バレエを楽しむ バレエとつながる

  • 観る
  • 知る

東京バレエ団「ドン・キホーテ」特集②伝田陽美インタビュー~エネルギッシュな演技巧者、全幕初主演!

若松 圭子 Keiko WAKAMATSU

動画撮影・編集:古川真理絵(バレエチャンネル編集部)

2025年11月18日(火)〜24日(月)、東京バレエ団『ドン・キホーテ』を東京文化会館(上野)にて上演します。2001年の初演以来、バレエ団のレパートリーとして大切に受け継がれてきたウラジーミル・ワシーリエフ版。今回はゲストにヴィクター・カイシェタ(ウィーン国立バレエ プリンシパル)を迎え、6組の主役ペアが舞台を飾ります。
開幕直前の11月初旬、東京バレエ団のスタジオで行われたリハーサルを取材。今回キトリで全幕初主演となる伝田陽美(でんだ・あきみ)さんにお話を聞きました。ダンサーのコメント入りのリハーサル動画と一緒にお楽しみください。

伝田陽美 Akimi Denda
長野県生まれ。5歳よりバレエを始める。2008年東京バレエ団に入団、2009年マラーホフ版「眠れる森の美女」で初舞台を踏む。2018年ファーストソリストに昇進。おもなレパートリーに「ドン・キホーテ」のメルセデス、若いロマの娘、「ラ・バヤデール」のガムザッティ、「ジゼル」のミルタ、「眠れる森の美女」のサファイヤ、カラボス、「海賊」のギュルナーラ、オダリスク、子どものためのバレエ「ねむれる森の美女」のカラボス、子どものためのバレエ「ドン・キホーテの夢」のキトリ、はじめてのバレエ「白鳥の湖」のオディールなどがある。 ©Ballet Channel

🪭

全幕初主演、おめでとうございます。キトリ役に決まった時の率直な気持ちから聞かせてください。
伝田 びっくりしました。長いことバレエ団にいて、チャンスはなかなか巡ってこないものだなと思っていたので、まさか!と。そして素直に嬉しかったです。初めての全幕主演が『ドン・キホーテ』というのも、『白鳥の湖』や『くるみ割り人形』よりも役柄的に自分に合っていると思います。キトリは「子どものためのバレエ『ドン・キホーテの夢』(通称『子ドンキ』)」で何度も踊らせていただいていますし、全幕版ではメルセデスや若いロマの娘を踊った経験を活かせたらと思っています。
バレエ団の『ドン・キホーテ』初演の際、斎藤友佳理団長はワシーリエフ氏から「キトリには、ロマの血が通(かよ)っていないといけない。だから若いロマの娘の踊りも表現できるようになってほしい」と言われたと聞いています。
伝田 キトリはいわゆる「チャキチャキ系」なキャラクターですけれど、メルセデスや若いロマの娘には、グーッ、と粘るような動きや伸びのあるポーズが含まれています。キトリのチャキチャキな踊りの中に、粘りや伸びといったロマの血のエッセンスを入れられたら。いままでやってきた経験が、より意味のあるものになりますね。

全幕版「ドン・キホーテ」メルセデス ©Kiyonori Hasegawa

全幕版「ドン・キホーテ」若いロマの娘 ©Kiyonori Hasegawa

今日のリハーサル(※編集部注:取材は2025年11月初旬)では、一つひとつの振りを、細かく繰り返して確認していましたね。
伝田 今回、いくつかの振付が改訂されました。ワシーリエフさんから送られてきた動画を、みんなで何度も観つつ、新しい振りだけでなく、細かなニュアンスも逐一チェックしながらリハーサルを進めていきました。
改訂振付の見どころは?
伝田 ひと言でいうとダイナミックです。トリッキーなリフトや超絶技巧のテクニックなどが加わりました。今回は主役のペアが6組いるのですが、新たな技にチャレンジしているなど、見どころがそれぞれ違います。ぜひ何度も足を運んでいただきたいです。
キトリを演じるうえで新たに挑戦したいことや、難しいと思うところは?
伝田 今まで強いキャラクターの役を演じることが多かったので、キトリもきっと強い女性になるかな、と想像はついているのですが、そこで強くなりすぎず、キトリの女の子らしさや可愛いところを表現したい。乞うご期待!です。テクニック面は、何回も何回も練習しないと不安だし、踊っているあいだも心臓はバクバクです。個人的には回転よりもジャンプが得意だと思っているのですが、キトリの振りには回転がたくさん出てくるので、頑張らないと!
ワシーリエフ版『ドン・キホーテ』で伝田さんが好きな場面はどこですか?
伝田 第1幕のセギディリヤの群舞は、本当に素晴らしいです。勢い、揃い具合、そしてパッション。大好きで舞台袖からいつも観ています。今回で言えば、グラン・パ・ド・ドゥも。改訂版の振りをぜひ観ていただきたいと思います。

