 Sayako ABE

★収録曲の抜粋を少しずつ動画にまとめました。CDの試聴がわりにどうぞご覧ください↑↑↑

ウィーン国立バレエ専属ピアニスト滝澤志野さんの、5枚目となる新譜レッスンCD「Dear Chopin〜Music for Ballet Class」(ディア・ショパン〜ミュージック・フォー・バレエ・クラス)が、全国のバレエショップ・CD取扱店でいよいよ発売になりました。

「ピアノの詩人」と呼ばれるショパンは、ピアニストにとって特別な作曲家。彼の楽曲だけでレッスン曲CDを作ることには、だからこその喜びもプレッシャーもあったと志野さんはいいます。
2022年7月下旬、CD「Dear Chopin」のレコーディングを終えた直後の志野さんに、ショパンの音楽の魅力や特徴、選曲や編曲に込めた思い等についてお話を聞きました。

*CD「Dear Chopin〜Music for Ballet Class」添付ブックレットに掲載したものを転載しています

©️Ballet Channel

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まずは今作「Dear Chopin」のレコーディングを終えての感想を。
ピアニストにとって、ショパンは特別です。これは私の個人的な考えですが、ショパンって、ピアノという楽器の音色を最も美しく繊細に響かせる作曲家だと思うんですね。だからこそ、オール・ショパンで一枚のCDを作るのは、ピアニストとして喜びであると同時にプレッシャーでもあり……全曲がピアノ曲ということもあり、同じような印象にならないようにするなど、工夫も必要でした。
志野さんが愛する作曲家にフォーカスしたレッスンCDシリーズ、1枚目は「Dear Tchaikovsky」でした。チャイコフスキーと比べて、ショパンの楽曲をレッスン用にアレンジする作業はいかがでしたか?
ショパンには「バレエ曲」として作られたものが1曲もありません。チャイコフスキーには「白鳥の湖」「眠れる森の美女」「くるみ割り人形」というクラシック・バレエのための音楽があって、それらには物語があるので、各楽曲にも彩り豊かなカラーが備わっているんですね。でもショパンの場合は、もちろんワルツやマズルカ、ポロネーズなど「舞曲」として作られたものはありますけれど、それらの民族舞踊的な色彩を保ちながらバレエ用に弾くというのは、簡単なことではありませんでした。
ただ、「ピアノの詩人」と称されるショパンの楽曲には、明確な物語はなくとも、豊かな詩情があります。そして自然な呼吸もある。それはバレエという舞踊がもつポエティックな美や呼吸ととても相性がよく、だからこそ世界中の振付家がショパンの音楽でたくさんのバレエ作品を生み出してきたのだとも思います。ですから今回は、ショパンの詩的な響きとバレエの動きを融合させるようなイメージで編曲したつもりです。
もうひとつ難しかったのは、弾き方です。バレエのレッスン曲というのは基本的にイン・テンポ、つまりテンポを揺らさず、適正な速度を保って演奏することが求められるんですね。でも、ショパンの音楽は一節一節に感情のひだがあって、決して淡々と進んでいくものではありません。そのショパンならではの魅力をできる限り守りながら、CDを使う人にとって踊りやすく、そして踊りたくなるように弾いていくこと。それが今回のいちばん大きなチャレンジでした。
志野さんは今回のレコーディングの前にパリへ赴き、彼の地でひたすらショパンを弾く毎日を過ごしてきたそうですね。
ウィーン国立バレエの専属ピアニストになって11年経つ(2022年現在)のですが、私はチャイコフスキー作品を担当することが圧倒的に多くて、仕事でショパンを弾いたのはほんの2〜3回しかないんです。だから今回のCDを作ろうと決めた時、いつもの環境から離れて、まっさらな状態でショパンのことだけを考えたいと思いました。ショパンはワルシャワ生まれですが、ウィーンを経て21歳でパリに渡り、その地で生涯を過ごしました。つまり39歳の若さで亡くなった彼の作曲活動や交友関係のほとんどはパリにあったと言っても過言ではありません。その街で自分がショパンを弾いた時、何を感じるのか。それが知りたくて、自分なりの小さな「ショパン留学」をすることにしました。

2022年夏、「ショパン留学」でパリを訪れたときの演奏(連載第39回より

パリでショパンを弾く毎日を送ってみて、どうでしたか?
ショパンが活躍した時代は、折しもパリで『ジゼル』などのロマンティック・バレエが開花した頃だったんですね。彼の音楽は、その時代の空気感も確かに孕んでいる。そんなことを肌で感じられた時間でもありました。
ただそのいっぽうで、ショパンの生きた街で、同じ空を見上げた時、「彼はきっとこういう気持ちだったんじゃないか」というものが胸に迫ってきました。頭のなかに流れ続けるショパンのメロディが、その時の私自身の状況ともリンクして……切なくて泣きたくて、しまいには「もうここにはいられない」と思うほど、苦しくなってしまいました。
その時に体験した感情やインスピレーションは、今回のレコーディングにも何か影響をもたらしましたか?
そう思います。レッスン曲として弾くためにはもちろん原曲を少しアレンジする必要があって、今回はショパンと対話するような気持ちで編曲をしていたんですね。その時に、晩年のショパンが抱えていた病気の苦しみや、人間関係の悲しみみたいなものを、心の深いところで感じられたような気がして。ショパンにとっても何か救いになるような、彼の人生に光を降らせるようなCDを作れたら……本当におこがましいのですが、そんなふうに思いました。

