2021年1月に開幕した日本発のダンスのプロリーグ「D.LEAGUE」(Dリーグ)が、去る7月1日(木)の最終決戦〈チャンピオンシップ〉をもって、ファーストシーズンを終えた。
〈チャンピオンシップ〉は”負けたら終わり“のトーナメント戦。全12ラウンドにわたる〈レギュラーシーズン〉を勝ち抜いた上位4チームが、文字通りの熱戦を繰り広げた。
ブレイキンの世界チャンピオンISSEIを中心としたB-Boy&B-Girlたちが、凄まじいスピード感で超絶技巧をぶち上げ続けたKOSÉ 8ROCKS。最終結果は4位となった。
KOSÉ 8ROCKS ©D.LEAGUE 20-21
負けた瞬間に「優勝」の二文字が消える緊張感のなか、それでも“粋”と“踊り心”を忘れぬ素晴らしいショーでダンスというもののカッコよさを見せつけてたSega Sammy LUXは、3位に入賞した。
Sega Sammy LUX ©D.LEAGUE 20-21
いよいよ決勝戦というその時に、あえて音楽を使わず、自分たちが地を踏み鳴らす音や声に合わせて踊りきるという勝負に出たFULLCAST RAISERZ。結果は2位。惜しくも優勝は逃したものの、リスクを恐れぬ魂のダンスで会場内を震わせた。
FULLCAST RAISERZ ©D.LEAGUE 20-21
こうしてどのチームも息をのむパフォーマンスを見せたなか、記念すべき初代チャンピオンの座をもぎとったのは、ダンサー・振付家のRIEHATA率いるavex ROYALBRATSだった。
avex ROYALBRATS ©D.LEAGUE 20-21
セミファイナル、ファイナルともに、「これまでの試合では敢えて封印してきた」という、自らが最も得意とするドギーダンス(ヒップホップのスタイルのひとつ)を存分に披露。若きメンバーたちのスパーキングなダンスは、Dリーグ初代王者にふさわしい、未来に向かうパフォーマンスだった。
惜しくも準優勝となったRAISERZディレクターのTWIGGZ “JUN”は、悔し涙を拭き、勝者・ROYALBRATSディレクターのRIEHATAを高く抱え上げて勝利を讃えた ©D.LEAGUE 20-21
Dリーグのセカンドシーズン「第一生命D.LEAGUE 21-22」は、2021年11月14日(日)に幕を開ける。
次シーズンからは「dip BATTLES(ディップ バトルズ)」と「LIFULL ALT-RHYTHM(ライフル アルトリズム)」の2チームが参戦することも決定。dip BATTLESはハウスダンサーのSHUHOを、LIFULL ALT-RHYTHMは振付家・演出家の野口量をディレクターに迎えるというから、ますます楽しみだ。
「ダンサーはこれからdip株式会社が展開するアルバイト情報サイト〈バイトル〉で大々的に募集する」というdip BATTLES(写真は第一生命 D.LEAGUE AWARD 2020-21でのお披露目パフォーマンスより)©D.LEAGUE 20-21
野口量の独特の感性がDリーグでどう炸裂するのか楽しみなLIFULL ALT-RHYTHM(第一生命 D.LEAGUE AWARD 2020-21でのお披露目パフォーマンスの様子)©D.LEAGUE 20-21
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私は、ストリートダンスについてはまったくの不勉強で、まだ何も知らないに等しいレベルである。それでもこのDリーグを開幕戦から全試合観戦し、大いに楽しんだ。
そのいっぽうで、もっと具体的に知りたくもなった。
ストリート系のダンスの“見どころ”って何だろう?
どういうダンス/ダンサーが高く評価されるのか?
“すごいダンス”とそうでないものの違いとは?
つまり、ストリート系ダンスにおける“クオリティ”って何?
これらの点について、誰か専門家に取材してみたい……そう考えた時、いちばんに浮かんだのが、舞踊史家・舞踊評論家の村山久美子さんである。
村山さんはバレエ関連の書籍や専門誌、新聞等での執筆多数、かつSNS界隈でも有名な“踊る舞踊評論家”。かつては全幕バレエで主役を踊った経験もあるバレリーナでありながら、近年ではストリート系ダンスも複数ジャンルにわたって踊りこなし、思わず二度見してしまうほどキレのあるダンス動画をSNSにも投稿されている。
ストリートダンスにおいて見るべきポイントとは何か? ストリートダンスの“凄さ”とはどこに宿るのか? バレエとの共通点や、バレエを知っているからこそ深く楽しめるポイントはあるだろうか?
