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【マニアックすぎる】パリ・オペラ座ヒストリー〈第19回〉バレエ・レッスンのための音楽&楽器の歴史に迫る…!

永井 玉藻

パリ・オペラ座――それは世界最古にして最高峰のバレエの殿堂。バレエを愛する私たちの聖地!
1661年に太陽王ルイ14世が創立した王立舞踊アカデミーを起源とし、360年の歴史を誇るオペラ座は、いわばバレエの歴史そのものと言えます。

「オペラ座のことなら、バレエのことなら、なんでも知りたい!」

そんなあなたのための、マニアックすぎる連載をお届けします。

  • 「太陽王ルイ14世の時代のオペラ座には、どんな仕事があったの?」
  • 「ロマンティック・バレエで盛り上がっていた時代の、ダンサーや裏方スタッフたちのお給料は?」
  • 「パリ・オペラ座バレエの舞台を初めて観た日本人は誰?」 etc…

……あまりにもマニアックな知識を授けてくださるのは、西洋音楽史(特に19〜20世紀のフランス音楽)がご専門の若き研究者、永井玉藻(ながい・たまも)さん。
ディープだからこそおもしろい、オペラ座&バレエの歴史の旅。みなさま、ぜひご一緒に!

イラスト:丸山裕子

🇫🇷

1月2日には新年の雰囲気もあっさりとなくなって、普段の忙しさが戻るフランスとは異なり、日本のお正月は新鮮味に満ちた数日間。そろそろ気分を改めてレッスン初め、という方もいらっしゃるかもしれませんね。

そのバレエのレッスンを成立させるために必要な要素といえば、まずは教えてくださるバレエの先生、そしてレッスン用の音楽があります。今日(こんにち)、レッスン時の音楽を奏でるのは、そのほとんどがバレエ・ピアニスト。たとえ録音音源を使用する場合でも、レッスンの音楽はピアノで演奏されることが一般的です。

ただし、ピアノは19世紀に入ってから発展した楽器。それよりも前、つまりオペラ座が創設されたころの17世紀半ばや18世紀には、今の私たちが知る「ピアノ」という楽器そのものは、まだ存在しませんでした(同じ鍵盤楽器族の「クラヴサン」や「チェンバロ」などはありましたが)。では、そんな時代にバレエ・レッスンの音楽はどのように演奏されていたのでしょうか? 今回はフランス国立図書館所蔵の資料などをもとに、在りし日のフランスにおけるバレエ・レッスンの音楽と、演奏時に使われた楽器についてご紹介します。

17〜18世紀のレッスン伴奏とその楽器

現代のバレエ・レッスンでは、踊りの先生とレッスン伴奏の演奏家は、別々の人であることがほとんどです。まれにピアノを演奏できるバレエの先生もいらっしゃいますが、レッスン中に先生が楽器を演奏することはまずないですよね。

しかし、少なくとも18世紀以前のヨーロッパにおいては、じつは「踊りの先生=音楽家」でもあったのです。そのため、当時は先生自身が伴奏の音楽を演奏しながら、踊りを教えていたのですね。実際、バレエ発祥の地・イタリアの場合、16世紀半ばから17世紀にかけては「マエストロ・ディ・ダンツァ」と呼ばれた人々が踊りを教えており、彼らは一般に、踊りだけでなく楽器や歌の訓練も受けていました。こうした状況はフランスにバレエが輸入されたあとも変わらず、優れたダンス指導者は楽器奏者でもあったことは、本連載の第2回でもご紹介した通りです。

では、彼らの踊りのレッスンでの音楽とは、どのようなものだったのでしょうか? 録音音源はない時代ですから、レッスンの音楽はその場での演奏になります。そのために、17世紀から18世紀にかけてのフランスでよく使われていたのがヴァイオリン、それも「ポシェット」という小型のヴァイオリンです。つまり、昔はピアノではなく、弦楽器でレッスン伴奏をしていたのですね。このポシェット、今日では一般的に使われる楽器ではなく、日本では、静岡県の浜松市楽器博物館などが所蔵しているそうです。

16世紀から19世紀にかけて使われていたという小型のヴァイオリン「ポシェット」

じつは最近、ポシェットの復元楽器(実際に演奏できるように、新たに製作したもの)の音を実際に聴く機会がありました。そこで初めて、この楽器を間近でじっくり見ることができたのですが、現代のヴァイオリンと比べると本当に小さいのです。まさにその名のとおり、小さなバッグに入ってしまうくらいのサイズ感。また、私たちが普段目にする現代のヴァイオリンは、ボディの部分がふっくらと厚みのあるひょうたん型をしていますが、ポシェットのボディは細長く、厚みもあまりありません。すると、楽器の内部で音が共鳴する部分が相対的に少ないため、音量もヴァイオリンより小さくなります。

さらに、ポシェットには、肩当てやあご当てといった、ヴァイオリンの演奏時に楽器を固定するのを助けてくれるものを取り付けられません。というか、そのスペースがないのです。そのため、演奏時にはボディの底の部分を左胸の上あたりに当てて固定し、左手でネックをある程度固定して、楽器を支えることになります。すると、弦楽器の音程を決める左手の移動は限られてしまうので、複雑な楽曲を演奏することは難しいのだとか。

