
D.LEAGUE 25-26 ROUND.8 BLOCK VIBEより、LIFULL ALT-RHYTHM「FOREVER」©D.LEAGUE 25-26
D.LEAGUE開幕2年目の21-22シーズンから参戦し、毎シーズン、毎ラウンド、独自の風景を立ち上げてきたLIFULL ALT-RHYTHM(ライフル アルトリズム)。コンテンポラリーダンスや演劇性を織り込んだショーはいつも2分15秒の小さな物語のようで、彼らのステージはいつしか“アルトリ劇場”と呼ばれるようになった。
多様で多彩、無二の個性を持つアルトリが、今季(25-26シーズン)をもって、「LIFULL ALT-RHYTHM」としての幕を下ろす(*)。
*来季(26-27)からはアンカー・ジャパンがオーナーとして継承し、新チーム「Anker XEED(アンカー エクシード)」として歩み出すことが発表されている。
アルトリとして最後のシーズンを率いてきたのが、参戦当初からメンバーとして活躍し、24-25シーズンよりディレクターを引き継いだ永井直也氏である。男子新体操で日本一に輝き、草刈民代プロデュース公演『INFINITY DANCING TRANSFORMATION』などでも存在感を示してきた彼は、Dリーグという“勝敗のある舞台”で、何を守り、何を変えようとしてきたのか。
今シーズンの中盤と最終戦(ROUND.8)直後の2回にわたり、永井氏に話を聞いた。
- 【目次】
- PART 1:新体操からダンスの世界へ。そしていま、アルトリのディレクターとして
PART 2:「LIFULL ALT-RHYTHM」としてのラストステージを終えて

永井直也 Naoya NAGAI
1996年3月26日、愛知県生まれ。12歳から新体操を始め、大学4年生の時「2017年度全日本新体操選手権大会」で個人総合優勝を果たす。大学卒業後はダンスの道へ。近年では米津玄師、RADWIMPSなどのメインダンサーを務める他、草刈民代等のアーティストに振付けるなど活動の幅を広げている。現在D.LEAGUEにてLIFULL ALT-RHYTHMのディレクター兼ダンサーとして活躍中。 ©Ballet Channel
PART 1:新体操からダンスの世界へ。そしていま、アルトリのディレクターとして ※取材=2025年12月17日
- 永井直也さんは12歳、中学1年生から男子新体操を始めたそうですが、きっかけは?
- 永井 僕がまだ小学生だった頃、ある時たまたま家にあったビデオを引っ張り出して見ていたら、そこに映っていた男性がものすごいアクロバットとかをやっていたんです。「かっこいい! これなんなの!?」と衝撃を受けて、「この人は誰?」と尋ねたら、「お父さんだよ」と(笑)。
- なんと(笑)。つまり永井さんのお父様が新体操選手で、その姿を見て「自分もやりたい!」となったわけですね。
- 永井 そうです。でも男子新体操っていまだに世界競技にはなっていないくらいマイナーなスポーツなので、当時は男の子が新体操を習える教室なんてもちろんなく。それでとりあえず町の器械体操教室に週1〜2回くらい通ってアクロバット的な運動を教わり、手具もなかったからその辺の竹を切ってガムテープで巻き、見よう見まねで練習していました。
- そして中学生になり、いよいよ新体操を始めたんですね。
- 永井 これは全国的に見てもすごく珍しいことなのですが、たまたま僕が育った町には新体操部のある中学校が3校もあったんです。その3校が合同で合宿をした時に、団体競技の全国優勝経験がある監督と出会い、彼の率いるクラブチームに通い始めた。そこから、本格的な競技生活が始まりました。
- しかし男子新体操のあの凄まじいアクロバットは、中学生からの本格スタートでも大丈夫なのでしょうか? 幼い頃からやっていないと、恐怖心などが生まれそうです。
- 永井 男子新体操の場合、中学生から始めるのはわりと普通というか、決して遅いほうではないんです。もちろんすごく盛んな地域にはキッズチームみたいなものもありますが、むしろ高校生から始める人もいるくらいです。
- そうなんですね! 中学を卒業した永井さんは故郷を離れ、男子新体操の強豪校、青森山田高校に進学。いよいよ競技者として脇目も振らず新体操にまっしぐら……かと思いきや、高校2年生の時にダンスと出会い、衝撃を受けたそうですね?
