動画・写真撮影、動画編集:バレエチャンネル
2023年2月25日(土)~26日(日)、貞松・浜田バレエ団が「創作リサイタル34」で『Kamuyot(カムヨット)』を上演します。
この作品は、現バットシェバ舞踊団常任振付家のオハッド・ナハリンが1990年同芸術監督就任時に設立したジュニアカンパニー「バットシェバ・ヤング・アンサンブル」のために創作したもので、今回が日本初演。
2023年2月初旬にバレエ団スタジオでおこなわれたリハーサルを取材しました。
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Interview #1
堤 悠輔 Yusuke TSUTSUMI
(貞松・浜田バレエ団総監督/『Kamuyot』演出)
- 『Kamuyot』を上演することになったいきさつを教えてください。
- 堤 「創作リサイタル」の演目を選ぶ時は、まずお客様に楽しんでもらえるか考えます。欧米と比べると、日本でコンテンポラリーダンスが上演されることはまだまだ少ないし、「コンテンポラリーって何だか難しそう」というお客様の声も耳にしますしね。
オハッド・ナハリンの作品は、過去の「創作リサイタル」でも『DANCE』や『BLACK MILK』を上演し、お客様から好評をいただいていました。『DANCE』再演の時、僕の知り合いで現在バットシェバ舞踊団のダンサーでもある堀田千晶さんが振付指導に来て、「オハッドの面白い作品があるよ」と『Kamuyot』を教えてくれたんです。舞台映像を見たら舞台と客席の垣根を取り払った演出も面白いし、なによりもダンサーと観客が一緒に楽しんでいる空気が画面越しでも伝わってきた。これは日本のお客様に生で見て欲しいと強く感じて上演を決めました。
- 『Kamuyot』は学校公演として作られた作品だそうですね。
- 堤 バットシェバ舞踊団のジュニアカンパニーであるヤング・アンサンブルが、イスラエルの学校の体育館などで上演しているプログラムです。一般的な公演のようにステージと客席が分かれておらず、観客は会場の中央を取り囲むように座り、ダンサーはその真ん中で踊ります。
今回の会場は、神戸デザイン・クリエイティブセンター KIITO(キイト)。生糸の検査所だった場所を、展示やパフォーマンス用に改修したホールです。『Kamuyot』の映像を見た時から、これをKIITOでやれたらすごく面白いんじゃないか? と思っていました。体育館公演を考えて作られた本作は、じつはかなり広くてフラットな会場を見つけられないと上演できません。神戸にKIITOがあったことも、この公演が実現するポイントになりました。
- 現在はブレッド・イースターリング氏が振付指導にあたっていますね。
- 堤 公演の振付指導者はエージェントや振付家に一任されているので、誰が来るのかわかりません。彼とは今回が初対面で、一緒に仲良くやれるかなと内心ドキドキでしたが、会ってみたら本当にいい人で良かった(笑)。ダンサーたちからの信頼も厚くて、リハーサルも適度な緊張感を保ちつつ和やかに進んでいます。
- 実際にリハーサルをしてみて、あらためて感じる作品の魅力を教えてください。
- 堤 とにかくお客様に早く見ていただきたい! みなさんが喜ぶところを思い浮かべるだけで顔がニヤニヤしてしまいます。団長の貞松(融)もリハーサル見学に来るたびに、嬉しそうな笑顔を浮かべているんですよ。イスラエルの学校では子どもたちがワクワクし、貞松・浜田バレエ団のリハーサル室では90歳の団長がワクワクしている。老若男女、世代関係なく楽しめる作品なんですね。だからどこを切り取っても見どころばかりだと思っています。オハッドは、人をびっくりさせるのがすごく上手です。観客をステージに引っ張り出すとか、「えっ?」と思う動きが突然入るなど遊び心もある。キャッチーで幅広いジャンルの音楽も耳に残るはずです。高校生の制服のような衣裳も、カラータイツが破れていて、ちょっとパンクファッション風。制服という規律的なものから少しだけはみ出したようなデザインです。
- オハッド・ナハリン作品を踊るのに欠かせない、オリジナルメソッドGAGAについても聞かせてください。
- 堤 今は週3回のクラスレッスンをGAGAメソッドに充てています。ここで培ったものは作品とも密接に繋がっていきますからとても大切な時間です。
GAGAの核は「いつでも自分の身体の内側を探るところから始める」ことだと思います。弾けるような大きな動きをするにも、最初は自分の身体の中を見つめ、ごく小さな動きからスタートします。GAGAではリハーサル室の鏡をすべてカーテンで隠すのですが、それは自分が人にどう見られているかを気にしなくていいようにするためです。バレエのレッスンでは、ポジションを確認するためにつねに鏡に向かいますよね。僕らはクラシック・バレエを中心に活動していますから、経験が長いダンサーほど鏡を見ないことに戸惑います。でもGAGAを続けていると少しずつ心地よくなっていく。何かを発見したダンサーは踊りも変わります。そういう姿を見つけるたびに、すごいメソッドだと感じます。
- GAGAメソッドで踊るうえで難しいことや、逆に面白いと感じることは?
