文/海野 敏(舞踊評論家)

第74回 減ってゆく
■人数が減ってゆく効果
前回(第73回)とは反対に、舞台上のコール・ド・バレエの人数が徐々に減ってゆく演出・振付について考えてみます。
古典バレエの全幕作品で人数が減ってゆく場面は、基本的に2つのパターンがあります。①舞台上のダンサーの数が徐々に減り、最後に主役または主要な登場人物が残って演技を続けるパターンと、②誰もいなくなるパターンです。ただ、圧倒的に多いのは①のパターンで、②のパターンはほとんどありません。
このような演出を幕の終わりに用いると、観客に物語の収束または区切りを印象づけ、余情を強める効果があります。また①では、残った登場人物へと観客の視線が自然に絞り込まれてゆき、その後の演技を際立たせる効果が加わります。では、具体的な作品で解説しましょう。
■『白鳥の湖』各幕の終わり方
『白鳥の湖』は通常4幕構成で上演されますが、第1、2、3幕の終わりに「舞台上の人数が減ってゆく」演出が用いられます。
第1幕は、ジークフリート王子の成人を祝う宴です。夕暮れが迫ると、祝宴の参加者たちはポロネーズ(「杯の踊り」)でひとしきり踊った後、そのまま2列で退場し、舞台上の人数が減ってゆきます(第62回「2列で進む(2)」で解説)。その後、王子は舞台に残って独りで踊ります。明日の舞踏会で婚約者を選ばなければいけないことへの戸惑いや不安、まだ結婚したくない憂鬱な気分や孤独感が強調される演出です。
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- 牧阿佐美バレヱ団『白鳥の湖』のダイジェスト映像より。40秒からポロネーズが始まり、しだいに踊りながら去っていく様子を観ることができます。
第2幕では、序盤に群舞の白鳥たちが1列になって入場しますが(第58回)、それに対応するように、幕切れでは白鳥たちが1列になって羽ばたきながら退場することで、舞台上の人数がすばやく減ってゆきます。舞台にはオデットと王子が残りますが、悪魔ロットバルトの力で引き裂かれ、オデットもパ・ド・ブーレ・クーリュ(第24回)で退場します。ここでも王子が取り残されることで、彼の困惑や悲嘆が際立つ演出になっています。
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- パリ・オペラ座バレエの『白鳥の湖』より。映像の冒頭から第2幕の美しい幕切れをお楽しみください。
第3幕では、王子がオディールに騙されたことが発覚した後、徐々に舞台上の人数が減ってゆきます。まずオディールとロットバルト一味が去り、それを宮廷の男性たちが追いかけ、さらに王子もオデットのもとへ向かって退場します。卒倒する母王と宮廷の女性たちのみが残って幕が下り、観客に事態の急展開を印象づけます(注1)。
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- 牧阿佐美バレヱ団『白鳥の湖』の紹介映像です。第3幕のドラマティックな展開は11分28秒から。
■悲劇の幕切れの演出
悲劇的な全幕作品の幕切れは、舞台上のダンサーの数が減って、最後に主役だけが残る演出が定番と言ってよいでしょう。舞台が空っぽになっていくことで、観客に喪失感や寂寥感を体感させる効果があるからです。
『ジゼル』第2幕の幕切れでは、ミルタが率いるウィリたちが退場し、ジゼルとアルブレヒトだけが残り、まもなくジゼルも退場してアルブレヒトが独り残されます。ジゼルを死なせてしまったアルブレヒトの深い後悔が伝わる場面です。
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- 新国立劇場バレエ団『ジゼル』のショート動画より。30秒から幕切れのシーンを観ることができます。
『ラ・シルフィード』第2幕の幕切れでは、ジェイムズは魔女マッジに騙されてシルフィードを死なせてしまい、シルフたちが徐々に退場してジェイムズが取り残されます。遠くでジェイムズの元婚約者エフィとガーンの結婚を告げる鐘が鳴る中、ジェイムズは孤独に死んでゆきます。
