Videographer:Kenji Hirano
2020年9月26・27日、東京バレエ団『ドン・キホーテ』が上演される。
同バレエ団が全幕作品を上演するのはじつに半年ぶり。
全国的にみても、コロナによる自粛が始まって以来、“オーケストラ付き全幕バレエ”はずっと中止が続いてきた。
だから今回の上演は、私たちバレエファンにとっても、ずっと待望してきた劇場での全幕バレエ再開の瞬間と言える。
開幕を目前に控えた9月18日、東京バレエ団のスタジオで行われていたリハーサルを取材。
ダンサーたちの圧倒的な熱量、マスクを着けていても伝わってくる生き生きした表情……!
上記の動画と併せて、下記ダンサーたちのコメントもぜひお楽しみください。
リハーサル&ダンサー写真:Ballet Channel
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秋山瑛[9/26 昼 キトリ|9/27 キューピッド]
キトリ役は、子ども向けバレエ『ドン・キホーテの夢』では踊らせていただいたことがありますが、本公演で演じるのは今回が初めてです。この8月から9月にかけては、「コレオグラフィック・プロジェクト」、子どものためのバレエ『ねむれる森の美女』と公演が続き、『M』のリハーサルもしていたので、『ドン・キホーテ』は本当に練習時間が取れなくて。しかも怪我で降板された川島麻実子さんの代役として任された主演でもあるので、「私に務まるかな……」と、不安になったことも正直ありました。
でも、私は子どもの頃からずっと、斎藤友佳理芸術監督が踊る『ドン・キホーテ』のDVDを観ていたんです。だからいま、斎藤監督みずからリハーサルを指導してくださっているのが、本当にありがたいです。監督が少しやって見せてくださるだけで、踊りや演技のイメージが明確に伝わってくるので。そしてバジル役の秋元康臣さんにも、すごく助けられています。パートナーを組むのは初めてですが、とにかく踊りやすくて、難しいリフトやダイブの場面でも安心感があって。『ドン・キホーテ』は他のクラシック作品よりも演技の自由度が高いので、あまり事前に決め込まずに、自分たちの物語をふたりで作っていけたらと思っています。
キトリは演じる人によって雰囲気が大きく変わる役ですが、私はとにかく、バジルのことが大好きな女の子でいたい。喧嘩するのも意地を張るのも相手のことが好きだから、というのがお客様に見えるように演じたいと思っています。コロナの影響でしばらく上演できなかったけれど、やっぱり全幕バレエはすごく楽しいです。舞台上の仲間たちと視線を交わしたり対話したりしながら、一緒に物語を紡いでいくことの幸せを感じています。
秋元康臣[9/26 昼 バジル|9/26 夜 エスパーダ]
『ドン・キホーテ』は大好きな作品です。情熱的で、ユーモアもあって、踊っていてとにかく楽しい。女性たちの美しいコール・ド・バレエ、闘牛士やジプシーのような男性たちの勇壮な踊り、個性的な登場人物たち……全2幕の中に、バレエの魅力が盛りだくさんに詰まった作品だと思います。個人的にとくに好きなのは、芝居的な要素が強い第1幕です。相手の表情とかタイミングがちょっと違うだけで演技が大きく変わってくるので、いつも掛け合いを楽しみながら演じています。
キトリ役の秋山さんとパートナーを組むのは今回が初めて。これは実際に組まずとも踊りを見るだけでわかっていたことですが、彼女は軸がしっかりしていて、何をやっても全然ぶれません。小柄というのもありますが、それ以上に技術が確かなので、サポートするにもすごく軽い。とても踊りやすい相手ですね。
いま、誰もがコロナの影響を受けている状況の中で、僕たちのバレエ団は恵まれているほうだと思います。それでもダンサーとしては、踊れない日々が続いた時期はやはり苦しくて、精神的にも落ち込み、体も不健康になっていくような気がしました。だから今はとにかく嬉しくて、つい、気持ちばかりがどんどん先走ってしまいます。一気に全力を出して動きたくなってしまうけれど、そこはきちんとコントロールして、本番の舞台で、みなさまに最高のパフォーマンスをお見せできるようにしなくてはと思っています。
今回は久しぶりの全幕バレエです。観に来てくださった方が少しでも笑顔を取り戻せるようなひとときになるよう、僕らは全力で踊ります。
柄本 弾[9/26 夜 バジル|9/27 エスパーダ]
僕は今回、バジル(26日夜)とエスパーダ(27日)の両役を踊らせていただきます。ふたりともスペイン男ですけど、端的に言えば違いは“三枚目”か“二枚目”か、というところ。バジルは、踊りはクラシック・バレエのテクニックをきちんとお見せするものですが、演技の部分では女性に対してちょっとふざけてみたり、お客様をクスッと笑わせるような小芝居をしたりと、街の人気者的なポジションですよね。いっぽうエスパーダはみんなの憧れのスーパースター。もう、一瞬たりともカッコ悪いところを見せてはいけないし、登場シーンで思わず拍手が沸き起こるような、ずば抜けた存在感を出さなくてはいけません。バジルとエスパーダ、それぞれの個性をしっかり強調して、両役の差を極力大きく演じ分けるようにしたいなと思っています。
