12月初旬、新国立劇場バレエ団が新制作する「くるみ割り人形」のリハーサルを動画取材。ネタバレにならないよう、今回は短めの動画にしています!
動画撮影:大久保嘉之/動画編集:星野一翔(STARTS)
2025年12月19日〜2026年1月4日、新国立劇場バレエ団が新制作の『くるみ割り人形』を世界初演します。演出・振付は、演劇など他ジャンルでも多彩な作品を手がけている英国の振付家、ウィル・タケットです。
12月上旬、リハーサル真っ最中のタケット氏にインタビュー。タケット版『くるみ割り人形』の特徴やこだわり、今日的な視点から議論されることもあるこの古典名作をどのようにアップデートするのか……等、話を聞きました。

ウィル・タケット Will TUCKETT
ヨーロッパ、アメリカ、カナダ、日本、中国で活動し、数々の賞を受賞している国際的な演出家・振付家。25年以上にわたり英国ロイヤル・バレエのメンバーとして活動し、振付を行う。劇場での活動のほか、オペラ、ミュージカル、映画など様々な分野で活躍。新国立劇場では『マクベス』(2023年)の振付を手がける。©Ballet Channel
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- 以前、吉田都芸術監督に取材した際、「タケットさんはもともと『くるみ割り人形』を作りたいという気持ちを持っていた」と聞きました。
- タケット その通り。私は『くるみ割り人形』が大好きなんです。とても特別なバレエだと思っています。
- それはなぜですか?
- タケット 人々が『くるみ割り人形』を観に行く時、他のバレエの場合とは違う感覚を持っているからです。もちろんクリスマスの時期だからというのもありますが、観客はある具体的な感情——温かくて、みんなの心がひとつになるような気分を味わいたいと願って劇場にやってきます。何か心地よいものにくるまるような感覚で、「何も問題はない、世界は大丈夫だ」と思いたくて、公演に足を運ぶのです。例えば『白鳥の湖』や『ジゼル』では、そういうことは起こらないでしょう。また『くるみ割り人形』は、小さな子どもたちとその親、祖父母まで、みんなで一緒に観に行ける作品です。そんなバレエは他にないと言っていい。その意味で今回は全世代に向けて作品を作るということですから、大きな挑戦です。
- 『くるみ割り人形』は文字どおり世界中のバレエ団が上演していて、数えきれないほどたくさんの演出版がありますが、ウィル・タケット版ならではの特徴とは?
- タケット ストーリーをできる限り明確にすることです。ただ、それが独創的だと言えるかどうかはわかりません。観た人がどのように感じるかしだいですからね。
『くるみ割り人形』という作品は、時に物語を複雑化して演出されることがあります。例えばチャイコフスキーの家族の話にしたり、各国の踊りに歴史的な背景を持たせたり、といった具合に。それはそれで面白いのですが、子どもたちやあまりバレエに馴染みのない観客は「ああ、何だかややこしい話だな……」と感じてしまうでしょう。
私は今回、ストーリーを明確にするための小さな改訂をいくつか加えることにしました。まず、このクララは幼い女の子ではなく、15〜16歳くらいの少女です。くるみ割りの王子は、ドロッセルマイヤーの助手という設定。ふたりはパーティで初めて出会い、見つめ合った瞬間、「あっ……」と小さな恋の火花みたいなものを感じます。とても無邪気で純粋なものですが、お互いに何かを感じ取るのです。
そして真夜中、クララがベッドに入って眠りに落ちると、そこから先は彼女の夢の中の世界です。クララが夢で見るものはすべて、その晩のパーティでの出来事や、彼女が生きる現実の世界に関連しています。例えば第2幕は「お菓子の国」で、そこを取り仕切っているのは第1幕でパーティ料理を作っていたコックさんたちです。そしていわゆる「アラビアの踊り」や「ロシアの踊り」などのディヴェルティスマンは「わたあめ」「ポップコーン」といったお菓子になりますが、それらはすべて第1幕のパーティで出されていたものなんですよ。
ドロッセルマイヤーは、これは日本ではあまりなじみのない文化ですが、クララの「名付け親(ゴッドファーザー)」という設定にしました。つまり彼はクララの両親の古い友人で、彼女が赤ちゃんだった頃から知っている。赤の他人の男性が突然パーティにやってくるのは、少し変ですからね。そしてドロッセルマイヤーはクララへのプレゼントとしてくるみ割り人形を持ってきますが、弟のフリッツが人形を壊した時に修理してくれるのは、ドロッセルマイヤーではなくて彼の助手です。つまり、クララがほのかに気になっている人。……ほら、なぜクララの夢の中でくるみ割り人形が彼になるのか、ストーリーがつながってくるでしょう?
