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【12/3開幕!鈴木竜トリプルビル】いま、日本のダンスに必要なこと〜鈴木竜(演出・振付)×丹羽青人(ドラマトゥルク)クロストーク

阿部さや子 Sayako ABE

2021年12月3日(金)〜5日(日)の3日間、愛知県芸術劇場小ホールで注目のステージが上演される。
横浜のダンスハウス〈Dance Base Yokohama(DaBY)〉のアソシエイトコレオグラファー、鈴木竜が演出・振付を手がけるトリプルビル(★)

3作品はすべて新作で、キーワードは「わたしのからだはわたしのものか」
現代のSNS社会において、「本物の私」よりもアイコンやアバターのほうが「わたし」を代表しているのではないか?
コロナ禍により一気に進んだリモート社会では、もはや身体はなくとも頭脳だけで成立してしまうのではないか?
……等、私たちの身体にまつわる3つの問いを、ダンスを通して投げかける。

今回のトリプルビルが決定的にユニークな点、それはこれらの作品が「コレクティブな手法で創作された」ということだろう。

コレクティブとは「集合的な、組織的な」という意味。つまり、ひとつの作品を創るために様々な専門分野からクリエイターが集まって、それぞれの能力や技術を持ち寄り、協働するかたちでクリエイションを行うということだ。

舞台芸術とは、踊り、演技、物語、音楽、美術……等々、複合的な要素から成る。しかしこと日本においては、それらを総合的に学ぶ機会もないままに、あるダンサーが突然振付家となり、ストーリーも音楽も美術も照明も音響も、何もかもを一人で背負って作品を創ってきたという現状がある。「だから日本では、ジャンルを超えて心を揺さぶるスケールの大きな作品が生まれにくいのではないか」。DaBYアーティスティックディレクターの唐津絵理はそう語る。

この課題に挑むべくスタートしたのが、今回のプロジェクト。コレクティブな創作に参加したメンバーのうち、演出・振付を手掛ける鈴木竜に最も深く関わった“伴走者”が、ドラマトゥルクの丹羽青人(にわ・はると)だ。

ドラマトゥルクは、舞台芸術の創作において必要な資料を集めたり、コンセプトや作品内容に関わる提案をしたり、助言をしたり、相談に乗ったりと、主に知的な面で演出・振付家をサポートする。「日本でも、演劇やオペラといったジャンルではドラマトゥルクの活躍が見られるようになってきたものの、本当はダンスにこそ必要。というのも、ダンサーは言葉よりも身体でものを考え、感覚的に作品を創る人が多いから。自分が感じたことをそのまま踊って、それを観客にも同じように感じて理解してほしいというのは無理がある。冷静かつ客観的な視点から作品を見て、必要な提言をしたり調整をしたりするドラマトゥルクのような存在を置くことによって、作品は普遍性を獲得し、より多くの人に開かれたものになる」(唐津)。

今回初めてドラマトゥルクという存在を得てクリエイションを行った鈴木竜と、初めてドラマトゥルクという職分を任された丹羽青人。
この国のダンスの未来を拓く本プロジェクト、その挑戦と模索のプロセスについて、率直に語ってもらった。

★本公演の3作品は、2021年12月10日(金)・11日(土)・12日(日)にKAAT 神奈川芸術劇場〈大スタジオ〉で開催される「YPAM Joint Program DaBY Performing Arts Selection 2021」でも上演される。上演スケジュールなど詳細はこちら

クリエイションに向けて、DaBYのスタジオでミーティングを行う鈴木竜(写真中央)。鈴木の右は愛知県芸術劇場エグゼクティブプロデューサー/DaBYアーティスティックディレクターの唐津絵理 ©️Dance Base Yokohama

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聞き手:勝見博光(DaBYマネージングディレクター)

勝見 最初に2人の紹介をかねて、それぞれがDaBYや今回のプロジェクトと関わるようになった経緯から話していきましょう。まず鈴木竜は、2020年春にDaBYがオープンして、まだいろいろな制度も定まりきれないなかでもいち早く就任してもらった、初めてのアソシエイトコレオグラファーです。あれから1年半ほどが経ちましたが、ここまでの活動を振り返ってどうですか?

