
ウィーン国立バレエ専属ピアニストとして、バレエダンサーを音楽の力で支えている滝澤志野さん。
彼女は日々の稽古場で、どんな思いを込め、どんな音楽を奏でているのでしょうか。
“バレエピアニスト”というプロフェッショナルから見たヨーロッパのバレエやダンサーの“いま”について、志野さん自身の言葉で綴っていただく連載エッセイ。
日記の最後には、志野さんがバレエ団で弾いている曲の中から“今月の1曲”を選び、読者のみなさんのためだけに演奏した動画も掲載します。
更新は隔月(基本的に偶数月)です。美しいピアノの音色とともに、ぜひお楽しみください。
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新譜「Dear Ballet」に寄せて
夏に録音したレッスンCD「Dear Ballet ~Music for Ballet Class」が発売になりました!

バレエのために作られた音楽だけを使ったレッスンCD。ドラマティックシリーズCDを作ってきた私が、初めて古典作品に向き合った一枚でもあります。
2025年11月21日、このCDがいよいよ店頭に並び始めたちょうどその頃に、ウィーンでこんな出来事がありました。
9月に芸術監督に就任し、新生バレエ団を率いるアレッサンドラ・フェリが、リハーサル指導の合間を縫って、ウィーンでは初めてクラスレッスンの教師(バレエミストレス)として稽古場に立ったのです。
その大切なクラスを弾くことになった私は、彼女の教えるクラスはどのようなものになるのか、期待と緊張を感じていました。そしてレッスンが始まると、彼女はエクササイズごとにフレーズを歌い、音楽を示したのです。フェリ監督が歌ったのは、『ジゼル』『ラ・バヤデール』『ドン・キホーテ』『パキータ』など、古典バレエの音楽でした。私にとってそれは少し意外なことでした。稀有な表現力で知られる「 女優バレリーナ」の彼女。その芸術が確固とした古典の礎の上に成り立っていること、そして彼女の心の内に古典バレエの音楽が深く鳴り響いていることに触れた気がして、なんだか胸が熱くなりました。
彼女が歌うバレエ音楽はどれも私自身の身体にも染み込んでいて、楽譜なしでも自然と指が動きます。まるで共に音楽を奏でているような一体感で、1時間15分のクラスを演奏しました。
奇しくも私のCD「Dear Ballet」が発売されたタイミングで、図らずもこんな風に共鳴したことが、私にとってどれだけ感動的だったことでしょうか。祝福を受けたような……光が降り注ぐような感覚に包まれました。

このCDの制作には、素晴らしいスペシャリストの方々が力を添えてくれました。
まず、一枚めのCDからずっとお世話になっているレコーディングエンジニアの房野哲士さん。今回も素晴らしい音作りをしてくださっただけでなく、写真撮影がご趣味という房野さんに、なんとCDジャケットの写真まで撮っていただきました。
そして今回初めてご一緒させていただいた、東京バレエ団ソリストの中島映理子さん。プロモーション動画で、ピアノと共に優雅に踊ってくださいました。映理子さんがパリ・オペラ座で踊っていらした時から密かに応援していましたが、このような形で共演できるなんて。その眼福なレッスン風景を、ぜひ多くの方にご覧いただきたいです。
このアーティスティックな映像作品をディレクションしてくださったのは星野一翔さんです。一瞬一瞬、観る者を飽きさせないその卓越した画づくりに、感激しました。
また、レコーディングスタジオでの演奏動画は、新書館の古川真理絵さんが撮影・編集してくれました。彼女にも一枚めのCDからずっと支えていただいています。
さらに、バレエチャンネルの連載仲間であり、バレエ音楽研究者の第一人者であられる永井玉藻さん。去年の永井さんへのインタビューで、「バレエ音楽は音楽学で無視されている」という衝撃的な一言を伺ったことが、まさにこのCD制作の大きなきっかけとなりました。そのため、深く関わっていただきたく、CDのライナーノーツを執筆していただきました。
そして、CDのプロデューサーである阿部さや子さん。彼女には全幅の信頼を寄せており、長年にわたりこうして一緒にお仕事ができるなんて、私はどれほど幸運なのかと思います。
