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【マニアックすぎる】パリ・オペラ座ヒストリー〈第35回〉19世紀のトウシューズとチュチュのこと。

永井 玉藻

パリ・オペラ座――それは世界最古にして最高峰のバレエの殿堂。バレエを愛する私たちの聖地!
1661年に太陽王ルイ14世が創立した王立舞踊アカデミーを起源とし、360年の歴史を誇るオペラ座は、いわばバレエの歴史そのものと言えます。

「オペラ座のことなら、バレエのことなら、なんでも知りたい!」

そんなあなたのための、マニアックすぎる連載をお届けします。

  • 「太陽王ルイ14世の時代のオペラ座には、どんな仕事があったの?」
  • 「ロマンティック・バレエで盛り上がっていた時代の、ダンサーや裏方スタッフたちのお給料は?」
  • 「パリ・オペラ座バレエの舞台を初めて観た日本人は誰?」 etc…

……あまりにもマニアックな知識を授けてくださるのは、西洋音楽史(特に19〜20世紀のフランス音楽)がご専門の若き研究者、永井玉藻(ながい・たまも)さん。
ディープだからこそおもしろい、オペラ座&バレエの歴史の旅。みなさま、ぜひご一緒に!

イラスト:丸山裕子

🇫🇷

大学で担当している舞踊史の講義の初回、冒頭で「バレエと聞いてイメージするものや言葉は?」と聞くと、毎年必ず登場するキーワードがいくつかあります。作品タイトルで鉄壁の頻出ワードは、《白鳥の湖》。誰もが聴いたことのある音楽や、有名な場面(「四羽の白鳥の踊り」や「黒鳥のパ・ド・ドゥ」32回転フェッテなど)の存在により、《白鳥》はバレエを観たことがない人にとっても、「バレエの中のバレエ」「Theバレエ」という位置付けなのでしょうね。

そして、《白鳥》に次いで多く登場するのが、「特別な靴」や「裾の広がった衣裳」などのキーワード。「つま先立ちでくるくる回る」なども定番です。さて、バレエのアイコン的アイテムで、「つま先立ち」を可能にする「特別な靴」、そして「裾の広がった衣裳」と言えば……? 読者のみなさまにはお分かりのとおり、ポワント(トウシューズ)とチュチュ!

じつにバレエ的なこの2つのアイテムは、19世紀のパリ・オペラ座で上演されたロマンティック・バレエの諸作品と、それに出演した女性ダンサーたちに深い縁を持っています。連載3周年となる今回は、SNSでの読者投票で最も多くのリクエストを頂戴したこのテーマについて、当時のリトグラフ(版画)や絵画作品などを参照しながらご紹介します。

天高く舞い上がれ! 19世紀のポワント

クラシックの演目を踊る際に、女性のバレエ・ダンサーには欠かせないポワント。バレエグッズの専門店に行くと、多種多様なポワントが売り場いっぱいに並んでいますよね。バレエを習い始めたばかりのころ、「早くポワントを履けるようになりたい!」と憧れを抱き、先生から許可が出たときにはとても嬉しかった……という記憶をお持ちの方も多いでしょう。ご指名のメーカーを持ち、さらにさまざまな細工を施して(時には足で潰したり床に叩きつけたりしながら)、自分の足に最適のポワントに「育てる」人も多くいます。

英語ではポイント・シューズpointe shoes、フランス語ではポワントpointeと呼ばれるこの靴は、その名が示すとおり、つま先立ちで踊るテクニックに特化したダンスシューズです。しかし、バレエが生まれたその時から、つま先立ちで踊る技術があったわけではありません。オペラ座が創設された17世紀後半ごろでも、体を上方に持ち上げる場合には、かかと軽く上げる「エルヴェ」という状態が限界でした。したがって、この頃のダンサーたちには、ポワントを履く習慣はありませんし、ポワント自体も開発されていません。実際、18世紀のオペラ座で活躍したスターダンサー、マリー・カマルゴ(1710–1770)を描いた絵画を見てみると、彼女はかなり高めのヒールと固そうなソールの、装飾が施された靴を履いています[1]

マリー・カマルゴ(1710–1770)を描いた絵画。スカートからのぞく足元にご注目👀

つまり、ポワントが使用されるようになった=バレエに「つま先立ちで踊る」という技術が登場した、ということなのですが、つま先のみで自身の体重を支えて踊った最初の人物は誰なのか、正確なところは今でもはっきりしていないようです。フランスでは、ジュヌヴィエーヴ・ゴスラン(1791–1818)という、オペラ座で活躍した女性ダンサーがごく初期の例として挙げられることが多く、彼女は舞台上で一瞬、つま先立ちでバランスを取って立つことができたのだとか。