ちなみに弟のフリッツは非常に厄介な存在ですよ(笑)。だいたい、弟というのはうっとうしいものなんです。私自身が弟で、子どもの頃はいつも姉をひどく困らせようとしていましたから、よくわかります(笑)。でもクララは、自分より年下の子どもたちを可愛がる、心優しい少女として描いています。観客のみなさんが、クララのことを好きになってくれたら嬉しいです。
- おもしろそうですね! しかしタケットさんはなぜ、ストーリーの明確化にこだわりたいのでしょうか?
- タケット 事前にプログラムを読まなくても、舞台上で何が起こっているのかがわかる作品にしたいからです。もちろんバレエの性質上、事前に基本情報を頭に入れておかないとわからない作品もあります。『ジゼル』はそのひとつで、アルブレヒトにしろヒラリオンにしろ、そもそも彼らが誰なのか、ジゼルとどういう関係なのか、事前にプログラムを読んでおく以外に知る方法がありません。しかし『くるみ割り人形』は違います。ストーリーを充分に物語れるよう、音楽が書かれています。だから私の仕事は、そのストーリーを語ることなのです。
- 作品全体の世界観はどうなりますか? クラシカル? それとも少し現代的な印象に?
- タケット とてもクラシカルで伝統的なスタイルになります。というのも、最初にミヤコさんが「何か面白いことやモダンなことをしたいですか?」と聞いてくれた時、私はこう答えたんです。「いいえ、そのつもりはありません。もちろん面白いものにはしたいけれど、もしあまりに斬新なことをしてしまったら、観客は“面白かったね。で、ちゃんとした『くるみ』はいつやるの?”となるでしょう。だから私は、まずはオーセンティックな『くるみ割り人形』を作りたいです」と。
また、クリスマスの描き方についても同じです。ヴィクトリア朝の香りが漂う、ディケンズの『クリスマス・キャロル』に描かれているような、あるいはクリスマスカードの絵柄のようなクリスマス——私たちが想像する、“正しく伝統的なクリスマス”の世界になります。物語の中ではいつも雪が降りますが、現実にはクリスマスに雪が降ることなんてなかなかない(笑)。しかしそれが、私たちの共通認識としてのクリスマス像ですよね。その情景を描きます。
- 振付についてはどうですか? こだわりや大事にしているポイントはありますか?
- タケット 「ダンスの楽しさ」をきちんとお見せできるものにしたいと思っています。第1幕は楽しいけれど、だんだん子どもたちが飽きてきてしまったり、ふだんあまりバレエを観ない人たちが腕時計に目をやり始めたりすることがないようにしたい。ミュージカルやお芝居と同じくらいエンターテインメント性があり、同時にバレエファンにとっても見応えのある「正統派のバレエ」もたっぷりあって、次!次!次!と見どころが出てくる——エンタメ要素とバレエをジャグリングのように展開させて、観客がいつの間にか時間を忘れて夢中になっているような作品にしたいですね。
第2幕についてひとつユニークな点を挙げると、「スペインの踊り」は割愛して、代わりに「イギリスの踊り」という曲を加えています。今回楽譜を整えてくれた(指揮者の)マーティン・イェーツが、チャイコフスキーが新たな踊りのために作っていた鉛筆書きのスケッチを見つけ、オーケストラ用に編曲してくれたのです。日本で『くるみ割り人形』を作るのに、私が「イギリスの踊り」を入れるというのも、ちょっと面白いですよね。
金平糖の精のグラン・パ・ド・ドゥでは、正統派のクラシック・バレエをお見せします。とてもクリーンでクラシカル、そして非常に難しくハードな踊りで、ここはミヤコさんと一緒に作りました。私自身が何よりも大切にしたのは、観客が「タケットの振付だ」と感じないようにすることです。私がバレエの邪魔になってはいけません。だから金平糖のグラン・パ・ド・ドゥに関しては、できる限りイワーノフの原振付に近づけました。王子のソロは、音楽もチャイコフスキーのオリジナルのテンポにしています。あの曲はタランテラでかなり速いのですが、王子役のダンサーたちは見事に踊りますよ。楽しみにしていてください。

リハーサル中のウィル・タケット氏 ©鹿摩隆司
- それにしても、いま目の前にいるタケットさんはこんなにもダンディな紳士で、どちらかといえばスイーツよりもウイスキーが似合いそうな雰囲気です。今回の「わたあめ」「キャンディ」といった可愛らしいお菓子のアイディアは、いったいどこから来たのでしょうか?
