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【レポート】「オリガ・スミルノワのジゼル in cinema」公開記念トークイベント <バレリーナ・中村祥子が語る「ジゼル」の世界>

バレエチャンネル

ボリショイ・バレエの新女王と目されながら、ウクライナ侵攻に反対して祖国ロシアを離れたプリマ・バレリーナ、オリガ・スミルノワ。
移籍先のオランダ国立バレエでプリンシパルとして活躍するスミルノワの『ジゼル』をパテ・ライブが撮影、2024年3月8日(金)よりBunkamuraル・シネマ 渋谷宮下ほか全国で公開中です。

公開翌日の3月9日(土)、10:45の回上映後(会場:Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下)、ジゼルを演じた経験を持ち、ミルタ役も多く踊ってきた日本のトップ・バレリーナ、中村祥子さんをゲストに迎えてのトークイベントが開催されました。

その役を踊るダンサーだからこそ知っている『ジゼル』の見どころ・演じどころについて語ったトークショーのもようをお届けします。

トークゲストは中村祥子さん。司会はバレエチャンネル編集長の阿部さや子が務めました©Ballet Channel

<バレリーナ・中村祥子が語る「ジゼル」の世界>
イベントレポート

まずは「オリガ・スミルノワのジゼル」をご覧になっての感想から聞かせてください。
とても素晴らしい舞台でした。とくに第2幕のジゼルが感動的でした。第1幕と違い、ウィリとなったジゼルをまるで漂う空気のように表現するのはとても難しいですが、彼女は腕から指先の動きをとても繊細に表現していて、力を感じさせない浮遊感に胸を打たれました。
祥子さん自身も『ジゼル』という作品に数多く出演してきたわけですが、スミルノワやほかのダンサーたちの演技を観て興味深く感じたことはありますか?
私は身長が高いこともありミルタに配役される機会が多かったのですが、そのぶんたくさんのジゼルと共演してきました。どのバレリーナの方々も表現はそれぞれ異なっていて、とくに出てきた瞬間の空気感がそれぞれまったく違います。そのなかでもいちばん驚いたのは、アリーナ・コジョカルのジゼルでした。共演したのは、私がまだウィーン国立バレエに入団したばかりの頃。ウィーンの振付ではジゼルが舞台下手前から走り出てくるのですが、コジョカルはとても冷たい空気を纏って、スッと現れ私が飛ばされそうなほどの空気感を纏っていました。ミルタである私のほうがジゼルを恐ろしいと感じるくらい、本当に寒気がするような空気が漂っていて。本当の幽霊に出会っているのかも……と後ずさりしてしまうほどでした。それぞれダンサーの表現によって感じるものが違うのでいい経験にもなりました。
今回のスミルノワのジゼルについては、私が観て感じたのは、彼女自身「私は長く生きられない」という何かを感じていて、ところどころですでに第2幕のウィリの白い部分が透けて見えているような瞬間もあったこと。だからこそジゼルとして日々の一瞬一瞬を楽しんで過ごし、アルブレヒトとの恋も、結婚というよりも彼との時間、恋している自分を楽しんでいるように見えました。踊ることが大好きで元気を見せるジゼルというよりも、どこかに秘めた寂しさを持っていて、それでもみんなに笑顔を与えていたジゼルだったからこそ、第2幕の悲しみがより世界観を作り出していたように思いました。

