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【第43回】ウィーンのバレエピアニスト〜滝澤志野の音楽日記〜ウィーン国立バレエ、コロナ後初の海外公演便り

滝澤 志野

ウィーン国立バレエ専属ピアニストとして、バレエダンサーを音楽の力で支えている滝澤志野さん。
彼女は日々の稽古場で、どんな思いを込め、どんな音楽を奏でているのでしょうか。

“バレエピアニスト”というプロフェッショナルから見たヨーロッパのバレエやダンサーの“いま”について、志野さん自身の言葉で綴っていただく月1連載。
日記の最後には、志野さんがバレエ団で弾いている曲の中から“今月の1曲”を選び、バレエチャンネルをご覧のみなさんのためだけに演奏した動画も掲載します。
美しいピアノの音色とともに、ぜひお楽しみください。

♪「ウィーンのバレエピアニスト 滝澤志野の音楽日記」バックナンバーはこちら

コロナ禍以来、初の海外公演へ

目の前に錦繍(きんしゅう)色に彩られたライン川が広がっています。じつは今、私たちウィーン国立バレエはドイツのルードヴィヒスハーフェンに公演に来ています。世界がコロナ禍に巻き込まれて約2年10ヶ月。欧州では、ようやく制限なしで引越公演ができるまでになりました。この数年、度重なるロックダウン、隔離、公演中止、渡航中止と幾度も苦難に直面してきましたが、再び扉が開かれたような、雲が晴れていくような、そんな気がして本当に嬉しい。昨シーズンは劇場では毎日のPCR検査が義務づけられていましたが、今回の旅にあたっては検査なし、マスクの着用義務もありません。私たちはコロナを乗り越えつつあるのかもしれませんね。

フランクフルト上空

さて、欧州の多くのバレエ団は、本拠地での公演に加え、様々な国に招聘されて公演をおこなっています。ウィーン国立バレエは基本的には国立歌劇場密着型バレエ団ではあるものの、これまでに、フランス、スペイン、イタリア、ロシア、日本、オマーン、モナコ、セルビアなど、多くの国で公演してきました。今月は、記念すべきコロナ後初海外公演のレポ、そしてツアーでのピアニストの仕事をご紹介したいと思います。

今回はフランクフルトから車で1時間ほどのところにある、マンハイムの隣町ルードヴィヒスハーフェンのフェスティバルに招聘されています。上演するのは、昨シーズンにフォルクスオーパーで初演したトリプルビル。私の担当作品は、ハンス・ファン・マーネン振付『Four Schumann pieces』です。

リハーサル風景

旅公演でのピアニストの仕事

旅公演では、私たちピアニストは普段とは違う役割も担います。朝と公演前のクラス、作品のリハーサルを弾くといった通常業務に加え、本番では音響や照明のキュー出しをすることも多くあります。ガラ公演を上演する際などはとくに、楽譜が読めて振付が頭に入っていて、稽古を共にしてきて作品とダンサーを熟知しているピアニストが、各セクションとの橋渡し役になるのです。

2015年グラナダ公演にて。ウィーン国立歌劇場音響部部長とキュー出し業務前に

舞台稽古ではキュー出しのみならず、現地のスタッフとウィーンのスタッフみんなで力を合わせ、音響や照明をつくる作業も共にします。今回のドイツ公演でも、最終リハのあと劇場に残って、監督、舞台監督、照明スタッフと一緒に作業しました。照明デザイン自体はウィーンでの上演時と同じですが、劇場が変わると見え方が全然違うので微調整が必要となるのです。20代の頃はオペラの稽古ピアニストもしていたのですが、オペラでも本番はピアニストが照明キュー出しをしていました。「舞台裏萌え」な私は、こういう裏方業務がかなり好きです。

フォルクスオーパーの舞台監督のツェリアさん

舞台裏で働いている人たちの真剣な眼差しは美しく、いつもそっと見惚れています。

『Four Schumann pieces』終演後

土地の空気に触れて芸術が変化する

2日間両公演ともチケットはソールドアウトで、公演は大いに盛り上がりました。海外遠征にいくといつも思うのですが、その国、街、劇場、観客の個性というものがあり、同じ作品を上演しても、ウィーンと同じようにはなりません。土地の空気や人に触れ、化学反応が起こるのも生の芸術のおもしろさだなと思います。海外でウィーンの個性に気づかされることもあります。

ドイツとオーストリアは同じドイツ語圏で、近しい文化ではありますが、人も街も、似て非なる個性を持っているなと感じます。とくにドイツは州ごとの個性も強いのではないでしょうか。だからこそ、ドイツのバレエ団はそれぞれ独自性を持っているのだと思います。

稽古の合間に、ルードヴィヒスハーフェンから30分の街、ハイデルベルクに出かけたのですが、紅葉の季節ということも相まって夢のような美しさでした。

こんな風景が見られるのも旅の醍醐味ですね。
(そういえば昔、客船のピアニストとして2週間船の上でピアノを弾いて旅した経験があり、その経験は忘れがたく、旅するピアニストとして生きていきたいと思ったものです。その夢は今、半分叶っているのかもしれませんね)

ちなみに、ハイデルベルクは1835年に25歳のショパンが訪れた街で、彼はここで喀血したのだそうです。この美しい街で、彼はどんな気持ちで過ごしていたのでしょうか……。

