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【3/19開幕!上野水香オン・ステージ】インタビュー上野水香〜私らしく、積み重ねてきた“自分の白鳥”を踊りたい

阿部さや子 Sayako ABE

『ボレロ』上野水香 ©︎Shoko Matsuhashi

日本を代表するプリマ・バレリーナの上野水香さんが、自身のキャリアを代表するレパートリーを東京バレエ団の仲間たちと踊る「上野水香オン・ステージ」が、間もなく開幕します。

東京バレエ団入団20年目の節目だった2023年に上演され、万雷の拍手に包まれた話題の舞台。
今回は令和5年秋の褒章 紫綬褒章受章を記念して、まずは2024年3月19日(火)・20日(水祝)に東京で、続いて3月30日(土)には浜松で、31日(日)には横須賀で上演されます。

3月中旬、東京バレエ団のスタジオで、浜松・横須賀公演で上演される『白鳥の湖』第2幕のリハーサルに臨む上野水香さんを取材。終了後、今回の上演作品や公演に向けての思いについて話を聞きました。

上野水香さん ©︎Ballet Channel

「上野水香オン・ステージ2024」開幕まであと1週間ほど(編集部注:取材は3月中旬)。今日は浜松・横須賀公演で上演される『白鳥の湖』第2幕のリハーサルを見学させていただきましたが、演出・振付家のアンナ=マリー・ホームズさんがコーチングをしていましたね!
上野 そうなんです。アンナ=マリー・ホームズさんとは東京バレエ団が2019年に彼女の演出版の『海賊』を初演した時からのご縁。今回は3月9日に私が主役を踊らせていただいた日本バレエ協会公演『パキータ』の演出・振付のために来日されていて、今日は特別に「オン・ステージ」のリハーサルを指導していただきました。
リハーサル終了後、水香さんが「もう20年くらい『白鳥』を踊ってきたけれど、初めていただいたアドバイスがたくさんあった」と言っていたのが印象的でした。
上野 長く踊ってきて、作品がすっかり自分の身体の中に入っているからこそ、私はもうその身体感覚にバランスを乗せれば踊れてしまうようなところがあるんですね。自分なりに研究もし尽くしてきて、「これが私の白鳥だ」というスタイルも出来上がっている。もちろんパートナーが変わったり、振付が少し変わったりすることもありますし、踊るたびに「今回はこうしてみよう」って、まだまだ上を目指す気持ちは持ち続けています。それでもやはり、どこか「出来上がった自分のスタイル」に則って踊ってしまっているところがあったんだなと気づかされました。
具体的にはどんなアドバイスがとくに心に残りましたか?
上野 例えば回転する時のパッセだとか、脚をフェッテする時の一瞬一瞬の通り道だとか、もう意識することがないくらい当たり前に行っていた動きこそ意識して、きちんと精確に見せていくこと。それから、白鳥のポール・ド・ブラのことも。それこそ自分なりにはもう追求し尽くしてきたと思っていたのですが、「もっと肩の付け根を開いて腕を使ってみて」と言われたのが、私にとってはすごく新鮮でした。白鳥のポール・ド・ブラとひと口に言っても、場面によっていろいろな動かし方があります。確かに肩を開く感覚で腕を羽ばたかせたほうが美しく見えることもあるかもしれないし、そんなふうに身体を使い分けることで、より奥行きのある表現ができるかもしれない。アンナ=マリーさんにご指導いただいて、もういちど自分のオデットを構築し直してみようという気持ちになりました。
見学していても、踊っている水香さんにホームズさんが「脚!」「そこで呼吸して」等と声をかけるたびに動きがぐんぐん変化していくのがわかりました。
上野 『海賊』の指導や『パキータ』の振付をしていただいた時にも感じたことですが、アンナ=マリーさんは私の資質や踊りの特徴を深く理解してくださっているのだと思います。今日はたった1時間ほどのリハーサルだったのに、私の白鳥がもっと良くなるためのポイントを一瞬で見抜いてくださいました。