- タケット ダンディだなんて誰にも言われたことがありませんよ(笑)。もともとチャイコフスキーが書いた音楽は「チョコレート=スペインの踊り」「コーヒー=アラビアの踊り」「お茶=中国の踊り」等となっていて、長年にわたり各国“風”の振付で踊られてきました。それらはとてもステレオタイプなものなのに、誰も疑うことなく、延々と踊り継がれてきたのです。しかし、世界は変わりました。あの「中国の踊り」をそのまま踊ることは失礼だと思うし、私は中東でも仕事をしてきましたが、「アラビアの踊り」でダンサーたちがビキニスタイルの衣裳を着ているなんて絶対に通用しません。そこで、あからさまに「ポリティカル・コレクトネス(政治的正しさ)を意識しました!」という印象にはならないかたちで問題を解消するにはどうすればいいかを考えました。いかにもポリコレ的な作品になると、それはそれで退屈ですから。
そうして思いついたのは、「子どもの頃に親から“ダメ”と言われていたものは何か」ということでした。綿菓子はダメ。硬いキャンディケイン(杖型キャンディ)も歯に悪いからダメ。ポップコーンも、私の母はいつも映画館で「ポップコーンはダメ」と言っていましたが、あれはいまだに納得がいきません(笑)。それからクリスマスケーキの上の、小さな花の砂糖菓子(フォンダン)。私はつまみ食いの常習犯で、いつもその端をちょこっとかじってはケーキをくるりと回し、ばれないようにしていました(笑)。でも、それらすべてが子どもたちにとって「楽しいもの」なんです。ピンク色をした甘いもの。大好きなのに、いつも「ダメ」と言われるもの。クリスマスの朝、靴下に入っているもの。日常生活では手に入らないものが、夢の中のひとときだけは、全部自分のものになる——そんなところから、今回のアイディアが生まれました。
- 素敵ですね。しかしいまおっしゃったことは、まさに聞きたいポイントでした。古典バレエを今日的な視点からアップデートすることが求められている現在、タケットさんは振付家として、伝統へのリスペクトと「正しさ」のバランスをどのように取ろうとしているのか。
- タケット 難しい問題です。今回の『くるみ割り人形』に関しては、例えばお菓子の国を案内するコックさんたちを男女両方にするなど、全体的なバランスに配慮しています。そのいっぽうで、昨今はパートナリングのあり方が大きな議論になっていますよね。男性はつねに女性をサポートする役割を担ってきたけれど、逆にするべきかどうか。これはもちろん重要な問題で、とくに現代的な作品を作る際には本格的に掘り下げて考えるべきテーマですが、今回のように伝統的なスタイルで古典バレエを作る場合は、まだ適用するタイミングではないと私は考えています。
もうひとつ、今回クララを少し年上にして、彼女自身が金平糖の精になることにも意味があります。つまり、彼女には“進歩”や“旅”がある、ということです。もしクララが小さな女の子のままで、金平糖の精は別の人が踊るとしたら、クララは物語の中で何の主体性も持ちません。私はクララに変わってほしかった。クリスマスの朝を迎えるまでに、彼女は自らの力で選択し、大人への階段を少しだけ上って、自分の人生には可能性があるのだと気づくのです。
以前ここで『マクベス』を作りましたが、あの作品はある意味で“マクベス夫人の物語”でした。タイトルは『マクベス』ですが、実際にはマクベス夫人こそがすべての力を持っていました。彼女は残酷であっていい。セクシーであっていい。性的な欲望を持ってもいい。権力を求めてもいい。伝統的に、女性はそれらを許されてきませんでした。なぜ? 女性だっていろんなものを欲するし、望むものを手に入れていいはずです。男性がそれを邪魔するべきではありません。
ですから『くるみ割り人形』でも、いろんな出来事がクララに降りかかるだけでなく、彼女も世界に影響を与えたほうが面白い。他のどんな物語でも、それが重要だと思います。
- その『マクベス』に続いて2度目となる新国立劇場バレエ団とのコラボレーションですが、ダンサーたちの印象は?