しかし、ポワントの技術を本格的にものにしたダンサーといえば、やはり19世紀のオペラ座バレエのスターダンサー、マリー・タリオーニ(1804-1884)でしょう。本連載の第20回でもご紹介したように、フランス国立図書館には、実際に彼女が着用したものが現在も所蔵されています(この図書館のデジタルライブラリーでは、現物を複数の角度からの写真で閲覧できる、という、なんとも便利な世の中です!)。

マリー・タリオーニ(1804-1884)

白いサテン地の布地に、同色の細いリボンが取り付けられ、裏面には革が貼られたタリオーニのポワントは幅がとても狭く、全体の長さも23センチとやや小さめです。つま先部分はスクエア型に整えられていますが、現代のポワントのようなプラットフォームやボックスはなく、こんなやわな靴でつま先立ちなんぞしようものなら、シューズの中で足指は腫れ、爪はバキバキに割れるのでは、と心配になるほど頼りない造りです。しかし、このくらい薄く柔らかな靴だからこそ、タリオーニの脚の超絶技巧も実現できたのでしょう。

彼女のポワントの中敷きからも分かるように、タリオーニのポワントを作っていたのは「ヤンセン」というパリのメーカーで、店舗は当時のオペラ座が本拠地としていたル・ペルティエ通りの劇場から近い、ヌーヴ・デ・ボン・ザンファン通り3番地(現パリ1区のラディヴィル通り)にありました。

タリオーニ以来、ポワントは女性のバレエ・ダンサーの必須アイテムとなり、ポワントの技術もバレエに欠かせないものとなりました。19世紀後半のオペラ座バレエを描いたエドガー・ドガの作品などでも、ポワントを履いたダンサーの姿が多く描かれています。

風にそよぎ翻る! 19世紀のチュチュ

謎に包まれた部分も多いポワントの歴史に対し、チュチュの出どころはかなりはっきりしています。というのも、この衣裳が登場したのも、ロマンティック・バレエの大ヒット作、《ラ・シルフィード》がきっかけだったためです。この作品の妖精と人間の青年の恋物語を描くために必要だった衣裳、それがチュチュでした。

《ラ・シルフィード》の初演時に、衣裳デザインを担当したのは、ウジェーヌ・ラミ(1800–1890)という画家です。フランス国立図書館には、彼が作成した《ラ・シルフィード》の衣裳デザイン画が数点所蔵されており、こちらもいくつかの資料画像をデジタルライブラリーから閲覧することができます(残念ながら、シルフィード役の衣裳デザインは含まれていないのですが)。

現代のチュチュはナイロンやポリエステルなど、化学繊維のチュール生地で出来ているのが一般的ですが、19世紀の半ばには、まだそうした生地は存在しませんでした。《ラ・シルフィード》の初演時に製作された衣裳も、白いクレープ生地で作られたふくらはぎ丈のドレスで、その下にシンプルなモスリン地のアンダースカートを着用する、というものだったようです。風の妖精のふんわり感を演出するためには、それなりの量の生地が必要だったでしょうし、その分、重みもあったと思われますが、シルフィード役を演じるタリオーニを描いた版画などをみると、ラミの発想がいかに作品の内容と合致していたか、良くわかります。

また、この衣裳のデザインは、当時のパリで流行していた女性服のスタイルとぴったり合っていました。バルーン型に膨らんだ袖と大きく広がるスカート部分に対し、腰を細く締める、ベルトの代わりのシンプルな青いリボン。19世紀の中頃に発行されていたモード新聞の付録で、服のデザインと着こなしを伝えるさまざまなファッション・プレート(現代のファッション雑誌の「人気コーデ特集」のようなものでしょうか)を見ると、ありとあらゆる趣向を尽くした数々の女性服が紹介されていますが、基本は膨らんだ袖とたっぷりしたスカートのドレスをベルトでキュッと締める、というパターンのようです。シルフィードの衣裳は、街の服の装飾を最小限にし、またスカート丈を少し短くしたものだったのですね。

《ラ・シルフィード》の爆発的ヒット後、チュチュもまたバレエに欠かせないアイテムとなり、時を経るごとに徐々に進化していきました。ふくらはぎ丈だったスカートの長さはひざ丈に、そしてひざ上の長さになり、最終的には太腿の下部が見えるくらいの長さになります。スカートの膨らみもどんどん規模が大きくなり、20世紀初頭には、ほぼ現在のクラシック・チュチュのような円盤状に近づきました。これはその分、バレエの足の技術と振付が発展し、高度な足技に注目が集まっていったためでしょう。

