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【寄稿】小林十市(ベジャール・バレエ・ローザンヌ バレエマスター)〜カンパニーの舵取りと行き先。そして世界バレエフェスティバル出演のこと

小林 十市

ジル・ロマンがベジャール・バレエ・ローザンヌ(BBL)の芸術監督を解任されて僕らの前からいなくなり半年が経つ。

しばらくの間、個人差はあれみんな困惑していたと思う。けれど人間ってその状況に徐々に慣れていくものなんだな、と自分を含めそう思った。ジュリアン・ファヴローが正式に芸術監督に就任したのはつい最近のことだ。それまでは芸術監督代行として責務を果たしていたけれど、彼自身も舞台に立ち、踊りながら、数多くのスタッフミーティングをこなしていて落ち着けなかったと思う。僕はジルがいなくなってもやることは同じで、違ってきたのは一部の人たちの僕に対する対応の仕方かもしれない。

僕はジルに頼まれジルのためにここに戻って来た。
だからジルへの恩返しが、イコール、バレエ団のためになればいいなと思ってきた。
そのジルがいなくなってしまった今、果たして僕はここにいる意味があるのだろうか?
何度もそう自問した。(実際に心から何かが欠けてしまった気がしていた)

僕がまだ現役で踊りながらもレペティター(振付指導者)をしていた当時から、ジルにずっと言われ続けてきた言葉がある。
「稽古中、ダンサーたちに自分の言うことを聞いてもらいたければ、友達は作るな」。
ジルがいた時は、僕はある意味守られていた。ジルという存在が僕の背後には常にあったから。
それがなくなってしまった今、自分には重みがない。もともと、みんなとはフレンドリーに接してきたからしょうがない。
このような現実があるのは自分の心の反映であり、自分自身の内面の不確かさが招いている結果なのかもしれません。僕はどうしたいのか? それがわからないままここにいるのが原因なのかもしれないです。もちろん、僕は自分のやるべきことはちゃんとやっているつもりだし、だからこそ理解してくれている人たちもいるわけだけれど。

さて、僕がBBLに戻ってから2年目のシーズンが終わりました。
今年はバレエ団を辞める人がまったくいない。これは異例かもしれません。おかげで来シーズンの始まりはいくらか楽かもしれませんが、リハーサルが多いことには変わりありません。

新監督のジュリアンには、ダンサーたちからの「あれが踊りたい、これが踊りたい、これは踊るけど、それは踊らない」等々さまざまな要望が寄せられているようです。それでも彼はみんなができるだけ多く踊れるようにキャストを広げ、ダンサーたちに考える時間よりも動く時間を多く取らせる方法で進めてきました。

レペティターの経験もなく(もちろんこれまでにいくつかのリハーサルを受け持ったことはあると思うんだけど)、みんなにとって同僚であり友達だったジュリアンが、いきなり「芸術監督」になったこと。それは彼にとって大変なことだと思うけれど、彼のもっている優れた社交性は、バレエ団内にもメディアなど対外的にも受け入れられやすいのではないかと思う。それに何といっても、在団歴29年の実績があるわけだから。

ジルがいない今、現在のBBLの中でベジャールさんと一緒に仕事をして来た一番の古株は僕ではないのだろうか?(クリスティーヌが一番古いのは確か。1987年入団)
だってベジャールさんが亡くなって今年で17年。僕は1989年に入団し、2003年に退団したけれど、2006年つまりベジャールさんが亡くなる1年前まで連絡をとりながらパリ・オペラ座バレエや東京バレエ団でベジャール作品指導をしてきた。
ジュリアンはそんな僕の経験を信頼し「ここに必要だ」と考えてくれていると思うけれど、僕自身の中では、ジルがいた時のような「ここにいる理由」や安心感などは失われてしまった。だからBBLに残るならば、僕はここで独り立ちをしなければいけない(笑)。やれやれ、いつまで子どもなんだよ自分……。

あと、ふと思ったのは、今ここで踊っている30歳前の世代のダンサーたちにとって「ベジャール作品」はバレエ団の「レパートリー」であって、過去にベジャールさんがああしたこうしたって、あまり関係ないというか、響かない。それってつまり、僕世代の指導者が、ベジャールさんの所作、ベジャールさんから聞いた言葉、創作現場の記憶などを、まずは自分自身の中で消化して、自分の言葉で今のダンサーたちに伝えないといけないということなんだな、と。