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- ボストン・バレエ『ラ・シルフィード』の紹介映像です。ジェイムズが魔女のマッジに騙されてヴェールを手に取るシーンは2分5秒から。ぜひ幕切れの場面までお楽しみください。
『ラ・バヤデール』第3幕の幕切れは、舞台上の人数が徐々に減るのではなく、一気にいなくなるパターンがしばしば見られます(注2)。ソロルとガムザッティの結婚式ですが、ニキヤとの愛の誓いを破ったソロルに神が怒り、寺院が崩壊して全員死んでしまいます。その後、来世でソロルがニキヤを追いかける情景で幕が下ります。
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- 東京バレエ団『ラ・バヤデール』のダイジェスト映像より。2分7秒の結婚式の場面からぜひお楽しみください。
■『ジゼル』第2幕の減ってゆく演出
ここまで紹介したのはすべて①のパターンですが、②徐々に減って誰もいなくなるパターンで、ぜひ鑑賞のポイントにしていただきたい場面が『ジゼル』第2幕にあります。ミルタ率いるウィリたちがヒラリオンを取り殺した直後、楽しげに退場する場面です。
ミルタとウィリたちがヒラリオンをさんざん踊らせた後、2人のウィリ(ズルメとモイナ)が彼を舞台下手奥へ連行し、突き落として殺します。そして音楽は軽快な曲調に変わり、ウィリたちが数人ずつ、「ジュテ→ジュテ→グラン・ジュテ→グラン・ジュテ(第9回)」と4回の跳躍をして下手袖へ退場します。いろいろなヴァージョンがありますが、例えばまずミルタが1人で退場し、次に2人、4人、4人、8人、8人と退場して、舞台上の人数が減ってゆきます。あるいは4人ずつの6組が順に退場します。
そして舞台が一瞬空になるのですが(注3)、たちまちウィリたちは舞い戻り、そこへ新しい誅殺の標的となるアルブレヒトが連れ込まれます。わずか1分足らずのシーンですが、ウィリたちがジャンプを繰り返して退場する様子には、その残酷さ、非情さが現れており、勝ち誇っているようにも、喜んでいるようにも見えます(注4)。緊張感も高まります。作品のクライマックス(ジゼルとアルブレヒトのパ・ド・ドゥ)の始まりを告げる名場面なので、ぜひ鑑賞のポイントにして下さい。
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- 英国ロイヤル・バレエ『ジゼル』のリハーサル映像です。ウィリたちがヒラリオンを追い詰めるシーンは21分54秒から。こちらの振付では4人ずつ退場します。
(注1)『白鳥の湖』第4幕(最終幕)では、群舞の白鳥たちが舞台上に残って幕が下りる演出が通常です。しかし、群舞が退場し、来世で結ばれたオデットと王子だけが残る幕切れのヴァージョンも存在します。
(注2)『ラ・バヤデール』は、ここで取り上げた「寺院崩壊」を最終幕とするヴァージョン以外に、「寺院崩壊」を省略して「影の王国」(第59回)までで全幕上演するヴァージョンがあります(パリ・オペラ座バレエなど)。また、幕構成もさまざまで、「影の王国」と「寺院崩壊」を合わせて第3幕とする場合(英国ロイヤル・バレエ、新国立劇場バレエ団など)と、「寺院崩壊」のみ独立して第3幕とする場合(東京バレエ団など)があります。
(注3)全員が退場せず、ミルタが舞台上に居残るヴァージョンもあります。また、この場面でウィリたちが退場せず、数人ずつ順番に舞台を周回するヴァージョンもあります。
(注4)だいぶ昔の思い出ですが、あるプロのバレエダンサーが、ウィリ役のコール・ド・バレエで一番楽しいのはこの退場の時だと話していました。ヒラリオンを皆で殺した後、とても爽快な気分で退場するそうです。
(発行日:2025年9月25日)
次回は…
第75回は、ダンサーの人数を増減させる演出について、20世紀バレエの巨匠たちの創意工夫をご紹介します。発行予定日は2025年10月25日です。
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