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【現地レポート】新国立劇場バレエ団「ジゼル」ロンドン公演①〜米沢唯の儚いジゼル、井澤駿のエモーショナルなアルブレヒト。群舞への喝采に沸いた開幕公演

阿部さや子 Sayako ABE

2025年7月24日〜27日、新国立劇場バレエ団が英国ロンドンのロイヤルオペラハウスで『ジゼル』全幕を4日間・全5回上演した。

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同団は2008年に米国ワシントンDCで、2009年にロシアのボリショイ劇場で、それぞれ「招待」による海外公演を行っている。しかし今回は、新国立劇場が初めて自ら主催する海外公演。そして英国ロイヤル・バレエのプリンシパルとして長年にわたり活躍した吉田都が、芸術監督として凱旋を果たす公演でもあった。

「ロンドン公演を観に行く」と周囲に伝えた時、「東京でいつも観てるのに?」と大変もっともな反応もいただいた。しかし、だからこそ観に行きたかった。いつも観ている新国立劇場バレエ団が、ロイヤルオペラハウスの舞台に立った時、どんなふうに見えるのか? 英国の観客は、どんな反応を示すのか?
それをどうしても自分の目で見たくて、ロンドンに飛んだ。

2025年7月24日(木)19:30開演【初日】

〈主な配役〉
ジゼル:米沢 唯
アルブレヒト:井澤 駿
ヒラリオン:中家正博
ミルタ:吉田朱里
ペザント・パ・ド・ドゥ:池田理沙子、水井駿介

7月24日。新国立劇場バレエ団『ジゼル』ロイヤルオペラハウス公演の初日の幕が、いよいよ上がる。

開演1時間前の18時30分、ロイヤルオペラハウスに到着。まずはThe New York Times紙の記者から取材を受けた。今回の『ジゼル』公演のことだけでなく、新国立劇場バレエ団そのものや日本のバレエ事情についても盛り込んだ記事にしたいとのことで、「新国立劇場バレエ団の舞台をいつ頃から観ているか」「同団はどう変化してきているか」「バレエは今も日本国内で人気があるか」「日本のバレエの未来は明るいと思うか」等の質問をされた。中でも「東京圏だけで“プロのバレエ団”が11団体ある」と話した時、記者はとても驚いた様子だった。

開演間際の劇場内。オーケストラが音合わせを始めた

早々にチケットが完売したという初日の客席は華やかだった。新国立劇場バレエ団の前々芸術監督デヴィッド・ビントレーや前芸術監督の大原永子、エドワード・ワトソンやスティーヴン・マクレイなど英国ロイヤル・バレエのプリンシパルたち、そして来年には100歳を迎えるサー・ピーター・ライトの姿もあった。

19時30分、開演。ロイヤルオペラハウスの赤い幕がサーッと開き、目に飛び込んできた新国立劇場バレエ団のダンサーたちは、想像していたよりずっと落ち着いて見えた。むしろ緊張感をエネルギーやスピード感にうまく変換している印象。舞台上をダイナミックに移動しながら力強く踊り、きびきびと演技して、村の日常を立ち上がらせていた。

新国立劇場バレエ団「ジゼル」米沢唯(ジゼル)、井澤駿(アルブレヒト)©Tristram Kenton

初日のジゼルは米沢唯、アルブレヒトは井澤駿。
米沢のジゼルは、所作の声量をぐっと抑えた、とてもデリケートな役作りだった。透明感のある佇まい、あまりにも儚げなポワントワークやポール・ド・ブラ。第1幕の踊りの見せ場であるヴァリエーション、その途中で何度も何度もアルブレヒトに視線を送る、切ないほどの愛おしさに潤んだまなざしが心に残る。また終盤の揺るぎないピケ・トゥール・マネージュは、線香花火が燃え尽きる前の一瞬の輝きのよう。その勢いを最後の1回転で静かに治め、ふわりと踊りを締めくくると、客席からどっと拍手喝采が沸き起こった。