©︎Ballet Channel

今回の演奏はロマンティックで繊細、そして情熱的な印象を受けますが、中にはジャズっぽいものやタンゴ調のアレンジもあって、遊び心もありますね。
私はカンパニーで弾いているので、ひとつのバレエレッスンの中でもいろいろなタイプの音楽が求められるんです。楽曲を多彩な曲調にアレンジして弾くことはバレエピアニストならではの職能であり、醍醐味でもあるので、このCDを使ってくださる方にもぜひ楽しんでいただきたいです。それから……じつはショパン自身も、病気をするまでは毎晩のように夜会に出かけて、仲間たちと楽しく過ごしていたんですね。キラキラと洗練された美しいものが大好きで、今でいう「パリピ」みたいなおもしろい一面もあって(笑)。そういう彼のチャーミングな部分も、このCDで表現したいと思いました。もしも今この時代にショパンが生きていたら、どんな曲を作るのかな? 彼は決して保守的な人ではなかったから、きっとおもしろいことをするんじゃないかな?って。
選曲でこだわったことは?
「これがショパンの音楽です」というものを表現した一枚にしたかったので、まずは彼の代表的な名曲を網羅するように。それから、ショパンが使われている素晴らしいバレエ作品の曲も揃えました。あと、ありふれた印象にならないように、それほど知られていなくても美しい曲も意欲的に選びました。
志野さんが個人的に思い入れのある曲はありますか?
バレエ作品に使用されている曲、とくに「いつかこの作品を弾けたら」と願っている曲でしょうか。たとえばプリエ用に弾いた「ピアノ協奏曲第2番第2楽章」。これはノイマイヤー振付『椿姫』第1幕の「青のパ・ド・ドゥ」で用いられている憧れの曲です。あるいはストレッチ用に収録した「ノクターン第4番へ長調」は、ロビンズ振付『ダンシズ・アット・ア・ギャザリング』のフィナーレの曲。バレエピアニストとして、いつかダンサーたちと共演できたらと夢見ています。
ボーナス・トラックの「バラード第1番ト短調」も、ノイマイヤー『椿姫』第3幕「黒のパ・ド・ドゥ」に用いられている大曲ですね。レコーディングでの演奏を聴いた時、その一曲の中でピアニスト滝澤志野のあらゆる面を体験したような気がしました。
それがショパンの本物たる所以ではないでしょうか。きっとピアニストなら誰しもにとって特別であり、聴いている人とも感情を分かち合える、そんな作品だと思います。1849年にショパンが亡くなった時、親友であった画家のドラクロワはこう言ったそうです。「彼の魂が消えてしまった。何という大きな損失だろうか」と。でも実際には、それから170年が経った今もなお、彼の魂は少しも消えていません。人々の心の中でずっと生き続けていて、今でも本当に鮮やかに、私たちに語りかけてきます。
この「バラード1番」は、私にとっても大切な思い出と共にある曲です。以前ウィーン国立バレエの「ヌレエフ・ガラ」で「黒のパ・ド・ドゥ」を上演すると決まった時、当時の芸術監督だったマニュエル・ルグリが「ピアノは志野が弾いて」と言ってくださったんです。ちょうどその頃自分の技量が足りないのではと落ち込んでいた私にとって、それがどれだけ大きな光になったか……あの舞台経験は今でも忘れられません。
最後にひとつ聞かせてください。志野さんにとってショパンとはどのような存在ですか?
ショパンは私の心のいちばん近いところにいる作曲家です。幼い頃、初めてショパンのワルツを弾いてすごく嬉しかったこと。初めてのコンクールで「革命のエチュード」を選んだこと。音大の入学試験、卒業試験、初めてのリサイタル……私のピアニスト人生の節目には、いつもショパンがいました。とても近くにいるようで、同じくらい遠くにいるようにも感じられる。決して届くことはないけれど、それでも手を伸ばし続けたいと思う、そんな存在です。

©︎Ballet Channel

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Dear Chopin(ディア・ショパン)〜Music for Ballet Class
ウィーン国立バレエ専属ピアニスト 滝澤志野

●ピアノ演奏:滝澤志野
●監修:永橋あゆみ(谷桃子バレエ団 プリンシパル)
●企画・制作協力:阿部さや子(バレエチャンネル)
●製作・販売:新書館
●価格:3,960円(税込)

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