バレエの専門家でもある村山久美子さんに、たっぷりお話を伺った。
関連記事:【特集・Dリーグ①】なぜ、ダンスを「競技」にするのか?~日本発・ダンスのプロリーグ誕生の仕掛け人、神田勘太朗氏に聞く
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「上手いダンス/ダンサー」は何が違う?
- 村山さん、本日はよろしくお願いします! 最初に、いちばん聞きたいことをズバリ質問させてください。ストリートダンスにおける「良いダンサー・上手いダンサー」とはどういう人ですか?
- 村山 バレエでも同じですが、上手い人は「身体が静か」。未熟なうちはどうしても無駄な動きが多く、「踊りがうるさい」のです。
- 確かにバレエでも、素晴らしいダンサーの踊りは動きに無駄がないというか、「雑音」とか「雑味」がないな、と感じます。
- 村山 ストリートダンス界でも日本はいまとてもレベルが高くて、とくに30代には世界トップレベルのダンサーがたくさんいます。そういう人たちのダンスを見ると、一目瞭然です。例えば、この動画を見てみてください。これは私が師事しているGOGO BROTHERSのREIさんというダンサー。数多くの国際バトルのチャンピオンです。
↑ベージュのベストを着ているのがREIさん。グレーのベストは弟のYUUさん
- まさに一目瞭然……静止した時などは静けさすら感じますね。
- 村山 そしてこちらも私のハウスの先生であるSHUHOさん。脚がこれだけ速く動いていても、上体は決してうるさくありません。
- 次シーズンからDリーグに新規参戦するチーム「dip BATTLES(ディップ バトルズ)」のディレクターに就任されたSHUHOさんですね……! ストリートダンスって若年層に人気がありますし、音楽的にも動きの激しさ的にも10代や20代の人に有利なダンスなのかと思っていました。
- 村山 いま見ていただいたREIさんやSHUHOさんのダンスからもわかるように、ストリートダンスの本質は「動きの派手さ」ではないのです。重要な基本はいくつかありますが、まず「アイソレーション」。この言葉は聞いたことがありますか?
- 胸とか腰とか、身体のパーツをバラバラに動かすこと……でしょうか?
- 村山 そうです。首や胸や腰などを、その部分だけで動かすこと。ストリートダンスではまずこのアイソレーションを徹底的に訓練するのですが、達人の域になると、部分から部分への移動がいくらでも速く、はっきりとできるようになります。そして、止まっているところは微動だにしない。ところが、筋力など基礎的な力が足りていないと、特定の部位だけを動かすことができなくて、身体全体がついていってしまう。自分の身体を自在に制御できていないから、踊りがうるさくなってしまうのです。
- エネルギーや勢いだけで踊るダンスでは決してない、ということですね。
- 村山 それから、バレエや空手などの武道とも共通するものですが、ストリートダンスも床から力を得て踊るのです。足の裏でいかに床と接し、床を感じて踊るかが大切。だから素晴らしいダンサーであればあるほど足の裏のあらゆる部分が使えていて、どんな動き、どんなポジションで立っていても、足が床に吸い付いています。
- 本当にバレエと同じですね!
- 村山 それから、片脚から片脚へ素早く移動できることもとても大事です。これもバレエと同じで、例えば熊川哲也さんはその重心移動がずば抜けて巧みです。ただ、バレエと違ってストリートダンスは軸が常に垂直ではないから、余計に、どんな体勢からでもすぐに片脚に行けることが重要なのです。
- 「表現」の面についてはどうでしょうか? バレエだと「技術」と「表現」は常に両輪で、ほとんどの作品がストーリー、役柄、感情、音楽など何かしらを表現していますし、技術的にどんなに完璧でも、表現力が伴っていなければあまり評価されません。
- 村山 ストリートダンスにおいていちばん大切なのは「音楽」の表現です。ジャズHIPHOP以外のジャンルで、「感情」を表現することはほとんどありません。また、「音楽を表現する」と言っても、単に音に合っていればいいわけではありません。音とダンスが一体化しているのは当然のことであって、その上で音をどう使うか。その音を自分の身体でどうおもしろく使うか、ということが重要です。
- つまりストリートダンスのクオリティとは何かをまとめると、
◎身体の各部位をバラバラに動かせること(アイソレーション)
◎無駄な動きがないこと。動かす部位の移動や軸・重心の移動を、寄り道いっさいなしで素早く行えること
◎音楽をおもしろく使えること
ということですね?!