『白鳥の湖』第2幕より 上野水香 ©︎Shoko Matsuhashi

これは今日のリハーサルを拝見しての感想ですが、水香さんの白鳥はこれまで以上に上体の使い方が豊かになり、表情や全体的な動きもより柔らかさ、まろやかさを増したように感じました。
上野 「上野水香オン・ステージ」、つまり私の舞台ですから、自分の中に積み重ねてきたもの、そして自分が真に表現したいものを、思いきり出して踊りたい。私の表現が柔らかくまろやかになったと感じていただけたとしたら、それはもしかすると、今回はいつも以上に私らしく、自由に表現できる余地を増やしているからかもしれません。そういう意味では、全幕を踊る時の第2幕とはまた違う雰囲気の白鳥をお見せできると思っています。
それから今日のリハーサルでは、アダージオに続いてオデットのヴァリエーションも稽古していました。最初に脚を高々とア・ラ・スゴンドに上げるところのラインの美しさは言わずもがなですが、印象深かったのは最後のディアゴナル、上手奥からピケ・アン・ドゥオールで斜めに進むところでした。それまでどこか寂しげで脆い印象だったオデットが、何かを決心したような力強さでピケを繰り返し、下手前で待つジークフリート王子の腕に向かって真っ直ぐに進んでいく。その部分の表現がとてもドラマティックに感じられました。
上野 私自身、まさにそのように意識して演じています。オデットは王子と出会い、お互いに惹かれ合うけれども、「信じたい、でも……」という迷いがずっと胸の中を行ったり来たりする。それが最初のアダージオで、次にヴァリエーションを踊り始めた時点でも、まだ「希望を持ちたい、でもまた絶望するのかもしれない」と揺れていると思うんですね。でもシソンヌ・フェルメやアラベスクを繰り返す中盤を経て、終盤のディアゴナルに入る頃には「彼を信じよう」という決意に変わり、最後のコーダへと繋がっていく。そしてコーダで見せる彼女の決意が強いからこそ、第4幕の別れが悲しいんです。
そのドラマを共に紡ぐパートナーは、最近よく組んで踊っている元バーミンガム・ロイヤル・バレエの厚地康雄さんですね。
上野 厚地さんとは組み始めてもう2〜3年になるので、お互いずいぶん分かり合えるようになってきました。とくに先日共演した『パキータ』はお芝居が重要な作品で、第2幕の前半はずっとコミカルな掛け合いで進行していく場面だったんですね。それまではガラ公演などで踊りを合わせるだけでしたけれど、『パキータ』では人間同士のドラマを2人で作り上げて、一緒に物語を紡いでいくという作業が必要でした。それがパートナーシップを深める上ですごくいい経験になって、今回の『白鳥の湖』第2幕もより演じやすくなったように感じます。

『白鳥の湖』第2幕より 上野水香 ©︎Shoko Matsuhashi

そして同じく浜松公演・横須賀公演で上演される『Nocturne for Three』はどのような作品ですか?
上野 2022年末の「ファンタスティック・ガラ」という公演のために、バレエ団の仲間のブラウリオ・アルバレスさんが振付けた作品です。音楽はショパンの「ノクターン」で、「ファンタスティック・ガラ」では石田泰尚さんという素晴らしい音色を奏でるヴァイオリニストさんとコラボレーションしました。今回はその時の音源を使って、ブラウリオと厚地さんと私の3人で踊ります。『白鳥』とは対照的に、こちらは抽象的な作品。表現するのはストーリーではなく音楽そのものです。ですからリハーサルをしていても、その日によって感じるものが違うんですよ。ある日は悲しい踊りのように思えたり、別の日には嬉しい踊りに思えたり。あるいは感情はとくになく、ただ自分が音になったような気持ちになることもあります。
おもしろいですね。
上野 ですから浜松や横須賀でも、私がどんな気持ちになるかは舞台に立ってみないとわかりません。観にきてくださるお客様にも、きっと人によって異なる感じ方をしていただけるのではないでしょうか。
でも、よく考えるとすごいことですね。事前に「こうしよう」と決めて万端に準備したものではなく、その瞬間に自分の中から生まれるものを信じて踊るというのは、簡単にたどり着ける領域ではないと思います。
上野 そうですね。それは今回も踊らせていただく『ボレロ』でもまったく同じで、昔は「絶対にこのラインを出したい」「絶対にこう踊りたい」みたいな気持ちがすごく強かったんです。だから、現実にはそんなラインも踊りも表現できていない自分に対して、ずっと悩み続けていました。どれだけ研究して、練習し尽くしても物足りなくて、やれることはすべてやったと思っても、やっぱり自分の中で納得がいかなかった。そして行くところまで行き着いたある日、ふと「もう諦めよう。ただ踊る。それだけにしよう」と思ったんですね。ずっとこだわってきたことを手放したら、それがすごく良かった。ありのままの自分をただお客様に差し出そうと思えるようになって、踊る時の感覚も、舞台後にいただける評価も変わってきたように思います。
いまお話に出てきた『ボレロ』についても聞かせてください。水香さんは振付家のモーリス・ベジャールから直接『ボレロ』を教わった最後のダンサーです。だからこそ、この作品を踊る上で大事にしたいこと、守りたいと思っていることはありますか?
上野 ベジャール作品は永遠に残るとしても、それを踊る私たちダンサーはもちろん永遠ではありませんから、やはり「作品を正しく受け継いでいく」ということを大事にしなくてはと思っています。ベジャールさんから最後に教わったことを、自分が踊っている間は絶対に守っていきたいし、次世代の『ボレロ』ダンサーが現れたら、それをしっかり手渡したい。ただ振付や動きのニュアンスを教えるだけでなく、作品の精神を体験してもらえるところまで、惜しみなく伝えられたら。それが『ボレロ』を踊ることを許されて、ベジャールさんから宝物のような経験をさせていただいた自分の使命だと思っています。
作品のクオリティを守り続けることは間違いなく大切であるいっぽうで、とても難しそうでもあります。
上野 そう思います。ダンサーが自分の解釈で勝手に踊ってしまうと、あっという間に変質してしまいますから。とくにベジャール作品にはベジャール作品にしかない独特の空気があって、ジョルジュ・ドンさんが放っていたような、あの空気感にこそ価値がある。ですからそれはずっと守られ続けてほしいですし、私の『ボレロ』の中にもその要素があればいいなと、いつも願いながら踊っています。

