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小林十市 連載エッセイ「南仏の街で、僕はバレエのことを考えた。」【第7回】ベジャールさんの車。

小林 十市

ベジャール・バレエ・ローザンヌ(BBL)のスターダンサーとして世界中の舞台で活躍。
現在はBBL時代の同僚であった奥様のクリスティーヌ・ブランさんと一緒に、
フランスの街でバレエ教室を営んでいる小林十市さん。

バレエを教わりに通ってくる子どもたちや大人たちと日々接しながら感じること。
舞台上での人生と少し距離をおいたいま、その目に映るバレエとダンスの世界のこと。
そしていまも色褪せることのない、モーリス・ベジャールとの思い出とその作品のこと−−。

南仏オランジュの街から、十市さんご本人が言葉と写真で綴るエッセイを月1回お届けします。

***

ベジャールさんは運転をするのが好きだった。好きだったと僕は思う。ローザンヌの自宅からスタジオまでいつも自分で運転をして来ていた。たまに稽古終わりでスタジオを一緒に出ると「送ろうか?」と声をかけてくれた。嬉しいけれど緊張するんですよねこれが(笑)。乗っている時間なんてとても短いのだけど。スタジオからの坂道を下り、ボーリュ劇場の前を通って右の大きな坂道を下りきったら橋をわたり左折してホテルパラスの前で降ろしてもらえば、僕の住んでいたところまで2分ほどで着く。

そんな距離なんだけど、その時踊っている作品のことや、ベジャールさんがこの先どんなプログラムを考えているとか、僕の家族のこととか、バレエ団での人間関係とかも僕から聞いたりベジャールさんが聞いてきたりと、いろいろ話せるおもしろい貴重な時間だった。

ベジャールさんが乗っていたのは、フォルクスワーゲンの白いゴルフだった。確かオートマチック。音楽とかかけていた覚えはない。ひとりの時はわからないけれど、聴いていたんじゃないかなと思う。あれは入団した年だった、休日にローザンヌの中心地で十数枚のCDを買ったばかりのベジャールさんに遭遇したのだった。その枚数に驚いていた僕に少し照れながら「新作のためにいろいろ聴くんだよ」と話してくれた。入団してからの2、3年間は英語でベジャールさんと話していた。『M』のアシスタントの時から少しずつフランス語で喋るようになったんだと思う。そのあたりの記憶が曖昧だけど。

M』については、バレエ団を縮小した年のシーズンの始まりの頃には「やるから」と言われていた。だから92年の秋とか。ドンさんが亡くなる前だろうか?

91−92年のシーズンは60人から25人に編成される準備期間でもあり、ダンサーたちは不安を抱えながら踊っていたと思う。僕らがそのことを知らされたのは92年の年明けだった記憶。あとから思えば当時公演の演目で踊っていた『Mr. C』という作品で役が付いていたダンサーたちが残ったのだった! それでも一人ひとりベジャールさんと彼のオフィスで話す時間が与えられて、そこで次のシーズン残れるのか残れないのかを知らされるのであった。僕は確か「来シーズンは残れるのでしょうか?」と聞き、ベジャールさんに笑いながら「もちろん!」と言われビンタされてオフィスを出てきた(笑)。あっという間の時間だった。たぶん最速(笑)。他のダンサーのなかには結構話し合っていた人もいたから。

M』の創作過程では「海」が関係していて、ベジャールさんは夏休みにボートを借りて三島由紀夫の本をずっと読んでいた、と。そして『バレエ・フォー・ライフ』の創作過程でも「海」は関係している。96年の夏休みに、ベジャールさんはマルセイユの隣にある「Cassis(カシ)」という小さな港町にある、スーパーカシという区域の高台に建つ家を借りて、ずーっとQueenの音楽を聴いて過ごしていた。僕はベジャールさんがローザンヌに戻る3日前にカシに呼ばれた。まあそれはローザンヌまでの長時間を運転するのにベジャールさんがひとりで過ごさずにすむように、僕が呼ばれたのだった。

その時ベジャールさんがこれを1ヵ月間ずっと聴いてたと見せてくれたのが下の写真のアルバムだ!
そして「十市の曲はこれ」と聞かせてくれたのがミリオネアワルツ。
知らない曲だったので、きっと微妙な顔をしていたと思う(笑)。

ベジャールさんが借りていた家はプール付きで、海が見渡せるすごく綺麗な少し傾斜のある庭があった。テラスから見渡す庭の先にドーンッと海が広がっているのだ。そこでQueen聴きまくりの日々を過ごしたらしい。

到着した次の日、僕はカシの観光スポットに連れて行ってもらった。

「カシ」と「ラ・シオタ」の間にある、ヨーロッパで最も高いと言われる約400mの高さを誇る「Cap Canaille (カナイユ岬)」という崖に。もちろんベジャールさんの運転で!

プライベートでのベジャールさんは穏やかだ。自然を楽しみ、運転を楽しみ、食べることを楽しむ。豊富な知識でどんな話を聞いてもおもしろくためになる。

『バレエ・フォー・ライフ』はロングラン作品だ! 今年の5月にある来日公演を楽しみにしている人たちのためにも、早く今の状況がおさまりコロナ終息となることを願い、祈るばかりです。

フランスでは先日(312日)マクロン大統領が国民に演説をし、フランス全土で学校をしばらくの間休校する措置を取りました。クリスティーヌと僕は、バレエ教室も閉じるかまだ迷っている最中です。

冬休みが終わったばかりで、やっと生徒の調子も戻ってきて、発表会の練習をしているんですけどね。

まあ、どうなるのか?
気になる方は僕のツイッターをチェックしてください。

2020年3月15日 小林十市

★次回更新は2020年4月15日(水)の予定です

この記事を書いた人 このライターの記事一覧

元ベジャール・バレエ・ローザンヌ、Orange Ballet School 主宰、振付家、俳優。 10歳より小林紀子バレエシアターにてバレエを始める。17歳で渡米し、スクール・オブ・アメリカン・バレエに3年間留学。20歳でスイス・ローザンヌのベジャール・バレエ・ローザンヌに入団。以後、数々の作品で主役をはじめ主要な役を踊る。2003年に腰椎椎間板変性症のため退団。以後、世界各国のバレエ団でベジャール作品の指導を行うほか、日本バレエ協会、宝塚雪組などにも振付を行う。また舞台やテレビ、映画への出演も多数。 現在はフランスのオランジュにて Orange Ballet Schoolを主宰。

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