- 堤 インプロヴィゼーション(即興)のように振付が決まっていない動きをするには、想像力が必要です。例えば身体の中にボールがあって、それが自分の中で転がっているとします。ボールがどんなものなのかによってその動きは変わってきますよね。丸いか多面形か、カタカタ動くのかコロコロ転がるのか、スピードはどうか。もしかしたらひとつじゃなくて、小さいものがたくさんなのかもしれません。ここで、ダンサーは自分にどれだけの想像力があるのかを問われます。人によってはつらい思いをする部分だと思います。でもこの想像力はダンサーとしてとても大切なもの。バレエでもさまざまな役を踊るうえで、その人物や物語の背景について想像する力が必要となるわけですから。
振付がある動きでも、それぞれが自分の身体の中を感じながら踊るので、一人ひとりの踊りは少しずつ違ったものになる。それがダンサーの個性として観客に伝わるのだと僕は思います。『Kamuyot』には決められた役柄がありませんから、よりいっそう、それぞれの人間性がはっきり見えてくる。そういうところも面白いですよね。
- クラシック・バレエを中心に活動する貞松・浜田バレエ団が「創作リサイタル」のタイトルで定期公演を打ち続けていることについて聞かせてください。
- 堤 「創作リサイタル」は、団長の貞松融と副団長の浜田蓉子が、日本の振付家を育てたいという意志のもと、団員が振付けた作品を発表する場としてスタートさせました。僕たちのバレエ団では「継続していくこと」をずっと大切にしていて、「創作リサイタル」もその一環。今回で34回目になります。いっぽうで新しいものに取り組むことを恐れない気持ちも、バレエ団の精神だと思っています。とくに最近は、今回のように日本で知られていない海外作品を上演する試みも増えてきましたが、新しいものを作っていこう、幅広いジャンルの作品をお客様に見ていただこうという思いは、1回目から変わっていません。コンテンポラリーへの挑戦や団員の創作作品を踊る経験によって、多彩な作品に対応できるダンサーが育っているのは素晴らしいことです。今回は『Kamuyot』に取り組むことで、初めてGAGAを体験したダンサーがいます。これからも歩みを止めることなく、新たな作品に出会い、豊かに成長し続けるバレエ団でありたいと思っています。
Interview #2
ブレット・イースターリング Bret EASTERLING
(『Kamuyot』振付指導)
このリハーサルに参加してから3週間ほど(編集部注※取材は2月初旬)になります。貞松・浜田バレエ団のみなさんはとても温かく、最初から家族のように私を迎えてくれました。私が感じたカンパニーの第一印象は、ダンサーがとてもプロフェッショナルだということです。彼らは非常に意欲的で、しっかり準備ができている。実際、意欲こそ私が彼らに求めているものです。私が何を伝えてもきちんと受け止めてくれることがとても大切ですから。
今回はダンサーにすべてのダンスパートを覚えてもらい、リハーサルごとにパートを変えて踊ってもらっています。学校公演として作られた『Kamuyot』は年間100回以上のステージがあり、ジュニアカンパニーのダンサーはどのパートも踊れるようにしていたので、その精神を受け継ぐために今回もそうしました。もちろん誰かが故障した時にすぐ交代できるメリットもありますが、違うダンサーが入れ代わり立ち代わり様々なパートを踊ってみるのも、遊び心のある『Kamuyot』らしいのではないかと思います。