「子どものためのバレエ「ドン・キホーテの夢」」キトリ ©Shoko Matsuhashi

どの公演でも、伝田さんのお芝居の力や舞台上での存在感には目を奪われます。バレエ作品で役を演じる秘訣を教えてください。
伝田 秘訣というものはなく、一つひとつ経験を積んでいくしかないのだと思います。私が初めて演技力を必要とする役に挑戦したのは、「子どものためのバレエ『ねむれる森の美女』(通称『子ねむり』)」のカラボスでした。それまでは舞台の周りで演技をしているような役で舞台に立つことがほとんどだったので、本当に苦労しましたね。当時の私は、思い切って表現することを恥ずかしいと感じていたんです。
恥ずかしい気持ちを乗り越えたきっかけは?
伝田 ある日お稽古場で、「それじゃカラボスには見えない」と言われたのが悔しくて、半ばやけくそで、思いっきり演じてみたところ、「いい演技だ」と褒めていただけた。それで何かが吹っ切れました。舞台上で演じてみると、お客様の反応が返って来る。さらに楽しくなって、いまに至ります。

「子どものためのバレエ「ねむれる森の美女」」カラボス ©Kiyonori Hasegawa

東京バレエ団の舞台は、主役はもちろん、舞台の端や奥にいる名前のない役のダンサーも、一人ひとりが個性的で生き生きしているなと感じます。
伝田 それは、東京バレエ団のダンサーたちが、舞台上で役として生きることを大事にしているからです。舞台上にいる時は、たとえ立ち役でも、椅子に座って主役のグラン・パ・ド・ドゥを見守っている瞬間でも、絶えず動いています。だって現実の人間だったら、カチコチに固まったまま動かない、なんてことないですよね? 今こうしてお話していても、うなずいたり、身を乗り出したりする。そういう動きが自然な演技になるんです。
この前『ラ・シルフィード』でエフィーの友人役を演じた時に、こういった周りにいる役を演じる時こそ、いろいろな演技を試せるチャンスだな、と感じました。お客様の視線がジェームズやエフィーに集まっている時に、奥のほうで色々と新しい演技にチャレンジしてみるんです。もちろん舞台を壊さない程度に(笑)。友人役のダンサー同士でお芝居を膨らませてみたりするともっと面白いし、演技のレパートリーも広がります。私はみんなの視線が別のところにある間、役としてなにをしていたら面白いか、自分自身が楽しいかを考えて、実践するのが好きなんです。でも『ドン・キホーテ』では自分が真ん中に立つ立場だから……少し我慢が必要ですね(笑)。
伝田さんが演じていていちばん気持ちが高まるのは、喜怒哀楽でいうとどれですか。
伝田 まずは「哀」ですね。でも悲しい演技ってすごく難しいんですよ。『ロミオとジュリエット』でキャピレット夫人を演じた時には、死んでしまったティボルトにすがりつき、客席に向かって大泣きする場面で、友佳理さんから注意を受けました。全身で泣く演技って、感情を前面に出せるぶん、場面が終わるとスッキリした気持ちになるんです。思い切り演じてスッキリして戻ると、友佳理さんが「自分に酔ってはいけない」と。確かに、演じる側が自己陶酔していたら、客席はしらけてしまいますよね。「いつも胸の中にもうひとりの自分を置いて、演じている自分を冷静に見つめていられるようにね」と教えていただきました。
もうひとつは「怒」ですね。例えば『ラ・バヤデール』のガムザッティ。怒りを表現する時って、気持ちだけでなく身体じゅうがカーッと熱くなります。ニキヤとのキャットファイトでは溜まった怒りが一気に爆発。怒りのパワーで体も感情もフルチャージされます。婚礼の前の場面などは、幸せいっぱいの喜び、こちらを向いてくれないソロルへの不安な思い、そして「それでも結婚するのは私だから!」という強さ……彼女は情緒が安定しないから忙しい(笑)。ソロルとガムザッティがそれぞれの輪のなかにじっと立っている場面では、流れている音楽が本当にきれいで。音楽を聞きながらソロルの背中を見つめていると、いつの間にか笑顔が消えて、とても悲しくなってしまいます。

