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【動画レポート】牧阿佐美バレヱ団「ノートルダム・ド・パリ」リハーサル&ダンサーインタビュー

バレエチャンネル

Videographer:Kenji Hirano

2020年3月14・15日に上演が予定されていた、牧阿佐美バレヱ団によるローラン・プティ振付『ノートルダム・ド・パリ』
20世紀のフランスが生んだ天才的振付家ローラン・プティが1965年に発表した大作で、日本では牧阿佐美バレヱ団のみが上演許可を有しています。

残念ながらこの公演も新型コロナウィルスのために中止となりましたが、来年はプティ没後10年。プティとゆかりの深い同バレエ団は、次代を担うダンサーたちをメインキャストに据えて、代々この作品を踊ってきた先輩ダンサーたちがみずからの経験や会得してきたエッセンスを熱心に伝えていました。1月下旬に取材した稽古場の風景と、ダンサーたちの言葉を、上の動画と下記のインタビュー、そして写真でぜひご覧ください。

Text:Sayako Abe(Special Interview)/Kahori Sone(Interviews with Dancers)
Photos:Ballet Channel

 

INTERVIEWS WITH DANCERS

元吉優哉(カジモド役)

今日リハーサルしていたのはどのようなシーンですか?
元吉 最初に練習していたのは幕開きのシーンで、カジモドが群衆の中で祭り上げられているところです。次に稽古したのは2幕の最初のシーン。ノートルダム大聖堂の鐘突き台から降りてきて、ひとり、苦悩を表現している場面です。
群衆の中で、カジモドの心情はどのようなものなのでしょうか?
元吉 最初は、周りの人たちが怖いんです。カジモドは生まれたときから、身体が大きく歪んでいる。見た目が人と違うし、彼は鐘突き男ですから、いつもひとりで鐘突き台に隔離されている。「人と違う」ことによって周りから迫害を受けていて、また自分自身も、周りに対してすごく壁を作っているのだと思います。
カジモドは孤独なのですね。
元吉 街の人々にとっても、人と違う見た目のカジモドは怖い存在です。現実の世界でも、そのようなことはありますよね。たとえば日本人がヨーロッパに行ったら、外見が明らかに違うことでネガティブな偏見を持たれることがある。そのような感情に近いものを感じています。僕は、カジモドは本当は優しい人間だと思うんです。だけど、周りから冷たくされると、どんどん委縮して小さくなって、自分の殻にこもってしまう。
どんなところにカジモドの優しさを感じますか?
元吉 子どものような純粋さがあるところでしょうか。カジモドは周囲から隔離されているので、めったに他人と接することができません。いつも鐘突き台から街の人々を見下ろしていて、みんなとコミュニケーションをとってみたいけど、いざ会ってみると差別的な目で見られてしまう。でもそうして人と触れ合っていないから、子どものように純粋な気持ちを保ち続けているところがあるような気がします。