鈴木 「DaBYのアソシエイトコレオグラファーに」と唐津さんや勝見さんからお話をいただいた時の会話は今でも鮮明に覚えていて、あれが僕の人生の中でひとつのターニングポイントになったと思っています。それまで、振付を創るのも自分、踊るのも自分、衣裳を調達したり美術を運搬したりするのも自分、助成金も自分で申請し、スタッフも自分で連絡し……と、何から何まで自分でやるのが当たり前という中でやってきました。だからこそ身についた能力や生命力みたいなものはもちろんあったけれど、それではできることに限界があるとも痛感していたんです。僕はヨーロッパで学び、仕事もして、目は世界のほうに向いている。人生の目標もずっと変わらずNDTやパリ・オペラ座で振付をすることだけど、それは大きすぎる夢なのだろうか……と。そんな時にDaBYというダンスハウスができて、唐津さんや勝見さんが「スケールの大きいことを考えよう」と言ってくださった。その言葉にすごく安心したし、こう思ったんです。「僕がずっと求めていたのは、この人たちかもしれない」と。

鈴木竜トリプルビルより『never thought it would』のリハーサル風景(鈴木竜)©️Dance Base Yokohama

勝見 僕たちプロデュース側からすると、鈴木竜というアーティストは振付家としてもダンサーとしてもセンスがあるし、音楽や美術などを見極める目も洗練されていて、若手の中ではピカイチの実力を持っていると感じていた。あとはその才能を発揮できる場と、不得手な部分を伸ばしてくれるスタッフ、そして一緒に創作をしてくれる優秀なアーティストたちがいれば、彼はもっとスケールアウトできるはずだと考えていました。それで竜をDaBY初のアソシエイトコレオグラファーとして迎え、さっそくコレクティブな手法の創作というものを実験的にやってみようということになった。まずは2020年8月から2021年2月にかけて、トライアウト(試演)を3回ほどやってみたわけですが、その初回から関わったのが、丹羽青人でしたよね。僕たちが最初に声をかけた時、青人はまだ大学生だった?

丹羽 はい、4年生の時でした。

勝見 竜のプロジェクトには若い世代のクリエイターをたくさん巻き込んでいきたいと思っていて、声をかけた中の1人が青人だった。青人は音楽を学んでいたし、ダンスもよく観ていたしね。

丹羽 何かの作品のミーティングがあるから来ないかと唐津さんに誘っていただいて、それで参加してみたのが最初でした。そこで「通奏低音」の話をしたら、竜さんがすごく気に入ってくれたのは覚えていて。でもその時はまだ、「ドラマトゥルク」とかそういう話はまったく出ていませんでした。

勝見 でも僕らの頭にはずっと、日本においてこれからのダンスを創っていくには「ドラマトゥルク」のような存在がすごく有効なのではないか、という考えがあった。そんな時に、哲学好きで膨大な量の本を読んでいる丹羽青人という若者が現れて、ふとつながったんです。「彼ならドラマトゥルクとして力を発揮できそうだ」って。

丹羽 でも最初はドラマトゥルクというより「リサーチャー」的な役割から始まったと思います。例えば「通奏低音っていったい何?」という話になった時に、それについていろいろ調べて資料をまとめて提出する、というように。

勝見 そこからスタートして、次第に竜の持っていたアイディアを膨らませたり整理したり、という役割に発展していった。それがつまり「ドラマトゥルク」という仕事になるわけだけど。

丹羽 だから最初の頃、僕はすごく勘違いをしていたんです。ドラマトゥルクというのは、振付家から「これが気になるんだけど」とお題をもらったら、それについて本を読んで、資料をまとめて、提出すればOKなのだと思っていて。

鈴木 これは冗談で話していたのですが、青人くんは唐津さんから「本を読んで資料をまとめてアドバイスをしてくれるだけで大丈夫だから!」と言われてDaBYに来たけど、じつはそれで収まるような仕事ではなかったと。まるで「楽しくてアットホームな職場です!」という言葉に引っかかってものすごくハードな会社に就職してしまった就活生みたいだって(笑)。

丹羽 騙されたという意味では決してないのですが、「あれ? そんなはずじゃなかったんだけど」感はありましたね(笑)。

勝見 もともと日本にはあまりなかった仕事でもあるし、作品やカンパニーやメンバーによっても、ドラマトゥルクがどういうふうに居場所を持つべきかは違うはず。つまり、いずれにしてもケースバイケースで、自分で自分の仕事を創っていかなくちゃいけないようなところがあると思う。それでまあ、とにかく本公演として劇場にかける作品を創る前に、昨年から1年かけてDaBYでトライアウトをやってみようとなったわけですが、そのトライアウトがまず大変だったでしょう?

