文/海野 敏(東洋大学教授)
第3回 ピルエット
■回転技の基本
回転は日常的な動きではないので、それだけでダンス的な動作です。回り方にはいろいろありますが、鉛直にした体軸を中心に回転する技の基礎が「ピルエット」(pirouette)です。
ピルエットは、片足のつま先立ち(ポアントまたはドゥミ・ポアント)で回転する動きの総称で、フランス語で独楽(こま)の一種を意味する言葉です。基本的には、宙に上げた動脚は腿を引き上げて曲げ、つま先を軸脚の膝にあてた姿勢(ルティレ)で回ります。
ピルエットにもいろいろな種類がありますが、見てすぐわかるのは、回転の回数と方向でしょう。踵を上げたまま1回転が基本ですが、2回転、3回転と増やすことができます。回転の方向は、右回り(天井から見て時計回り)と左回りがあります。また、左軸脚に対して右回転がアン・ドゥオール(外向き)、左回転がアン・ドゥダン(内向き)です。見た目の印象は、アン・ドゥオールは開く(発散する)感じ、アン・ドゥダンは巻き込む(収束する)感じがします。技術的にはアン・ドゥダンの方がむずかしく、回転数を多くする場合はたいがいアン・ドゥオールになります。
古典全幕バレエの主役やソロの踊りでは、ダンサーが軸足の踵を下ろさずに3回転、4回転するのをよく見ますが、いったい何回まで回転できるのでしょうか。
プロダンサーで私が見た最高回数は、映画の中のミハイル・バリシニコフです。グレゴリー・ハインズと共演した映画『ホワイトナイツ/白夜』(1985年)で、バリシニコフが普段着のまま11回転を披露するシーンがあります。
靴と床の摩擦を減らす工夫や、途中で加速度をかける動きをすればもっと回れます。YouTubeを検索すれば、ソフィア・ルシアという米国の女の子が、タップ・ダンス用の靴を軸足に履いて55回転(!)する映像を見つけることができるでしょう。2013年、ギネス・レコードに認定されました。
もちろん、たくさん回ることと、美しく回ることは別問題です。
鑑賞する側から言えば、美しいピルエットの条件は、動きが円滑で回転が安定していることです。軸がぶれることなくなめらかに回り、自然な減速でぴたりと止まると、見ていて気持ちよいものです。そのためには、身体を貫く垂直軸がまっすぐ吊り上がっていなければなりません。回転が速ければ迫力がありますが、速いだけで乱暴なピルエットは、鑑賞者としては残念です。
■作品の中のピルエット
古典全幕バレエでは、例えば『ドン・キホーテ』や『海賊』など、登場人物たちが威勢よく力強く踊る作品に、ピルエットが頻出します。とりわけ男性主役の踊りは、グラン・パ・ド・ドゥのヴァリエーションやコーダに、ピルエットを含む回転技の連発が見せ場となっています。
女性主役のピルエットが見せ場となっている古典全幕バレエの踊りと言えば、『眠れる森の美女』第1幕の「ローズ・ヴァリエーション」が代表格でしょう。このヴァリエーションの中盤には、オーロラ姫がアンボワッテで斜め後ろへ下り、ピルエットを4回繰り返す印象的な場面があります。ダンサーによって、ダブル・ピルエットを4回だったり、シングル、ダブル、トリプルと回数を増やしたりします。回転のたびに、16歳のオーロラ姫の若さがほとばしるような感じがします。ダンサーは、オーケストラの素早いアルペジオの音に合わせて4回のピルエットを成功させなければならず、とても緊張するそうです。
多人数で回る振付としては、『パキータ』第2幕の「グラン・パ」で、女性ダンサーが格子状に並び、前から1列ずつ順番にピルエットを披露することがあります。『コッペリア』第3幕の「時の踊り」でも、12人の女性ダンサーが1人ずつ順番にピルエットを回る振付を見たことがあります。
ピルエットは印象の強い動きなので、喜怒哀楽の激しい感情を表現するときに良く用いられます。ピルエットのまったく登場しない古典作品は珍しいですが、例えばフォーキン振付の『瀕死の白鳥』は、一貫して静けさともの悲しさのただよう振付で、ピルエットが登場しません。
なお、今回の説明はソロでのピルエットに限りました。女性が男性にサポートされて行うピルエットについては、パ・ド・ドゥのテクニックを研究するときに改めて取り上げます。
(発行日:2019年6月25日)
次回は…
第4回はピルエットの応用技、「グランド・ピルエットとリエゾン・ド・ピルエット」です。発行予定日は、2019年7月25日です。
第5回は「ピケ・トゥールネとシェネ」を予定しています。