「オリガ・スミルノワのジゼル in cinema」より ©︎Pathe Live

祥子さんが初めてジゼル役を演じたのは、意外にもわりと最近のこと。2017年のKバレエカンパニーの公演でしたね。
若い頃はむしろ強いミルタを好んで踊っていましたし、若さのエネルギーだけで踊りきっていました(笑)。でも『ジゼル』は様々な経験を表現に繋げていく、そんな難しさがあると感じています。『白鳥の湖』もそうですが、経験したからこそ生まれる表現もあります。たとえばジゼルの場合もコール・ド・バレエやミルタなどを踊らずにジゼルを踊っていたら、見えていなかった部分や見つけられなかった部分がたくさんあったと思うし、未完成のまま舞台に立っていたかもしれません。同じ場面で別視点からジゼルを見て感じたものがあったからこそ、それを自分のジゼルに繋げることができたし、より周りに対してどんなジゼルでありたいかが分かってきました。
Kバレエカンパニーで初めてジゼルを踊らせていただいた時、それまでミルタとして素晴らしいジゼルたちを間近で見すぎてきたせいか、自分に求めるレベルがどんどん高くなってしまっていたんですね。自分自身がジゼルの世界に吸い取られてしまったような感じで、本番当日はバレエ人生で初めて、にんにく注射を打ちました(笑)。物語もジゼルの精神がおかしくなってしまったり、第2幕のウィリになってからは空気のような繊細な動きとともに笑うことができない、人間としての普通の呼吸すらできないような漂うものにならなければならないし、心を殺さなければならない。その中でアルブレヒトに纏わりつく空気感のようなものを表現し踊らなければならないので、体力的にも精神的にもあまり使われないエネルギーさえも吸い取られてしまったのだと思います。
第1幕のジゼルは、花で恋を占うような素朴な女の子。そんな少女を演じる上で、心がけたことはありますか?
少女を演じるってやっぱり大変です(笑)。
当時のアルブレヒト役は遅沢佑介さんで、いつもKバレエカンパニーで一緒に踊ってくださっていました。よく知っている間柄だからこそ、その遅沢さんの前で可愛らしさを出すのが少し恥ずかしくて、少女になりきれない部分がところどころあったと思います(笑)。でも、信頼しているからこそ遅沢さんはその気持ちにも気づいてくださり、彼もいままでとは違った自分を出そうとしてくださいました。リハーサルを重ねれば重ねるほど、だんだんといろいろなものを取っ払って、自然と演技ができるようになったように思います。ジゼルが自分の家のドアを開けて出てくる登場シーンは、お客さまの前に初めて姿を見せる重要な場面。ですから自宅でもあちこちのドアを開けて練習しました(笑)。どんな風に動くのか、その時どんな気持ちになるのかは、やってみないとわからない。ですから頭の中の想像だけで練習するよりも、とにかく実践してみることにしています。
祥子さんほどのキャリアを持っていても、一つひとつ実際に試しながら研究するのですね。
それはもう、キャリアは関係ない気がします。その日によってわかることも、見えてくることも、感じてくることもまったく違って、やればやるだけ新しい発見があります。毎回何かを見つけられるわけではないのですが、手の動かし方ひとつとっても、実践したぶんだけ自然な動きになる。そういう実感があるので、実際に動いて練習することを大切にしています。

©Ballet Channel

そして第1幕で決定的に重要な場面といえば「狂乱の場」ですね。実際に演じてみていかがでしたか?
「狂乱の場」はとても難しいです。思い出すのは、私がベルリン国立バレエにいた頃、ポリーナ・セミオノワさんやナディア・サイダコワさんといった素晴らしいバレリーナたちが「狂乱の場」をリハーサルしていた時のこと。指導して下さっていた先生は個々のダンサーが自分からのアドバイスをどう解釈してどんな表現をしていくのかを考慮して、一人ひとりに合わせたアプローチをしていたんです。たとえばポリーナに教えている時に面白いなと思ったのは、「真っ黒な蟻の群が手から登ってくると思ってごらん」というアドバイス。「ずっと追いかけてきて、それを一生懸命払いのけようとしても、身体をあっという間に黒いものが埋め尽くしてしまう。そんなふうに表現して」と言ったんです。するとポリーナの演技がガラリと変わり、見えないものに怯えて、一生懸命に何かを振り払っている姿が恐ろしくもあり、ジゼルの様子がおかしいと一瞬で分かる。それが本当に素晴らしくて。たった一言で表現がクリアになる瞬間を目の当たりにした経験でした。
バレエで大切なのは、自分の想像力を使って踊ることだと思います。もちろん振付の通りに踊らなければいけないものではあるけれど、ダンサー一人ひとりに「物語」が必要なんです。それはどんなものでもいい。何かを想像して、自分だけのファンタジーを作ること。それが自分の身体の表現に繋がっていくと思います。
そして第2幕、もはや肉体を持たない存在を演じるうえで大事にしたことは?
空気や亡霊のようにと意識して……とはいえ、やはり踊る私は生身の人間なので、とにかく力を抜くことを心がけました。どうしても舞台上でポーズをする時は、身体のどこかにスイッチが入ってしまうんです。そして背筋にスイッチが入ると、神経を伝って全身に力が入ってしまう。それなら体幹を保ったまま、腕も脚も力を抜いて、「このポーズ、おかしいかも」と思うところまでやってみよう、と。リハーサルで、先生に「それはおかしい」と言われたら直せばいい。どれだけ自分の身体をほぐせるか、今までやってきたバレエダンサーとしてのスイッチをオフにできるかに、まずは挑戦してみようと思いました。
先ほど「第2幕は心を殺さなければいけない」とおっしゃっていましたが、それでもアルブレヒトとのパ・ド・ドゥや、朝の鐘が鳴るシーンなどは、演じていて心が揺り動かされることもあったのではないでしょうか?
第2幕のジゼルに必要なのは、アルブレヒトにとって大切な人がちゃんと見えなくても抱きしめることができなくても、しっかりと感じる空気として存在していなければいけないということ。いっぽうでアルブレヒトは自分の仕草やサポートで、ジゼルがこの世のものではないということを表現しなければいけませんから、普段のサポートよりもさらに繊細にエネルギーを使って浮遊感を感じさせたり、現実的にならないようしっかり握らずにサポートしたりと大変な技術が必要なんじゃないかなと思います。つまりジゼルとアルブレヒトはお互いに頑張ることが真逆で、そこがこの作品の難しさでもあるのかなと。
だからこそ、ふたりの息が合った時は素晴らしい。『ジゼル』の世界観をパートナーとどのように作り出すのかも大切だと思います。