カジモドにとってエスメラルダとは、どのような女性なのでしょうか。
元吉 エスメラルダがどうしてカジモドに興味を持ったのか、僕も不思議に思います。それは慈悲なのか、純粋な好奇心からなのか。それとも、カジモドの子どもっぽい部分に惹かれたのか。いろんな解釈があり得ると思うのですが、少なくともカジモドにとっては、エスメラルダは「救い」なのではないでしょうか。初めて自分に対して心を開いてくれた人、向こうから近づいてきてくれた人ですからね。もしかしたらそれは恋愛感情に近いのかもしれませんが、僕はひと目惚れとか初恋とかいうよりは、母性のようなものを感じているのではないかな、と解釈しています。
この作品の振付を踊ってみて感じることは?
元吉 一つひとつの動きに意味のある振付だな、と感じます。古典作品に出てくる王子様の場合、例えばアラベスクやトゥール・アン・レールといった一つひとつのステップに、明確な意味や感情はないと思うんです。王子様がなぜ空中を回るのか? ダンサーである僕がこんなことを言ってはいけないかもしれませんが、正直に言うと、よくわからないですよね(笑)。クラシックを踊るときは、つま先や膝をのばす、ジャンプをきれいに跳ぶなど、バレエの基礎やテクニックのことをつねに意識します。でもこの作品では、動きの一つひとつに明確な意味があるので、そこに込められたものを感じながら踊っています。
リハーサル中、カジモド役の先輩である菊地研さんから「葛藤が渦巻いている感じで」という言葉がありました。カジモドの葛藤とは、どのようなものだと思いますか?
元吉 カジモドの振付には、「上がった右肩を正しい位置に直そうとするけれど、すぐに元に戻ってしまう」という動きが何回も出てきます。彼には、自分が人とは違うことはわかっている。それでも、できることなら「普通」になりたい。自分だけ仲間はずれにされているけれど、本当はみんなの輪の中に交ざりたいーーそんな葛藤や苦悩を抱えていることを、あの振付が表しているのだと思っています。
元吉さんの思う、『ノートルダム・ド・パリ』の魅力とは?
元吉 現代にも通ずる、人間のリアルな感情を描き出しているところです。「差別」とは決して昔の話ではなく、いまこの瞬間も世界のいろいろなところで問題となっています。虐げられている人たちの苦悩が、誰かを殺してしまうこともある。このように複雑でドラマ性の高いストーリーを言葉のないバレエで表現するのはとても難しいことですが、それこそが『ノートルダム・ド・パリ』の魅力でもあります。登場人物たちの「ストーリーに呼応する動き」を楽しんでいただきたいですし、僕自身もカジモドを演じる前と後で、自分のなかでなにか変化が生まれるのではないかな、と思っています。

ところで元吉さんは牧阿佐美バレヱ団へ入団する前、ドイツのニュルンベルク州立バレエ団で踊られていました。
元吉 はい。僕は海外でクラシックを踊るには身長が足りず、コンテンポラリー・ダンスを踊ることも多くありました。でも、自分にはそれが合わないと感じてしまって……。あのまま続けていてもよかったのだろうけど、目標が見つからなかった。もともといつかは日本に帰ってくるつもりでしたが、自分のなかに迷いが出てきたときに、帰国することを決めました。
帰国後すぐに牧阿佐美バレヱ団に入団したのでしょうか?
元吉 帰国後1年ほどは気持ちが定まらず、たまにオープンクラスで身体を動かしていたものの、バレエとはつかず離れずの生活をしていました。自分は何をやっているんだろう?ーーそんな思いを抱えながら、漫然と日々を過ごしていました。でも、あるとき「自分にはバレエしかない、だからバレエをやるしかない」と気がついたんです。いま振り返れば、あの期間は、その考えに至るまでの時間だったのだと思います。

清瀧千晴(フロロ役)

前回、牧阿佐美バレヱ団が『ノートルダム・ド・パリ』を上演したのは4年前の2016年。清瀧さんはその時もフロロ役を演じました。
清瀧 はい。ありがたいことに、2回目のフロロ役です。僕は悪役を演じることは多くないので、フロロのような役どころを踊れるのは貴重な機会です。
初めて踊った時のことは覚えていますか?
清瀧 入団以来、『ノートルダム・ド・パリ』には上演のたびに出演させていただいていて、コールド・バレエのすべての役を踊ってきました。先輩方やゲストダンサーの踊りをずっと間近で見ていましたから、フロロの振付も自然と覚えていて。自分だったらどんなふうに踊るかな、と考えることもありました。ですからフロロ役にキャスティングされたことを知った時は、「ああ、僕ができるんだ!」と感激して。プティ作品で主要役を演じられるダンサーは限られているので、貴重な経験を積ませていただけるという意味でも、大きなチャンスだと感じました。