オハッド・ナハリンの作品が素晴らしいのは、とくに作品を初めて観た時に、たくさんの個性的な人たちが一緒に踊り、その個性をお互いに祝福し合っているのを感じられることです。私がオハッド作品を指導する時もそれをいつも大事にしていて、その美点は今回の『Kamuyot』でも輝いています。そしてこの作品は、ある意味、即興性の高い作品です。同じダンサーが同じことをやっても、即興の中では動きが変わるし、その時点で感じ方も変わります。オハッド作品には感覚や想像力、タスクに基づいた動きが多い。だからそれぞれの動きが、それぞれのダンサーの身体に違ったかたちで響くのです。それもまた祝福すべきところだと思います。
観客は、席に着いた時からダンサーと同じ作品の世界にいるような気持ちになれるので、楽しめないことは絶対にないでしょう。音楽も踊りもバラエティに富んでいます。初めてダンスやバレエ公演を観る人でも、きっと楽しんでもらえると思いますよ。
『Kamuyot』出演ダンサーコメント
福田咲希 Saki FUKUDA
オハッド・ナハリン作品を踊るのは2回目です。『DANCE』の時は入団2年目で、不安な気持ちのまま初めてGAGAを受けました。インプロも含め、自分で自分を作っていく作業は難しかったけれど、同時に「こんなに自由でもいいんだ!」と感じた時のことはよく覚えています。
今回もう一度GAGAやオハッドの作品を体験してみて、前回よりも「自分の中の自分」と会話できている気がします。動きが自分の身体と合わなかったり、考えた動きが身体からうまく出せない時にも悩む時間が減って、パッと気持ちを切り替えられるようになってきたと思います。
『Kamuyot』のテーマは「みんなで楽しむ」。だからステージで楽しんでいる私やカンパニーのメンバーを見て、お客様も一緒に楽しんでもらいたいし、どんどん声を出して笑って欲しいです。いつもの私たちは、キラキラしたトウシューズを履いて、チュチュを着て、髪の毛をキュっとまとめてメイクをしているけれど、今回は大暴れします! その姿とのギャップを面白がってもらえたら。手拍子したり踊ったり、ノリノリで楽しんでくださいね。
後藤俊星 Syunsei GOTO
僕はコンテンポラリーの出演もインプロの経験も少ないので、試行錯誤しながら稽古を進めてきました。ある日のリハーサルで、ブレット先生から「テレビのチャンネルを変えるように」と言われました。テレビのリモコンの「1」のボタンを押すと画面にニュースが映り、「2」を押したらバラエティ番組に変わるように、自分の中にあるチャンネルをパチッと変えるごとにモードも切り替える。このアドバイスが僕にはいちばんピンと来たんです。僕の中のチャンネルが変わるたびに違う僕が増えていく感覚。時には「こんな自分もいたんだ!」と驚くこともあります。チャンネルが増えた分、インプロのレパートリーも多くなってきて、これからどんどん踊りやすくなっていく気がします。
『Kamuyot』では、周りがイメージしている「僕」という概念をぶっ壊します。ふだんは表に出さないようなことを思いっきりやっているので「そんな人じゃなかったよね?!」って驚いてほしい。クラシック・バレエの僕を知っているお客様にも、自由気ままに動き回っている姿はきっと新鮮に見えると思います。
公演情報
貞松・浜田バレエ団 創作リサイタル34『Kamuyot』