このような楽器が使われる17〜18世紀の舞踊レッスンでは、比較的簡単な楽曲を小さな音量で演奏していたことがわかります。しかし、楽曲は簡単でも、楽器の演奏技術は簡単ではないので、踊りの技術に加えて弦楽器の演奏もできなければいけない当時の舞踊教師は、さぞ大変だったことでしょう。加えて、たいていの舞踊教師は振付や作曲もしなければいけませんでした。昔の先生たちは、とんでもないスーパーマルチタレントの持ち主だったのですね。

弦楽器と踊りのディープな関係

弦楽器による舞踊レッスンの伴奏は、舞曲の演奏の仕方とも深い関わりを持ちました。というのも、踊りの特徴は音楽の特徴と決して無関係ではないためです。その踊りが2拍子系なのか3拍子系なのか、といったことに留まらず、どのタイミングでどのように足を出すのか、あるいはプリエをするのか、プリエから次の動作へ移るのか、といったことも、音楽のリズムやテンポ、ニュアンスなどに影響します。中でもとくに興味深いのが、ヴァイオリンの弓の動きと、踊りの動きとの関連です。

ポシェットとヴァイオリンの演奏技術は同じで、右手に持った弓の毛を、楽器に張った弦に擦り合わせることで音が出ます。このとき、弓を持った右腕を上方向に動かしながら音を出すことを「上げ弓」、その逆(腕を下に動かすこと)を「下げ弓」と言い、一般的には、下げ弓の方が強い音が出る、とされています。

フランス・バロック期の舞曲とその演奏法について、詳細な研究を行なっている音楽学者の赤塚健太郎先生によると、この上げ弓・下げ弓をどのように使うか、が曲のフレーズの区切りと結びついており、それがさらに、特定の舞踊種における基本ステップの進行と関連している、とのこと。専門的な話になるので、詳しくは先生のご著書などをお読みいただきたいのですが、例えば「メヌエット」という3拍子の曲種では、基本ステップの区切りごとにヴァイオリンの下げ弓が連続することを勧める、当時の舞曲演奏の運弓法を記した史料があるのです。下げ弓が連続すると、その分、音が強調されるため、当時の舞踏会で踊る人々は、その強調を聞き分けて踊り始めるのが一般的だったそう。

17世紀から18世紀にかけて、フランスでは、劇場で踊られるエンターテイメントとしての踊りと、宮廷の中での貴族たちによる踊りが盛んになりました。その中でさまざまな舞曲が演奏されるわけですが、レッスンの時点から弦楽器で踊ることによって、当時の踊り手たちは踊りの表現力を磨いていったのかもしれませんね。

いつからピアノ伴奏に?

いっぽう、ピアノは19世紀から発展して音域や音量が拡大され、楽器としての完成度が急激に高まると同時に、一般家庭でも手が届くものとなっていきました。では、そのピアノがバレエのレッスンの場に登場するのは、いったいいつごろからなのでしょうか?

……というお話を含め、バレエの稽古伴奏者の歴史についての新著が(手前味噌で大変恐縮なのですが)、2023年1月20日に発売されることになりました! とくにパリ・オペラ座の場合に関して、19世紀以前のバレエの稽古伴奏はどのような人物たちが行なっていたのか、そして具体的にいつからピアノの稽古伴奏者が現れ始めたのか、歴史的な変遷を追っていける内容です。

また、今回は現代のバレエ伴奏者たちとその教育についてもスポットを当てており、「バレエチャンネル」でもおなじみの滝澤志野さんなどバレエピアニストの方々、そしてダンサーやバレエ教師にとってのバレエ伴奏者について、パリ・オペラ座エトワールのマチアス・エイマンさん、バレエ教師のアンドレイ・クレムさん、新国立劇場バレエ団プリンシパル・ダンサーの米沢唯さんなどのインタビューも掲載しています。新春の読書時間に、みなさんのお手に取っていただけたら大変嬉しく思います。

★次回は2023年2月5日(日)更新予定です

参考資料

赤塚健太郎 2021。『踊るバロック 舞曲の様式と演奏をめぐって』東京、アルテスパブリッシング。

BnF. IFN-8409085, Le maître de danse [Image fixe] : [estampe], https://gallica.bnf.fr/ark:/12148/btv1b8409085z.r=Ma%C3%AEtre%20de%20danse?rk=64378;0

萩原里香 2022(日本音楽学会第73回全国大会における口頭発表)。「祝祭プロデューサー「踊りと音楽のマエストロ」」

浜中庸子 2022。『舞曲は踊る バッハを弾くためのバロック・ダンス入門』東京、音楽之友社。

【NEWS】永井玉藻さんの新著が1/20に発売されます!

「バレエ伴奏者の歴史〜19世紀パリ・オペラ座と現代、舞台裏で働く人々」

バレエにおいて、ダンスと音楽という別々の芸術形態をつなぐために極めて重要な役割を果たしている存在、それがバレエ伴奏者。その職業が成立しはじめた19世紀パリ・オペラ座のバレエ伴奏者たちの活動や役割を明らかにしながら、華やかな舞台の“影の立役者”の歴史をたどります。

●永井玉藻 著
●四六判・並製・224頁
●定価2,420円(本体2,200円+税10%)
●音楽之友社
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この記事を書いた人 このライターの記事一覧

1984年生まれ。桐朋学園大学卒業、慶應義塾大学大学院を経て、パリ第4大学博士課程修了(音楽および音楽学博士)。2012年度フランス政府給費生。専門は西洋音楽史(特に19〜20世紀のフランス音楽)。現在、20世紀のフランス音楽と、パリ・オペラ座のバレエの稽古伴奏者の歴史研究を行っている。

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