- 村山 そうですね。ストリートダンスにおいては音楽を表現することが最も大事であり、それを自由に表現するための身体が必要だということです。
- ちなみに、バレエは姿勢、ポジション、ステップなど厳格に守らなくてはいけない「型」を持つダンスですが、ストリートダンスはどうなのでしょうか? 自由に踊っているように見えますが、じつは守るべき「型」があるのでしょうか?!
- 村山 それはジャンルによります。例えば〈ヒップホップ〉は最も自由度が高くて、ヒップホップの音楽で踊れば何でもありという観が強いです。一応、「クラブステップ」や「ランニングマン」等、バレエでいうところの「パ」(ステップ)はいろいろとあるのですが。日本のダンサーはそれらのステップをメインに使いながら、ある程度「型」にはめて踊ることが多いのですが、ヨーロッパのダンサーなどは本当に自由そのもので、奔放な動きでとても面白いです。アイソレーションも使い放題だし、決まったステップなんて何ひとつやらない人もいるし。
それから、〈ポップ〉も型はあまりなくて自由度が高いジャンルですね。ポップ=筋肉を弾くという名前の由来の通り、筋肉を弾くようにヒットさせるのが必須。それさえやれば、あとは何でもありです。
逆に型がカチッと決まっているのは、私が長年踊っている〈ロック〉です。ロック=鍵をかけるという意味。激しい動きからいきなりカチャッ!とロックするかのように身体を一瞬で強く止めるのが特徴のダンスです。これには「トゥエル」とか「キックウォーク」とか「スクービードゥ」とか、いろいろな型やステップがあります。それらを厳格に習得しなくてはロックダンスにならない点は、バレエと同じですね。
女性やゲイの踊り手も多い〈パンキン/ワック〉も型があります。どちらも腕を鞭のように振ったり身体に巻き付けたりするのが特徴のダンスです。
ストリートダンスは女性に不利なのか?
- 私がストリートダンスに興味を持ったきっかけは「Dリーグ」なのですが、そこには男性だけのチームもあれば女性だけのチームもあり、男女混合のチームもあります。そして全試合を観てきての率直な感想として、圧倒的なエネルギーを感じさせるパワフルなパフォーマンスはやはりインパクトが強く、じっさい高評価を得やすい傾向にもある気がします。仮にそうだとすると、純粋にフィジカルな問題として、女性ダンサーには不利ということはないのでしょうか?
- 村山 それは、私自身もストリートダンスを踊る上でいつも考えていることです。例えばアクロバティックな動きのダイナミックさやパワフルさ、筋肉をヒットさせたり動きをピタッと止めたりする動きの強さ、動きの速さでは、女性は男性にはかないません。なぜなら筋力が絶対的に違うからです。だから男性と同じことをやろうとしてもダメだと思うのです。じゃあ女性は何で勝負をする? 女性のほうが優れていることは何?と考えたら、それは「ラインの美しさ」や「柔らかさ」でしょう。その意味では、バレエというダンスは賢いですよ。プティパは女性と男性、それぞれの良さを完璧に理解した上で、女性のパと男性のパを明確に使い分けて作品を作っていますから。
- 確かに……!
- 村山 男性と女性では身体の構造がどうしても違います。その特徴・特性を考え、活かして踊るのはとても大事なことですが、昨今では難しい問題でもあります。というのも、いまは「ストリートダンスにおいて女性は女性ならではの良さや美しさを強調したほうがいい」というようなことを言うと、必ず「それは男女差別だ」という意見が出てきますから。
- それは差別というより、むしろ平等に戦うための作戦ではないか、と個人的には感じます。
- 村山 そもそも女性が大きなパイを占めるバレエとは違い、ストリートダンスを踊る人口は男性のほうが圧倒的に多いし、現時点での概観としては、男性のほうが強いジャンルではあります。
- 阿部 逆に、ストリートダンスの中でも「これは女性の良さを活かしやすい」というジャンルはありますか?
