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【8/20公開!映画「リル・バック ストリートから世界へ」】リル・バック インタビュー “社会的格差も乗り越えさせてくれるーーダンスは誰にも奪えない、僕の喜びです”

阿部さや子 Sayako ABE

©️2020-LECHINSKI-MACHINE MOLLE-CRATEN “JAI” ARMMER JR-CHARLES RILEY

「俺たちは人殺しになるより、ダンスがしたい」。

ドキュメンタリー映画『リル・バック ストリートから世界へ』が、2021年8月20日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷、 新宿シネマカリテ、アップリンク吉祥寺他で全国順次公開される。

全米有数の犯罪多発地域で、公民権運動のキング牧師が暗殺された場所としても知られるテネシー州、メンフィス。
そのいっぽうでソウル、ブルース、ロックンロールといったアメリカ音楽の聖地でもあるこの街は、ユニークなアートやカルチャーも育んできた。

なかでも近年存在感を増しているのが、メンフィス発祥のストリートダンス「メンフィス・ジューキン」
スニーカーを履いた足でつま先立ち、地面を滑るように移動したり鮮やかにスピンしたりする動きが特徴的なこのダンススタイルを一気に世界に知らしめたのが、メンフィス育ちのダンサー、チャールズ・ライリー(愛称リル・バック)だ。

リル・バック ©️2020-LECHINSKI-MACHINE MOLLE-CRATEN “JAI” ARMMER JR-CHARLES RILEY

貧困と暴力の中で育ったチャールズ少年は、メンフィス・ジューキンと出会い、やがて奨学金を得てクラシック・バレエにも挑戦。
ジューキンとバレエを融合させて、サン=サーンスの名曲「白鳥」(『瀕死の白鳥』)を踊った。
その「白鳥」が世界的チェロ奏者ヨーヨー・マの目に留まり、とあるパーティで共演。そこに居合わせた映画監督スパイク・ジョーンズが彼のダンスを携帯で撮影・投稿した1本の動画が、リル・バックの運命を大きく変えていくーー。

スパイク・ジョーンズ監督が携帯で撮影した動画の一場面。この動画がYouTubeに投稿されるやいなや評判になり、300万ビューを超えたという ©️2020-LECHINSKI-MACHINE MOLLE-CRATEN “JAI” ARMMER JR-CHARLES RILEY

映画には元パリ・オペラ座バレエ芸術監督で振付家のバンジャマン・ミルピエも登場。リル・バックのダンスについて語るミルピエの言葉は、彼の踊りの魅力の正体を知る上で、大きな手がかりになる。
(そのすぐ後に映し出されるリハーサルの場面で、ジョージアン・ダンスの動画を覗き込むリル・バックたちのあまりにもチャーミングなリアクションもお見逃しなく!)

その流麗なフットワークから「アーバン・バレエ」とも呼ばれるというメンフィス・ジューキンのこと、バレエと出会って得たもの、彼がダンスをする理由……映画公開を間近に控えた8月中旬、リル・バック本人にインタビュー取材を行った。

リモートで行われたインタビューの様子から。リル・バックはどの質問にもたくさん言葉を重ねながら、熱心に答えてくれた

***

リル・バックさんがベースとしている「メンフィス・ジューキン」とはどのようなダンスですか?
ジューキンはダンスのスタイルというより「カルチャー」なんです。メンフィスがもつ財産のひとつで、この街が生み出した数少ないポジティブなレガシー。ブルースやロックンロールやエルヴィス・プレスリーと同じように、ジューキンはメンフィスの街全体に深く根付いています。踊りのスタイルについて説明するなら、たくさんのスライドやグライド(優雅に滑る動き)やバウンス(跳ねる動き)で構成されていて、メンフィスのアンダーグラウンドのラップミュージックから生まれたダンスだということ。つまり、「スライドやステップやトゥスピンやグライドを多用する、メンフィス生まれのダンススタイル」ということです。
今回のドキュメンタリー映画にはリル・バックさんのダンスシーンがふんだんに盛り込まれていますが、何度見ても驚くのは、コンクリートの地面であれ、木の床であれ、自動車のボンネットの上であれ(!)、ゴム底のスニーカーで滑るように踊ったり回ったりしていることです。バレエは足やシューズと床の関係がとても大切で、床が滑りやすくても滑りにくくても踊りづらいという繊細な面がありますが、ジューキンではあまり床やシューズの質は問題でないのでしょうか?
ジューキンはストリートから始まったダンスですから、僕たちジューカーたちは元々いろいろな場所で練習してきています。駐車場、ガレージ、家のリビングルーム……コンクリートやセメントの上であれ、カーペットの上であれ、どんな場所でも踊れるように。その場の環境がどうであれ、軽やかに、いともたやすく見えるように、スムーズに、ノイズを立てずに踊れるように、いつも訓練しているんです。それこそがジューキンの文化であり、僕らが何者であるかを示す、ひとつの要素でもあると言えますね。むしろ、いちばん難しいのはバレエスタジオで踊ること! バレエ用のリノリウム床は、コンクリートなどに比べたらずっと滑らかで踊りやすそうに見えるかもしれないけれど、僕らのスニーカーとは相性が悪い。ゴムとゴムが擦れ合うようなかたちになるので、かなり難しいです。でも、逆のケースも見たことがありますよ。僕が出演した作品で、トウシューズを履いたバレエダンサーがコンクリートの上で踊るという企画があって。それはそれですごく大変そうでした。