- 永井 僕は幼い頃から「これはしたい、これはしたくない」がハッキリしていて、高校に入ってからも「僕は新体操をするためにここに来た。だから他のことはしたくない」という態度でした。それで先生たちを困らせることも多々あったのですが、高校2年生の時に新体操の舞台を作ることになり、東京から振付師など何人かの先生が来てくださったんですね。その中に、のちに僕の師匠となる矢野祐子さんがいて。祐子さんのダンスを間近で見た瞬間、僕はまさに雷に打たれたような、強烈な感覚を覚えました。つい昨日まで「僕がしたいのは新体操だけ」と言っていたのに、その一瞬で、なぜか「僕はダンスで生きていく」と確信したんです。
- 理屈ではなく、直感でダンスに惹かれたのですね。
- 永井 たぶん、僕はその時に初めて「心が踊る」という体験をしたんだと思います。新体操はやはり「競技」なので、こなす、達成するという側面が強い。でも目の前の祐子さんは、心を踊らせて舞っていました。その衝撃をドン!と食らって、「僕の生きる道はこれだったんだ!」と。
- しかし永井さんはすぐにダンスに転向はせず、大学まで新体操を続けました。
- 永井 ありがたいことに、その時の僕はすでに新体操で大学に進学することが決まっていたんです。だけど高3の終わり頃になって「やっぱり早くダンスの世界に飛び込みたい!」と言いだして……あの時は、周りの大人たちをずいぶん困らせてしまいました。高校の先生、進学先の大学の監督、新体操の舞台を作ってくれた先生たちなど、たくさんの方が僕を説得してくれたのですが、中でも心に響いたのが、ダンスの先生からの「あなたはまだ日本一を獲っていないよね」という言葉でした。僕は中学時代にいちど全国1位になったことはあるけれど、それ以降は全部2位止まり。「だからちゃんと獲ってからダンスに来なさい」と言われ、確かにそうだなと。大学で全国1位になって、両親にもういちど金メダルをかけてあげたい。それが僕なりの恩返しだと思い直して、大学進学を選びました。
- 永井さんは大学4年生で出場した「2017年度全日本新体操選手権大会」で個人総合優勝を果たし、有言実行で日本一のタイトルを獲得。晴れて大学を卒業し、満を持してダンスの世界へ飛び込みました。
- 永井 「大学を出たら絶対にダンスをやる」と決めていたので、就職活動は一切しませんでした。「本当にそれでいいの?」と心配する親に「これでいいから」ときっぱり言い切って、卒業後すぐに上京。初めての一人暮らし、初めてのアルバイト生活をスタートさせました。右も左もわからないし、友達もいないし、どこで何のダンスをするかも決まっていなかったけれど、僕はとにかく踊りたかった。唯一決まっていたのは東京・恵比寿にあるダンススタジオの発表会に出ることで、それは師匠の矢野祐子さんとs**t kingzの小栗基裕さんが演出する舞台でした。そこで出会った先輩方や友人たちとのご縁をきっかけに、少しずつお仕事をいただけるようになって今に至る、という感じです。
余談ですが、当時アルバイトをしていたコンビニに、キラキラ華やかなオーラをまとった男性のお客さんが来ていたんです。レジを打つ僕に対してもつねに丁寧に接してくださって、実直で素敵な方だな……と思っていたら、それがじつはKADOKAWA DREAMS前ディレクターのKEITA TANAKAさんだったと後になって知りました。
- しかし男子新体操で日本一を極めたとはいえ、ダンスにはまた異なる技術や表現が必要ですよね。そこに22歳という年齢から針路変更して、不安や苦労はなかったのでしょうか?
