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【インタビュー】ネザーランド・ダンス・シアター(NDT)エミリー・モルナー芸術監督〜技術を磨くこと、自分で感じ考えること。その両輪がバレエには求められている

阿部さや子 Sayako ABE

2024年6月27日、日本ツアー開幕直前に行われた記者会見に臨むエミリー・モルナー芸術監督 ©️Ballet Channel

2024年6月30日(日)〜7月13日(土)に国内3都市で全5公演を行うネザーランド・ダンス・シアター(NDT)が来日。開幕直前の6月27日(木)、エミリー・モルナーNDT芸術監督、NDT1で活躍する日本人ダンサーの髙浦幸乃、本公演の統括プロデューサーである唐津絵理愛知県芸術劇場芸術監督/Dance Base Yokohamaアーティスティックディレクターによる記者会見が開催された。

記者会見のレポートはこちら

所属ダンサーのほとんどが「バレエ」においても高い技術レベルを持っているというNDT。同カンパニーで踊るダンサーには、なぜバレエが必要なのか? 求めているのはどういうダンサーか? そしてこれからのバレエ教育に求められることとは?――会見終了後、モルナー監督に単独インタビューを行った。

先ほどの記者会見では、モルナー監督の目指すNDTの方向性について興味深いお話をたくさん伺いました。より多様な振付家やクリエイターたちとの協働を目指すカンパニーとして、監督が求めるダンサー像を教えてください。つまり、どのようなダンサーを採用していきたいと考えていますか?
モルナー それは非常に大事な問題です。じつは就任してすぐに、オーディションの方法を変えたんですよ。ひとつには、オーディション期間を長くしました。というのも、まずは訓練された身体を持っていること、クラシック・バレエの技術の基盤がありつつコンテンポラリーな動きもできることがもちろん重要ですが、身体面だけでなく、精神面もしっかり見ることが必要だと考えたからです。自分をきちんとさらけ出すことができるか。他者と一緒に作品を作っていくことに興味を持ち、集団の一員として取り組んでいく意欲があるか。そして一生懸命働く意思のある人か。才能とは何かと考えた時に、身体性のようなものはその一つでしかないと私は思います。アーティストとしてのモチベーション、つまり「自分はなぜ踊るのか」ということ――NDTで私たちが目指していることを実現するには、「良いダンサー」であるだけでは不充分で、「良いアーティスト」である必要があります。
「良いアーティスト」であるかどうかを見抜くために、具体的にはどのような審査を行うのですか?
モルナー NDT2のオーディションの場合についてお話しすると、まず応募の段階でビデオと志望動機を提出してもらいます。約700人の応募があるのですが、まずはビデオでクラシックのクラスと、レパートリーを2作品程度、そして即興を見せてもらいます。審査にあたるのはクリエイティブスタッフや髙浦幸乃のようなベテランダンサーを含めた10名程度。このビデオ審査で150人くらいまで絞ります。そして2次審査。世界中からダンサーたちに集まってきてもらうわけですが、以前はバレエのバー・レッスンを行い、それで求める基準に達していない人をどんどん切っていくというやり方をしていたんですね。でも私たちは舞台でバー・レッスンを見せるわけではありません。つまりその審査方法では、ダンサーたちが「踊る」姿を一度も見ないまま、どんどん切ってしまっていることになる。それはどうかと思い、オーディション方法を変えることにしたわけです。現在は2日間かけてオーディションを行い、1日目にはレパートリーをひとつ、2日目にもレパートリーひとつと、コンビネーションを作ったりコンポジションを少しやってみてもらったりして、その人がどんな人柄で、どのようにダンスや創作に取り組む人かを見るようにしています。

©️Ballet Channel

これは愚問かもしれませんが、あらためて聞かせてください。舞台でバーを見せることはないというのは確かにその通りで、もっと言えば、NDTはクラシック・バレエの作品を上演するカンパニーでもありません。それでもダンサーたちにクラシック・バレエの素養を求めるのはなぜでしょうか?
モルナー 少しも愚問ではありませんよ、重要な視点だと思います。クラシック・バレエが必要なのは、身体をより伸展させるとか、高さを出すとか、手先や足先などの繊細な部分まで細かく使うということが、私たちの作品には求められるからです。これらは絶対的にクラシック・バレエの訓練で培われるもの。バレエそのものを上演するわけでなくても、技術トレーニングとしてのバレエがなかったら、作品の見え方がまったく変わると思います。例えばオハッド・ナハリンは「ガガ」という独自の技術体系を構築していますが、彼に以前「ガガの訓練しか受けたことのないダンサーというのもあり得ますか?」と聞いてみたら、「あり得ない」と。やはりバレエなど他の技術体系がまずあって、その上にガガは成り立つものだと話していました。NDTもそれと同じです。私たちのDNAの中にはバレエがあり、それがあらゆる動きに対して影響を持っているということです。

ただ、バレエについては「教え方」という問題があるかもしれません。時にバレエは「ムーヴメント(動き)」ではなく「ポジション(形)の連続」として教えられてしまうことがありますが、本来、形とは動きの中から出てくるもの。バレエをムーヴメントとしてしっかり教えたならば、可能性はもっと広がると思います。また、形を強制するような教え方をしてしまうと、ダンサーの思考が死んでしまいます。それが嫌になってバレエから遠ざかるダンサーも少なくないと思います。

