文/海野 敏(舞踊評論家)

第78回 ランダムネス
■コール・ド・バレエの振付パターン
これまでさまざまな群舞=コール・ド・バレエの振付を紹介してきましたが、振付を分解してみますと、基本的には次の4つのパターンのいずれか、またはその組み合わせから構成されています。
①全員が同じ振付で踊る(ユニゾン)
②複数のグループに分かれて、それぞれが同じ振付で踊る(ブロッキング)
③複数のグループに分かれて、対称的な振付で踊る(シンメトリー)
④同じ振付を少し時間をずらして連鎖的に踊る(カノン)
①は、1列になって同じ振付で進むパターン(第58、59回)や四角に並んでのユニゾン(第64回)が典型的です。②と③は、2つのグループに分かれる場合が多いのですが、3つ、4つ、6つなど場合もあります。キャラクターダンスでは男女がペアになって、男女で別の振付を踊る場合があり(第61、62回)、これも男女2グループに分かれていると考えれば②、③の一種です。また③のシンメトリーは第71、72回に詳しく解説し、④のカノンは前回(第77回)解説しました。
それでは、①と反対に、全員がそれぞれ異なる振付で同時に踊るコール・ド・バレエは古典全幕作品に存在するでしょうか。
私は『ラ・シルフィード』(1832年初演)から『ライモンダ』(1898年初演)まで、19世紀に初演され、現在でも同じ物語設定で上演されている古典全幕作品のさまざまなヴァージョンを探してみました。しかし、結果として、10人以上のダンサーがばらばらの振付で踊る振付は見つけることができませんでした(注1)。
いっぽう、3、4人であれば、それぞれ異なる振付で踊ることは珍しくありません。5、6人ではどうでしょうか。私が唯一見つけたのは『コッペリア』第2幕の場面です。第2幕の冒頭、スワニルダと友人たちはコッペリウス博士の家へ勝手に入り込み、2階の工房に機械仕掛けの人形が5、6体の並んでいるのを発見します。そしてスワニルダたちが人形たちのネジを巻くと、人形役のダンサーたちがそれぞれ別の振付で踊り始めます。
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- 英国ロイヤル・バレエ『コッペリア』より第2幕。スワニルダたちがネジを巻くといっせいに別々の動きで踊り始めます。該当のシーンは54秒から。
とはいえ『コッペリア』の人形役は、コール・ド・バレエと呼ぶよりソリストと呼ぶほうがふさわしいでしょう。どうやら古典バレエでは、コール・ド・バレエの全員がばらばらの振付で踊ることはなさそうです。
■全員がばらばらに動くシーン
多人数の群舞がばらばらに踊ることはないのですが、全員がばらばらに動く場面はあります。舞踊のない演技のみの場面で、多くの登場人物が集まり、それぞれが個々に演技する場面です。具体的には、『くるみ割り人形』でクリスマス・パーティーに人々が集まる場面、『ジゼル』、『ドン・キホーテ』、『海賊』で、それぞれ村や街の広場に人々が集まる場面などです。
全員がばらばらに動く演出は、舞台上に繰り広げられる情景の日常性を強調し、リアリティを強める演劇的効果があります。また、ダンサーそれぞれが独立した役柄であることを際立たせ、生活感や親近感を与える効果もあります。
このように全員が個別に動く場面でぜひ鑑賞していただきたいのは、『ペトルーシュカ』の冒頭です。幕開きからしばらくは謝肉祭の市場に集まった人々がそれぞれ生き生きと演技し、お祭りの日の活気とにぎわいがとてもよく伝わってきます。ただし本作は1911年初演ですから、19世紀初演の古典全幕作品ではありません(注2)。
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- 東京バレエ団『ペトルーシュカ』の映像です。謝肉祭の市場に集まった人々のにぎわいを観ることができます。
いっぽう、『白鳥の湖』、『眠れる森の美女』、『ラ・バヤデール』などの宮殿・城館での場面では、多人数が登場しても全員がばらばらに動くことはあまりありません。なぜなら貴族たちは礼儀作法に従って、格式ばった動きをするからです。貴族たちの世界を描くときには、生活感や親近感を薄める演出が施されることが多くなります。
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- 牧阿佐美バレヱ団『眠れる森の美女』の紹介映像です。冒頭から、宮殿で王と王妃を迎えるようすを観ることができます。
■2種類のランダムネス
さて、今回の表題は「ランダムネス」(randomness)としました。コール・ド・バレエのランダムネスには2つの種類があります。「動作のランダムネス」と「配置のランダムネス」です。
動作のランダムネスは、今回すでに説明しました。ダンスの場面で多人数がばらばらの振付で同時に踊ること、または演劇的な場面で多人数がばらばらに演技することです。もちろんランダムと言っても偶然に任せたでたらめな動きではなく、振付・演出によってコントロールされた不統一さです。
もう一つの配置のランダムネスとは、列に並んだり四角や円などの図形を描いたりせずに、舞台上にダンサーが散らばることです。つまり不規則でばらばらに見えるフォーメーションです。本連載では第58回からずっとランダムではない振付=規則的な図形を描く振付について解説してきました。古典バレエのコール・ド・バレエの振付では、配置のランダムネスが現れることもまずありません。
しかし、鑑賞しているとフォーメーションの移行過程に見かけ上のランダムネスが現れることがあります。例えば『白鳥の湖』第2・4幕の白鳥たちのコール・ド・バレエは、これまで紹介してきた通り(第58・63・65・66・68)さまざまな図形を描きますが、これらの図形から図形へ変化するとき、いったん白鳥たちが不規則に動くように見えることがあります。ダンサーは次の図形を描くため、決められた動線に沿って動いているのですが、次の図形を知らない鑑賞者にとっては(とりわけその振付を初めて鑑賞するときには)、見かけ上、配置のランダムネスが出現します。
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- イングリッシュ・ナショナル・バレエ『白鳥の湖』より第2幕の映像です。映像全編を通して、配置のランダムネスを観ることができます。1分11秒ごろから観られる逆三角形のフォーメーションは、大きなインパクトを与えています。
私はこのような擬似的なランダムネスも、コール・ド・バレエを鑑賞するためのポイントだと考えています。なぜなら、図形のかたちが崩れてから別の図形が描かれる振付はたいへん心地よく、魔法のような面白さがあるからです。「整然→解体→再構築」というプロセスを見ると、群舞全体がメタモルフォーゼして再生する一つの生命体のようにも感じられます。
何よりフォーメーションの移行過程で複雑に動き回ってもダンサー同士がぶつからないのは、コール・ド・バレエの優れた技術と厳しい訓練、リハーサルがあってこそです。整然と美しく並んだコール・ド・バレエだけでなく、一瞬現れる配置のランダムネスにも注目していただきたいと思います。
(注1)10人以上のダンサーがばらばらの振付で同時に踊る振付は、20世紀以降のバレエ作品でもあまり見られません。いっぽう、モダンダンス、コンテンポラリーダンスの振付では、そのような振付は珍しくありません。
(注2)『ペトルーシュカ』はバレエのモダニズムに貢献したミハイル・フォーキンの振付、ストラヴィンスキーの音楽で、ディアギレフの率いるバレエ・リュスで初演されました。マリインスキー・バレエ、パリ・オペラ座バレエ、バーミンガム・ロイヤル・バレエなどがレパートリーとしています。
(発行日:2026年1月25日)
次回は…
第79回は、バレエ作品に登場する「立ち回り」について紹介する予定です。発行予定日は2026年2月25日です。
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- http://bibliognost.net/umino/ballet_tech_contents.html
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