新国立劇場バレエ団「ジゼル」米沢唯(ジゼル)、井澤駿(アルブレヒト)©Tristram Kenton

新国立劇場バレエ団「ジゼル」米沢唯(ジゼル)©Tristram Kenton

村人を装っていても隠しきれない高貴さを醸すことがアルブレヒト役の条件だとしたら、井澤駿はもう登場した時点で100点満点。ある日突然こんな青年が村に現れたら、ジゼルでなくともハートをつかまれてしまう。しかしそれ以上に観客の目を吸い寄せたのは、そんな彼が見せるエモーショナルな演技だった。第1幕終盤、ヒラリオンに嘘を暴かれ、ジゼルが正気を失いついに事切れてしまうところまでの一連の演技。ハンサムでスマートで完璧だった彼が、みるみる情けない有り様になっていく。動かなくなったジゼルにすがりつき、母・ベルタの怒りの眼差しに崩れ落ち、従者ウィルフリードに力づくでその場から引き離されながら、全身で泣き喚く。

新国立劇場バレエ団「ジゼル」米沢唯(ジゼル)、井澤駿(アルブレヒト)©Tristram Kenton

ヒラリオン役の中家正博、ベルタ役の関優奈の演技も忘れ難い。
中家のヒラリオンは、森の男らしい粗野な歩き方から、不器用そうな手元の動きまで、すみずみまで芝居が巧い。しかも決して“やりすぎない”のが中家の美点。場面ごとに自らの立ち位置や演技の強弱をコントロールしながら、いつものごとく物語の細部を誠実に作り上げていた。
また、「この母も若かりし頃はジゼルのように楚々とした少女だったに違いない」と思わせる関のベルタは、マイムを行う手元もほっそりとして品が良く、どちらかといえば物静かな印象の母親像。それが一転、愛娘が目の前で息絶えるやいなや、(むろん実際に声は出さないけれど)悲鳴を上げて駆け寄り、アルブレヒトを猛然と突き飛ばす。この場面のベルタの演技は演出によってかなり異なる注目ポイントで、他版ではもう少し控えめに、クラシカルな型の範囲で“嘆きの演技”を見せるパターンもある。しかし吉田都版は演劇性重視。関の怒りと悲しみに震える表現は、わが子を失った母親として、リアリティがあった。

新国立劇場バレエ団「ジゼル」米沢唯(ジゼル)、関優奈(ベルタ)。周りのダンサーたちもそれぞれ濃やかな演技を見せ、第1幕のクライマックスをドラマティックに締めくくった ©Tristram Kenton

第1幕については、初日のペザント・パ・ド・ドゥを任された池田理沙子と水井駿介のことも記しておきたい。ふたりが踊り始めの位置につき、ソテ・アラベスクで躍動し始めると、舞台上のギアが一段階上がった。池田は難しいステップも決して置きにいかず、音楽に対して積極的にアタックしていく会心のパフォーマンス。水井は一つひとつのテクニックを理想的な形で決めては端正な5番ポジションにきちんと収める、胸のすくような踊りを見せた。

新国立劇場バレエ団「ジゼル」水井駿介(ペザント)©Tristram Kenton

新国立劇場バレエ団「ジゼル」池田理沙子(ペザント)©Tristram Kenton

30分間の休憩をはさみ、第2幕。

吉田監督は取材会等で「なぜバレエ団のロンドンデビューに『ジゼル』を選んだのか」と問われるたび、主な理由のひとつとして、「新国立劇場バレエ団の強みである“コール・ド・バレエの美しさ”を見せられる作品だから」と答えていた。いよいよ、そのコール・ド・バレエの見せ場である。

新国立劇場バレエ団「ジゼル」吉田朱里(ミルタ)©Tristram Kenton

まずはウィリたちを統べる女王、ミルタの登場。仄暗い舞台、音数の少ないシンプルな音楽。大きな闇のような客席から2500人がじっと見つめる空間に、たった一人で、ごく細かなパ・ド・ブーレを刻みながら出てくる時、ミルタ役のダンサーはどんな気持ちなのだろうか。この日ミルタを演じた吉田朱里は、序盤こそやや硬さが見えたものの徐々にスケールアップして、冒頭の長いソロを踊りきった。

そして舞台の上手と下手からウィリたちが静かに姿を現し、約10分間の群舞が始まった。中盤のドゥ・ウィリのソロ、モイナ役は花形悠月、ズルマ役は金城帆香。とりわけ金城の豊かな上体の使い方が目を引いた。いったんは袖に入っていたウィリたちが再び舞台の左右から現れて、アラベスク・タン・ルヴェで、ザッ、ザッ、ザッ、……と交差するくだり。日本の観客であれば往路で拍手、復路でも拍手となるところ、ロイヤルオペラハウスの客席はシーンとしたままだった。しかしほどなくして群舞の最終盤、連続フェッテ・ソテ・ア・ラ・スゴンドを力強く繰り返して全員でピタリとフィニッシュを決めると、この日最大の拍手喝采が沸き起こった。

