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【第58回】鑑賞のためのバレエ・テクニック大研究!ー1列で進む(1)

海野 敏

文/海野 敏(舞踊評論家)

第58回 1列で進む(1)

■コール・ド・バレエの鑑賞ポイント

今回から「コール・ド・バレエ編」です。「コール・ド・バレエ」(corps de ballet)とはバレエの群舞のことで、”corps”はフランス語で「団体、部隊」を意味しています。また文脈によっては、プリンシパルやソリストと区別して、群舞をおもに踊るダンサーのことを「コール・ド・バレエ」と呼ぶこともあります。

古典全幕作品のコール・ド・バレエは、大きく分けて「キャラクター・ダンスの群舞」「バレエ・ブラン(白いバレエ)の群舞」の2種類です。『白鳥の湖』を例にすれば、第1・3幕の群舞は前者、第2・4幕の群舞は後者です。本連載では両方を扱いますが、どちらかと言えばバレエ・ブランを優先する予定です。

早速ですが、コール・ド・バレエの鑑賞のポイントは次の4点です(注1)

(1)ユニゾンの美しさ
(2)リピートの効果
(3)フォーメーションの変化
(4)シンメトリーの味わい

第1の鑑賞ポイントは、全員が同じ振付で揃って踊る整斉=「ユニゾン」の美です。一糸乱れぬ動きは、観る者を心地よくします。第2に、多数のダンサーが同じ動きを繰り返すことでもたらされる効果です。反復=「リピート」により、美しさに迫力が加わります。第3は、音楽に合わせて隊形=「フォーメーション」が変わってゆくことです。本連載では、1列縦隊から始めて、四角形、三角形、円形、交差や回転など、さまざまなフォーメーションを順番に取り上げます。第4のポイントもフォーメーションに直結しますが、群舞がグループに分かれて対称=「シンメトリー」の動きで踊る面白さや味わいです。

■白鳥たちの登場シーン

今回は『白鳥の湖』第2幕で、オデット姫以外の白鳥たちが初めて登場する場面を見てみましょう。夜半、クロスボウを持って白鳥狩りにやってきたジークフリート王子は、湖畔で白鳥から人間の姿へ戻ったオデットとドラマティックに出会います。しかし、悪魔ロットバルトが2人の間を引き裂き、いったん2人は退場します。その直後に、白鳥たちが1列縦隊で登場するシーンです。

音楽は、アウフタクト(弱起)で「①タッター、②タッタカター」のリズムがアレグロで繰り返されます。①の2拍で、アラベスクのポーズで小さく1回ホップします(第22回「アラベスク・ホップ」参照)。②の2拍で、アンボアテで3歩進みます(第19回「アンボアテ」参照)。両腕は、①で片手を前斜め上へ伸ばし、②で斜め下へ降ろします。①と②で4分の4拍子の1小節分です(注2)

白鳥たちは長い数珠つなぎの1列になって、上手奥から次々登場します。下手端まで8人並んだところで先頭は折り返し、さらに16人登場したところで、先頭は上手端で再び折り返します。最終的には横6人×縦4列、24羽の白鳥が整列してプログレッションが終わります(注3)

先頭が入場してから24人が整列するまで、わずか14小節。アレグロのテンポなので、約35秒の演技です。しかし、バレエ作品としては、観客が期待する見せ場、バレエ・ブランの始まりを告げる重要なシーンです(注4)

まず、白鳥たちの揃った動きが見どころです。振付は1小節ごとに左右が入れ替わり、斜め上方へ上げる腕が「右→左→右→左」と交替します。下半身も同じように見えて、最初に踏み切る足が「右→左→右→左」と交替します。動きのタイミング、四肢の角度、跳躍の高さが揃っていればいるほど心地よく感じられるでしょう。

また、この振付は両腕の動きだけでなく、全身の動きで白鳥の優雅さを表現しています。特に両脚のアンボアテ(第19回)の動きは、水面を水かきで叩いて一斉に飛び立つ白鳥の行列を表現しているように思えます(注5)

■振付による差異を味わう

興味深いのは、まったく同じように見える振付でも、実はいろいろと差異があることです。これもコール・ド・バレエの鑑賞の楽しみです。この振付には、(A)先頭の登場の仕方、(B)上体の姿勢と腕の動き、(C)両脚の動きにいくつものパターンがあります。

(A)先頭の登場の仕方は、「①タッター」のリズムで、上手奥の袖幕から先頭がアラベスク・ホップをしながら入場するのが標準的ですが、まず先頭と次の1人がゆっくりした歩みで全身を現してからアラベスク・ホップを始める場合や、パ・ド・ブーレ(第2425回)で数人が姿を現してから全員でアラベスク・ホップを始める場合(マッケンジー版)もあります。

(B)上体の姿勢と腕の動きは、「①タッター」のリズムで、上体を傾けないか少しだけ前に傾けて、片腕を斜め上に上げてアラベスク・ホップをするパターンと、上体を水平まで倒してアラベスク・ホップをするパターンがあります。後者のパターンでは、ホップする時に前後へ伸ばした両腕も水平にします。また、頭の角度を1回ごとに変える振付、だんだん上体の角度を変えてゆく振付、角度を「水平→水平→斜め→斜め」と2回ごとに交替する振付など、細かく見ると多種多様です。