- 永井 そうですね。ダンスの世界に軸足を移してしばらくは、「自信」というものをまったく持てませんでした。むしろ新体操とダンスを別物として考えすぎていて、余計に「ダンサーとしての自分には何もない」と思い込んでいた。でも、周り回って今は、新体操も表現の一部だと捉えられるようになりました。なぜ自分は日本一になれたのか。その経験をどうエンタメやアートに昇華していくのか。そういう視点でダンスに向き合ってみたら?と、過去の自分にアドバイスしてあげたいです。
- 永井さんはコロナ禍の2021年、草刈民代さんが芸術監督・演出を務めたダンス公演「INFINITY DANCING TRANSFORMATION」に出演。自作のソロを踊ったほか、草刈民代さんと中村恩恵さんと永井さんの3人で踊る作品も振付けていました。錚々たるアーティストたちと肩を並べて踊っていたあの時の様子を思い起こすと、「自信がなかった」という言葉が少し意外にも思えます。
- 永井 いやもう、あの時もブルブル震えていましたよ(笑)。もともと出演するはずだったアーティストの代役でオファーをいただき、「振付もできる?」と聞かれて、迷わず「はい!」と答えました。想像もしていなかったけれど、こんなビッグチャンスはないし、新しい自分にも出会えるはずだと思って。民代さん、恩恵さん、熊谷和徳さん、上野水香さん、辻󠄀本知彦さん、平原慎太郎さん、石井則仁さん、柄本弾さん……出演者はみなさんダンス界のレジェンドやアーティスト性を確立している人ばかり。そんな中になぜ僕が?と萎縮しそうにもなったけれど、「でも、選んでもらえたんだ」という事実が自信にもなったし、「今の自分には新体操で培ったものしかないよな」と原点に立ち返ることもできました。あの時、必死に気持ちを奮い立たせながら全力で挑戦した経験は、今でもLIFULL ALT-RHYTHMのメンバーに話すことがあります。
- そして2020年にダンスのプロリーグ「D.LEAGUE(Dリーグ)」が発足。永井さんはリーグ2年目の21-22シーズンより新規参入したチームLIFULL ALT-RHYTHM(通称アルトリ)にリーダーとして加入し、24-25シーズンには同チームのディレクターに就任しました。
- 永井 僕はアルトリ結成時からメンバーとして活動し、前ディレクターの野口量さんのもとで作品の作り方を学んだり、いろいろな表現に触れたりして、自分の好きなものがどんどん増えていくきっかけをいただいてきました。大好きなこのチームのディレクターという立場をいただいた今、僕には「裏方」としてみんなを支え、勝たなくてはならない責任があります。D.LEAGUEは毎年何かしらのルール改定等があり、僕らも柔軟に変化し対応していく力が求められますが、アルトリの根本である「ダンスを通してメッセージを伝える」というところは、変わらず大事にしたいと思っています。
- まずはディレクター1年目だった24-25シーズンを振り返っての率直な感想は?
- 永井 1年目は、料理に例えるなら「美味しいものを作るために新しい具材を選ぶ」のではなく、「今ここにある具材=メンバーでいかに面白い料理を作るか」にこだわったシーズンでした。僕は基本的に作品ファーストで考える人間ですが、一緒にやってきた仲間たちが何よりも大切で大好きです。だからメンバー個々がそれぞれに持っている本来の良さ、あるいは本人もまだ気づいていない一面を引き出して、化学反応を起こしたいと考えました。
結果としては非常に悔しいシーズンになりましたが、そのぶん、多くの気づきもありました。D.LEAGUEという特殊なシーンにおいて、僕らは「ダンスの世界はもっと幅広いはずだ」という信念と反骨精神をもってチャレンジしてきた。ダンスには本来「正解」も「不正解」もない、とも思っています。でも、D.LEAGUEという場においては、競技としての「正解」や審査基準が存在します。そして何より、見ている人に「共感」してもらえなければ、何も届かない。そのことを痛感したシーズンでした。
- 「共感」ですか。
- 永井 SNSやマーケティング界隈でも言われていることですが、世界中どこへ行っても、何を発信しても、まずは「共感」からすべてが始まる。だからディレクター2年目の今季は、オーディエンスのみなさんが共感できる作品を作る、ということを一つのテーマにしています。難しいことを難しく表現しない。1回見ただけじゃわからない、ではなくて、1回見ただけでその人の心とリンクする。そんなダンスを作っていきたいと思っています。
- これまで、アルトリの作品には具体的かつ明快なストーリーがあるものもあれば、抽象的でアート性の強いものもありました。そのバランスが、今シーズンは変わってくるということでしょうか?