今回は阿部さんにCDについてインタビューもしていただきました。みなさまご存じの通り、阿部さんはインタビューの達人です。私ひとりで思考を巡らせるよりも、彼女によって引き出される言葉のほうがより的確で、想いの深いところまで汲み取っていただけると感じています。この特別なCDに込めた想いをより多くの方に知ってもらいたく、ここにインタビューの一部を抜粋して記しておこうと思います。
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- 今回のコンセプトは「バレエのために作られた音楽だけで綴るレッスンCD」ですね。
- 今まで作曲家シリーズとしては、チャイコフスキーとショパンにスポットライトを当ててきました。では次のCDはどの作曲家にしようと考えた際、プロコフィエフやドリーブも候補に挙がりましたが、「バレエのための職業作曲家」「バレエに人生を捧げた作曲家」にフォーカスしたいとふと思ったのです。彼らの楽曲を一枚のCDにギュッと詰め込めたら、花束のような素敵な作品になるのではないかとイメージしました。
- なぜ、「バレエのための音楽を書いた作曲家」に焦点を当てたいと思ったのでしょう?
- 私は音楽家として、またバレエピアニストとして活動していますが、昨年の永井玉藻さんとの対談で「バレエ音楽は音楽学の世界では無視されているジャンル」だという衝撃的な言葉を聞き、深く考え込むようになりました。こんなにも素晴らしいバレエ音楽が無視されて良いわけがないと。この美しいバレエ音楽を広くみなさんと分かち合いたい、という強い思いがこのCD制作の大きなきっかけとなりました。
私はウィーン国立バレエで14年間、数多くの作品を演奏してきました。そのなかで、『ジゼル』『海賊』『ドン・キホーテ』といった多くの古典作品に出会い、それまで観たり聴いたりするだけでは気づかなかった奥深い魅力を知ることができました。長い時間をかけて、楽曲への想いや愛情が深く蓄積されていった気がしています。
私はそれまで、現代的でドラマティックな作品を好んで演奏・録音してきたのですが、ウィーンに来て14年が経ち、初めて原点に立ち返ることができたのは、作品やバレエ団のおかげだと思っています。
- 実際にレコーディングしてみて、どうでしたか?
- 意外だったのですが、録音を通して、一曲一曲に対する自分の愛情が想像以上に深いものだったと再認識させられました。
録音中、楽曲への愛情があふれ出てきました。これらの楽曲がどれだけ多くの人に愛されてきたか、そしてどれだけのダンサーがこの楽曲で踊り、素晴らしい舞台を作り上げ、豊かな歴史が重ねられてきたか——今回のレコーディングは、そうしたことをあらためて実感する時間となりました。
- 選曲でこだわったことや工夫したことを教えてください。
- どの曲も原曲の空気感を大切にしながら、すべてが似たイメージにならないよう、同じ時代の音楽が多いなかでも変化をつけたり、現代の感覚に近づけるといった工夫を凝らしました。
たとえば1曲めの『眠れる森の美女』第3幕パ・ド・ドゥのアントレの曲は、通常ノーカットで使われることはあまり多くありません。ですが、全曲弾くとこんなに素敵なエクササイズになることを発見しました。それがCDの1曲めに本当に相応しいなと、ピンと来たのです。
また、プリエには『ジゼル』第2幕パ・ド・ドゥのアダージオを選びました。静かで穏やかなジゼルとアルブレヒトの愛のシーンが、プリエの深さや静けさに美しく重なると感じたのです。物語とエクササイズが自然とリンクして思い描けることが、自分にとって新たな発見であり、面白いなと感じました。
そして、このアダージオはとても美しい音楽ですが、現代の感覚からすると、和音の使い方がシンプル過ぎる側面もあります。「もしジゼルが現代に生きていたら? アダンが現代に生きていたら、どんな響きにするだろう?」今ここに生きている人物像として思い描けるような編曲をしてみました。