- 村山 ジャズダンスからの流れである〈ジャズヒップホップ〉、ジャズダンスの基盤を使っている〈パンキン/ワック〉は、女性の柔軟性、柔らかな身体のラインが生かされますね。女性ダンサーが多いジャンルです。ほかに、私はいまポップにのめり込んでいて、そのなかでも「ブーガルー・スタイル」というのを好んで踊っています。これはポップといっても筋肉を弾くだけでなく、胸と腰を引っ張り合うような動きも多いから、踊っていて気持ちがいいし、とてもおしゃれで美しい形を作れるのです。だから女性にはとてもおすすめですね。それから、私が長年取り組んでいる〈ハウスダンス〉も。ハウスはスピーディーで軽やかな足さばきが中心のダンスですが、力技で踊るものではないし、ちょっとコンテンポラリーダンスにも近い、ゆっくり柔らかく床を転げるような動きもあるのです。ステップも美しく踏めるので、女性ダンサーも活躍しているジャンルです。
バレエの専門家から見た「ストリートダンスの魅力」とは
- ところで、村山さんはこれまでどのようなダンスを踊ってきて、ストリートダンスにはいつ、どんなきっかけで出会ったのですか?
- 村山 私は8歳でバレエを始めて以来、人生でダンスを踊っていなかったのは、お腹のなかに子どもがいた1年間くらいですね。受験期なども含めて踊りを休んだことはなく、高校3年生の時には『眠れる森の美女』全幕でオーロラ姫を踊りました。20代の終わり頃まではバレエしかやっていなかったのですが、その後出産して、子どもが小さいうちはダンスも無理のない範囲で……と、スポーツクラブに通い始めて。そこでまずジャズダンスとコンテンポラリーダンスを始めて、次にヒップホップとロックダンスを習うようになりました。それが、今から17年前のことです。そこからストリートダンスにのめり込むようになって、7年ほど前からはハウス、6年前からはポップを熱心にやっています。
- なんという幅の広さ……!!! よく、「バレエダンサーはいつも身体を引き上げているから、重心を落とさなくてはいけないストリートダンスは難しい」と聞きますが、それは本当ですか?
- 村山 そうですね。ストリートダンスも身体を引き上げないわけではないのですが、上に伸びきってはいけません。でも、バレエ出身者にとって最も大変なのは「姿勢」です。バレエはあくまでも「真っ直ぐ」を保つのに対して、ストリートダンスは脚の付け根で身体を折り曲げなくてはいけないのです。そこが大きな違いですね。脚の付け根を折って、内腿を使う。身体がピンと伸びてしまったらカッコ悪い。その姿勢は大変でした。
- それでもやはり使うのは「内腿」なのですね?
- 村山 内腿です。ただし、バレエで使うのは「ターンアウトした時の内腿」、つまり脚がパラレルの時には後ろ面にあたる、ハムストリングスを中心とした内腿です。ストリートダンスの場合は、パラレルの状態の時に腿の内側にある筋肉を使って動き、重心を下げる時にはバレエと同じ、後ろ側の筋肉を意識します。これらの筋肉を使えないと、動きが軽く浮いたものになってしまいます。
- 最後にひとつ聞かせてください。バレエの専門家である村山さんにとって、ストリートダンスの魅力とは何ですか?
- 村山 やはり「音を表現する」ところですね。私は音楽と密接なダンスにとても興味があるので、バレエでもバランシン作品が大好きです。ストリートダンスは、ジャンルによって使う音楽の質がぜんぜん違います。その多様な音楽を、身体でどう表現するか。そこにいちばんの興味があるし、おもしろさを感じます。あとはもう単純に、バレエやコンテンポラリーダンスとはまったく異なる動きだからこそおもしろい。ダンスが大好きだから、どんなジャンルも自分の身体で手に入れてみたい。もちろん習得するのは大変ですが、やっぱり楽しい。REIさんやSHUHOさんといった、世界の高みにいる、とてつもなく高い技術をもち、私にとって最も重要な、“美しい”踊りのダンサーたちに出会い、師事できたことも大きかったと思います。彼らはもう天の上のレベルですが、それでも一生懸命練習して、あの動きに少しでも近づきたいと思うんですよ。
- 村山久美子(むらやま・くみこ)
- 舞踊史家・舞踊評論家。早稲田大学大学院文学研究科ロシア文学専攻博士課程満期終了。
ロシアのプーシキン外国語大学、米国のハーバード大学大学院への留学を経て、現在、早稲田大学、東京経済大学、昭和音楽大学、工学院大学非常勤講師。新聞、雑誌等に舞踊評論執筆多数。著書に「知られざるロシア・バレエ史」(東洋書店)DVD・解説書シリーズ「華麗なるバレエ 全10巻」(小学館)、「バレエ・ギャラリー」(学習研究社)、「二十世紀の10大ダンサー」(東京堂出版)ほか。訳書に「ワガノワのバレエレッスン」(新書館)がある。