新国立劇場バレエ団「ジゼル」©Tristram Kenton

ややヒヤリとした瞬間も、あるにはあった。ウィリとなったジゼルの登場の場面。彼女の頭を覆うヴェールをミルタがサッ!と取り去るタイミングが本来よりも若干早かったように見えたのは私の思い過ごしかもしれないが、それを合図に始まるジゼルの高速回転で、めずらしくバランスが崩れた。

しかし、そんなことは極めて瑣末。米沢のジゼルは、陽炎のようだった。句読点が打たれることのないシームレスな動き、指の先から空気に溶けていくポール・ド・ブラ。いったいどれだけの鍛錬を積み重ねたら、ダンサーはこのような静寂を踊れるようになるのだろう。対する井澤アルブレヒトの生々しい肉体感が、精霊と人間とのコントラストをくっきりと際立たせる。この二人を組ませたキャスティングの妙に唸った。

新国立劇場バレエ団「ジゼル」米沢唯(ジゼル)、井澤駿(アルブレヒト)©Tristram Kenton

夜明けを告げる鐘の音。ジゼルの蒼い顔に差した微かな笑み、横たわるアルブレヒトへの儚い抱擁。彼女は永遠の愛を1輪の花に託し、墓に消えた。

新国立劇場バレエ団「ジゼル」米沢唯(ジゼル)、井澤駿(アルブレヒト)©Tristram Kenton

カーテンコール。喝采が降りそそぐなか、安堵と充実感が入り混じるような表情で、満場の客席を見上げたダンサーたち。彼らがひとしきりの拍手を浴びたところで、吉田都監督が舞台上に登場。現役時代から変わらぬ慎み深いレヴェランスと嬉しそうな笑顔に、劇場内がいっそう沸いた。

【観客の声】
幕間や終演後、数人の観客に感想を聞いた。

かつてバレエ教師をしていたという女性は、「ダンサーたちの技術が素晴らしいことと、舞台装置や衣裳の美しさが心に残った。従来のバージョンにはない要素もいろいろと付け足しているけれど、それらは決して作品を台無しにしていない。素晴らしい演出版だと思う」と話した。

英国在住の韓国人女性も「衣裳の美しさに目を奪われた」。同行者の男性は「自分は高田茜のファンだが、米沢唯の踊りに茜との共通点を感じた」と語った。

また、『ジゼル』を観るのは今回が初めてだという女性客は「息を呑む美しさだった。圧倒されました」と話してくれた。

【Column #1】
「新国ジゼル」のポスターを探せ!

少し早めに現地入りしてロンドンの街歩きをしていた時のこと。「リバプール・ストリート」という駅でふらりと地下鉄を降り、日本よりもずっと高速に感じられるエスカレーターに乗っていたら、壁面に新国立劇場バレエ団『ジゼル』のポスターを発見! そこから「新国ジゼル」のポスターを探す活動(?)を開始。その成果の一部を紹介します。

最初にポスターを見つけたのは、ロンドン都心の北東に位置するリバプール・ストリート駅のエスカレーターでした。 東京の高速エスカレーターの2倍くらい速くて(個人の感想です)なかなかカメラが間に合わず、3回くらい降りては昇るを繰り返して撮りました

映画「ノッティング・ヒルの恋人」やポートベロー・マーケットで有名な、ノッティング・ヒル・ゲート駅にて。電車を待っていたら、向かいのホームに大きなポスターを発見!

サドラーズ・ウェルズ劇場前のバス停にも、ちゃんとありました

ロイヤルオペラハウス正面入口横のデジタルサイネージ。お目当ての「ジゼル」が表示されるのを待ち構えて撮りました

ロイヤルオペラハウスの楽屋口から、ロイヤル・バレエ・スクールの前を通り、劇場正面入口まで歩いてみました

★【現地レポート】新国立劇場バレエ団「ジゼル」ロンドン公演② は近日公開予定です

放送情報

新国立劇場バレエ団 『ジゼル』ロンドン公演
(2025年7月26日収録)

【放送番組】
NHK BSプレミアム4K/NHK BS「プレミアムシアター」

【放送予定日】
●NHK BSプレミアム4K
2025年10月19日(日)23:20~

●NHK BS
2025年10月20日(月)0:05~

※番組内2本立てのうち前半
※編成上の都合等により放送時間は変更になる可能性あり

【詳細】
番組WEBサイト

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