ちなみに踊りのスタイルという面で言うと、エスパーダはとても独特です。例えばピルエット。通常は片脚をルティレのポジションまで高く引き上げて回るのですが、エスパーダは極力低い位置にして回ります。立つ時のポジションも、クラシック作品での基本は5番ポジションですが、エスパーダはどちらかというと6番に近い。そしてエスパーダは、何と言ってもウエストをギュッとツイストする上体の使い方が特徴的。闘牛士たちとマントを大きく翻して踊る場面でも、マントを回すというよりも、上体で空間に大きな円を描くように体を使うことが大事なんです。
沖香菜子[9/27 キトリ]
©︎NBS
東京バレエ団が全幕バレエを上演するのは、3月の『ラ・シルフィード』以来半年ぶりです。こんなにも間が空いたのは、入団して役をいただくようになってからは初めてのこと。正直、少し怖い気持ちもありますが、それ以上に舞台に立てる喜びを心の底から感じています。本番はとにかく舞台を楽しんで踊って、観に来てくださる方に心から笑って、喜んでいただきたい。それが今のいちばんの望みです。
キトリというキャラクター、私は自分が踊るまでは、何となく“姉御肌な女性”というイメージを持っていたんです。でも実際に演じてみると、自分からは姉御肌的なものは一切出てこないとわかりました(笑)。私のキトリは、ありのままの私に近いところがあります。いたずらしたり拗ねてみたり、ちょっとおてんばな女の子。そしてそんな演技を振付のウラジーミル・ワシーリエフさんも気に入ってくださっているので、今回も舞台の上で感じるままに、自然な気持ちで踊りたいですね。そしてこの物語にたくさん散りばめられたロマンスの要素も、今回は大事にしたい。そういう場面では、少し甘い空気を感じていただけるように演じたいと思っています。
この作品は隅から隅まで大好きですけれど、やっぱり第1幕の広場の場面はすごく楽しいです。いろんなキャラクターが出てきて、セギディリアも闘牛士たちも、みんながそれぞれにおもしろい芝居をしていて。本当にどこを見たらいいかわからないくらい、全員が役を楽しんでいるんですよ。観客のみなさんにもぜひ注目していただきたいところです。
この記事でリハーサルの様子をご覧いただいた通り、私たちは全員ずっとマスクをしたまま練習をしています。舞台リハーサルでようやくマスクを取れるかな? というところで、もしかすると本番まで無理かもしれません。でも、そうして本番もしくはその直前にマスクを取った時、初めてパートナーの宮川新大くんの顔をちゃんと見ることができます。それがとても楽しみでもありますし、その時に生まれる感情を大切に、新鮮な気持ちで演じたいと思っています。
宮川新大[9/27 バジル|9/26 昼 エスパーダ]
今日の通し稽古で、久しぶりに「ああ、バレエを踊ったな!」という気がしました。やっぱり、全幕バレエを踊るのは3月の『ラ・シルフィード』以来なので。どうしても少しペース配分の感覚を忘れていて、通常なら疲れないはずのところで疲れてしまったりしますけど、でも本番に向けて調子が戻ってきているという手応えも感じています。
今回はバジル役とエスパーダ役の両方を踊らせていただきます。どちらの役にも“色気”が必要ですが、バジルは言うなれば庶民の色気。それに対してエスパーダには、彫刻のようにスマートな色気が必要です。またバジルは常に跳んだり回ったりしている上昇的な踊りだけど、エスパーダはどちらかというと下に、下に、と重みのある動き。体に絞りを利かせて踊るので腰にも負担がきやすいですし、僕にとってはエスパーダのほうが難しいですね。
踊っていて楽しいのは、やっぱり第1幕の広場の場面です。みんながいるから。クラシックの全幕作品って、舞台の真ん中で主役が踊り、周りの人はただ静かに座っている……ということが多いと思うのですが、『ドン・キホーテ』は全員でわいわい踊る。そういう部分がこの作品ならではの魅力だと思うし、とくに自粛で「人と一緒に何かをすること」ができなかった期間を経たいま、あらためて「みんなで踊るってやっぱりいいな」と感じているところです。
僕はやっぱり、お客様のいる劇場で踊るのが好きです。コロナのためにオンラインで活動をせざるを得ないこともあるけれど、お客様を目の前にした時にアドレナリンがドッと出る、あの感覚は格別です。それはダンサーやアーティストなら、みんな同じではないかなと思います。
久しぶりの全幕バレエ。何としても良い舞台にしたいと思うからこそ、まだ自分を信じきれなくて不安になることもありますが、お客様に心ゆくまで楽しんでいただけるようベストを尽くします。
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【Interview】斎藤友佳理 芸術監督
- 今日は秋山さん・秋元さん組の抜き稽古と、沖さん・宮川さん組の通し稽古を取材させていただきました。驚いたのですが、主役やソリスト役はもちろん、闘牛士やジプシーなど男性の役も、舞台の周りで細かいお芝居をしている役も、本当にすべての役を斎藤監督ご自身が指導しているのですね。
