バレエを楽しむ バレエとつながる

  • 観る
  • 知る
  • 考える

英国バレエ通信〈第35回・後編〉英国ロイヤル・バレエ「ダイヤモンド・セレブレーション」

實川 絢子

鑑賞ファンにも、バレエ留学を志す若いダンサーたちにも、圧倒的に人気のある国ーー英国。
現地で話題の公演や、街の人々の”バレエ事情”などについて、ロンドン在住の舞踊ライター・實川絢子さんに月1回レポートしていただきます。

ダイヤモンド・セレブレーション(後編)

英国ロイヤル・バレエ「ダイヤモンド・セレブレーション」前編はこちら

「ダイヤモンド・セレブレーション」第2部は、4作品すべてが世界初演の新作という‘攻めた’内容で、伝統を守りつつ革新的な新作を発信していくことをミッションにするロイヤル・バレエの姿勢をあらためて明確にした。アーツカウンシルによる来年度の助成が9%削減されることが発表されたいま、こうした新作に意欲的に取り組み続けていくには、友の会のサポートがこれまで以上に重要になってくる。そんな意味でも、今回の祝祭に相応しいプログラムと言えるだろう。

その中でももっとも注目されていたのはやはり、ニューヨークを拠点とする振付家パム・タノヴィッツによる『ディスパッチ・デュエット』。第1部のマクレガー振付『クオリア』が2000年代初頭のムードを醸しているとすれば、こちらはまさに今、この時代に相応しいフレッシュなムードに満ちている。アメリカ人作曲家テッド・ハーンによる楽曲が始まると、剥き出しの舞台後方からウィリアム・ブレイスウェルアンナ・ローズ・オサリヴァンが歩いて登場。あくまでカジュアルに移動する手段としてのアンボアテ・アン・トゥールナン、痙攣しているようなプティ・バットマンなど、ステップの一つひとつはクラシックなのに、遊び心と意外性に満ちた振付が新鮮。唐突にプロセニアムアーチの前に座ってお互いを見つめたり観客を凝視したりと、ダンスの創作過程の裏側を露呈するような、まったく予測がつかない展開がスリリングだった。

英国ロイヤル・バレエ『Dispatch Duet』ウィリアム・ブレイスウェル、アンナ・ローズ・オサリヴァン ©2022 ROH. Photograph by Andrej Uspenski

英国ロイヤル・バレエ『Dispatch Duet』ウィリアム・ブレイスウェル、アンナ・ローズ・オサリヴァン ©2022 ROH. Photograph by Andrej Uspenski

英国ロイヤル・バレエ『Dispatch Duet』アンナ・ローズ・オサリヴァン ©2022 ROH. Photograph by Andrej Uspenski

英国ロイヤル・バレエ『Dispatch Duet』ウィリアム・ブレイスウェル ©2022 ROH. Photograph by Andrej Uspenski

英国ロイヤル・バレエ『Dispatch Duet』ウィリアム・ブレイスウェル ©2022 ROH. Photograph by Andrej Uspenski

『See Us!!』は、2021年にロイヤル・バレエ初のエマージング・コレオグラファーに任命されたジョセフ・トゥンガによる新作。クランプやヒップホップのバックグラウンドを持つトゥンガが、12人のクラシック・ダンサーとどうコラボレーションするのかに注目が集まった。Black Lives Matter運動の象徴でもある拳を突き上げるポーズや、銃を撃つようなわかりやすいジェスチャーが頻出する政治的なメッセージ性の高いダンスは、クラシック・バレエとはベクトルが真逆だったが、中心にいたファースト・ソリストのジョセフ・シセンズと入団3年目でウクライナ出身のアーティスト(コール・ド・バレエ)マリアンナ・ツェンベンホイが力強い踊りで鮮烈な印象を放った。ダンサーの中には、トゥンガによる舞踊言語がまだ身体に馴染んでいないように見えるダンサーもいたものの、リスクを厭わず、このようにさまざまなスタイルの振付家の作品に触れる機会を生み出していくことは、ダンサーはもちろん、バレエ団、バレエ界にとっての未来への投資にほかならないだろう。

英国ロイヤル・バレエ『See Us!!』©2022 ROH. Photograph by Andrej Uspenski

英国ロイヤル・バレエ『See Us!!』©2022 ROH. Photograph by Andrej Uspenski

英国ロイヤル・バレエ『See Us!!』©2022 ROH. Photograph by Andrej Uspenski

英国ロイヤル・バレエ『See Us!!』マリアンナ・ツェンベンホイ ©2022 ROH. Photograph by Andrej Uspenski

ランベール・ダンス・カンパニーの芸術監督、ブノワ・スワン・プフェによる『concerto pour deux』は、ナタリア・オシポワスティーヴン・マクレイというスターキャストを起用。上記の強烈な2作品に比べるとどうしても無難にまとまっている印象がしてしまったが、サン・プルー楽団による1970年代のフレンチポップ「ふたりの天使」にのせ、シフォンのような衣裳をたなびかせて感情に突き動かされるままに踊るオシポワは、巫女か何かのように神々しい。短い作品の中で、マクレイの活躍があまり見られなかったのが残念だった。

英国ロイヤル・バレエ『concerto pour deux』ナタリア・オシポワ、スティーヴン・マクレイ ©2022 ROH. Photograph by Andrej Uspenski