でもとにかく、ジュリアンは前向きです! 今はちょうどバレエ団の転換期で、来シーズンからは本格的にジュリアン芸術監督体制が始まるわけです(12月までは前任のジルが組んだプログラムですが、すでに新しいツアーも入ってきているので)。いろいろな意味で落ち着くまでには時間がかかるかもしれないけれど、これからはドメニコ、エリザベットと僕自身も含め、チームワークでバレエ団を引っ張っていくことになると思います。僕も、自分のやること、やれることは全力で、と思っています。そして自分のメンタルを穏やかに保つためには、「期待しない」「比較しない」「批判しない」という3つのスタンスを貫く所存(笑)。

なので、これからもベジャール・バレエを応援してください!!
そして9月のBBL来日公演も、楽しみにしていてください。

さあそして! 僕は間もなく始まる第17回世界バレエフェスティバルのAプロで踊ります!!
初めて参加したのが30年前の1994年。第7回世界バレエフェスティバルでした。それから第8回、第9回と出場し、今回24年ぶりの参加となります。

人生って何が起こるか本当にわかりませんね! 僕は自分を強運で幸せ者だと思います(感謝)。

ジルは芸術監督を解任される少し前から、すでに何かを感じ悟っていたのか、「次回の世界バレエフェスティバルでは……」と話してくれていました。何を踊るか? これもジルの中にはすでに想定しているものがあったようでした。

実際に作品の稽古に入ったのは4月でした。ちょうど振付家のヨースト・フルーエンレイツが空いている時期が4月最初の2週間だったんです。この時期、運よくゲスト教師がバレエ団のレッスンを担当してくれていたので、僕は早朝から昼までジルとこの創作に向き合いました。
その後はツアーがない時に時間を合わせて、日曜だとか定期的に会って稽古していました。
まとまった時間が取れず、ヨーストも毎回振りを変え、付け足し、取り消し、の繰り返しで結構大変でしたけど、ジルに会えるのは嬉しかったし、どうしているか気になってもいたし、ちょうどよかったです。次回ジルに会うのは7月28日。最後に二人で稽古してから2週間ぶりになります。そしてそれは初日の3日前だし(汗)。

ここ最近ずーっと脳内で、バレエフェスのオープニングの曲(マイアベーア「戴冠式行進曲」)が鳴り響いています(笑)。
想像して緊張して、自主練で自分を追い込む……。

やってきたことを信じて、突き進むだけでしょう。

3年前のDanceDanceDance@YOKOHAMA2021で企画した「エリア50代」ってあったじゃないですか。あの続編をやりたいとずっと思っていて、本当は去年あたりにやりたかったのですが、声がかからず、どうしよ〜とか思っていたので、今回は本当に嬉しいです。
僕の中では完全に「エリア50代」なので(笑)。
まあ、パートナーのジルは「エリア60代」ですけど(汗)。

作品的には、ジルの今の状況と重なる?! ちょっとウルっとしちゃうかも?
僕はジルとこうして再び共演できることを喜んでいますけど。

ジルはすごいですよ。本当にすごいアーティスト、芸術家です。
東京でみなさまに観ていただけることを嬉しく思います。

今後もよろしくです!!
お読みいただきありがとうございます。

2024年7月25日
小林十市

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元ベジャール・バレエ・ローザンヌ、振付家、俳優。 10歳より小林紀子バレエシアターにてバレエを始める。17歳で渡米し、スクール・オブ・アメリカン・バレエに3年間留学。20歳でスイス・ローザンヌのベジャール・バレエ・ローザンヌに入団。以後、数々の作品で主役をはじめ主要な役を踊る。2003年に腰椎椎間板変性症のため退団。以後、世界各国のバレエ団でベジャール作品の指導を行うほか、日本バレエ協会、宝塚雪組などにも振付を行う。また舞台やテレビ、映画への出演も多数。 2022年8月、ベジャール・バレエ・ローザンヌのバレエマスターに就任。

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