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英国バレエ通信〈第27回〉〜これから目が離せない!注目の若手ダンサーたち

實川 絢子

鑑賞ファンにも、バレエ留学を志す若いダンサーたちにも、圧倒的に人気のある国ーー英国。
現地で話題の公演や、街の人々の”バレエ事情”などについて、ロンドン在住の舞踊ライター・實川絢子さんに月1回レポートしていただきます。

新型コロナウイルスの新たな変異株オミクロンの感染拡大を受けて、再び規制が強化され始めているロンドン。2021年12月13日より在宅勤務が再び推奨され、劇場をはじめとする屋内施設や公共交通機関ではようやくマスクの着用が義務づけられるようになった。私の身の回りでもワクチンを2回接種済みにもかかわらず陽性になった人が続出しており、もういつ誰が感染してもおかしくない状況になっている。私自身、子どもがナーサリーで濃厚接触者になったり咳が出たりするたびにPCR検査をしては結果が来るまで家に籠る、というのを何度も繰り返していることもあって、残念ながら11月末から一度も劇場に行けていない。

そんな中で、11月下旬から英国ロイヤル・バレエの『くるみ割り人形』の上演が始まった。昨年はソーシャル・ディスタンシング対策に則った改訂振付版が上演されたが、ロックダウンの影響で初日からたった4日で残りの公演が中止となり、予定されていた数多くのダンサーの役デビューが叶うことなく終わってしまった。そして今年も、ロンドンでの急激な感染拡大を受けて12月21日から1月3日までの公演が急遽キャンセルに。ロイヤル・アルバートホールで28日から31日まで予定されていたバーミンガム・ロイヤル・バレエも公演中止が決まり、ロンドンは2年連続でピーター・ライト版『くるみ割り人形』のないクリスマスを迎えることになった。イングリッシュ・ナショナル・バレエのみ、ワクチンを2回接種した証明書か、直近24時間以内に受けたラテラルフロー検査の陰性証明書の提示を観客に義務づけた上で12月16日からウェイン・イーグリング版を上演していたが、12月26日、バレエ団内に陽性者が数名確認されたため、28日までの公演のキャンセルが発表された。

このような状況の中で今年最後の記事を締めくくるのはなんとも後味が悪いので、今回は来年への期待を込めて、今年観た舞台でとくに光っていた、個人的に気になる注目の若手ダンサー3人を紹介したいと思う。 

ジョセフ・シセンズ(Joseph Sissens)

クリスタル・パイト振付『ステートメント』のパフォーマンスで先月ブラック・ブリティッシュ・シアターアワードを受賞し、間違いなくいま最も注目を集めている若手ダンサーのひとりが、ジョセフ・シセンズ。前回の『ダンテ・プロジェクト』でも書いた通り、コンテンポラリー作品でひときわ輝きを放ち、そのしなやかな肢体と弾けるようなエネルギーで観客の視線を釘付けにするユニークなダンサーだ。

英国ハートフォードシャー州の小さな村でカリブ系移民のシングルマザーに育てられ、人種差別などを経験することもあったなかで、努力を重ねて奨学金や地元の支援者からのサポートを得ることでバレエ教育を受けることができたというシセンズ。ふだんなかなか芸術に触れる機会のない子どもたちにこそバレエの魅力を伝えたいと、アウトリーチ活動のPRなどにも積極的に関わっている。13歳で入学したロイヤル・バレエ・スクールを卒業後すぐ、2016年にロイヤル・バレエに入団し、2018年にファースト・アーティスト、2021年にソリストと順調に昇級。とくにウェイン・マクレガー作品の世界観を表現するのに欠かせない存在となっているが、ここ数年でクラシック作品でも主要な役を踊り始めており、今年の『くるみ割り人形』では、初日にハンス・ペーター/くるみ割り人形役で役デビューを飾った。なかでもバットゥリーの美しさは特筆すべきものがあり、今年の6月の『眠れる森の美女』で魅せた青い鳥の連続ブリゼ・ヴォレは、難易度の高さを感じさせない軽やかさとしなやかさがいつまでも脳裏に焼きついている。さらに『オネーギン』のレンスキー役で見せた知的で繊細な演技、『ロミオとジュリエット』のベンヴォーリオ役でのコミカルな演技など、ドラマティックな役でも大きな可能性を感じさせ、近い将来にマクミラン作品での主演デビューもあるかもしれない。また、ウルスラ・モートン振付コンクール第2位に入賞した『Let My People Go』をはじめいくつか小作品を振付けており、今後も有色人種の視点を採り入れた振付に取り組んでいきたいとのこと。来年もますます目の離せない存在になりそうだ。