- 斎藤 ええ、そうなんです。毎日朝11時45分からこの時間まで(編集部注:この日のリハーサルは夕方6時頃まで続いた)ぶっ通しですから、疲労はしています。でも私自身、この『ドン・キホーテ』のようにキャラクター要素が豊富な作品が大好きなんですよ。純クラシックのアカデミックな作品よりも好きかもしれません。プティパの作品にはキャラクターの要素がとてもたくさん含まれています。例えば『ドン・キホーテ』ならばスペイン、というように。私はロシアでバレエ教師の国家資格を取得するために、クラシックと同じようにキャラクターも5年間勉強しました。
- 闘牛士たちのマントさばきまで、細かく指導されていましたね。
- 斎藤 ワシーリエフさんが、この作品のキャラクターからコール・ド・バレエからすべての役の指導を私に任せてくださったときに、一年かけて隅から隅まで勉強したんです。でも、トレアドール(闘牛士)のマントさばきだけはどうしても自信がもてなかった。だって、女性ダンサーは普通マントを使って踊ったりはしないですから。それでマントさばきを身につけるために、“マントの達人”と言われているユーリ・ポプコさんにみっちり指導していただきました。さらにスペインの闘牛場にも行って、歴史や衣裳も見て回って。そうして自分の中の引き出しを豊かなものにしておくことが、作品を教える助けになります。だからこの『ドン・キホーテ』に関しては、女性・男性も、コール・ド、プリンシパルも、全部私自身が指導に当たっています。
- それだけ細やかにご指導されているだけあって、東京バレエ団の『ドン・キホーテ』は本当に目が忙しいと思うくらい隅々まで楽しいですね。
- 斎藤 ありがとうございます。もちろんバージョンによって何に重きを置くかはそれぞれで、例えばパリ・オペラ座バレエが上演するヌレエフ版などは、観客が踊りだけに集中できるように作られていたりしますよね。でも、ワシーリエフ版の『ドン・キホーテ』は、どこを見ても“生きて”いなくてはいけません。ワシーリエフさんの望みは、ただ歩いている人も子どもたちも、みんなが生き生きとしていること。その活気みたいなものがワシーリエフ版のいちばんの特徴ですし、だからこそ東京バレエ団に合っていると思っています。
- 今回は、バジル役を演じる3人のダンサー(秋元康臣さん、柄本弾さん、宮川新大さん)が、みんな別の回ではエスパーダも踊るという配役がとてもおもしろいですね。
- 斎藤 私自身が初演でキトリを踊った時、初日はキトリを踊り、2日目は若いジプシーの娘を踊り、最後にもう一度キトリを踊ったんです。それはワシーリエフが求めたことでした。「僕の求めるキトリには、ロマの血が通っていなくてはいけない。だからジプシーの娘の踊りを表現できるようになってほしい」と。それと同じようにバジルについても、「バジルはただの床屋の息子じゃダメなんだ。バジルを踊りたかったら、花形闘牛士であるエスパーダが持つ強さや勇敢さが内になければいけない」と言っています。それで今回は、このような配役にしました。
若いジプシーの娘(伝田陽美)
- 今日のリハーサルを拝見して、いまのこの時期に『ドン・キホーテ』ほどふさわしい作品はないのではないか、と感じました。エネルギーに満ちていて、誰もが幸せな気持ちになれて、「やっぱりバレエっていいな、生の舞台はいいな」と思わせてくれました。
- 斎藤 コロナによる自粛期間が明けてから、私たちは「コレオグラフィック・プロジェクト」と子どものためのバレエ『ねむれる森の美女』と連続して上演し、そこから全速力で『ドン・キホーテ』のリハーサルをやってきました。ダンサーたちはもうみんな疲れ切っていると思います。それでも、やはり彼ら・彼女らは、踊っている時がいちばん輝いているんです。みんなを見ていると、何があっても舞台に出してあげたい!! と思えてくる。そのためなら私自身がどんなに疲れていても、自然とリハーサルをしている中でエネルギーが湧いてくるんです。
ダンサーには、「今この年代でこの作品を踊るべき」というものがあります。いま踊るべき作品を、いま踊ることで成長していくんですね。つまり半年間公演ができなかったというのは、ダンサーにとって本当に大切な半年間が奪われてしまったということ。その半年間は、もう戻ってこないんです。だからそのぶんを少しでも取り返せるよう、毎日1回1回のリハーサルで何かを得てほしい。そう思うと私も指導していくうちについ熱が入ってしまうのですが、実際みんなどんどん良いほうに変わってきていることを嬉しく感じています。
今回の舞台では、もう良く踊れようが踊れまいが構わないと私は思っています。ここまでみんなで一生懸命心を合わせてやってきたのだから、たとえ何か思い通りにいかないことがあったとしても悔いはない。そう思えるくらい、全員が本当に頑張ってくれています。それはきっと、本番の舞台でみなさまにも感じていただけることと思います。
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公演情報
東京バレエ団「ドン・キホーテ」全2幕