文/海野 敏(舞踊評論家)
第43回 サポート付き回転(2)
■サポート付きピルエットの回転方向
本連載第3回「ピルエット」では、回転の方向にアン・ドゥオール(en dehors;外回り)とアン・ドゥダン(en dedans;内回り)があることを説明しました(注1)。実際の舞台では、どちらかと言えば左脚が軸脚(じくあし)、右脚が動脚(どうきゃく)となる動きが多くなりますが、その場合、天井から見て右回転がアン・ドゥオール、左回転がアン・ドゥダンです。
男性ダンサーにサポートされた女性ダンサーのピルエットにも、アン・ドゥオールとアン・ドゥダンがあります。前回(第42回)、『ドン・キホーテ』や『海賊』のアダージオを例にしてサポート付きピルエットの場面をいくつも紹介しましたが、それらはすべてアン・ドゥオールでした。
今回は『白鳥の湖』と『眠れる森の美女』のアダージオを例として、アン・ドゥオールとアン・ドゥダン、両方向のサポート付きピルエットを見てみましょう。
■『白鳥の湖』第2幕のアダージオ
『白鳥の湖』第2幕、湖畔の場面の大きな見せ場は、オデット姫と王子が白鳥の群舞に囲まれて踊る長いアダージオでしょう。約7分半のアダージオに、さまざまな種類のサポート付き回転が含まれています。
第38回「跳躍をみせるリフト(1)」では、このアダージオの中盤、音楽が徐々に盛り上がって曲調が明るくなったところで、オデット姫が王子にくり返し高く垂直にハイ・リフトされる場面を紹介しました。通常この場面では「リフト2回→サポート付きピルエット」のシークエンスが4回くり返されます。リフトの後、ヴァイオリン・ソロの上昇音階に合わせて、オデット姫は4番のポジションから腰をサポートされてピルエット・アン・ドゥオールで連続2回転、または3回転します(注2)。2人の恋心がどんどん高まってゆくように見える場面です。
この後もヴァイオリン・ソロが主題を演奏している間(主題の演奏がチェロに交替する前まで)に、サポートされてのピルエット・アン・ドゥオール連続回転は、さらに3回登場します。
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- ウクライナ国立バレエ『白鳥の湖』の全幕映像より、第2幕のアダージオです。オデットをアンナ・ムロムツェワ、ジークフリート王子をニキータ・スハルコフが演じています。サポート付きピルエットは50分11秒から。
■『白鳥の湖』「黒鳥のグラン・パ・ド・ドゥ」のアダージオ
『白鳥の湖』第3幕、オディールと王子のアダージオでは、序盤のサポート付きピルエット・アン・ドゥダンの反復が印象的です。
楽曲の第1主題が2度目に演奏される時、オディールは王子に後からサポートされ、低いリフトで横に移動してすぐ、右脚を横(ア・ラ・スゴンド)に上げてからピルエット・アン・ドゥダンで1回転してポーズします。この「低いリフト→サポート付きピルエット」のシークエンスは3回くり返されます(注3)。
第3回「ピルエット」で述べた通り、ピルエット・アン・ドゥダンには巻き込む感触があり、回転に鋭さが加わります。歯切れのよい音楽に合わせた鋭い回転に、オディールの悪魔的な魅力が感じられる振付です。
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- 英国ロイヤルバレエ『白鳥の湖』より、第3幕。ゼナイダ・ヤノウスキー演じるオディールと、ニーアマイア・キッシュ演じるジークフリート王子のグラン・パ・ド・ドゥです。42秒から一連の振付を観ることができます。
■『眠れる森の美女』第3幕のアダージオ
『眠れる森の美女』第3幕のグラン・パ・ド・ドゥのアダージオは、中盤の盛り上がりでサポート付きピルエットが連続します。まず、ピアノが1オクターブの上昇音階を弾く箇所で、オーロラ姫がデジレ王子に後から腰をサポートされてピルエット・アン・ドゥオールで連続2、3回転します(注4)。その4小節後、今度はピアノの1オクターブを超える下降音階の箇所で、やはりオーロラ姫がサポート付きピルエット・アン・ドゥオールで連続回転します。
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- パリ・オペラ座バレエ『眠れる森の美女』より、第3幕のグラン・パ・ド・ドゥの映像です。オーロラ姫をレオノール・ボラック、デジレ王子をジェルマン・ルーヴェが演じています。一連の振付は1分56秒から。
その直後、「ジャーン」という感じで金管楽器が鳴り響いてオーケストラが音量を上げると、王子が差し出す左手をオーロラ姫がつかみ、左脚を横(ア・ラ・スゴンド)に上げてからピルエット・アン・ドゥダンで2~4回転し、そのままフィッシュ・ダイブ(第37回)のポーズになる見せ場となります。この「サポート付きピルエット・アン・ドゥダン→フィッシュ・ダイブ」のシークエンスは、舞台を斜め前へ進みながら3回くり返されます(注5)。