『ボレロ』もそうですけれど、ベジャールさんの振付って、技術的に難しいことをしているわけではありません。でも、振付をただなぞるだけでは“ベジャール”にならない。ひとつの動きをしたあとの“残り香”みたいなものが重要で、ポンと力を入れてスッと抜く、いわば“抜きの美学”みたいなものがあるんです。

最後にひとつだけ。今日のリハーサルを拝見して、稽古に臨む水香さんがとても幸せそうに見えたことが、何よりも印象に残りました。
上野 「オン・ステージ」は、みなさんが私を待っていてくださる舞台。それに向かって準備している今は、とても幸せな時間です。たとえ身体のどこかに痛みがあっても、前向きなエネルギーが背中を押してくれる。私の舞台を楽しみにしてくださっているお客様には、本当に感謝しかありません。

『ボレロ』上野水香 ©︎Shoko Matsuhashi

公演情報

上野水香オン・ステージ

東京公演

【日時】
2024年
3月19日(火) 19:00開演
3月20日(水・祝) 16:00開演

【会場】
東京文化会館(上野)

【上演作品・出演】

『カルメン』
振付:アルベルト・アロンソ
音楽:ジョルジュ・ビゼー、ロディオン・シチェドリン

カルメン:上野水香
ホセ:柄本 弾
エスカミリオ:宮川新大
東京バレエ団

『タイス』(「マ・パヴロワ」より)
振付:ローラン・プティ
音楽:ジュール・マスネ

上野水香、柄本 弾

『ドン・キホーテ』(抜粋)
振付:ウラジーミル・ワシーリエフ(マリウス・プティパ/アレクサンドル・ゴールスキーによる)
音楽:レオン・ミンクス

キトリ:秋山 瑛(19日)、涌田美紀(20日)
バジル:生方隆之介(19日)、池本祥真(20日)
東京バレエ団

『ボレロ』
振付:モーリス・ベジャール
音楽:モーリス・ラヴェル

メロディ:上野水香
東京バレエ団

浜松公演(静岡県浜松市)

【日時】
2024年3月30日(土) 13:00開演

【会場】
アクトシティ浜松・大ホール

【上演作品・出演】

『白鳥の湖』第2幕より
音楽:ピョートル・チャイコフスキー
振付:レフ・イワーノフ

オデット:上野水香
ジークフリート王子:厚地康雄
東京バレエ団

『Nocturne for Three』
振付:ブラウリオ・アルバレス
音楽:フレデリック・ショパン(ミルシテイン編)

上野水香、厚地康雄、ブラウリオ・アルバレス

『ボレロ』
振付:モーリス・ベジャール
音楽:モーリス・ラヴェル

メロディ:上野水香
東京バレエ団

『ドン・キホーテ』(抜粋)
振付:ウラジーミル・ワシーリエフ(マリウス・プティパ/アレクサンドル・ゴールスキーによる)
音楽:レオン・ミンクス

キトリ:涌田美紀
バジル:池本祥真
東京バレエ団

横須賀公演(神奈川県横須賀市)

【日時】
2024331日(日) 16:00開演

【会場】
横須賀芸術劇場・大劇場

【上演作品・出演】

『白鳥の湖』第2幕より
音楽:ピョートル・チャイコフスキー
振付:レフ・イワーノフ

オデット:上野水香
ジークフリート王子:厚地康雄
東京バレエ団

『Nocturne for Three』
振付:ブラウリオ・アルバレス
音楽:フレデリック・ショパン(ミルシテイン編)

上野水香、厚地康雄、ブラウリオ・アルバレス

『ボレロ』
振付:モーリス・ベジャール
音楽:モーリス・ラヴェル

メロディ:上野水香
東京バレエ団

『ドン・キホーテ』(抜粋)
振付:ウラジーミル・ワシーリエフ(マリウス・プティパ/アレクサンドル・ゴールスキーによる)
音楽:レオン・ミンクス

キトリ:秋山 瑛
バジル:生方隆之介
東京バレエ団

【詳細・問合せ】
NBS日本舞台芸術振興会 公演ページ

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