今回の映画のトレイラーでも、リル・バックの滑らかなフットワークを見ることができる

リル・バックさんはまずジューキンに夢中で打ち込み、新しいことにも挑戦したくてバレエを始めたそうですね。バレエは何歳から始めて、何歳まで続けたのですか?
16歳から20歳までです。
バレエを学ぶことで、どんな収穫を得ましたか?
バレエをやってみて一番インスパイアされたのは、バレエダンサーたちの稽古に対する真摯さや厳しさ、表現することに身体を捧げようとする姿勢です。それから、ダンスを「芸術」として捉える考え方。ストリートダンスの場合、バレエと同じくらい高度な技術が必要とされるにも関わらず、単に有名なシンガーのバックで踊るものだとか、音楽を聴かせるためのものだとか、CMのツールのひとつにすぎないとか、そういうふうに考える人がまだまだいます。そうではなくて、ダンスはそれじたいで成立しているファインアートなのだと。そういう考え方を、僕はバレエを通して身につけました。もちろん最初は、「あんな風にトウで立って、長く美しく回りたい!」という気持ちからバレエの世界に足を踏み入れたんだけど。
バレエを通してそのような気づきを得たことで、あなたのダンスへの取り組み方は具体的にどう変わりましたか?
「基礎練のメニューを組み立てる」ということの必要性を意識するようになりました。例えばバレエでは、バー・レッスンやフロア・ワークのメニューが決まっていて、それを毎回必ず90〜120分くらいかけて稽古しますよね。「ああ、こうやって体を温めていかなくちゃいけないんだ」と。そんなこと、ジューキンだけをやっていた頃にはぜんぜん知りませんでした。以来、ジューキンを踊る時にもそれなりの基礎練習やウォーミングアップのカリキュラムを組み立てて取り組むようになりました。
逆に言えば、ジューカーのみなさんはウォーミングアップや基礎練なしに、あんなふうにつま先立って回ったりバランスを取ったりしているのですね! それはそれで驚きです。
ジューキンはもともとソーシャルなダンス、つまり社会的なコミュニケーションのなかで踊られるものですからね。言ってみれば行き当たりばったりというか、その場で踊り合って、試し合って、とにかく踊ってみるというのがジューキンのカルチャーなので。でも、より長く踊れるようにするためには、まず筋肉を温めなくてはいけないとか、こういう基礎練をすると効果的だとか、この動きをする場合にはここの筋肉を使うべき、とか。それまで身体では何となく感じていたけれど、頭でロジカルに理解してはいなかったことを、バレエは明確に教えてくれました。それによって、ピルエットを回る時はお尻の筋肉をこう使うとか、インナーマッスルはこう使うとか、分析的に考えて、意識しながら訓練できるようになった。バレエを学び始めて一番変わったのは、そういうところですね。

©️2020-LECHINSKI-MACHINE MOLLE-CRATEN “JAI” ARMMER JR-CHARLES RILEY

そしてリル・バックさんの名を一躍有名にしたのが、このドキュメンタリー映画のなかにも繰り返し出てくる「白鳥」ですね。まず2010年に踊った初めての「白鳥」、あちらもリル・バックさん自身が振付けたものですか?
そうです。というか、「白鳥」はもともと即興で踊ったものなんですよ。でも、みなさんから「踊って、踊って」と繰り返し言われるので、何度も踊るうちにだんだん原型みたいなものができてきて、最終的に振付が完成しました。
その後、2011年に中国の舞台でチェロ奏者のヨーヨー・マさんと共演した際のパフォーマンスには、ミハイル・フォーキン振付のバレエ『瀕死の白鳥』のオマージュみたいな動きも取り入れているように見えました。あの時にはすでに、バレエの振付も少し参考にしたりしていたのでしょうか?
正直に言うと、あの時点では未だ、本当に一ミリたりとも、バレエに『瀕死の白鳥』という作品があるなんてことは知りませんでした。その存在を知り、数々の名バレリーナたちが踊る映像を見るようになったのは、全部あの中国の舞台よりあとのことです。そして今ではバレリーナの動きを少し取り入れたりして、振付をさらに発展させていますが。
そうだったのですね!
それはそれで良かったと僕自身は思っていて。過去の作品について何も知らないまま踊っていたというのは、むしろ素晴らしいことじゃないかと。というのも、フォーキンのあの振付だって、もともとはただ振付家が感じたことを源泉にして生まれたわけでしょう? 僕の「白鳥」も、それと同じ。ただ純粋に自分の核の部分からあふれ出てきた動きであり、僕自身のフィーリングの発現なんです。
もうひとつ、今回のドキュメンタリー映画を見て感銘を受けたことがあります。それは、リル・バックさんの「音楽の聴き方」です。映画の終盤、子どもたちにダンスを教えている場面で、あなたは「まずリズムを分析するんだ。そうしていちど音楽をバラバラにしてから再構築すると、他の人には聞こえない音が聞こえてくるんだよ」とアドバイスしていますね。そういう音楽の聴き方を、あなたはどうやって身につけたのですか?
僕はとにかくダンスが上手くなりたかった。優れたジューカーになりたかったんです。その一心で、音楽に対する感覚も身につけていったとしか言いようがないかもしれません。というのも、僕はメンフィス生まれではなく、8歳の時にシカゴからメンフィスへ移住したので、言わばアウトサイダーだったんですよ。そんな僕が生粋のジューカーたちのなかで頭ひとつ抜きん出るには、どうすればいいか? それを考え続けるなかで、「音楽をいかようにでも料理できるようになろう。そのためには、まず音楽を聴き込むことをやってみよう」と。僕の音楽性は、そこからきていると思います。

