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”面白い”と“深い”を両立させる振付家、アレクサンダー・エクマン特別インタビュー〜ネザーランド・ダンス・シアター(NDT 2)来日公演特集②

阿部さや子 Sayako ABE

FIT by Alexander Ekman ©Rahi Rezvani

オランダのハーグを拠点とする世界有数のコンテンポラリーダンス・カンパニー、ネザーランド・ダンス・シアター(NDT)。多様なジャンルのアーティストや振付家とのコラボレーションを通じて、ダンス表現の可能性を切り拓き、世界の舞台芸術の最前線を牽引し続けている。

NDTは、2340歳前後の経験豊富なダンサーたちから成るNDT 1と、1823歳の若き精鋭ダンサーたちが所属するNDT 2の、2つのカンパニーで構成されている。2019年、2024年にはNDT 1が来日。そして2025年11月、NDT 2が約20年ぶりとなる日本公演を行う。

上演されるのは、マルコス・モラウ振付『Folkå』、ボティス・セヴァ振付『Watch Ur Mouth』 、アレクサンダー・エクマン振付『FIT』の3作品。この中から今回は、元NDT 2のダンサーで、現在は世界各地のバレエ団やダンスフェスティバル等から引く手数多の振付家、アレクサンダー・エクマンの特別インタビューをお届けする。聞き手は、本公演の統括プロデューサーを務める唐津絵理さん(愛知県芸術劇場 芸術監督/DaBYアーティスティックディレクター)です。

アレクサンダー・エクマン Alexander Ekman
1984年スウェーデン生まれ。スウェーデン王立バレエ、クルベリ・バレエ、NDT 2でダンサーとしてキャリアを積んだ後、振付に専念。NDTで多くの作品を制作するほか、クルベリ・バレエ、ヨーテボリ・バレエ、スウェーデン王立バレエ、ノルウェー国立バレエ等、世界中のカンパニーと協働している。©Rahi Rezvani

唐津 ダンスとの出会いや、ここまでのキャリアについて教えてください。

エクマン 私は、生まれた時からずっとダンサーだったと思います。幸い、天賦の才能にも恵まれました。父は私が音楽家になることを望み、ダンサーになってほしいと願っていた母と時々議論になっていましたが、私が選んだのはダンスでした。いずれにせよ、両親ともに文化的な関心が高く、ごく早い段階で私の才能を見抜き、応援してくれたのは幸運でした。この世界は、親のサポートが無ければ難しい面がありますからね。
スウェーデン王立バレエ学校で学び、スウェーデン王立バレエで1年間踊ったのちにNDT 2に入団しましたが、私のダンサーとしてのキャリアは短期間で終わりました。理由は、舞台に立つことを楽しめなくなったからです。ある時期からステージ恐怖症のような状態に陥り、頭で考えすぎるようになって、舞台を楽しむ気持ちが失せてしまいました。そこで試しに始めたのが振付で、22歳くらいの時に初めて小さな作品を作ったところ、観客からとても良い反応が返ってきたのです。その時から、私は作品と観客との“関係性”に夢中になりました。以来ずっと作品を作り続けてきて、現在に至ります。

唐津 NDT 2時代を振り返って思うことは?

エクマン NDT 2とは本当に特別な集団だ、ということです。若かりし頃NDT 2に選ばれたことが、自分にとってどれほど重要なことだったか。私は17歳でオーディションを受けたのですが、あの時は確か3人ほどの採用枠に対して、500~600人が集まっていたと思います。そうして選び抜かれた才能あふれるダンサーたち、その集団の一員になれたこと——あの瞬間がなかったら、私はここにいなかったかもしれません。
NDT 2での日々は、これまでの人生で最高の時期のひとつでした。しかし当時の自分は若すぎて、充分に味わいきれなかったのが心残りです。現在の心と頭で戻れたら、もっと堪能し尽くせたのに。

唐津 NDT 2時代、あなたに影響を与えた人物はいましたか?

エクマン もちろんです。17歳の若さで入団した私は、スポンジのように何でも吸収しました。イリ・キリアンはもちろん、オハッド・ナハリン、マッツ・エック……彼らは私に計り知れない影響を与えました。彼らがどうやって作品を作り、構成していくのかを、間近で学ぶことができたわけですからね。私の初期の作品を見ると、彼らの作品から非常に強く影響を受けていたことがわかりますよ。いまは自分の世界観やスタイルを少しずつ見つけていますが、NDT 2はやはり私にとって特別な場所です。

唐津 現在のNDT 2の印象は?

エクマン 何といっても、ダンサー全員のレベルが非常に高い。良い素材が揃っていれば、シェフがそれほど手をかけなくても料理は美味しくなるわけですが、それと同じようなことがNDT 2では起こります。彼らと仕事をするのはいつも刺激的です。NDTは才能を見つけるのが本当に上手い。経験を重ねるほど、真の才能とはいかに希少なものかを痛感します。まさに金塊のようなものです。

唐津 今回の上演作品『FIT』について聞かせてください。

エクマン テーマは「フィットする」ということ。言語やパターンについての作品です。誰かに会った時、「ああ、私たちは分かり合える」と感じることがありますよね。それはなぜか? 私はそのことに興味があります。私たちは同じ考えを持つ人に出会うと安心感を覚えるいっぽうで、理解できない人や異なる文化を持つ人に接すると、非常に居心地の悪い状況に陥ることがある。それはある意味「調和を見つけること」とも言えるし、インテリアやデザインにおける「フィット」、つまり何が何に合うか、ということにも当てはめられるでしょう。この「何にフィットするのか? なぜフィットするのか?」というのは、大きなテーマだと思います。

唐津 コンテンポラリーダンスでは、ダンサーから動きをピックアップして、そのひとつのモチーフを核にして全体を構成していく手法がよく見られます。いっぽうエクマンさんの作品は、異なる要素をパズルのように組み合わせて、ひとつにまとめ上げていくような印象です。作品を作る時、あなたの頭の中では何が起き、どのように全体を構築しているのでしょう?