- 永井 例えば先シーズンは全14ラウンドでしたが、2ブロック制が導入された今シーズンは全8ラウンド。試合数がほぼ半分に減ったということはつまり、1回の勝利の重みが相対的に増したということです。となればどうしても、オーディエンスに確実に伝わって共感を得られやすい作品に力点を置くことにはなっていくと思います。
- 昨シーズンの第13ラウンド、舞踏家の石井則仁さんを起用した『水と赤』という作品が非常に印象に残っています。D.LEAGUEの主流であるストリート系ダンスとは真逆のような舞踏を取り入れて勝負を挑むアルトリの気概に感銘を受けたのですが、あのように抽象性の高いアーティスティックな作品で「勝つ」ことは、確かに難しいところがありますね……?
- 永井 そうですね。全体的にアルトリはストーリー性のあるハッピーな作品で勝つことが多く、抽象的な作品で勝負する難しさはいつも感じています。ただ、あの時に僕が石井さんを起用したのは、舞踏という素晴らしいカルチャーをみんなに知ってほしかったからです。僕はそれこそ「INFINITY DANCING TRANSFORMATION」で石井さんと出会い、初めて舞踏を知って、「こんなダンスがあるのか!」と衝撃を受けました。もちろんD.LEAGUEのパフォーマンス時間は2分〜2分15秒しかなく、そんな短い尺の中で舞踏の真の素晴らしさを見せられたかといったら、そこは課題が残りました。それでも、日本で生まれ世界に大きな影響を与えた「舞踏」というアートを、D.LEAGUEを観ている若いオーディエンスのみなさんに少しでもシェアできたのは、とても良かったと思っています。

D.LEAGUE 24-25 ROUND.13「水と赤」より。写真中央が永井直也さん ©D.LEAGUE 24-25
- そんな思いがあったのですね……。個人的には、あのように“勝ち筋”よりも“作品性”にこだわりを見せるアルトリの姿勢が大好きです。
- 永井 ありがとうございます、嬉しいです。ただ、ハッピーな作品であれ、抽象的な作品であれ、僕の作り方の根本は変わらないんですよ。
- そこもぜひ聞いてみたいポイントでした。いつもどうやって作品を作っているのか。
- 永井 じつは毎回、すごく緻密にテキスト(文章)を書くところから始めています。作品のテーマを決めたら、まずはスマホのメモアプリにプロットをバーッと書いていく。架空の絵本を作るかのように物語を書き綴ってみたり、自分自身のリアルタイムな出来事とリンクさせたり。頭の中にあるイメージをまず言語化して、それをダンスに落とし込んでいくという作業をしています。
- (プロットが綴られたメモアプリを見せてもらいながら)こんなにみっしりとプロットを書いているんですね! 非言語のダンスを作るために、まずは言語化してみると。
- 永井 感覚だけで突っ走るとアートとしても良くないと思うし、丁寧にやっていきたいので。僕はまだまだ勉強中の身なので、こうしてテキストを書くことで自分の感覚を呼び覚ましたり、参考になる動画や本などを見て感じたことを書き残したりしています。そんなふうにして自分の中に感覚を蓄積した上でリハーサルに臨み、メンバーの身体を見た瞬間にパッとひらめいたものを振付にしていくんです。以前はスタジオ入りする前にガチガチに決め込んだりしていたのですが、それで失敗することが多々ありました。今はあえて自分の中に「ゆとり」を作っておき、その場でひらめくものを大切にしています。
- ディレクターというのは、チームの方向性を示したりシーズンの戦略を立てたりするだけでなく、毎回の作品の振付や演出もするのですね。
- 永井 僕の場合はそうです。振付に関しては「こういうのを作ってみて」と口頭で伝え、チームのメンバーみんなで動きを作っていくことも多いのですが、演出は基本的に僕がやっています。曲選びから小道具のデザイン、衣裳のスタイリングまで。前ディレクターの量さんもそうでしたが、ディレクターの仕事とは「0から1を生み出すこと」だと僕は考えています。そしてそこから先の、1から100までを作っていく作業は、ミュージシャンや衣裳さんといった各ジャンルのプロフェッショナルにお任せする。そういうプロセスで作品を作っています。

D.LEAGUE 25-26 ROUND.5 BLOCK VIBE「スシルタカ」より。このショーでは永井さん自身がエースを務め、チームを勝利に導いた ©D.LEAGUE 25-26
- 先ほど、「アルトリの根本はダンスを通してメッセージを伝えることだ」というお話がありました。メッセージを伝えるならダンスよりも言葉のほうが向いているかもしれないのに、それでもダンスで伝えたいと思うのはなぜでしょうか?