ウィールドンの『FOR FOUR』に呼応する女性バージョンとしてコミッションされたのが、バレエ団のファースト・ソリスト、ヴァレンティノ・ズケッティによる『プリマ』(4人のシルエットが映し出される冒頭は、『FOR FOUR』と同様だった)。従来の‘プリマ’のステレオタイプに終始しない、今を生きる個性豊かなバレリーナのあり方にフォーカスした作品は、さながら現代版『パ・ド・カトル』。ズケッティの振付もまた、クラシックのステップが基本にあるが、今回初演キャストに選ばれた新世代の女性プリンシパル4人(ヤスミン・ナグディマヤラ・マグリ金子扶生フランチェスカ・ヘイワード)に振付けられた踊りは高難度で、まるでアシュトンの振付のように精巧に作り込まれている。とくにそれをいとも簡単そうに踊ってしまうヤスミン・ナグディの踊りの精度とエネルギーは特筆ものだった。

この作品のもう1人の主役は、ロンドンを拠点にする話題のファッションブランドRoksandaのデザイナー、ロクサンダ・イリンチックによる衣裳。作品中に頻出するシェネやアティテュード・ターン、さまざまバリエーションのピルエットなどの動きを彷彿とさせる円のモチーフが多用された衣裳は、ダンサーが動くたびに揺れ動いて、それが踊りの一部のよう。Roksandaの2022年春夏コレクションのランウェイからそのまま飛び出してきたようなドレスは、4人のダンサーの個性に合わせて一点一点異なるデザインが採用された。中でも印象的だったのは、エレガントな金子にぴったりのボルドー色のマキシ丈のドレス。大きな動きをするたびに鮮やかなピンクの裏地が波のように閃いて弧を描く。さざ波のような動きはアームスにも取り入れられていて、衣裳と身体が呼応しあっているよう。マグリとヘイワードは、前述のふたりと比べると、衣裳も含めてそれぞれの良さが活かし切れていないような印象だったが、それ以上にインパクトが強烈だったのが、オペラハウスの第1ソロコンサートマスターであるヴァスコ・ヴァッシレフによるヴァイオリンのソロ(音楽は、サン=サーンスのヴァイオリン協奏曲第3番)。衣裳も音楽も、どの要素にもかなりの主張があり、〈総合芸術〉としてのバレエの可能性に挑んだ意欲作となった。

英国ロイヤル・バレエ『プリマ』©2022 ROH. Photograph by Andrej Uspenski

英国ロイヤル・バレエ『プリマ』フランチェスカ・ヘイワード、ヤスミン・ナグディ、マヤラ・マグリ、金子扶生 ©2022 ROH. Photograph by Andrej Uspenski

英国ロイヤル・バレエ『プリマ』金子扶生 ©2022 ROH. Photograph by Andrej Uspenski

英国ロイヤル・バレエ『プリマ』ヤスミン・ナグディ ©2022 ROH. Photograph by Andrej Uspenski

第3部で「ダイヤモンド・セレブレーション」を締め括ったのは、バランシン振付『ジュエルズ』最終楽章の「ダイヤモンド」。その名の通り今回の祝祭に相応しい、華やかでバレエ団のショーケース的な作品だ。国際色豊かなロイヤル・バレエのダンサーたちが踊る『ジュエルズ』は、本家ニューヨーク・シティ・バレエのそれとも、パリ・オペラ座バレエ、マリインスキー・バレエなどによるパフォーマンスとも異なる性質のものだが、その一人ひとりの多彩な個性が面白い、ロイヤルならではの作品に仕上がっている。その中で、16日にプリンシパルカップルを踊ったマリアネラ・ヌニェスの輝きは圧倒的。音と遊ぶようにアクセントの強弱が効いた踊りは、まさにプリマだからこそ成せる貫禄のパフォーマンスだった。長身で新世代のダンスール・ノーブルとして期待されている新プリンシパルのリース・クラークは、そんな究極のプリンセス、ヌニェスとも好バランスで滑らかなパ・ド・ドゥを見せた。ソロでは、今後はその長身を活かし、プリンシパルとしてさらにダイナミックな踊りを期待したい。コール・ド・バレエ、ソリスト、プリンシパルの全員で踊られるコーダは、変化し続けるフォーメーションの美しさ、チャイコフスキーの音楽の盛り上がり、ダンサーたちの高まりゆくエネルギーが一体となり、祝典のフィナーレに相応しい圧巻の輝きでオペラハウス全体を熱狂の渦に包んだ。

英国ロイヤル・バレエの伝統を讃え、創作を通じてバレエの今を表現し、バレエを未来へと繋いでいく——ロンドンでは日本ほど頻繁にガラ公演が行われないが、ケヴィン・オヘア芸術監督によるガラ公演のプログラム構成からは、毎回明確な目的が伝わってくる。盛りだくさんのプログラムは、日本の映画館でも来年2月に上映されるとのことなので、どうぞお見逃しなく。

英国ロイヤル・バレエ『ジュエルズ』「ダイヤモンド」©2022 ROH. Photograph by Andrej Uspenski

英国ロイヤル・バレエ『ジュエルズ』「ダイヤモンド」マリアネラ・ヌニェス、リース・クラーク ©2022 ROH. Photograph by Andrej Uspenski

★次回更新は2023年1月30日(月)の予定です

この記事を書いた人 このライターの記事一覧

東京生まれ。東京大学大学院およびロンドン・シティ大学大学院修了。幼少より14年間バレエを学ぶ。大学院で表象文化論を専攻の後、2007年に英国ロンドンに移住。2009年より舞踊ライターとしての活動を始め、シルヴィ・ギエム、タマラ・ロホ、ジョン・ノイマイヤーをはじめとするダンサーや振付家のインタビューを数多く手がけるほか、公演プログラムやウェブ媒体、本、雑誌などにバレエ関連の記事を執筆、大学シンポジウムにて研究発表も行う。長年会社員としてマーケティング職に従事したのち、現在は一児の母として育児にも奮闘している。

もっとみる

NEWS

NEWS

最新記事一覧へ