今回上演されたのは、ロンドン出身のシンガーソングライター/音楽プロデューサー、ジェイムス・ブレイクのアルバム「The Colour in Anything」に振付けられ、2016年にパリ・オペラ座バレエで初演された「Blake Works I」と、2018年にENBの男性ダンサーために作られた「Playlist (Track 1, 2)」を女性ダンサーも交えてさらにパワーアップさせた「Playlist (EP)」の2作品。どちらの作品も、「バレエのステップというアルファベットを、馴染みのある順序から切り離して斬新な並べ方をする」(フォーサイス談、公演プログラムより引用)ことでバレエに新たな光をあてている。さまざまな実験的な試みを行い、複雑で革新的なスタイルを生み出してきたフォーサイスだが、72歳になった今の彼は、クラブでダンスに興じるようなカジュアルさで、バレエのステップが可能にするコミュニケーションをとことん楽しむことに焦点を置いているようだ。ポップミュージックやR&Bといった音楽を身体の内側から奏でるようにプレイフルに踊るENBのダンサーのエネルギーが客席にまで入り込み、ダンサーも観客も一体となってグルーヴに揺れる——バレエ公演ではなかなかできない、稀有な舞台鑑賞体験となった。
「Blake Works I」では、タンデュやポール・ド・ブラなど、要素の一つひとつはクラシック・バレエの基本中の基本であるのに、そのラインをギリギリのところまで拡張し、疾走感あふれる素早い動きや方向転換、巧みなカウントの取り方やフォーメーションで繋げていくと、たちまちそれがスタイリッシュな踊りとして生き生きと輝き始める。最後の曲の「f.o.r.e.v.e.r.」では、お馴染みのポール・ド・ブラの基本の動きだけで、バレエの様式美そのものを讃える一編の詩のような余韻を残した。
2022年3月31日〜4月10日のロンドン公演中3公演を鑑賞した中で、毎回出演するダンサーが1人残らず200%の踊りを見せてくれたのだが、特に光っていたダンサーをあげるとすれば、真っ先にあげたいのが、まだコール・ド・バレエでありながら最近活躍著しい鈴木絵美里だ。「Blake Works I」でのイサック・エルナンデスと見せた、メランコリックでありながら透明感あふれるデュエット(「The Colour In Anything」)と、「Playlist (EP)」でのそこだけスポットライトが当たったかのような華やかな存在感、音楽を歌うように全身で奏でる切れ味の良い踊りに思わず引きこまれた。