- 永井 僕らがD.LEAGUEに参入して2年目の22-23シーズンに、前ディレクターの量さんが海洋プラスチック問題を扱った作品を作ったことがありました。するとそれを見たある小学生の女の子がその問題に興味を持って、夏休みの自由研究として自分で調べ、発表してくれたと。僕はその話を聞いて、すごく感動しました。ダンスが人を動かしたんだ、と。今この世の中にある問題や現象について、ダンスを通して理解を深めていく。そういうアプローチも確かにあるんだということに感動したし、伝えたいメッセージを作品にすることの深さや面白さにも気づかされました。
それに僕自身——高校2年生のあの日に見た矢野祐子さんのダンスが、人生を変えてくれたんです。そしてダンスを通してたくさんのメッセージを受け取ってきたからこそ、今の自分があります。だから、僕には踊って伝えなければならないことがある。そう信じています。
- あらためて、今シーズンのLIFULL ALT-RHYTHMのテーマを教えてください。
- 永井 公式には言っていませんが、僕たちの中では「WE ARE」という言葉を大切にしています。多様性を謳うチームだからこそ、「私は」「あなたは」ではなく、「私たちは」。そして一方通行のメッセージを押し付けるのではなく、「私たちはこう思うんですけど、どうですか?」「こんなダンスもありますが、どうですか?」と提案するようなかたちで、観客のみなさんを楽しませたい。そして作品を見た人が、何かを感じ、考え、行動してくれたなら、その時ようやく僕らのゴールが見えてきます。作品は踊って終わり、見て終わりではなく、みなさんに見てもらってからが始まりなんです。
- そして……今季がLIFULL ALT-RHYTHMとして最後のシーズンになることが発表されていますが、今の率直な思いを聞かせてください。
- 永井 「今まで通り」です。もちろん“最後”という特別なシーズンではありますが、だからといって特別にしようとしすぎずに、あくまでも自分たちの呼吸とリズムで、応援してくださるみなさんと一緒に進んでいきたいです。LIFULL ALT-RHYTHMが終わりを迎えたとしても、人生は続いていくし、未来には必ずまた何かが起きるはず。その時のためにも、今この一瞬一瞬に、一生懸命向き合いたいと思っています。
もちろん、すごく悲しいです。でも、悲しんでいたって良いダンスは生み出せないので。僕らはいつも通り、ハッピーを届ける。それだけは強く思っています。

D.LEAGUE 25-26 ROUND.2 BLOCK VIBE「Live(s) in me.」より ©D.LEAGUE 25-26
PART 2:「LIFULL ALT-RHYTHM」としてのラストステージを終えて ※取材=2026年4月24日
- 今日の勝利をどのように受け止めていますか。
- 永井 ドライに言えば、今日勝てたのは会場・配信のオーディエンス票とシンクロ票のおかげで、プロのジャッジ票では勝てていませんでした。もちろんダンサーたちが頑張った結果でもありますが、応援してくれた人たちと一緒に獲った勝利だと思っています。本当に、たくさんの人の力でつかんだ勝利ですね。
- ディレクターとして、LIFULL ALT-RHYTHMのラストステージをどんな思いで迎えましたか。
- 永井 今シーズンはいろんなことがあって大変だったのですが、最後の最後に、GOさんのこと(*)があって。昨日まで当たり前にいて、毎日会っていた友達が、突然いなくなってしまった。あまりにも唐突な仲間の死に、悲しくて、心に大きな穴が空いてしまって……それなのに前を向いてチームを引っ張っていく余裕なんて、正直、僕にはまったくありませんでした。