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- 英国ロイヤル・バレエ『眠れる森の美女』より、第3幕。マリアネラ・ヌニェス演じるオーロラ姫と、ワディム・ムンタギロフ演じるデジレ王子のパ・ド・ドゥです。動画の冒頭から、一連のシークエンスを観ることができます。
さらにその後には、2人がセンターに移動した後、王子に後から腰をサポートされてのオーロラ姫のピルエット・アン・ドゥオールが3回くり返されます。この3度の反復では、連続回転の数を「1回→2回→3回」あるいは「2回→3回→4回」と増やしてゆくことが多いです(注6)。またアダージオのフィニッシュも、腰をサポートされてのピルエット・アン・ドゥオール連続回転に続いてフィッシュ・ダイブのポーズを決めるという流れが定番です。
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- 英国ロイヤル・バレエ『眠れる森の美女』より、第3幕のグラン・パ・ド・ドゥです。サポート付きピルエットは1分16秒から。この映像では、「2回→3回→4回」と回転の数を増やしています。
■『眠れる森の美女』第1幕の「ローズ・アダージオ」
『眠れる森の美女』では、長いプロローグの後、第1幕になって初めて16歳のオーロラ姫が登場し、短いソロの後、続けて4人の王子たちと「ローズ・アダージオ」を踊ります。その中盤の見せ場は、オーロラ姫が4人の王子から順番に1本ずつバラの花を受け取る有名な場面です。
まず1人目の王子からバラを受け取ると、その王子に後から腰をサポートされて、バラを手に持ちながらピルエット・アン・ドゥオールで1回転し、バラを高く掲げてポーズします。2人目の王子からバラを受け取ると、今度はその王子に腰をサポートされて、2本のバラを持ってピルエット・アン・ドゥオールで連続2回転します。そして3人目の王子では連続3回転、4人目の王子では連続4回転と、回転数が増えてゆきます。
サポート付きピルエット・アン・ドゥオールの反復で回転数が増えてゆくのは、第3幕のアダージオと同じ趣向です。鑑賞者としては、回転数が増えるにつれて、回転速度も上がってゆくのが見どころになります。
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- ミラノ・スカラ座バレエ『眠れる森の美女』より、第1幕のローズ・アダージオ。3分24秒から、ポリーナ・セミオノワ演じるオーロラ姫が可憐なピルエットを披露しています。
(注1)第42回でも説明しましたが、ピルエットとは、厳密にいうと”両脚プリエで踏み切り、片脚で立って回る動き”のことです(第3回)。しかし実際のバレエの現場では、回転技の総称として〈ピルエット〉という言葉を用いるケースが非常に多く見られるので、本稿でも便宜上、回転技の総称として〈ピルエット〉という用語を用いています。
(注2)英国ロイヤル・バレエなど、4番ポジションからのピルエットではなく、1歩踏み込んで回転する(トゥール・アン・ドゥオール)振付の場合もあります。
(注3)オディールと王子のアダージオは、バレエ団やダンサーによる振付の差異が大きいようです。ここで紹介する振付は、国内のバレエ団でよく見られます。
(注4)サポート付きピルエットのタイミングはダンサーによって異なるようです。ピアノの上昇音階に合わせてピルエットをする場合と、始まる直前にピルエットをする場合、またその中間の場合もあります。
(注5)フィッシュ・ダイブをしないで、例えば回転の後、仰向けに倒れかかるオーロラ姫を王子が支える(フォーリング)振付もあります。
(注6)センターでのピルエット・アン・ドゥオールのくり返しは2度の場合もあります。また、かつてスヴェトラーナ・ザハーロワはこの場面で、腰をサポートされてピルエット・アン・ドゥオールを連続6回転していました。
(発行日:2023年2月25日)
次回は…
サポート付き回転には、5番または4番ポジションから回転するピルエット以外に、さまざまな種類があります。第44回は、さまざまなサポート付き回転を紹介します。発行予定日は2023年3月25日です。
- 【鑑賞のためのバレエ・テクニック大研究!-総目次】
- http://bibliognost.net/umino/ballet_tech_contents.html
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