いまのお話はまさに、これまでバレエスクールで学ぶ子どもたちを取材する中で感じてきたことです。バレエにはやはり「正しい基礎」というものがあり、それを正確に身につけようと真摯に頑張れば頑張るほど、「自由」とか「創造性」のようなものとは逆の方向に向かいがちな気がします。
モルナー バレエには長く厳しい鍛錬が必要なうえに狭き門で、良いバレエダンサーになるのは非常に大変なことですよね。それでもいまバレエを学んでいる世代は、「自分だけの創造性を失いたくない」という気持ちをより強く持つようになっていると思います。そういう世代に、バレエをどう手渡していくのか。いまあなたがおっしゃった問題は、バレエが主に技術体系として教えられていて、自己表現の手段として伝えられていないことにあるのではないでしょうか。そこに疑問を持ったダンサーたちがバレエから離れてコンテンポラリーダンスを志向するケースが多いわけですけれど、私はそういう人たちにも、「これまで受けてきたバレエの訓練は切り捨てないで。むしろバレエで培ったものもぜひ一緒に持ってきてほしい」と伝えているんです。重要なのは、バレエを基盤に持つ振付家やダンサーたちが、クラシック・バレエで鍛えられた技術や身体を使って、今日的な問題を扱っていくことです。そのためにも、教育の現場ではバレエを単なるステップの連続として教えるのではなく、本来そこにあるはずの自由や感情を伝えていくことが、まさにいま求められているのではないでしょうか。
モルナー監督自身もクラシック・バレエ出身ですが、どのタイミングでバレエの「正しさ」を突き詰めるという枠から飛び出し、自由でクリエイティブな考え方ができるようになったのでしょうか?
モルナー 私は16歳でバレエ団に入団しました。当時のプリンシパルたちはみなさん本当に素晴らしいダンサーでしたが、なかには40歳くらいなのに、まるで16歳のように振る舞う人もいて。そうした様子を見るうちに、バレエにおける内面の成熟という問題を意識するようになりました。

私自身もかつて経験したことですが、ある役を踊る時に、それを以前演じたダンサーのパフォーマンスに倣って「あなたもこう踊りなさい」と言われてしまう。それはそれで大切なことですが、いっぽうで必ず「あなたはどうする?」と問うことも忘れてはいけないと思います。技術を磨くことと、自ら感じ、考えること。その両輪を育んでいくための変革が、バレエの世界には求められているように思います。

教育に関連して、次世代の観客を育てるために何か行っていることはありますか? いわゆる「スマホ世代」で、TikTokなど十秒単位の時間軸に親しんでいる子どもたちにとって、劇場の椅子に2〜3時間じっと座って舞台を観続けることが難しくなっているとも聞きます。
モルナー まさに、NDTでも若い観客を育てるための取り組みを行っています。例えば3本立ての公演をするとしたら、そのうちの1本だけを観てもらう機会を作ったり、作品を観たあとに、それを踊っていたダンサーたちに会ってもらったり。あるいは子どもたちにスタジオに来てもらい、自分が観たダンスを踊ってみたり、それを元にして新たなダンスを作ってみたり、といった経験を楽しんでもらうこともあります。もちろん、私たちのほうから学校に出向いて出前授業を行うことも。様々な側面からダンスを体験してもらうことが、未来の観客を育てることにつながると考えています。

あと、それに関連してひとつだけ。私たちの稽古場では、スマホは禁止です。もちろん休憩時間には自由に見ていいのですが、何かクリエイティブなことをしようとしている時には、スマホは絶対じゃまになりますから。

公演情報

【日程・会場】
●群馬公演 ※公演終了

2024年6月30日(日)16時
高崎芸術劇場 大劇場(群馬県高崎市)

●神奈川公演 ※公演終了
2024年7月5日(金)19時
2024年7月6日(土)14時
神奈川県民ホール 大ホール(神奈川県横浜市)

●愛知公演
2024年7月12日(金)19時
2024年7月13日(土)14時
愛知県芸術劇場 大ホール(愛知県名古屋市)
★劇場と子ども7万人プロジェクト(小・中・高校生招待)対象公演
*12日のみ残僅
詳細・申込はこちら

【上演プログラム】
※各公演3作品を組み合わせて上演
Jakie ジャキー by Sharon Eyal & Gai Behar シャロン・エイアール & ガイ・ベハール
One Flat Thing, reproduced ワン フラット シング, リプロデュースト by William Forsythe ウィリアム・フォーサイス
Solo Echo ソロ・エコー by Crystal Pite クリスタル・パイト
La Ruta ラ・ルータ by Gabriela Carrizo ガブリエラ・カリーソ(Peeping Tom ピーピング・トム)
I love you, ghosts  アイラブユー, ゴースト by Marco Goecke マルコ・ゲッケ

企画制作・招聘:愛知県芸術劇場、Dance Base Yokohama
協力:オランダ王国大使館

【詳細】
公演特設サイト

【主催・制作・問合せ】
●群馬公演
主催・問合せ:高崎芸術劇場[公益財団法人 高崎財団] チケットセンター
TEL 027-321-3900(10:00~18:00)
https://www.takasaki-foundation.or.jp/theatre/index.php

●神奈川公演
主催:Dance Base Yokohama [一般財団法人セガサミー文化芸術財団]/神奈川県民ホール [公益財団法人神奈川芸術文化財団] 制作・問合せ:Dance Base Yokohama
contact@dancebase.yokohama
https://dancebase.yokohama/
https://www.kanagawa-kenminhall.com/

●愛知公演
主催・制作・問合せ:愛知県芸術劇場
TEL 052-211-7552
contact@aaf.or.jp
https://www-stage.aac.pref.aichi.jp

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