だけど現実として、ROUND.8が目前に迫っているのに、立ち止まるわけにはいかないじゃないですか。GOさんがいない。そのことを考えると悲しみに呑み込まれそうになるけれど、でもGOさんは絶対に「立ち止まるな」と言うだろうし、僕らが最後のステージをちゃんと踊りきることを望むはず。ディレクターの僕が足を止めてしまったら、このチームは終わってしまいます。そのプレッシャーはずっとありましたが、とにかく、やるしかないと。言葉にできないくらい、いろいろな出来事や感情を経験した期間でした。
*ROUND.8直前の2026年4月20日、LIFULL ALT-RHYTHMの公式サイトにて、所属メンバーのGOが休暇中における海外渡航先で不慮の事故により逝去したと報じられた

D.LEAGUE 25-26 ROUND.3 BLOCK VIBE「Shine Again」より。アルトリらしいハートフルな作品で温かみのあるパフォーマンスを見せたGO(写真右) ©D.LEAGUE 25-26
- LIFULL ALT-RHYTHMとして最後の作品のテーマは『FOREVER』でした。
- 永井 今回の作品は、かなり前からプロットを作っていました。GOさんに「最後はこういう終わり方がアルトリらしいと思うんですよね」と話した時、GOさんは「うん、いいね」って、いつものようにニンマリ笑って、頷いてくれました。
冒頭の長テーブルを使った振付も、じつは今季が始まる前のオフシーズン中に遊び感覚で作ったものが元になっています。ROUND.8はどんな作品にしようかと考えていた時に、たまたまその動画を見返して、「これ、いいな」と。その動画の中では、GOさんも踊っています。だから今回の『FOREVER』は、GOさんと一緒に作った作品です。
そしてこの作品は、5年間活動してきたLIFULL ALT-RHYTHMの幕を、しっかり下ろしたいという思いで作りました。僕、いまの社会って「いただきます」は言うけど「ごちそうさま」は言わないな、と思うことがあるんです。何かを始める時の言葉はあるけれど、きちんと終わるための言葉や姿勢は、意外となおざりにされがちなんじゃないかな、と。だから今回は、終わりをちゃんと迎えること、終わることの美学みたいなものを描かなきゃいけないと思って作りました。


(上写真2点とも)D.LEAGUE 25-26 ROUND.8 BLOCK VIBEより、LIFULL ALT-RHYTHMとしてのラストステージ。それぞれに個性的なダンサーたちがそれぞれらしく踊り、最後にみんなでひとつの言葉を紡いで“アルトリ劇場”の幕を下ろした ©D.LEAGUE 25-26
- 最高のステージで5年間の“アルトリ劇場”に幕を下ろし、今シーズンの最終ラウンドを終えたいまの率直な気持ちは。
- 永井 今日の8人の代表ダンサーたちは、いろんな気持ちを背負って踊ってくれたんだと思います。勝利をつかんでくれて、終わった瞬間は嬉しくて涙が出ました。そしてその後に出てきたのは、「疲れた」。それだけでした。たぶん、みんなも同じだと思います。僕らはもうボロボロに疲れていたけど、それでも立ち止まるわけにはいかなくて、ずっと進み続けるしかなかった。だからいま、ようやく自分たちに「お疲れさま」と言うことができます。今日こういう結果で終えられたことで、これからやっとGOさんのことを、それぞれの時間の中で、ちゃんと受け入れていけるのかなとも思います。
- ボロボロになりながらも進んでこられたのは、やはりチームだったからでしょうか。
- 永井 そうですね。誰にも起こってほしくない出来事が自分たちに起こって、それでも何とかここまで来ることができました。乗り越えたのかどうかはまだわからないけど、でも本当にチームでよかったです。これが一人だったら、僕はたぶんダンスを続けられませんでした。どれくらいの期間かはわからないけど、しばらくは無理だったと思います。みんながいて、自分もディレクターという立場だったから、いまここにいます。結局のところ、僕はやはりダンスに救われました。