(C)両脚の動きは、「②タッタカター」のリズムで、両膝を曲げて脚を前に跳ね上げるアンボアテだと説明してきましたが、両膝を伸ばしたまま脚を前に跳ね上げる「プティ・ジュテ・ドゥヴァン」のパターンもあります。

★動画でチェック!★
イングリッシュ・ナショナル・バレエの『白鳥の湖』より第2幕。白鳥たちが登場するシーンを映像の冒頭から観ることができます。
★動画でチェック!★
ボリショイ・バレエの『白鳥の湖』より第1幕第2場。白鳥たちが登場するシーンを映像の10秒から観ることができます。

■パリ・オペラ座と英国ロイヤルの比較

以上のような振付の明確な違いに加えて、細かなニュアンスの差もあります。例として、パリ・オペラ座バレエ(ヌレエフ版)と英国ロイヤル・バレエ(ダウエル版・スカーレット版)を比べてみましょう。

この2つのバレエ団の振付は、(A)は先頭がアラベスク・ホップしながら登場し、(B)は上体を傾けず、(C)はアンボアテで、全く共通しています。しかし、「②タッタカター」のリズムで片腕を斜め上から下ろす動きが違います。パリ・オペラ座では腕をまっすぐにのばしたまま1拍ですばやく降ろすので、動きが力強く見えます。いっぽう、英国ロイヤルでは、腕を軽く曲げて肘から下ろします。そのため、同じテンポでも少しゆったりとした羽ばたきに見えます。

さらに、アンボアテで3歩進むときも、脚を上げる高さはオペラ座の方が少し高く、タイミングにも微妙な違いがあります。どちらもすばらしいユニゾンなのですが、あえて比べれば、オペラ座は勇ましく颯爽とした白鳥たち、ロイヤルは柔らかく優美な白鳥たちに感じられます。

このような差は、主役やソリストではなく、コール・ド・バレエだからこそ見えてきます。コール・ド・バレエの演技とは、それぞれのバレエ団のスタイルを映し、その魅力と資質が伝わるものなのです。

★動画でチェック!★
2024年3月のパリ・オペラ座バレエ日本公演の『白鳥の湖』より、第2幕の舞台袖からの映像です。ヌレエフ版の振付を観ることができます。

★動画でチェック!★
英国ロイヤル・バレエ『白鳥の湖』より第2幕。こちらの映像はダウエル版の演出・振付です。28秒から白鳥たちが登場するシーンを観ることができます。

(注1)この4点については、新書館の月刊誌『ダンスマガジン』2023年4月号の拙稿でも解説しました。興味があれば参照下さい。
海野敏“バレエ・ブランの美の魅力”『ダンスマガジン』2023.4, pp.46-49.

(注2)本連載の第19回「アンボアテ」と第22回「アラベスク・ホップ」では、リズムを「①タッタッター、②タッタカター」と表現しましたが、楽譜を確認したところ、①は8分音符と4分音符の2音でしたので、「①タッター」に訂正します。

(注3)ここ登場して整列する群舞の人数は、横8×縦3=24人が標準ですが、小規模のバレエ団では、6×3=18人、8×2=16人の場合もありますし、大規模のバレエ団で、8×4=32人の場合もあります。なお、上手奥でなく、下手奥から登場する振付もあります。さらに1列縦隊ではなく、数羽ずつ走りこんで登場する振付もあります(イーゴリ・スミルノフ版)。

(注4)第19回「アンボアテ」の注でも指摘しましたが、この群舞入場のシークエンスを、日本の多くのバレエ関係者は「ステテコ」と呼び慣わしています。

(注5)Youtubeで「白鳥 飛び立ち」あるいは「swan take off」というキーワードで検索してみて下さい。白鳥が一斉に飛び立ち、水面を滑空してから飛び立つ映像がたくさん見られます。

(発行日:2024年5月25日)

次回は…

第59回はコール・ド・バレエの傑作、『ラ・バヤデール』第3幕、「影の王国」の入場シーンを取り上げます。発行予定日は2024年6月25日です。

【鑑賞のためのバレエ・テクニック大研究!-総目次】
http://bibliognost.net/umino/ballet_tech_contents.html

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うみのびん。東洋大学社会学部メディアコミュニケーション学科教授、情報学研究者、舞踊評論家。早稲田大学、立教大学でも講師を務める。バレエ、コンテンポラリーダンスの舞台評・解説を『ダンスマガジン』、『クララ』などのマスコミ紙誌や公演パンフレットに執筆。研究としてコンテンポラリーダンスの三次元振付シミュレーションソフトを開発中。著書に『バレエとダンスの歴史:欧米劇場舞踊史』、『バレエ パーフェクト・ガイド』、『電子書籍と電子ジャーナル』(以上全て共著)など。

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