4年ぶりのフロロに取り組み、どんなことを感じますか?
清瀧 やはり難しいな、と思います。肉体的にもハードな役で、自分自身、4年前より体力的な厳しさを感じています。でも作品のイメージや振付の型、身体の動かし方は、自分のなかにくっきりと残っています。一度踊っているからこそ、前回は出せなかった作品の魅力やキャラクターの内面性を、今回はもっと出せるといいなと思っています。
今日リハーサルをしていた第1幕の登場シーンでは、フロロはどのような感情を抱いていますか?
清瀧 フロロは「司教代理」という、教会で高い役職に就いている人。だから公(おおやけ)にはその立場らしい振る舞いを演じているのですが、内心はエスメラルダに心を囚われている。そして彼女への激しい欲望が、仕事の場ですら出てきてしまうんです。その理性では抑えられない気持ちを、決して周りに悟られてはいけない。登場シーンのソロは、そのようなフロロの内面を動きで表現している場面です。

エスメラルダとは、フロロから見てどのような女性なのでしょうか。
清瀧 自分にはないものを持っている人なのだと思います。エスメラルダはたくさんの苦労を背負っているはずなのに、しがらみに縛られることなく、自分を自由に表現して生きています。その自由さが彼女を生き生きと輝かせていて、フロロの目には美しく魅力的に映るのではないでしょうか。彼自身は教会での立場もあるし、制約も多い世界で生きている。自分自身を押さえ込んで生きているからこそ、余計に強く惹かれるものがあるのかもしれません。
フロロ役を演じるうえで、難しいと感じることはありますか?
清瀧 感情を動きで伝える、ということです。たとえば王子役は、心情の変化もシンプルでわかりやすいですし、踊りとしてもクラシックの型にはめていくことがほとんどです。いっぽうフロロは、キャラクター的にも僕自身があまり持っていない粘着質な部分があったり、振付に関しても、身体の使い方や細かな顔の角度など、クラシックとは何もかもが違う。「これだ」というものを見つけるのが本当に難しいのですが、自分なりの表現を探り、それが本番の舞台でお客さまに伝わるーーこの作業が楽しくて、大きなやりがいを感じます。

清瀧さんの思う、『ノートルダム・ド・パリ』の魅力や、見どころはありますか?
清瀧 すべてが見どころ、ですね(笑)。衣裳、装置、照明、振付、構成……すべてにおいて過不足がなく個性的。無駄なものがひとつもなくて、本当に美しい作品だと思います。
無駄がない、とはどういうことでしょうか。
清瀧 まず、古典作品とは違って、身体をとてもシンプルに使います。僕が思う古典作品での動き方は「斜め・曲線・らせん状」。それに対してプティの作品は「真っすぐ・真横・直線的」。動きの通り道が複雑でなく、シンプルなんです。だからこそダンサーたちの感情や訴えてくるパワーが、とてもクリアに強く伝わってくる作品だと思います。
モーリス・ジャールの音楽については、どのように感じますか?
清瀧 音楽もまた、人間の感情をダイレクトに表していると感じます。それぞれの登場人物が素直に自分の感情を表現しているシーンでは、比較的わかりやすいメロディラインがある。いっぽう心の中に溜め込んだ負のエネルギーが爆発している場面では、原始的で鼓動のような打楽器のリズムのみで物語が進んでいきます。メロディがないのに訴えかけてくるものがあって、大きなエネルギーが伝わってくるんです。

水井駿介(フロロ役)

水井さんは2019年7月に牧阿佐美バレヱ団に入団し、すでに次つぎと主役を任されていますが、『ノートルダム・ド・パリ』にはどのような思いがありますか?
水井 『ノートルダム・ド・パリ』は、僕にとって初めてのプティ作品となります。プティの作品を初めて観たのはミハイル・バリシニコフが踊る『若者と死』の映像だったのですが、それがあまりにも格好よくて、以来ずっと憧れていました。『アルルの女』など他の作品もとても好きで、牧阿佐美バレヱ団に入団するとなった時から「いつかプティ作品を踊りたい」と思っていて。ですから今回フロロ役をいただけて、とても嬉しいです。
実際にリハーサルをしてみていかがですか?
水井 振付の一つひとつに、いろんな意味や感情が込められていると感じます。いまはまだリハーサルが始まったばかりなので(編集部注:取材時は1月中旬)、音楽とステップを身体に入れながら、振付に込められたものを徐々に知っていく、という段階です。そのうえで、自分がどのようにキャラクターをつくりあげていくか。本当にいま、その真っ最中です。
振付を身体に染みこませながら、そこに込められたものを咀嚼して、表現につなげていくのですね。
水井 振付をただなぞるだけでは、感情やストーリーはお客さまに伝わらない。動きに組み込まれたものをしっかりと感じたうえで、自分の中から表現したいです。この作品に関して、僕自身は本当に真っ白な状態です。何も知らない状態で指導を受けているので、例えば『眠れる森の美女』のように慣れ親しんだ古典作品に取り組むのとはまた違うおもしろさがあります。

