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【リハ動画つき】世界初演!新国立劇場バレエ団「くるみ割り人形」特集①吉田都芸術監督インタビュー〜ダンサーたちはいま、確実に強くなっている

阿部さや子 Sayako ABE

12月初旬、新国立劇場バレエ団が新制作する「くるみ割り人形」のリハーサルを動画取材。ネタバレにならないよう、今回は短めの動画にしています!
動画撮影:大久保嘉之/動画編集:星野一翔(STARTS)

先シーズンの掉尾を『ジゼル』ロンドン公演の成功で飾った新国立劇場バレエ団。ダンサーたちはその勢いのまま10月のフレデリック・アシュトン版『シンデレラ』を生き生きと演じ、同団の2025/2026シーズンが華やかに開幕しました。そして2025年12月19日より、今季最大の注目作である新制作のウィル・タケット版『くるみ割り人形』が世界初演を迎えます。

「ダンサーたちがこれまでとは違う自分を見つけ、個性を解き放てるようになること」。
今シーズンの目標をこのように定めた吉田都芸術監督は、さっそく『シンデレラ』や『くるみ割り人形』でも、新鮮味のあるキャスティングや多彩な新人起用など意欲的な采配を振っています。

  • ロンドン公演以降のダンサーたちの変化
  • 『くるみ割り人形』のキャスティング
  • シーズン・ゲスト・プリンシパルの新設
  • “次代のプリンシパル”育成への思い

などについて、吉田監督に話を聞きました。
※インタビューは2025年9月下旬に実施しました

吉田都 新国立劇場舞踊芸術監督

ロンドン公演はダンサーたちを強くした

あらためて、昨シーズンのロンドン公演『ジゼル』は本当に素晴らしい舞台でした。
吉田 ロンドン公演は多くのみなさまのサポートがあってこそ実現した大きな挑戦でしたけれども、やってよかったと心から思っています。何より嬉しかったのは、ロイヤルオペラハウスでの約1週間という凝縮した時間の中で、ダンサーたちが明らかに変化を見せてくれたこと。そしてその変化が一過性で終わらずに、彼ら彼女らの中にしっかりと根付いたことです。じつは、ロンドン公演の後そのままバレエ団が夏季休暇に入りましたので、「もしかしたら休み明けにはすっかり元に戻っているかもしれないな……」と少し心配していたのです。でも、そんなことはありませんでした。今シーズンの最初の演目が、まさにロイヤルオペラハウスで生まれた作品であるアシュトン版『シンデレラ』だったこともよかったのかもしれません。あの舞台に立ち、自分たちの肌身で感じた空気をそのまま活かしてリハーサルに取り組むダンサーたちの姿に、成長を感じました。
具体的にはどのような変化があったのでしょうか?
吉田 全体的に力強さを増したように思います。例えば目線ひとつにもよりはっきりとした意志が宿るようになり、リハーサルに臨む姿勢も一段と積極的になりました。そしてロンドンでの『ジゼル』だけでなく、先シーズンを通して追求してきたこと——自分の個性を出して、ストーリーが伝わるように演じるということを、『シンデレラ』のように明確なスタイルや型のある作品の中でも、しっかり見せられるようになりました。
まさに、吉田監督がロンドン公演を通してダンサーたちにつかんでほしいと考えていたことを、きちんとつかみ取ったということですね。
吉田 そうですね。劇場スタッフのみなさんにも多大な負担をおかけしたロイヤルオペラハウス公演でしたが、バレエ団にとっても劇場にとっても、その苦労に見合うだけの手応えと収穫を得られた経験になりました。
そして12月19日から、年末年始恒例の『くるみ割り人形』が開幕します。今回は英国の振付家ウィル・タケットを迎えてオリジナル版を新制作することが大きな話題ですが、主役カップルの組み合わせも新鮮ですね。とくに小野絢子と李明賢、東真帆と奥村康祐といった“ベテランプリンシパル×ライジングスター”の組み合わせに、ファンの注目が集まっています。
吉田 マーゴ・フォンティーンとルドルフ・ヌレエフのように(*)、経験豊かな小野さんや奥村さんにはぜひ若いパートナーを指導し、支えてあげてほしい。そんな思いからこの配役を決めました。李さんや東さんはきっと、同世代の相手と踊るのとはまったく違う感覚を得るはずです。いまバレエ団には才能ある若いダンサーたちがどんどん入ってきていますが、やはりまだまだ経験が足りていません。彼ら彼女らを育てていくためには、経験豊富な先輩ダンサーたちが身をもって教え、サポートしてあげることが大切です。もちろんベテランダンサーの側にも、若手と踊ることで得られるものはたくさんあります。それこそ、マーゴが若いヌレエフと踊ることで新たなエネルギーを得たように。