©Ballet Channel

祥子さんはミルタ役も多く演じてきましたが、そちらの役作りについてはどんなことを意識していましたか?
ミルタは緊張感のある役です。最初の出から、いかに上半身を振らさずにパ・ド・ブーレができるかを心がけていましたし、そしてなによりも怖かったのが、真っ暗闇の中のアラベスク・パンシェ。グラグラしないようにトウシューズの裏をできるだけ平らになるように削ったり、本番では袖の中で少し人が動いただけでも気になってしまうので、みんなに「アラベスク・パンシェの時は動かないで」とお願いしたりしていました(笑)。
ミルタ役は振付もとてもハードで、踊り切ったあとはいつも息切れしていたほど。なかでも最後のヴァリエーションのソ・ド・バスクでマネージュするところがいちばんの見せ場だと思っていて、体力的にはいちばんきついシーンですけれど、そこでどれだけミルタの威力をソ・ド・バスクで表現できるかに挑戦していました。もう一つこだわったのは、両手でこぶしを作ってクロスさせる「死」のマイム。威厳と冷たさを感じさせるように、何度も練習しました。
最後は朝の鐘が鳴って、ジゼルがお墓の中に消え、アルブレヒトと永遠の別れが来ます。ジゼルとして、あのラストをどんな気持ちで演じていましたか?
あの鐘がなった瞬間、私はなぜかとても幸せな気持ちになりました。これでよかった、この瞬間が来てやっと幸せになれた、って。“悲しい”というよりも“ありがとう”のような、幸福感に包まれたんです。ジゼルとして最後に抱く感情は、きっとバレリーナによってそれぞれ違う。「こうでなければいけない」という正解はないと思います。その時に感じたものを自然に受け入れていくことでその人の物語がはっきりと伝わっていくと思います。
私はこれまで、ジゼルを「夢の役」だと語るダンサーにたくさん出会ってきました。祥子さんは、ジゼルという作品や役のどんなところが、ダンサーにとって特別なのだと思いますか?
私はひたむきに生きるジゼルに、少女の頃の自分を重ねたくなります。あの頃、私も一生懸命に毎日頑張っていたなって。彼女は悲しい結末を迎えてしまうけれど、その瞬間を大切に過ごす姿は同年代の女の子たちと変わらないはず。『ジゼル』という物語の世界ではあるけれど、現実の世界で人間が抱える感情をくっきりと描いたバレエだと思っています。
ウィリたちはみんな、胸の下で手首を交差するポーズをしています。解釈のひとつとして、以前山本康介さんから「このポーズは、亡くなった女性たちがその腕に抱くことのできなかった赤ちゃんを抱いているポーズでもある」と。私もひとりの女性として、子を抱くことのできない悲しみの気持ちを想うと、簡単にはすることができないポーズなんだと。意味を理解したうえでポーズをしてみると手から首、そして背中への意識、すべてが変わっていきます。自分で想像し、思いを吹きこんだポジションは、ただしているポジションとは全く異なり、それだけで世界観を生み出す。そこから作品の世界が広がっていくし、より深い表現が生まれるんです。
この映像は、『ジゼル』にしかない世界観や役の感情を伝えていると思います。こうしたシネマ上映や舞台を通して、バレエを習っている子どもたちにも、作品の持つ世界観やダンサーの表現をキャッチできるような見方や感性を育んでもらえたら嬉しいです。

©Ballet Channel

【動画インタビュー】オリガ・スミルノワ〜3/8公開「オリガ・スミルノワのジゼル in cinema」合同取材会はこちら

上映情報

公開日:2024年3月8日(金)より
上映劇場:Bunkamuraル・シネマ 渋⾕宮下 ほか全国順次公開
上映時間:115分
★詳細はこちら

作品情報

撮影場所:オランダ国⽴歌劇場
撮影時期:2023年10⽉

主演:オリガ・スミルノワ、ジャコポ・ティッシ

演出・振付:ラシェル・ボージャン、リカルド・ブスタマンテ
改訂振付:マリウス・プティパ
振付:ジャン・コラリ、ジュール・ペロー
美術・衣裳:トゥール・ヴァン・シャイク
⾳楽:アドルフ・アダン
伴奏:オランダ・バレエ・オーケストラ
指揮:エルマンノ・フローリオ

配給:ALFAZBET
配給・宣伝協⼒:dbi inc.
©︎Pathe Live

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