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英国バレエ通信〈第40回〉ロイヤル・バレエ・スクール「サマーパフォーマンス」

實川 絢子

鑑賞ファンにも、バレエ留学を志す若いダンサーたちにも、圧倒的に人気のある国ーー英国。
現地で話題の公演や、街の人々の”バレエ事情”などについて、ロンドン在住の舞踊ライター・實川絢子さんに月1回レポートしていただきます。

ロイヤル・バレエ・スクール「サマーパフォーマンス」

学校が9月始まりの英国では、7月は年度末となり、大抵の学校で一年の集大成を発表する機会が設けられる。ロイヤル・バレエ・スクールで行われる「サマーパフォーマンス」も、1959年以来続いてきた大切な伝統。各学年の生徒が、1年間の学びを通して成長した姿を実際の舞台で披露する貴重な機会であり、最終学年の3年生の生徒にとっては、プロになる前の最後の公演として、ここからそれぞれが世界各地のバレエ団へと巣立っていく。

この伝統あるバレエ学校の卒業生であり、2022/23年度に亡くなったふたりのプリマ、リーン・シーモアとベリル・グレイに捧げられた今年の「サマーパフォーマンス」。まず7月5〜8日にロンドン西部のホランドパークの野外劇場で行われた後、7月16日、ロイヤル・オペラハウスのメインステージにて最終公演が行われた。最終公演のチケットは即売り切れ。観客層は学生たちの家族や友人に留まらず、英国バレエ界の関係者やバレエファンたちが多数集まり、未来のスターをひと目見ようという関心の高さが伺えた。ちなみに、卒業生の進路をなかなか発表できないバレエ学校がほとんどのなか、ロイヤル・バレエ・スクールの2023年度の卒業生の就職率は100%。一人ひとりの契約先が堂々とプログラムに掲載されていたのはさすがである(24人のうち6名がロイヤル・バレエ研修生、4名がバーミンガム・ロイヤル・バレエ/BRB2)。

今年のプログラムも、クラシック、ネオクラシカル、コンテンポラリー、キャラクターダンスと幅広いラインアップ。どれもそれぞれ印象深かったが、オープニングを飾ったカルロス・アコスタ版『ドン・キホーテ』の幻想の場は、衣裳も舞台美術も、ティム・ハットリ―が手掛けたロイヤル・バレエのものをそのまま使用しており、学校公演とは思えない華やかな舞台となった。出演はアッパースクールの1、2、3年生の女子生徒。中でもノルウェー国立バレエⅡに入団が決まっている韓国出身キム・テリョンは、優美なアームス、正確なポジショニング、音のギリギリまでバランスを見せる卓越したコントロール力で、もうすでにプロのバレエ団で活躍していても全くおかしくないほどの完成度の高い踊りを披露、ブラボーの声も上がっていた。2020年のローザンヌ国際コンクールやYAGPで活躍したリトアニア出身のミルダ・ルクツーテも、長い四肢をダイナミックに使いつつ、気高くエレガントな踊りでドリアードの女王役を好演。ルクツーテもまた、ドレスデン国立歌劇場バレエへの入団が決まっており、将来が楽しみなダンサーだ。2年生でアムール役に抜擢されたケイティ・ロバートソンも、小気味よい素早いフットワークで見せた。

ロイヤル・バレエ・スクール『ドン・キホーテ』キム・テリョン ©2023 The Royal Ballet School and photographed by Photography by ASH

ロイヤル・バレエ・スクール『ドン・キホーテ』ミルダ・ルクツーテ ©2023 The Royal Ballet School and photographed by Photography by ASH

今年は全体的に女子よりも男子のほうが勢いがあった印象で、なかでも鮮烈だったのがアッパースクールの1、2、3年生の男子生徒たちよって踊られたミカエラ・ポリー振付『Fast Blue』だ。ブルーのシンプルな衣裳をまとった19人の男性ダンサーたちが、ジャンプとターン満載の躍動感あふれる振付をユニゾンで踊ったり、男性同士でリフトし合ったりするさまはダイナミックで迫力があり、何より彼らがそれを心から楽しんで踊っている姿が爽快だった。とくに、冒頭に音楽なしでソロパートを踊ったオースティン・マクドナルド(ボストン・バレエⅡ入団予定)をはじめとする3年生のダンサーたちはすでにプロとして〈魅せる〉自信を見に付けており、彼らはユニゾンで踊ったときにも、そこにだけスポットライトが当たっているかのようなオーラを放っていた点が興味深かった。

ロイヤル・バレエ・スクール『Fast Blue』オースティン・マクドナルド ©2023 The Royal Ballet School and photographed by Photography by ASH

ロウアースクールの生徒たちによる、ルーマニアの民族舞踊を元にトム・ボズマが振付けた『HOLA LA ANINOASA』は、クリーンで素早い足さばきが圧巻。非常に複雑な振付で、下級生から上級生まで大人数の生徒たちが出演したにも関わらず大きく乱れるようなところはほとんどなく、その膨大な練習量を証明する見事な仕上がりだった。