*英国を代表する大プリマのマーゴ・フォンティーンは、引退間近だった42歳の時、ソ連から亡命したばかりの若き天才ルドルフ・ヌレエフと『ジゼル』で共演。19歳下の彼と踊ることで新たな生命力を得たフォンティーンと、彼女の成熟と品格によって磨かれたヌレエフは、その後長きにわたって伝説的なパートナーシップを築いた。

ベテラン×若手だけでなく、今シーズンは“パートナーのシャッフル”が多く見られますね。例えば『シンデレラ』では小野絢子さんと組んだ井澤駿さんが、『くるみ割り人形』では柴山紗帆さんと組み、『マノン』では米沢唯さんと組む、というように。
吉田 同じパートナーと長く踊り続けるからこそ築き上げられるパートナーシップや到達できる高みというものも、それはそれでとても大切です。そのいっぽうで、私自身も現役の頃は、主役を踊るダンサーたち全員と組んだことがあるくらい、様々なパートナーと踊りました。プロとは本来そういうものだと思いますし、芸術監督としていろいろな組み合わせを見てみたいという気持ちもあります。観客のみなさまには、多様な組み合わせから生まれる新鮮なケミストリーをぜひお楽しみいただきたいと思っています。

「くるみ割り人形」リハーサル中のひとコマ。写真左から:ウィル・タケット(振付)、小野絢子(クララ/金平糖の精)、李明賢(ドロッセルマイヤーの助手/くるみ割り人形/王子)、福岡雄大(ドロッセルマイヤー/リハーサル指導補佐)©奥田祥智

