文/海野 敏(舞踊評論家)
第63回 1列に並ぶ
■隊形を変えずに踊る群舞
第58~60回は「1列で進む」、第61・62回は「2列で進む」と題し、群舞の比較的シンプルな移動を取り上げました。さて今回は、移動せずに長く1列に並んで踊る群舞です。
コール・ド・バレエが隊形を維持して踊る場面には、主役またはソリストのダンサーと一緒の場合と、コール・ド・バレエのみで踊る場合があります。今回取り上げるのは前者です。そのような場面で、1列に並んだコール・ド・バレエはおもに主役・ソリストの踊りを引き立てる役割を担うのですが、その演出効果には少なくとも3つのパターンがあります。
3つのパターンとは、①背景を飾る、②道を作る、③壁となるです。では、さっそく古典全幕バレエで、それぞれの例を紹介しましょう。
■背景を飾る1列並び
私が1列に並ぶ群舞で最初に思い出すのは、『白鳥の湖』第2幕、オデットと王子のアダージオです。古典全幕バレエ屈指の名場面ですが、このアダージオには、主役2人の踊りの背景となって並ぶ二十数羽の白鳥たちが欠かせません。アダージオの冒頭では、舞台の左右袖に沿ってそれぞれ縦1列に並ぶ隊形から始まり、少しずつ隊形を変え、オデットと王子がフィニッシュのポーズを決める時には横1列に並んでいる振付が一般的です。フィニッシュのポーズは主役2人を中心にして、上手側と下手側で左右対称になります。白鳥たちはアダージオを通してあまり大きく動きませんが(注1)、全員がそろって同じポーズになることで主役の踊りを飾り立てます。
ただ、この群舞の振付は、主役2人の振付以上にバレエ団や振付家によって差異が大きいです。例えば、フィニッシュの横1列は主役2人を頂点としたV字形が標準的ですが、V字の描く角度は、ほぼ180度近く(つまり横に一直線)から60度ぐらいまでさまざまです。また英国ロイヤル・バレエなど、左右2列ずつでフィニッシュするヴァージョンもあります。
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- 牧阿佐美バレヱ団の『白鳥の湖』の紹介映像より。アダージオのフィニッシュを飾る印象的な隊形を2分14秒から観ることができます。
『パキータ』第3幕の「グラン・パ・クラシック」は、このところ毎回取り上げていますが(第60、61、62回)、そのアダージオで、主役パキータとリュシアンの踊りの背景となる群舞もたいへん美しく、印象的です。十数人のコール・ド・バレエは、リュシアンが下手から登場するときは舞台に斜めに1列に並び、その後は縦に1列、横に一直線、左右に1列ずつ、3組に分かれてN字形になるなど、隊形を変化させてゆきます(バレエ団・振付家による違いは大きい)。
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- 日本バレエ協会の『パキータ』のゲネプロ映像より。48秒から、第3幕の「グラン・パ・クラシック」のアダージオの群舞を観ることができます。
コール・ド・バレエのテクニックに関して言えば、『白鳥の湖』第2幕のアダージオに比べて、『パキータ』第3幕のアダージオのほうが見応えがあると思います。なぜかと言うと、前者では控えめにポーズを変えてゆくだけのことが多いのですが、後者では、パキータの動きとポーズを少しずつなぞるように積極的に踊る振付だからです。パキータと同じ動き、同じポーズをすることで、主役の踊りを背後からサポートするコール・ド・バレエの献身的な姿、美しい背景画としての役割が素晴らしいと思います。
■道を作る1列並び
『ドン・キホーテ』第2幕の「バレエ・ブラン」、ドン・キホーテの夢の場面では、最後のコーダで森の精(ドリアード)たちが上手奥から下手前へ1列(または2列)に並び、ドリアードの女王とドルシネアが通る道を作ります。このコーダのクライマックスは、上手奥からドリアードの女王とドルシネアが順番に登場し、この道を跳躍しながら進む場面でしょう。2人はそれぞれ華麗なグラン・パ・ド・シャ(第12・13回)の反復でコール・ド・バレエが作った道を進み、さらに優雅なジュテ・アントルラセ(第10回)で反転します。
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- ウクライナ国立バレエの『ドン・キホーテ』の映像より第2幕のコーダ。ドリアードの女王とドルシネアの華麗なグラン・パ・ド・シャは1時間35分7秒から観ることができます。
『ドン・キホーテ』第1幕後半、キトリのヴァリエーションのクライマックスでは、闘牛士たちがキトリの進む道を作ります。やはり上手奥から下手前へ1列に並ぶのが標準的でしょう。闘牛士たちがケープを揺らして囃し立てる前を、キトリが素早いリエゾン・ド・ピルエット(第5回)を16回以上くり返し、回転しながら進んでゆく見せ場です。
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- 英国ロイヤル・バレエの『ドン・キホーテ』より第1幕のキトリのヴァリエーションです。1分37秒から、一列に並んだ闘牛士の前をリエゾン・ド・ピルエットで進む振付を観ることができます。
なお、先ほど紹介した『パキータ』第3幕のアダージオの冒頭でも、コール・ド・バレエは下手奥から上手前へ斜めに1列に並び、リュシアンが下手から登場するための道を作ります。
■壁となる1列並び
『ジゼル』第2幕の後半では、ウィリたちがヒラリオンを追い詰め、下手奥から上手前へ斜め1列に並んで壁となります。ウィリの女王ミルタは、ヒラリオンに踊って死ねと命じ、ヒラリオンの命乞いを冷酷に拒みます。ヒラリオンはウィリたちの壁から抜け出すことができず、踊り疲れて死んでゆきます(注2)。
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- ウクライナ国立バレエの『ジゼル』のストーリー紹介映像より。第2幕の後半、ウィリたちが1列に並んで壁となり、ハンス(ヒラリオン)に立ちはだかるシーンは2分45秒から。※ウクライナ国立バレエではヒラリオンはハンスと呼ばれています。
ヒラリオンを死に追いやった後、ウィリたちはいったん退場し、またすぐに登場して、今度はアルブレヒトを追い詰め、死を命じる恐ろしい壁をもう一度作ります。しかし、ここでジゼルが登場してアルブレヒトをかばい、クライマックスのパ・ド・ドゥへと続いてゆきます。
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- オランダ国立バレエの『ジゼル』の紹介映像より。40秒からわずかな時間ですが、一列並んだウィリたちと、ジゼルが追い詰められたアルブレヒトをかばうシーンを観ることができます。
(注1)アダージオの中盤、音楽が間奏になる部分は、コール・ド・バレエの動きがやや大きくなります。例えば、コール・ド・バレエ全員がアラベスク・ホップ(第22回)で隊形を変えてゆく振付をよく見ます。
(注2)ヒラリオンは、ジゼルに対して多少ストーカー的な態度があり、家宅侵入してアルブレヒトの剣を盗んだ罪もありますが、死に値するほどの悪行はしていません。横恋慕の末、理不尽に殺されてしまう可哀そうなキャラだと思います。
(発行日:2024年10月25日)
次回は…
第64回は、四角形に並んで踊るコール・ド・バレエを取り上げます。四角形のフォーメーションはバレエ作品の至るところに登場しますが、みなさんはどの場面を思い浮かべるでしょうか。発行予定日は2024年11月25日です。
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