ボーナストラックに選んだ『白鳥の湖』第2幕の情景は、バーのアダージオにも同じ曲を選んでリンクさせました。ボーナス・トラックは、毎回、まるで「降ってくる」ように曲が決まります。今回の「Dear Ballet」にふさわしい曲は何かと考えた時、この楽曲がまさに降ってきました。初めてレッスンCDを制作した時から9年間、なぜか一度も候補に挙がらなかったこの曲。でも、すべてはこの瞬間に繋がっていたような気がします。この『白鳥の湖』の情景は、「 これこそがバレエ音楽」と言い切りたくなるほど、美しく、繊細で、ドラマティックで、壮大で、品格と唯一無二の個性を備えています。
- CDを手に取ってくださるみなさんへメッセージを。
- このCDに収めたすべての曲は、長い歴史の中で、バレエを愛するすべての人に深い愛情を持って育まれてきた宝物です。この愛あふれる美しい音楽の響きを、充分に感じながら踊ってもらえたら嬉しいです。なにしろバレエのために作られた音楽なので、踊りやすさは折り紙付き。多くの方に愛される一枚になりますよう、そしてバレエ音楽の魅力が豊かに広がっていきますよう。
バレエを愛するすべての方へ、愛を込めて。
インタビューを動画でご覧になりたい方はこちらをどうぞ
今月の1曲
じつは、録音したものの、CDには収録しなかった楽曲が10曲もあります。全体のバランスを見て泣く泣くお別れを告げた曲たち……。今回はその曲のなかから1曲をお届けしようと思います。『ジゼル』第2幕モイナのヴァリエーション。デガジェ用に収録した曲です。清らかで軽やかでお稽古にピッタリだなぁと、今でも後ろ髪を引かれているので、陽の目を見させてあげたく……。動画内の写真は、レコーディングスタジオでのものは先述した房野哲士さんに、映理子さんとのものは奥田祥智さんに撮っていただきました。
★次回更新は2026年2月20日(金)の予定です
New Release!

Dear Ballet(ディア・バレエ)〜Music for Ballet Class
今回のコンセプトは「バレエのために作られた音楽だけで綴るレッスンCD」。
チャイコフスキー(『白鳥の湖』『眠れる森の美女』『くるみ割り人形』)やプロコフィエフ(『ロミオとジュリエット』『シンデレラ』)といった大作曲家はもちろんのこと、『ジゼル』を書いたアダン、『コッペリア』『シルヴィア』のドリーブ、『ドン・キホーテ』『ラ・バヤデール』のミンクスなど、音楽史の表舞台では語られなくとも、バレエのために曲を書き、今なお踊り継がれる名作を残してくれた作曲家たち——彼らへの感謝とバレエ音楽への愛を込めて、志野さん自身がセレクトした名曲揃いの一枚です。
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●CD、53曲、79分 ●価格:3,960円(税込)
Now on Sale

Brilliance of Ballet Music~バレエ音楽の輝き
滝澤志野による、珠玉の作品を1枚に収めたピアノソロアルバム。
<収録曲>
1.『眠れる森の美女』第3幕 グラン・パ・ド・ドゥよりアダージオ(チャイコフスキー)
2.『チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ』よりアダージオ(チャイコフスキー)
3.『ジュエルズ』ダイヤモンドよりアンダンテ/交響曲第3番第3楽章(チャイコフスキー)
4.『瀕死の白鳥』/「動物の謝肉祭」第13番「白鳥」(サン=サーンス)
5.『マノン』第3幕 沼地のパ・ド・ドゥ/宗教劇「聖母」より(マスネ)
6.『椿姫』第2幕/前奏曲第15番「雨だれ」変ニ長調(ショパン)
7.『椿姫』第3幕 黒のパ・ド・ドゥ/バラード第1番 ト短調(ショパン)
8.『ロミオとジュリエット』第1幕 バルコニーのパ・ド・ドゥ(プロコフィエフ)
9.『くるみ割り人形』第1幕 情景「松林の踊り」(チャイコフスキー)
10.『くるみ割り人形』第2幕 葦笛の踊り(チャイコフスキー)
11.『くるみ割り人形』第2幕 花のワルツ(チャイコフスキー)
12.『くるみ割り人形』第2幕 グラン・パ・ド・ドゥよりアダージオ(チャイコフスキー)
●演奏:滝澤志野
●発売元:株式会社 新書館
●販売価格:3,300円(税込)
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Dear Chopin(ディア・ショパン)〜Music for Ballet Class
滝澤志野さんの5枚目となる新譜レッスンCD!