今日はまず第1幕、フロロの登場シーンを練習していましたね。あの場面はどのような思いで踊っていますか?
水井 あのソロはフロロの見せ場のひとつで、観る人に強烈な第一印象を与えなくてはいけません。群衆の中にすっと現れて、冷酷に周りを見下している。このソロでフロロの内面を色濃く表現できれば、その後のストーリー展開がわかりやすくなるのかな、と。舞台に出た瞬間にどう印象付けるかが、とても大事な鍵になると考えています。
次にリハーサルをしていた、2つ目のソロはどのような場面でしょうか。
水井 愛し合うエスメラルダとフェビュスを、後ろからこっそり見ているシーンです。あの場面では、誰もフロロの存在に気づいていない。だから人には見せていないフロロの‟裏“の部分ーーエスメラルダへの欲望と、フェビュスに対する嫉妬や怒りが、この場面では噴出するんです。フロロの舞踊的な見せ場は、先ほどの登場シーンとこの場面の2つ。これら2つのソロで、感情の違いをはっきりと表現したいですね。
水井さんの思う『ノートルダム・ド・パリ』のおもしろさとは?
水井 どの登場人物も個性が強くて、それぞれのキャラクターの気持ちがダイレクトに伝わってくるところです。振付もテーマも遠回しではなく、直接的に訴えかけてくる。だから、観ていて引き込まれるんです。

水井さんは、昨年までポーランド国立バレエで活躍されていました。ポーランドではどのような舞台を経験しましたか?
水井 ポーランド国立バレエには約7年間在籍していました。古典作品は年に1~2回あるかないかで、ネオ・クラシックの作品を上演することが多くありました。ジョン・ノイマイヤーの『椿姫』や、モーリス・ベジャールの『春の祭典』。クルト・ヨースの『緑のテーブル』にも出演させていただきました。他にもウィリアム・フォーサイスの作品や、イリ・キリアン、ウェイン・マクレガー、リアム・スカーレット……名だたる振付家の作品を踊らせていただきました。
帰国を決めた背景にはどのような思いがあったのでしょうか。
水井 もともと、ずっと海外で踊るということは考えていませんでした。いつかは日本に帰ってきて、お世話になった先生や家族にも、できるだけ多く舞台を観てもらいたい、と思っていたので。昨年は自分のなかでいろいろなタイミングが重なって、帰国することにしました。

いま、どんな思いで牧阿佐美バレヱ団で踊っていますか?
水井 期待という意味での‟圧”は感じています……(笑)。ですがそれを力に変えて自分を追い込んでいけるのでとてもありがたいことですし、期待されなくなったら終わりだとも思っています。 “圧”を跳ね返し、期待された以上のものをお見せできるよう、上を目指したいです。

 

SPECIAL INTERVIEW

森田健太郎(日本初演〈カジモド〉役、バレエ・マスター)