なお、現在のバレエのレッスンでは、女性は基本的にレオタードを着用しますが、19世紀には、普段のレッスン時にもチュチュを着ていたようです。このチュチュの下には、膨らみのあるショートパンツのようなものを履くこともあったようで、19世紀末のオペラ座バレエの女性ダンサーを撮影した写真を見ると、練習着のチュチュの下に、丈の短い半ズボンを着ているのが確認できます。しかし練習着でチュチュを着るとなると、汗や汚れが日常的に付着するわけで、現在でも洗濯機に突っ込んでざぶざぶ洗うというわけにはいかないチュチュのお手入れ、当時はいったいどうしていたのでしょうか……。非常に気になります……。

さて、冒頭で書いたとおり、今回の記事で「マニアックすぎる パリ・オペラ座ヒストリー」は3周年を迎えました。3年前の5月、この連載が始まったのは、舞台上演を巡るコロナ禍の厳しさがまだ続いていたころ。海外バレエ団の来日公演も行われるようになった今日までに、ありがたいことに35回の更新をしていただき、これまでに私がお引き受けした執筆物のお仕事の中でも、最も長期にわたるものとなっています。読者のみなさまにはあらためて御礼を申し上げるとともに、バレエの歴史に関心を持っている方がこれほどまでにいる、ということに、驚いてもいます。

バレエは生きたダンサーの身体を通してしかリアライズすることが出来ず、また観客である私たちが、それを観ることでしか知覚できません。ですので、さまざまな芸術の中でも、とくに「今、私が観たもの」にスポットが当たりやすいジャンルだと思います。いっぽう、過去のバレエダンサーや上演を直接観ることはもはや叶わず、タリオーニやグリジがどんなに素晴らしいダンサーだったとしても、私たちがそれをリアルに確かめる術はありません。だからこそ、「バレエの歴史を知って何になるのか」という問いが絶えないのも事実(しかもこの連載はマニアックにすぎるので!)。

この問いに対して、マニアックなバレエの歴史について綴る連載の書き手として思うのは、オペラ座の、そしてバレエの歴史を知る、ということは、「現在“このよう”になっている“このこと”は、いかにして“このよう”になったのか」を知ることにつながるから……ということです。なぜバレエでは、女性ダンサーがポワントを履くのか。なぜ円盤のようなスカートの衣裳で踊るのか。なぜチュチュを着用する演目とそうでない演目があるのか。ダンサーたちが自らの身体を極限まで駆使して表現してくれるのも、こうした問いに対する答えなのではないでしょうか。そして、そのダンサーたちの素晴らしい踊りを私たちが観るのであれば、バレエの歴史を知ることは、今、目の前のダンサーたちがやろうとしていることを知る、ということなのだと思います。

奥深く味わいのあるバレエの歴史。今後も読者のみなさまとマニアックなエピソードをご一緒に楽しめましたら幸いです。

[1] カマルゴは足の技巧に優れたダンサーで、それまでは男性のみが踊っていた、アントルシャ・シスのような高度な技術を実演しました。その技術の効果をさらに高め、踊りやすくするため、カマルゴは靴のヒール部分を取り去り、フラットなシューズで踊るようになったと言われています。

★次回は2024年6月5日(水)更新予定です

参考資料

F-Pn: IFN-52517876. Chaussons de danse ayant appartenu à Marie Taglioni. 1 paire de chaussons en satin blanc ; 23 cm, Signature de la Taglioni à l’intérieur des deux chaussons.

F-Pn: IFN-8454524. La sylphide: quatre maquettes de costumes par Eugène Lami. 1832.

F-Po: MUSEE-436. Emma Sandrini dans le rôle de Lilia (La Maladetta) : portrait par Édouard Debat-Ponsan. 1902.

Auclair, Mathias et Ghristi, Christophe (dir.) 2013. Le Ballet de l’Opéra, Trois siècles de suprématie depuis Louis XIV. Paris, Albin Michel.

鹿島茂、2000。『明日は舞踏会』東京、中央公論新社。

永井玉藻、2023。『バレエ伴奏者の歴史 19世紀パリ・オペラ座と現代、舞台裏で働く人々』東京、音楽之友社。

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この記事を書いた人 このライターの記事一覧

1984年生まれ。桐朋学園大学卒業、慶應義塾大学大学院を経て、パリ第4大学博士課程修了(音楽および音楽学博士)。2012年度フランス政府給費生。専門は西洋音楽史(特に19〜20世紀のフランス音楽)。現在、20世紀のフランス音楽と、パリ・オペラ座のバレエの稽古伴奏者の歴史研究を行っている。

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