ロイヤル・バレエ・スクール『HOLA LA ANINOASA』©2023 The Royal Ballet School and photographed by Photography by ASH

卒業生が踊ったイリ・キリアン振付『6つの踊り(Sechs Tänze)』は、学校公演にこのエキセントリックな作品が選ばれたこと自体が意外ではあったが、モーツァルト風のかつらを被り、道化風のグロテスクな化粧をして〈アグリー〉であることもいとわず表情豊かに踊る3年生たちの振り切れた表現力に感心した。

ロイヤル・バレエ・スクール『Sechs Tänze』ハン・スンヒ ©2023 The Royal Ballet School and photographed by Photography by ASH

また今回は、今年2月のローザンヌ国際バレエコンクールで振付けられたゴヨ・モンテロによる『BOLD』が上演されたことでも話題になった。

ロイヤル・バレエ・スクール『BOLD』 ©2023 The Royal Ballet School and photographed by Photography by ASH

アッパースクールの1、2年生によって踊られたこの作品は、ダンサーたちが叫ぶなど、タイトル通り若者たちのエネルギーの解放を見せつける作品。その直前に踊られた、日本でもおなじみのブルノンヴィル振付『コンセルヴァトワール』とは全く正反対の性質のダンスで、さまざまなタイプのダンスに対応することができる生徒たちの柔軟性が証明された。

ロイヤル・バレエ・スクール『コンセルヴァトワール』 ©2023 The Royal Ballet School and photographed by Photography by ASH

ロイヤル・バレエがレパートリーとしているクリストファー・ウィールドン振付『ウィズイン・ザ・ゴールデン・アワー』の抜粋も踊られた。なかでも目を引いたのは、卒業生のキャスパー・レンチギレム・カブレラ・エスピナッチ(ジョフリー・スタジオ・カンパニーに入団予定)が踊った男性同士のスリリングなデュエット。今回の公演では、ソロで目を引くダンサーが例年より少なかったが、後述するレンチだけは別格。踊る喜びに満ちた躍動感溢れる踊りに、このパートの後だけ拍手喝采が起こった。

ロイヤル・バレエ・スクール『ウィズイン・ザ・ゴールデン・アワー』キャスパー・レンチとギレム・カブレラ・エスピナッチ ©2023 The Royal Ballet School and photographed by Photography by ASH

バレエ学校で最も表現豊かな生徒に贈られるリーン・シーモア賞を受賞したレンチは、ソロ作品『TAKADEME』(ロバート・バトル振付)を踊りその類まれなスター性を存分に見せつけた。英国西部ブリストル出身でエジプトのルーツも持つレンチは、クラシック・バレエの超絶技巧に、アクラム・カーン作品でおなじみのカタック・ダンスの動きとリズムを取り入れたこの作品で、シーラ・チャンドラの抑揚に富んだヴォーカルに合わせて表情豊かに踊ってみせた。くるくると変わる表情、しなやかでダイナミックな動き、一度見たら目を離せないカリスマ性と、いきいきとしたエネルギー。広いオペラハウスの舞台にたった一人で立った彼の身体から放たれるものすべてが、会場じゅうの観客を虜にした。彼は間違いなく未来のスター候補であり、ロイヤル・バレエの研修生となることが決まっているレンチの今後を楽しみにしたい。

ロイヤル・バレエ・スクール『TAKADEME』キャスパー・レンチ ©2023 The Royal Ballet School and photographed by Photography by ASH

恒例のデ・フィレは、学年ごとに違うカラーの衣裳を着て全校生徒が集まる姿が何度見ても圧巻である。この日のスター、キャスパー・レンチが、最後に最前列中央で涙を流している姿にもらい泣きをした人は少なくなかっただろう。レンチに憧れの視線を送る下級生たちの中から、来年はどんなドラマが生まれるのだろうか。

ロイヤル・バレエ・スクール『グラン・デフィレ』 ©2023 The Royal Ballet School and photographed by Photography by ASH

★次回更新は2023年9月30日(土)の予定です

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東京生まれ。東京大学大学院およびロンドン・シティ大学大学院修了。幼少より14年間バレエを学ぶ。大学院で表象文化論を専攻の後、2007年に英国ロンドンに移住。2009年より舞踊ライターとしての活動を始め、シルヴィ・ギエム、タマラ・ロホ、ジョン・ノイマイヤーをはじめとするダンサーや振付家のインタビューを数多く手がけるほか、公演プログラムやウェブ媒体、本、雑誌などにバレエ関連の記事を執筆、大学シンポジウムにて研究発表も行う。長年会社員としてマーケティング職に従事したのち、現在は一児の母として育児にも奮闘している。

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