牧阿佐美バレヱ団がローラン・プティ振付『ノートルダム・ド・パリ』を日本初演したのが1998年。その際にカジモド役を演じたのが森田健太郎さんでした。
森田 あの時はほぼ1ヵ月間にもわたって主要役の4人――カジモドとフロロとフェビュスとエスメラルダ――がこの稽古場に缶詰になり、プティさん本人から毎日しごいていただきました。当時のプティさんは70代だったと思うのですが、眼光も鋭くてとても怖かったですね。階段を降りてくる足音が聞こえただけで、スタジオ内にピリッと緊張が走るくらい。リハーサルは本当に苦しかったけれども、いまとなっては宝物のような経験でした。
そのプティさんも亡くなり、いまはルイジ・ボニーノさんが振付指導者としてプティ作品を継承していますが、森田さんがプティさん本人から指導を受けた時代と何か違いを感じますか?
森田 基本的にはもちろん一緒ですけれども、やはり若干のニュアンスの変化は感じます。ごく簡単に言うと、プティさんのほうがもっとはっきりと力強く、パワフルに動くことを求めていた気がします。ルイジさんのほうが少し柔らかい印象です。

初演の時、プティさんからの指導でとくに心に残っていることはありますか?
森田 プティさんが常々おっしゃっていたのは、「この作品はカジモドがよくないと成立しない」ということでした。そう言われるたびに、僕はすごくプレッシャーを感じていましたね。もう20年以上前のことですから、いまのように参考にできる映像がたくさんあるわけでもない。当時はパリ・オペラ座バレエのニコラ・ル・リッシュがカジモドを踊っている映像――まだDVDでもなくVHSのビデオでしたが――それしかありませんでした。僕はカジモドという役をどう踊ったらいいかまったくわからなかったので、まずはとりあえず、そのニコラさんを真似するしかなかった。踊り方も、雰囲気も、表情の作り方も、とにかくすべて彼がやっていた通りに覚えていきました。そしていざプティさんが来日され、リハーサルを見てもらったら……ものすごく怒られました(笑)。
何と……(涙)
森田 最初にひと通り踊るのを見ていただいたのですが、もうその最中から、明らかに叱られそうな視線をビシビシ感じました(笑)。そして踊り終わると、「何をやっているんだ!」と。僕が正直に「どう踊ればいいのかわからないので、ニコラ・ル・リッシュの真似をしています」と言ったら、本当にものすごい剣幕で怒られましたね。「あれは彼のカジモドであって、君が同じことをする必要はまったくない!」と。もちろん同じ振付、同じキャラクターだけど、同じように踊る必要はない、ということを厳しく言われました。これはリハーサルを重ねるなかでわかってきたことですが、プティ作品というのは、基本的な振りはもちろんあるけれども、それを踊るダンサーの個性に合わせて、割と柔軟に変えられるんです。それまでの僕は「同じ役ならば、誰が踊っても同じでなくてはいけない」と思い込んでいたので、まったく逆のことを求められて最初はかなり混乱し、悩みました。