エクマン 私の頭の中で?……たくさんのことが起きていますよ(笑)。でも、すべてを説明できるわけではありません。自分で自分の作品を観ても、「これはどこから来たんだ?」と思うことがあるくらいですから。創作に入ったら、とにかく大量の決断を積み重ねる。それが私の仕事です。決まった規則はありません。ただ毎回、まだ誰も行ったことのない場所、新しい世界を作りたいと思っています。人間は、新しいものを「作れてしまう」。だからこそ、人に何を見せ、どう感じさせるのか——作品の作り手には大きな責任があるのです。

FIT by Alexander Ekman ©Rahi Rezvani

唐津 あなたの作品には、遊び心も感じられます。

エクマン 創作における最高の瞬間は、不意にやってきます。例えばスタジオの前に座って見ていたら、突然誰かが面白いことをしたとする。それをみんなでやってみる。さらに逆回しでもやってみる……と、そんなふうにして遊ぶんです。また、私は想像の世界でもよく遊んでいます。どこにいても、次に何が起きたら面白いかを思い描きます。ドアから誰が入ってきたら面白い? 窓の外で何が起きたら面白い? 天井から何が降ってきたら面白い? そんな遊びがじつに楽しいのです。

唐津 『FIT』では、観客の「参加」も重要ですね。

エクマン 観客を驚かせ、作品の一部に巻き込むのは単純に楽しいし、客席との壁を破る瞬間は美しい。ただ、扱いは繊細であるべきです。やり方を誤ると、怖がらせたり不安にさせたりしてしまいますからね。私の目標は、その場に強い存在感を生み出すこと。エンターテインメントとは、観客の心をつかんで離さないこと、彼らの集中力を持続させることだと解釈しています。2時間も観客の関心を引き続けるには、ずっと面白くなければならない。観客を巻き込むことは、そのための方法のひとつです。

唐津 通常は「振付家が作品を作り、観客はそれを観る」という一方向の関係ですが、あなたの作品はその関係を作り替えようとしていますね。

エクマン 私は退屈が嫌なんです。率直に言えば、ダンスは退屈になりやすい。観客の関心をつなぎ止める動きを紡ぐのは極めて難しいことで、それができる振付家を私は尊敬しています。
私は「ショーマン」です。もっと「ショー」を作りたい。若い頃にバレエだけでなくミュージカルも経験したので、私の中にはその両方の世界があります。だからいま、私はアートとエンターテインメントの中間的なものをやっているのだと思う。最近はブロードウェイ的なショーアップされた舞台と、オペラハウス的な高尚志向の舞台の両極が目立ちますが、私自身はその中間にいたいと思っています。「面白い」と「深い」は両立可能です。例えばバルセロナで『Hammer』を上演した時、ダンスそのものが好きな人々は絶賛し、“高尚で知的なダンス”界隈の人々は評価しなかった。私にとっては、それこそが最高の勲章です。人々がどう位置づければよいかわからないような作品を作ることが、私は大好きなんですよ。

唐津 あなたの作品から、観客に何を受け取ってほしいですか?

エクマン それぞれが、自分にとっての意味を見つけてくれたら嬉しいです。劇場の美しさとは、それぞれ違う人生を生きる人々が、そのひとときだけ同じページを共有することにあります。同じ体験をしても、その受け止め方は人によってまったく違う。それでいいのです。
そしてひとつだけ。どうか時間を守って来てください(笑)。以前、開演時間に遅れてくる人があまりに多くて驚いたことがあります。劇場の魔法を味わうには、観客の振る舞いも大切です。予備知識などは何も要りません。日々の悩みや抱えている問題は扉の外に置いて、席に着いて。そしてただ「今ここにいること」を楽しんでください。

公演情報

ネザーランド・ダンス・シアター(NDT 2)来日公演2025

【神奈川公演】
2025年
11月21日(金)19時開演
11月22日(土)14時開演
※上演時間:約130分
KAAT 神奈川芸術劇場〈ホール〉

【愛知公演】
11月24日(月・休)16時開演
※上演時間:約130分
愛知県芸術劇場 大ホール

【上演作品】
『Folkå』 by Marcos Morau マルコス・モラウ
『Watch Ur Mouth』 by Botis Seva ボティス・セヴァ
『FIT』 by Alexander Ekman アレクサンダー・エクマン

【プレ/ポストパフォーマンストーク】
11月21日(金)神奈川公演
●プレトーク
18:40〜18:55
〈登壇者〉
エミリー・モルナー(NDT芸術監督)
唐津絵理(愛知県芸術劇場芸術監督/DaBYアーティスティックディレクター)

11月22日(土)神奈川公演
●プレトーク
13:40〜13:55
〈登壇者〉
エミリー・モルナー
唐津絵理
●ポストパフォーマンストーク
16:10〜16:40頃(公演終演後)
〈登壇者〉
エミリー・モルナー
NDT 2ダンサー
唐津絵理

11月24日(月・休)愛知公演
●プレトーク
15:40〜15:55
〈登壇者〉
エミリー・モルナー
唐津絵理
●ポストパフォーマンストーク
18:10〜18:40頃(公演終演後)
エミリー・モルナー
NDT 2ダンサー
唐津絵理

【企画制作・招聘】
愛知県芸術劇場、Dance Base Yokohama

【協力】
オランダ王国大使館

【助成】
Performing Arts Fund NL

【詳細・問合せ】
公演特設WEBサイト

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