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【第67回】鑑賞のためのバレエ・テクニック大研究!-円形に並ぶ(2)

海野 敏

文/海野 敏(舞踊評論家)

第67回 円形に並ぶ(2)

■古典全幕作品に登場する円形群舞

前回(第66回)はチャイコフスキーとプティパの“三大バレエ”を例にして、円形に並ぶ群舞を紹介しました。では、それ以外の作品を見てみましょう。

『ジゼル』第2幕の後半、森でウィリたちがヒラリオンを追い詰める場面では、ウィリたちが円形になってヒラリオンを取り囲むのが定番の振付です。ウィリたちは円の弧に沿って進み、ヒラリオンを閉じ込めた壁が回転するように見えます。この後、ウィリたちが1列に並んで壁となる場面は、第63回「1列に並ぶ」で紹介しました。

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ウクライナ国立バレエの『ジゼル』のストーリー紹介映像より。ウィリたちが円形になってハンス(ヒラリオン)を取り囲むシーンは2分29秒から。※ウクライナ国立バレエではヒラリオンはハンスと呼ばれています。

『ドン・キホーテ』第1幕では、バルセロナの広場で、街の人たちがサンチョ・パンサをからかう場面に円陣が登場します。まず、女性たち8人(または6人)がサンチョ・パンサを取り囲んで踊り、彼に目隠しをして鬼ごっこをします。その後、今度は男性たちが彼を取り囲み、3回(演出によっては4回)空中へ高く胴上げをするのが定番の演出(注1)。この胴上げのとき、街の人々は何重かの円になって囃し立てます。

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ウクライナ国立バレエ『ドン・キホーテ』第1幕より。25分26秒から一連のシーンを観ることができます。

『ラ・バヤデール』第1幕冒頭の寺院の場面では、主役のニキヤが登場するよりも前に、聖なる火を中心にしてダンサーが何度も円形に並びます。まず8人(または10人)の苦行僧たちが火を囲んで踊り、次に8人のバヤデール(舞姫)たちがやはり火を囲んで踊り、さらにもう1度苦行僧が火のまわりで踊るという展開。その後、いよいよニキヤが中央奥の入口から登場します。

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新国立劇場バレエ団『ラ・バヤデール』のリハーサル映像より。冒頭、13秒から苦行僧たちが踊るシーンを観ることができます。

『コッペリア』は、ヴァージョンによって群舞の振付の差が大きい作品です。そのため定番とは言えませんが、第2幕の「時の踊り」では、12人のダンサーが文字盤のように円形に並んで踊る振付を、複数のヴァージョンで見たことがあります。

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英国ロイヤル・バレエ『コッペリア』第2幕、「時の踊り」より。円形に並ぶシーンは、20秒からと動画の最後に観ることができます。

■『ラ・フィーユ・マル・ガルデ』の円形群舞

フレデリック・アシュトン版『ラ・フィーユ・マル・ガルデ』第1幕の後半では、村人たちが「メイポール・ダンス」を踊る場面があります。メイポール・ダンスとは、春の訪れを祝うヨーロッパの伝統的な民族舞踊のこと。背の高い棒(ポール)の天辺に長いリボンをたくさん付け、20数人のダンサーがリボンを1本ずつ持って円形に並び、踊りながらリボンを美しく編み込んでゆきます。ポールを中心とした円陣の踊りですね。

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英国ロイヤル・バレエ『ラ・フィーユ・マル・ガルデ』第1幕より。映像の冒頭から「メイポール・ダンス」を観ることができます。

また同作品第2幕、主役リーズとコーラスのパ・ド・ドゥに続くコーダ(フィナーレ)でも、円形のフォーメーションが連続します。まず横笛を吹く男性のまわりをリーズの友人たちが円形で取り囲み、その後も群舞は円形を繰り返します。終盤になって、シモーヌ(リーズの母)、コーラス、リーズが順番に中央でリフトされ、村人たちがそのまわりを2重の円になって踊る場面は、大団円に相応しい楽しい演出。そして最後に全員が1列になって手をつなぎ、歌いながら家の外へ出てゆきます(第60回「1列で進む(3)」で紹介済み)(注2)

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牧阿佐美バレヱ団『リーズの結婚』第2幕より。円形のフォーメーションは14分9秒から観ることができます。

■ベジャール作品の円形群舞

モーリス・ベジャールの振付は、分析すればさまざまな特徴を見出すことができますが、「円へのこだわり」も特徴の一つでしょう。多くの宗教において、円は真理、無限、輪廻転生、因果応報などの象徴であり、宗教に造詣の深いベジャールは、円形のフォーメーションに神秘的な意味を与えていたのかもしれません。

その極めつけが『ボレロ』の振付です。主役はメロディー、群舞はリズム。時代を画す傑作として有名な作品ですが、約15分間の流れを説明してみましょう。

メロディーが円卓の上で独り踊り始めると、少しずつ照明が入り、やがて円卓を半円形に囲んで数十人のリズムが椅子に座っているのが見えてきます。メロディーが6分ほど独りで踊ると、やおらリズムが数人ずつ立ち上がって踊り始めます。ラヴェルの音楽が盛り上がるにつれて、踊るリズムの人数は「2人→4人→8人→10人→14人→18人」と増えてゆきます。そして最後には約40人のリズムがメロディーを2重の円陣で取り囲み、最終小節で全員が一斉に上体を倒したところで暗転します。見るものにカタルシスを感じさせる見事な幕切れです。

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ベジャール・バレエ・ローザンヌの『ボレロ』より。こちらの映像は、ヴェルサイユ宮殿に設置された特設ステージでのパフォーマンスです。踊り出すリズムの人数が14人になるところから観ることができます。

ベートーヴェンの交響曲第9番「合唱付き」を用いた『第九交響曲』も、ベジャールの代表作の一つでしょう。その第4楽章のクライマックスでは、ダンサー約80人全員が4重の円を描きます。4つの円ではそれぞれダンサーが手をつなぎ、外側から、左回り、右回り、左回り、右回りと、互い違いに回転しながら踊ります。その中心にはソリストが立っています。「歓喜の歌」に相応しい祝祭的な振付で、たいへん印象に残ります。

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ベジャール・バレエ・ローザンヌ『第九交響曲』第4楽章より。クライマックスのシーンは1分43秒から。

(注1)サンチョ・パンサの胴上げは、複数のダンサーが腕のみで支えて空中へ放り投げる場合と、大きな布を使ってトランポリンのように放り上げる場合があります。

(注2)このコーダでは、主役2人にそれぞれテクニックを駆使した難度の高い短いソロが振付けられているので、それも見逃せません。

(発行日:2025年2月25日)

次回は…

第68回は、十字、X字など、その他の形に並ぶコール・ド・バレエを取り上げます。発行予定日は2025年3月25日です。

【鑑賞のためのバレエ・テクニック大研究!-総目次】
http://bibliognost.net/umino/ballet_tech_contents.html

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この記事を書いた人 このライターの記事一覧

うみのびん。東洋大学社会学部メディアコミュニケーション学科教授、情報学研究者、舞踊評論家。バレエ、コンテンポラリーダンスの批評記事・解説記事をマスコミ紙誌、ウェブマガジン、公演パンフレット等に執筆。研究としてダンスの三次元振付シミュレーションソフトを開発。著書に『バレエの世界史』『バレエヴァリエーションPerfectブック』『バレエとダンスの歴史:欧米劇場舞踊史』『バレエ パーフェクト・ガイド』など。

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