実際、僕がメンフィスに来て大きな衝撃を受けたのは、ジューカーたちの音楽に対する知識量と感覚の鋭さでした。流れてきた音楽がラップであれ何であれ、彼らの中にはあらゆるビートがインプットされていて、どこでどういうリズムが来るか、ちゃんと記憶している。そしてその場の即興で、自由自在に振付を作り続けることができるんです。そのレベルに到達するために、自分は何をしなくてはいけないのか……それを考え始めたのが、僕の原点です。

それからもうひとつ、僕のジューキンの師匠であるマリコ・フレイク(通称ドクター・リコ)の影響も大きかったと思います。彼はメンフィスのジューキン・カルチャーを熟知していて、その上で実験的なことをやっていくのをモットーにしている人なのですが、彼は僕に「音楽を聴く時は、瞑想するように目を閉じて、そのサウンドの成分を一つひとつピンポイントで特定していってごらん」と教えてくれました。その音がどこで切れて、別の音がどこで始まるか。ここで新たなビートが始まって、ここで微かな鈴の音がする……そんなふうに音楽を分解して曲の構成を意識することが、僕のトレーニングの基礎になった。多くのダンサーは、他の人がやっている動きを見よう見まねで模倣するようにして踊るんだけど、僕はまず音を聴きます。そして、自分自身で聴き取って感じた音に、一つひとつ動きを乗せていくようにして踊っているんです。

後輩ダンサーたちに指導するリル・バック ©️2020-LECHINSKI-MACHINE MOLLE-CRATEN “JAI” ARMMER JR-CHARLES RILEY

リル・バックさんはシルク・ド・ソレイユのステージに立ったり、ユニクロやGAPやAppleのCMに出演したり、最近ではディズニーの実写映画『くるみ割り人形とねずみの王様』でモーション・キャプチャーを担当したりと、すでに世界を舞台に多彩な活躍をしていますね。今後さらにダンサーとして、あるいはアーティストとして挑戦してみたいことや、目標にしていることがあれば聞かせてください。
僕にはミッションがあると思っています。それは、後進のダンサーたちをインスパイアする存在になることです。僕のストーリーは決して夢物語なんかじゃなく、実際に達成できるものなんだと伝えたい。そしてダンスという芸術はこんなにもいろいろなことができるんだということも、もっと多くの人に知ってもらいたいです。
ダンスはただエンタメとして消費されるだけのものではなくて、経済的格差や社会的格差をも乗り越えさせてくれるもの世界を変えるツールにだってなり得るのだということを伝えていきたいと思っています。だからこそ僕は友人のジョン・ブーズと一緒に、「MOVEMENT ART IS」(M.A.I)というプロジェクトを起ち上げました。M.A.Iでは音楽と映像を融合させ、複数のメディアを通じて自分たちのメッセージを拡散させて、ダンサーたちに勇気や力を与えていくつもりです。
最後の質問です。バレエダンサーを目指す若い人たちは、よく「自分はなぜ踊るのか。なぜ踊りたいのか。それをよく考えなさい」と言われます。リル・バックさんは、なぜ踊るのでしょうか? あなたが踊る理由を聞かせてください。
幼い頃の僕にとって、ダンスは「真の幸福」を感じられる数少ない居場所でした。僕は非常に貧しい家庭で育ったので、親も忙しく、ゲームやおもちゃも買ってもらえず、友達と一緒に遊ぶことすら難しかった。だけど、ただひとつラッキーだったのは、姉がダンス好きだったことです。その影響で、僕もダンスが大好きになりました。姉と一緒にダンスをしていると、「これだけは誰にも奪うことができない、僕の喜びだ」と思えました。その経験が、いまでも自分自身のなかに深く根付いています。
僕にとって、ダンスは「聖域」のようなもの。本当の自由を感じられる、唯一の領域です。だから、僕は踊るのだと思います。

映画情報

『リル・バック ストリートから世界へ』

2021年8月20日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷、新宿シネマカリテ、アップリンク吉祥寺他全国順次公開

原題:LIL BUCK REAL SWAN|2019年|フランス・アメリカ|ドキュメンタリー|85分
監督:ルイ・ウォレカン 配給:ムヴィオラ
公式サイト:http://moviola.jp/LILBUCK/

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