佐々木万璃子(ささき・まりこ)

バーミンガム・ロイヤル・バレエから2014年にロイヤル・バレエに移籍し、2021/22シーズンにファースト・アーティストに昇進した佐々木。コール・ド・バレエにいても、華やかな容姿と上品で安定感のある踊りで目を引いた佐々木だが、昨年の『眠れる森の美女』第3幕のパ・ド・カトルや『白鳥の湖」でのジークフリート王子の妹役を皮切りに、今年に入ってさらに数々の大役に抜擢され大躍進を見せた。とくに素晴らしかったのはヴァレンティノ・ズッケッティ振付『アネモイ』/『スケルツォ』でのルーカス・ビヨンボーとのデュエット。しっとりと情感あふれる踊りで、これまでの彼女の印象とは違う新鮮な一面を見せてくれた。2021/22シーズンでは、『ジゼル』のパ・ド・シスを踊り、舞台の中央に立つのに相応しいダンサーであることを再び証明。今年の『くるみ割り人形』でも、ローズフェアリー(花のワルツ)、ヴィヴァンディエール(人形)などに抜擢されており、バレエ団になくてはならない存在となった彼女の今後の活躍が楽しみだ。

五十嵐大地(いからし・だいち)

毎回見るたびに驚嘆させられるのが、2020/21シーズンに入団したばかりの五十嵐大地。ロイヤル・バレエ・スクール在学時から既に注目されており(卒業時には最優秀学生に贈られるデイム・ニネット賞を受賞)、これからブレイクすること間違いなしの逸材だ。特に素晴らしかったのはヴァレンティノ・ズケッティ振付『アネモイ』/『スケルツォ』でのソロ。高さとしなやかさのあるジャンプはもちろん、お手本のようにクリーンな技術、オペラハウスの大舞台を狭く感じさせるようなスケールの大きな踊りに目を奪われた。コール・ド・バレエにいても目立つ存在だが、12月初旬にロンドンで上演されたセルゲイ・ポルーニン主演『ロミオとジュリエット』(ヨハン・コボー振付)ではマキューシオ役に大抜擢。既に完成度の高い精緻な踊りで魅せてくれる五十嵐だが、これから舞台経験を重ねてどんなアーティストに成長していくのかを楽しみに見守っていきたい。

このほかにも、今年飛躍を遂げた若手ダンサーはまだまだくさんいるが(もちろんロイヤル・バレエ以外にも)、それはまたの機会に。来年こそは、各バレエ団がフルシーズン予定通りに上演できることを祈って……。

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東京生まれ。東京大学大学院およびロンドン・シティ大学大学院修了。幼少より14年間バレエを学ぶ。大学院で表象文化論を専攻の後、2007年に英国ロンドンに移住。2009年より舞踊ライターとしての活動を始め、シルヴィ・ギエム、タマラ・ロホ、ジョン・ノイマイヤーをはじめとするダンサーや振付家のインタビューを数多く手がけるほか、公演プログラムやウェブ媒体、本、雑誌などにバレエ関連の記事を執筆、大学シンポジウムにて研究発表も行う。長年会社員としてマーケティング職に従事したのち、現在は一児の母として育児にも奮闘している。

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