- 大きなプレッシャーを感じながらも「ディレクター」という立場を担ってきた経験は、永井さんに何を残してくれたと思いますか。
- 永井 さっき、チームのマネージメントスタッフが「直也はこの5年間で本当に変わったね」と言ってくれました。僕はもともと、めちゃくちゃ生意気だし、負けず嫌いなんです。負けず嫌いな人はいっぱいいると思いますが、たぶん僕はその比ではないくらい、もっと負けず嫌いです。とくにアルトリがスタートした当初は尖りに尖っていて、何を言われても首を縦に振らない人間だったので、きっと周りは相当やりづらかったはず。この5年間、僕はたくさんの人に迷惑をかけながら、成長させてもらいました。そういう、いい意味の変化はあったと思います。
そのいっぽうで、変わっていないこともあります。それは「諦めないこと」。生意気で、誰よりも負けず嫌いだけど、絶対に諦めない。そこが自分の強さなんだと思えるようになりました。LIFULL ALT-RHYTHMが終わることについて、もちろん悔しさもあるし、悲しさもあります。でも、僕は自分が本当に大切にしたいことと、まだちゃんと向き合えていない。だから、ここからまた新しい挑戦が始まります。

D.LEAGUE 25-26 ROUND.4 BLOCK VIBE「If…」より ©D.LEAGUE 25-26
- あらためて、LIFULL ALT-RHYTHMは永井さんにとってどんなチームでしたか。
- 永井 僕は、このLIFULL ALT-RHYTHMは誰か一人のものではないし、誰か一人が作ったものでもないと思っているんです。いままで関わってくれたスタッフの方々、元メンバーや現メンバー、SPダンサーやSPディレクター……いろんな人がいろんなタイミングで出入りするうちに、気づいたら出来上がっていたみんなの家。そこに「なんか楽しそうだぞ」と匂いを嗅ぎつけて集まってきたのが僕たちメンバーであり、同じくファンのみなさんもその匂いに気がついて、足跡をつけに来てくれた。言葉にするのは難しいのですが、いろんな人が残してきた残像みたいなものが積み重なって、LIFULL ALT-RHYTHMができたのだという気がしています。
今日も元メンバーがたくさん駆けつけてくれて、本当に嬉しかったです。ずっと走り続けてきたから、家族のような、兄弟姉妹のようなみんなの顔を見て、すごくほっとしました。
- 5年前にLIFULL ALT-RHYTHMがD.LEAGUEに現れてから、毎シーズン、毎ラウンドがずっと楽しかったです。最後に、ファンのみなさんにメッセージを。
- 永井 今日、会場を埋め尽くすみなさんとラストステージを一緒に過ごせたことに、心から感謝しています。もしかしたら、今日のショーを見て初めてアルトリを好きになったという人もいるかもしれません。そのくらいの空気を、みなさんが作ってくれたと思っています。
僕は今日のみんなの踊りを観て、やっぱりダンスには人に何かを届ける力があるんだと感じさせてもらいました。「LIFULL ALT-RHYTHM」という名前のチームはいったん幕を閉じますが、気がついたら新たな家がどこかに出来上がっているかもしれません。その時はまた「楽しそうだな」って匂いを嗅ぎつけてくれたら嬉しいです。だから「さようなら」だけど、「また会いましょう」。これまでずっとアルトリについてきてくれたみなさん、長く支えてくださって本当にありがとうございました!

©D.LEAGUE 25-26
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