それでも森田さんは、どうやってカジモドという役をつかんでいったのでしょうか?
森田 ある時、「怒られてもいいや。とにかく一度、自分の感じるままに踊ってみよう」と、思いきって踊ってみたんです。そうしたらプティさんからも、アシスタントをしていたルイジさんからも、何も言われなくて。「そうか、これで大丈夫なんだ」と思いました。でもやりすぎると、やっぱり「ちょっと違う」と言われてしまう。だからもう、日々探り合いみたいな感じで、徐々に僕のカジモドが形作られていった感じですね。
本当に文字通り“手探り”で見つけていったのですね……。
森田 稽古のなかでプティさんは、「同じカジモドでも、今日と明日と明後日で、まったく同じにする必要はない。人間なのだから、変わるのが当たり前だ」とおっしゃっていました。実際、僕のその日の感じ方によって動きのタイミングやちょっとしたニュアンスが変わっても、プティさんは何も言いませんでした。
プティさんがダンサーに求めていたのは“リアルさ”、つまりその人の“真実”で踊って欲しいということだったのですね。
森田 その通りです。当時はそのことを完全には理解しきれませんでしたが、「常に型通りに踊る必要はないのだ」と教えていただいたのは、大きな経験でした。その後、たとえば『白鳥の湖』の王子でも「毎回同じでなくてもいいんだ」と思うと気が楽になり、そのぶん表現の幅が広がって、踊りが変わったので。僕のダンサー人生における、ひとつのターニングポイントだったと思います。
カジモドの“内面”、つまり彼の人間像や感情については、どのように解釈して演じたのでしょうか?
森田 それも、とても難しかった点ですね。最初は僕が勉強不足だったこともあって、カジモドは外見と同じように、内面も歪んでいる青年だと思っていたんです。そして内面の歪みはきっと表情にも出るだろうと思い、顔も醜く引きつらせて踊ってしまった。そうしたら、先ほどお話ししたように、プティさんから「違う!」と言われて。カジモドというのは、心のなかも、考えていることも、みんなと同じ普通の青年なのだと。ただこの右肩だけが歪に上がっている。違いはそれだけなのだと。
なるほど……。
森田 むしろ他の人々よりも心はきれいで純粋なのに、その歪な右肩のせいでみんなにいじめられたり蔑まれたりして、内向的な性格になってしまっている。だから第2幕、今日のリハーサルでもお見せした部分ですが、誰もいない自分だけのテリトリーに帰ってきた時は自由な気持ちになれて、思いきり大きく踊るんです。そして全幕ではその後にエスメラルダとのパ・ド・ドゥに入り、彼女の包容力で人間に対する恐怖心が少しずつ消えていき、彼は生きる喜びを見出していく。しかしそのエスメラルダをフロロが殺してしまうから、彼は最後の最後、ラストシーンで初めて感情を爆発させるのです。
そのラストの感情とは、怒りなのでしょうか。
森田 そうですね。そしてそれまでずっと主人であるフロロに従うだけだった彼が、初めて自分の意志で行動に出た瞬間でもあります。

この作品のなかで、とくに思い入れの深いシーンはありますか?
森田 やはり初演でカジモド役に挑んだことがあまりにも大きな経験だったので、カジモドの場面は全般的に鮮烈な記憶として残っています。おそらく一生、忘れたいと思っても忘れられないでしょう(笑)。でも、ひとつとても印象に残っているのは、先ほどもお話ししたエスメラルダとカジモドのパ・ド・ドゥの、最後の場面です。ふたりで楽しく踊ったあと、カジモドの右肩がまたカッカッカッカッと元の歪な形に戻るところがあるのですが、その部分の振りを、プティさんが一度だけやって見せてくれたことがあるんです。それがもう、鳥肌が立つくらい素晴らしくて。あの振付の意味としては、エスメラルダとの夢のような時間をただの青年として楽しんだあと、また現実に戻ってくる……ということだと思うのですが、その意味でもとてもいいシーンだと思いますし、プティさんが見せてくれたお手本の衝撃と相まって、僕にとっては特別な場面です。
本当に、まさに宝物のような経験をされたのですね。
森田 僕は本当にラッキーだったと思います。初演の時、僕はセカンド・キャストで、本来ならば通し稽古などはファースト・キャストだったマッシモ・ムッルさんを中心に進められるはずだった。けれどもムッルさんが本国のイタリアで仕事があったために来日が遅れ、代わりに僕がずっと稽古をさせていただけたんです。プティさん本人からあれだけ厳しくしごいていただいて、でも時々そっと「君はとてもいいダンサーだけど、もっとこういうふうにしなくちゃいけないよ」と優しい言葉もかけていただいた。僕は僕なりに役を見つけたいと必死に模索していたけれども、いま思い返すと、やはりすべてはプティさんが上手に引き出してくださっていたのだなあと感じます。
『ノートルダム・ド・パリ』という作品をレパートリーに持っているということは、バレエ団にとっても財産です。僕が経験したことを今のダンサーたちにもできるだけ伝えながら、ルイジさんの指導のもとで、大切に継承していけたらと思っています。

 

COLUMN

今回は男性キャスト中心のリハーサル取材&インタビューでしたが、この作品ではもちろん女性ダンサーたちも活躍します。
この日、群舞のリハーサルをしていた牧阿佐美バレヱ団の美しきバレリーナたちの表情を最後にお届けします。

 

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