こうして、滞りなくすべての公演を終え、私たちはこれからウィーンに帰ります。旅公演に出るといつも、普段はあまりゆっくり話す機会のない同僚たちと時間を共にして、旅をきっかけに深く知り合えたり友情が生まれたりもします。それもまたカンパニーピアニストとして旅公演に参加する醍醐味で。これまでの大切な旅公演のアルバムにドイツでの想い出も加え、また新しい風景を見ることを楽しみにしながら、ホーム、ウィーンに戻りたいと思います。

Dear Chopin…

追記。図らずもドイツでショパンの足跡を辿ることができたわけですが、来月初旬、いよいよ新しいバレエレッスンCD「Dear Chopin ~Music for ballet class」が発売になります。ジャケットデザインも初めて見た時はあまりに素敵で感激しましたが、最高にロマンティックで美しい一枚ができてしまったと自負しています。ぜひショパンと一緒に踊っていただけると嬉しいです。

詳細・ご予約はこちらから。

今月の1曲

旅する時はいつも、その地に縁ある音楽について想いを巡らせている私。以前、ドイツのライプツィヒとアイゼナハにヨハン・セバスチャン・バッハの聖地巡礼に訪れたのですが、私にとって、ドイツに来て想うのはやはりバッハ。彼のこの曲が頭に流れていたので、稽古の合間に劇場ロビーのピアノで弾いてみました。以前、ノイマイヤー振付『バッハ組曲 II』公演で、オケと一緒にチェンバロを弾いた思い出もあります。では、G線上のアリア in Germany をどうぞ。

2022年11月20日 滝澤志野

★次回更新は2022年12月20日(火)の予定です

【NEWS】2022年12月上旬発売!

Dear Chopin(ディア・ショパン)〜Music for Ballet Class

滝澤志野さんの5枚目となる新譜レッスンCDがリリースされます!
志野さんがこよなく愛する「ピアノの詩人」ショパンのピアノ曲で全曲を綴った一枚。
誰もがよく知るショパンの名曲や、『レ・シルフィード』『椿姫』などバレエ作品に用いられている曲等々を、すべて志野さんの選曲により収録しています。
それぞれのエクササイズに適したテンポ感や曲の長さ、正しい動きを引き出すアレンジなど、レッスンでの使いやすさを徹底重視しながら、原曲の美しさを決して損なわない繊細な演奏。
滝澤志野さんのピアノで踊る格別な心地よさを、ぜひご体感ください。

ドキュメンタリー風のトレイラー全収録曲リストなど、詳細はこちらのページでぜひご覧ください
♪ご予約はバレエショップフェアリーにて受付中です

●CD、52曲、78分 ●価格:3,960円(税込)

配信販売中!

現在発売されている滝澤志野さんのベストセラー・CDを配信版でもお買い求めいただけます。
下記の各リンクからどうぞ。

★作曲家シリーズ
♪Dear Tchaikovsky https://linkco.re/pEHd0G2A?lang=ja

★「Dramatic Music for Ballet Class」シリーズ

★滝澤志野さんのアーティスト情報ページはこちら

Now on Sale

Dear Tchaikovsky(ディア・チャイコフスキー)〜Music for Ballet Class
ウィーン国立バレエ専属ピアニスト 滝澤志野

バレエで最も重要な作曲家、チャイコフスキーの美しき名曲ばかりを集めてクラス用にアレンジ。
バレエ音楽はもちろん、オペラ、管弦楽、ピアノ小品etc….
心揺さぶられるメロディで踊る、幸福な時間(ひととき)を。

●ピアノ演奏:滝澤志野
●監修:永橋あゆみ(谷桃子バレエ団 プリンシパル)
●発売元:新書館
●価格:3,960円(税込)

★収録曲など詳細はこちらをご覧ください

ドラマティック・ミュージック・フォー・バレエ・クラス1&2&3 滝澤志野  Dramatic Music for Ballet Class Shino Takizawa (CD)
バレエショップを中心にベストセラーとなっている、滝澤志野さんのレッスンCD。Vol.1では「椿姫」「オネーギン」「ロミオとジュリエット」「マノン」「マイヤリング」など、ドラマティック・バレエ作品の曲を中心にアレンジ。Vol.2には「白鳥の湖」「眠れる森の美女」「オネーギン」「シルヴィア」「アザー・ダンス」などを収録。Vol.3ではおなじみのバレエ曲のほか「ミー&マイガール」や「シカゴ」といったミュージカルナンバーや「リベルタンゴ」など、ウィーンのダンサーたちのお気に入りの曲をセレクト。ピアノの生演奏でレッスンしているかのような臨場感あふれるサウンドにこだわった、初・中級からプロフェッショナル・レベルまで使用可能なレッスン曲集です。
●ピアノ演奏:滝澤志野
●Vol.2、Vol.3監修:永橋あゆみ(谷桃子バレエ団 プリンシパル)
●発売元:新書館
●価格:各3,960円(税込)

この記事を書いた人 このライターの記事一覧

大阪府出身。桐朋学園大学短期大学部ピアノ専攻卒業、同学部専攻科修了。2004年より新国立劇場バレエ団のピアニスト。2011年よりウィーン国立バレエ専属ピアニストに就任。 レッスンCD「Dramatic Music for Ballet Class」Vol.1、2、3、「Dear Tchaikovsky~Music for Ballet Class」、「Dear Chopin〜Music for Ballet Class」をリリース(共に新書館)。国内のバレエショップを中心にベストセラーとなっている。2023年7月大阪・東京で初のピアノソロリサイタルを開催。初のピアノソロアルバム「Brilliance of Ballet Music~バレエ音楽の輝き」も同時発売。

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