「自分はどう踊りたいか」を追求する

ベテランと言えば、プリンシパルとして長くカンパニーを牽引し続けてきた福岡雄大さんと奥村康祐さんが、今シーズンから「シーズン・ゲスト・プリンシパル」という新たなポストに就きました。
吉田 新国立劇場にはこれまでなかった枠組みですので、劇場の規約等に照らして確認や調整をしなくてはいけないことが多く、手探りではあるのですが、新設できて嬉しく思っています。私自身もかつて英国ロイヤル・バレエのプリンシパルを長年務めたあと、日本に拠点を移してからは、ロイヤル・バレエのゲスト・プリンシパルという立場をいただきました。日本で踊りながらロイヤルの舞台にも出演することができて、ダンサーとしての円熟期を自由度高く充実させることができたのは、本当にありがたいことでした。
ゲスト・プリンシパルというのは、バレエ団で引き続き主役などを踊ることもできますし、その作品に出演するかどうかを自分で決めることもできます。もちろん、外の仕事をするのも自由です。本当に特別な地位であり、プリンシパルだった人なら誰でもその立場になれるわけではありません。福岡さんや奥村さんには、成熟した今だからこそふさわしい作品や役を踊ってもらいたいですし、今後は後輩ダンサーたちの指導などでも活躍してもらえたらと思っています。
ベテランにしか出せない深みや豊かさは“本物の舞台”を作るために絶対に必要ですが、いっぽうで若い世代にバトンタッチしていかなくてはいけないものもある。そのことを考えると、シーズン・ゲスト・プリンシパルというポストを置くことは、理にかなった仕組みだと感じます。
吉田 例えばパリ・オペラ座バレエ団のように定年制を設けているバレエ団もありますけれど、ダンサーの身体やパフォーマンスの状態は人によって違いますから、年齢で一律に線引きはできない、というのが私の考えです。今後もダンサーたちの様子をよく見ながら、そして本人たちともしっかり相談しながら、ベストなあり方を模索していきたいと思っています。
同時にバレエファンとして気になるのは、「次代を担うプリンシパルは誰か」ということです。福岡さんや奥村さん、あるいは現在のプリンシパルたちの次に、バレエ団の顔となっていくのは誰なのか。そうした“プリンシパル候補の育成”という意味で、とくに意識して取り組んでいることはありますか?
吉田 先シーズン、先々シーズンに「Young NBJ GALA」(若手ダンサーたちが古典バレエ作品のパ・ド・ドゥやコンテンポラリー作品などを踊る企画)を上演したり、通常の公演でもできる限り若手にチャンスを与えたりしているのは、まさにそのための取り組みだと言えます。ただ、「Young NBJ GALA」のような企画や、全幕公演でも新人が主役を務める回は、プリンシパルが出演する公演に比べてどうしても券売に苦戦するという現実もあります。例えば小野絢子さんや米沢唯さんのような素晴らしいプリンシパルにも「新人」だった時代があり、一つひとつ「デビュー」を重ね、経験を積み上げてきたからこそ、現在のあの輝きがあります。バレエファンのみなさまには、どうか温かい気持ちで、これから磨かれていくダイヤモンドの原石たちを応援していただけたら嬉しいです。
ちなみに、吉田監督は新人を抜擢する際、いわゆる“華”や“スター性”みたいなものも重視しますか?
吉田 華やスター性はとても大切な要素だと思います。同じように踊っていても思わず目が吸い寄せられるダンサーは確かに存在しますし、その人が舞台に現れただけで何かを期待させ、実際に踊ると期待以上のものを見せてくれるのがスター性というものではないでしょうか。それでもやはり、まずはしっかり踊れることが大前提です。そして、例えば急な代役を任せても必ずクオリティの高い踊りを見せてくれる人や、演技的な役でハッとするほどの才能を見せる人など、ダンサーには様々な輝き方があります。そうした適性を的確に見極めるのは本当に難しいことですが、だからこそダンサーたちにはできる限り機会を与え、いろいろなチャレンジをしてもらうことが大切だと思っています。
吉田監督は2025/2026シーズンの目標として「ダンサーたちがこれまでとは違う自分を見つけ、個性を解き放てるようになること」と掲げています。あらためて、この目標の意図について聞かせてください。
吉田 新国立劇場バレエ団のダンサーたちは、振付家や指導者から言われたことをぐんぐん吸収していく能力に優れ、与えられた課題がどんなに難しくても音(ね)を上げずに食らいついていく真摯さを備えています。ここから必要なのは、一つひとつの経験から学んだことをより貪欲に自分のものにしていくこと。そしてもっと積極的に、自らの個性や可能性を探究していくことです。「こう表現してください」と言われるのを待つだけでなく、「私はこう表現したい」という意志を見せてもいいのです。ダンサー一人ひとりが、「自分はどう踊りたいのか、どう表現したいのか」ということを、もっともっと突き詰めていってほしいと思っています。
先ほどお話ししたように、いま、ダンサーたちは確実に強くなってきています。今シーズンも立ち止まることなく、技術面・表現面ともにさらに磨き上げていきますので、彼ら彼女らの変化や成長を、ぜひ劇場に見にいらしてください。

衣裳を確認中の吉田監督

公演情報

新国立劇場バレエ団「くるみ割り人形」〈新制作〉

公演日時

2025年

12月19日(金)19:00

12月20日(土)13:00/18:00

12月21日(日)14:00

12月23日(火)19:00

12月24日(水)19:00

12月25日(木)19:00

12月27日(土)13:00/18:00

12月28日(日)14:00

12月29日(月)13:00/18:00

12月31日(水)16:00

2026年

1月1日(木・祝)14:00

1月2日(金)14:00

1月3日(土)13:00/18:00

1月4日(日)14:00

予定上演時間:約2時間15分(休憩含む)

会場 新国立劇場 オペラパレス
詳細・問合 新国立劇場バレエ団 公演WEBサイト

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