©Ballet Channel

伝田さんが、演技巧者だと思うダンサーを1人挙げてください。
伝田 マリーヤ・アレクサンドロワです。東京バレエ団が第15回世界バレエフェスティバルの全幕特別プロで『ドン・キホーテ』をやった時、ゲストダンサーでキトリを踊ったのが彼女でした。私はメルセデスを演じていて、アレクサンドロワとパートナーのウラディスラフ・ラントラートフの演技を、すぐそばで感じることができました。バレエを観ながら笑うことってあまりないけれど、キトリとバジルのやり取りにはつい声を出して笑ってしまいそうになりました。お二人ともコミカルな部分は思い切り演じてこれがまた面白いのですが、その反面、舞台にいる姿はとても自然。みんなと毎日のように騒いでいるようすが目に浮かんでくるんです。例えば、バジルがキトリの脚を何度か掴もうとするところは、二人の毎日のお約束の遊びを本気で楽しんでいるみたい。バジルの前から脚をスッと引いて、「はい、残念! 今回も私の勝ちね。これで100勝0敗!」「今日も掴めなかった!」そんな会話が聞こえてくるようで、本当に魅力的なキトリでした。
あらためて、ダンサーとしていままでに紆余曲折あったと思います。いままでに、バレエを辞めてしまおうと思ったことはありますか?
伝田 バレエ団に入って1年目に思いましたよ。
それはなぜですか?
伝田 私、入団当初は本当にポンコツだったんです。入団してから初舞台に立つまでに、約1年かかりました。私ができなさ過ぎたから準団員の子に追い抜かれたこともありました。できないのは自分の責任だけれど、やっぱり悔しかったですね。
バレエを辞めることをとどまった理由は?
伝田 「もう辞めてやる!」って決断する勇気すら出せない、それくらいポンコツだったんですよ。だけど、いま考えてみれば、それでバレエ団に留まることができたのかもしれません。ある時、「ここで辞めたら自分に負ける」と、気持ちを強く持とうと決めました。それからはどんな役でも絶対に爪跡を残そうっていう気持ちで、舞台に立ち続けました。立ち役でも、踊らない貴族の役でも、おばあさんの役でも、とにかく一生懸命やりました。
立ち役や、脇のキャラクターを演じる時、演技指導を受ける機会はあるのですか?
伝田 まずは振付や段取りのとおりに動きます。けれど、役としてその場にい続けると、自分のやりたいことがだんだん見えてきて。ちょっとだけ試してみるようになりました。やがて先生から「その動き、良かったよ」とか「それはやってはダメ。やるならばこういう感じではどう?」と指導していただける機会も増えていきましたね。
バレエを続けてきて、いままでで一番嬉しかったことは?
伝田 やりたかった役ができた時です。かなり前のことですけれど、「ベジャールの『くるみ割り人形』」の最初のダンスレッスンのシーンが大好きで、絶対に踊りたい!と思っていました。入団して最初の公演では叶いませんでしたが、2回目の時には役をもらえて。あの場面で舞台に立った瞬間は本当に嬉しかった!
東京バレエ団はクラシック・バレエだけでなく、現代振付家による舞踊作品をレパートリーに持っています。それらの作品の魅力はどこだと思いますか?
伝田 クラシック・バレエは型のある美しさ。現代振付家による作品ではそこからちょっとだけはみ出すことができるのが魅力であり、私がいちばん楽しいと感じるところです。今回、クラシック・バレエの舞台を楽しんでいただけたら、次はぜひそういった作品も観に来ていただきたいですね。

©Ballet Channel

いくつか小さな質問を。落ち込んだ時は自分で乗り越えるほうですか? 誰かに相談するほうですか?
伝田 信頼できる仲間や、小学校時代からの同級生に話します。
小学校からの幼なじみがいるんですね!
伝田 私がバレエ団に入ってから、本当に偶然の再会をして、そこから全公演を観に来てくれています。私の出ている回だけでなく、何度も足を運んでくれるようになって。いまではすっかりバレエファンです。
イライラした時の気分転換方法は?
伝田 その時にいちばん食べたいものを食べて、銭湯に行きます。
最後に、舞台を楽しみにしている読者にひと言お願いします。
伝田 東京バレエ団に所属して初めての全幕主演です。ぜひ観にいらしてください!

©Ballet Channel

公演情報

東京バレエ団
「ドン・キホーテ」

振付:ウラジーミル・ワシーリエフ(マリウス・プティパ/アレクサンドル・ゴールスキーによる)
音楽:レオン・ミンクス
美術:ヴィクトル・ヴォリスキー
衣裳:ラファイル・ヴォリスキー

演奏:東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団

【日時】
2025年11月18日(火)~11月24日(月祝)

【会場】
東京文化会館 大ホール

【詳細】
公演情報は こちら

この記事を書いた人 このライターの記事一覧

NEWS

NEWS

最新記事一覧へ