- タケット とても刺激的です。夏に新国立劇場バレエ団が英国ロイヤルオペラハウスで『ジゼル』を上演した際、私も初日の舞台を客席で観たのですが、まさにあの時、カンパニーがぐんと成長する瞬間を目の当たりにした気がしました。満場の観客も心から称賛していて、新国立劇場バレエ団のダンサーたちの持つ可能性にハッとしていたようでした。
このバレエ団は、プリンシパルからコール・ド・バレエまで層が厚く、実力を確たるものにしつつあります。吉田都芸術監督がどのように舵を取り、何を目指しているのかが、そのまま反映されています。実際、彼女は驚くべき仕事をしていますよ。今回の『くるみ割り人形』だって、6キャストも組んでいるのですから! 新人起用も多いですし、ドロッセルマイヤーのような“演技役”をこれまでやったことのない人が挑戦していたりもする。振付も難易度が高いのですが、私がそれを要求できるのは、ダンサーがちゃんと応えてくれているからです。
リハーサルで作品を立ち上げる力、テクニック、舞台制作——すべてがレベルアップしています。2023年に『マクベス』を作った時も充分だったのに、それからたった2年半の間に猛スピードで進化している。彼らはいつも100%の力でそこにいてくれます。何しろ、ミヤコさんはいっさい妥協しない人ですから。彼女はゴージャスで、愛らしく、とても寛大で理解のある芸術監督ですが、その意志は鉄のように硬い。自分が何を求めているかを知っていて、それを静かに実現させていく人です。彼女はトップとして、自らの背中でダンサーたちに進むべき道を示している。そんな印象を受けています。
- 読者のみなさんにメッセージを。
- タケット 『くるみ割り人形』は、バレエをまだ観たことがない人にとっても最適な入口になりますし、7歳でも70歳でも、その間の40歳でも楽しめます。また、家族の中でお父さんや男の子はバレエを観に行きたがらないことが多いけれど、この『くるみ』はきっと喜んでもらえると思います。もちろん蓋を開けてみないとわかりませんが、「わあ、すごい!」と思ってもらえたら嬉しい。みなさん、クリスマスシーズンのひとときを、ぜひ私たちの『くるみ割り人形』でお楽しみください。

美術・衣裳を手がけるのはコリン・リッチモンド。写真は衣裳の試作品を確認するリッチモンド氏と、ドロッセルマイヤーの助手/くるみ割り人形/王子を演じる速水渉悟
公演情報
新国立劇場バレエ団「くるみ割り人形」〈新制作〉
| 公演日時 |
2025年
12月19日(金)19:00
12月20日(土)13:00/18:00
12月21日(日)14:00
12月23日(火)19:00
12月24日(水)19:00
12月25日(木)19:00
12月27日(土)13:00/18:00
12月28日(日)14:00
12月29日(月)13:00/18:00
12月31日(水)16:00
2026年
1月1日(木・祝)14:00
1月2日(金)14:00
1月3日(土)13:00/18:00
1月4日(日)14:00
★予定上演時間:約2時間15分(休憩含む)
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| 会場 |
新国立劇場 オペラパレス |
| 詳細・問合 |
新国立劇場バレエ団 公演WEBサイト |