志野さんがこよなく愛する「ピアノの詩人」ショパンのピアノ曲で全曲を綴った一枚。
誰もがよく知るショパンの名曲や、『レ・シルフィード』『椿姫』などバレエ作品に用いられている曲等々を、すべて志野さんの選曲により収録しています。
それぞれのエクササイズに適したテンポ感や曲の長さ、正しい動きを引き出すアレンジなど、レッスンでの使いやすさを徹底重視しながら、原曲の美しさを決して損なわない繊細な演奏。
滝澤志野さんのピアノで踊る格別な心地よさを、ぜひご体感ください。
♪ドキュメンタリー風のトレイラーや全収録曲リストなど、詳細はこちらのページでぜひご覧ください
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●CD、52曲、78分 ●価格:3,960円(税込)
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Dear Tchaikovsky(ディア・チャイコフスキー)〜Music for Ballet Class
バレエで最も重要な作曲家、チャイコフスキーの美しき名曲ばかりを集めてクラス用にアレンジ。
バレエ音楽はもちろん、オペラ、管弦楽、ピアノ小品etc….
心揺さぶられるメロディで踊る、幸福な時間(ひととき)を。
●ピアノ演奏:滝澤志野
●監修:永橋あゆみ(谷桃子バレエ団 プリンシパル)
●発売元:新書館
●価格:3,960円(税込)
★収録曲など詳細はこちらをご覧ください
- ドラマティック・ミュージック・フォー・バレエ・クラス1&2&3 滝澤志野 Dramatic Music for Ballet Class Shino Takizawa (CD)
- バレエショップを中心にベストセラーとなっている、滝澤志野さんのレッスンCD。Vol.1では「椿姫」「オネーギン」「ロミオとジュリエット」「マノン」「マイヤリング」など、ドラマティック・バレエ作品の曲を中心にアレンジ。Vol.2には「白鳥の湖」「眠れる森の美女」「オネーギン」「シルヴィア」「アザー・ダンス」などを収録。Vol.3ではおなじみのバレエ曲のほか「ミー&マイガール」や「シカゴ」といったミュージカルナンバーや「リベルタンゴ」など、ウィーンのダンサーたちのお気に入りの曲をセレクト。ピアノの生演奏でレッスンしているかのような臨場感あふれるサウンドにこだわった、初・中級からプロフェッショナル・レベルまで使用可能なレッスン曲集です。
- ●ピアノ演奏:滝澤志野
●Vol.2、Vol.3監修:永橋あゆみ(谷桃子バレエ団 プリンシパル)
●発売元:新書館
●価格:各3,960円(税込)


配信販売中!
現在発売されている滝澤志野さんのベストセラー・CDを配信版でもお買い求めいただけます。
下記の各リンクからどうぞ。
★作曲家シリーズ
♪Dear Tchaikovsky https://linkco.re/pEHd0G2A?lang=ja
★「Dramatic Music for Ballet Class」シリーズ