鈴木 はい……人生でいちばんつらい1年間になりました。それまでの僕は、良くも悪くもあまり深く考えずに作品を創ってきたと思います。もちろん何か必要な作業をないがしろにしたり、いい加減な気持ちでやってきたわけではなかったけれど、先ほども言ったように何もかもを自分でやっていたから、じっくり考えたり、調べたり、人と相談したりする時間が物理的になかったんです。でも今回は演出・振付だけに集中してじっくり取り組む時間を与えられ、これまでやってこなかった部分に向き合い続けることになったから、ずっと苦しかった。でも、そのぶんたくさんの学びがありました。「なるほど、こういうやり方のほうがいいな」と気づいたこともあったし、「これは、従来のやり方のほうがいいんだな」と感じることもありました。

鈴木竜トリプルビルより『When will we ever learn?』のリハーサル風景 ©️Naoshi HATORI

丹羽 竜さんはこれが人もお金も動くプロジェクトだということを重々承知していて、そのなかで結果を出さなくてはいけないというプレッシャーとも、常に戦っていましたよね。

鈴木 忘れもしませんよ。勝見さんに「失敗できひんからな〜」と言われたことは……。

勝見 (笑)。そんな竜の傍で、青人はドラマトゥルクとしてどんなことを意識してクリエイションに携わりましたか?

丹羽 まず第1回と第2回のトライアウトで「認識のズレ」や「善と悪」という大きなテーマを掲げたのですが、それらをどういう方向性から、どういう動きで、「作品」というひとつのパッケージにするのか? そのすべてを包含できるダンス作品を創るというのは、相当難しいことだと強く思ったんです。ダンサーの不思議な、あるいは神話的なと言ってもいいと思うんですけど、便利な言葉ってあるじゃないですか。「インスピレーション」とか。でも踊らない僕からすると、それでは全然わからない。だからドラマトゥルクとしての僕は、「ダンサーのアイディア」が「踊り」にどう変わるのか掲げたテーマをどのように踊りにするのか、というところを強く気にしました。

勝見 「掲げたテーマを踊りにするのが難しい」という感覚は、竜も同じでしたか?

鈴木 先ほどの話とつながるのですが、僕はそれまで「テーマを先に設定してから作品を創る」ということをやってこなかったんです。むしろ順序が逆で、例えば「こういう照明を使いたいから、それに合うテーマやコンセプトって何だろう?」と発想していたので。だからトライアウトを通して自分がいちばん強く感じたのは、まず表現したいテーマや理屈が明確にあって、それをどう踊りに紐づけていくかというベクトルで考え、しかもそれがスパッとはまった時、物事がクリアに進んでダンスになっていくのだということだったんですよね。
抽象的な概念・コンセプトをダンスとして具象化するのって、しんどい作業ではありますが、そこが作品を創ることの面白さでもあります。そして最近では、「ここまで上手くいけばあとはすんなりいくぞ」というラインがあることも感じているんです。そのラインの置きどころが明確になったら、僕の振付家としての人生はもっと強くて楽しいものになりそうな気がします。

鈴木竜トリプルビルより『Proxy』のリハーサル風景。ダンサーたち1人ひとりが手にして踊る人形は、人形作家オデット・ピコのデザイン・製作によるもの ©️Naoshi HATORI

鈴木竜トリプルビルより『Proxy』のリハーサル風景。この作品は名古屋のダンスハウス黄金4422でオーディションとレジデンスを行い創作された ©️Naoshi HATORI

勝見 竜は元来、アイディアやモチーフが先にあって、そこから帰納的にテーマにアプローチしていくタイプ。いっぽう青人は、まずテーマがあって、そこから演繹的にアプローチしていくタイプ。まったく対照的な2人だからこそ、お互いに考えを整理するのに時間がかかった面はあったよね。だけどそのぶん絶対に面白くなると思ったし、この2人ならきっと、僕らがまだ観たことのないものを観せてくれるに違いないという可能性を感じさせてくれた。

鈴木 確かに青人くんと自分は、ほぼ正反対に位置する人間だと思います。でも、だからこそ青人くんとの協働は絶対に諦めたくない。少なくともこれから数年の僕の活動の中では、絶対に手放してはいけない存在だと思っています。
青人くんは信じられない量の本を読んでいて、言語感覚の鋭さも、論理的な考え方も、物事を見る目の解像度も、僕よりはるか上のレベルにある。今の僕の状態は、言ってみれば原始人がiPhoneを与えられた感じというか、赤ちゃんが国語辞典をもらった感じというか。彼が投げかけてくれる言葉を自分が咀嚼しきれているとは思わないし、揃えてくれた資料を読んでも、理解できているのは100のうち10にも満たないかもしれません。僕はまだ「青人くんの正しい使い方」を見つけきれてはいない。だけどそれを見つけられたら、きっと唯一無二になれると思う。そこにどうにかたどり着きたいですね。

勝見 青人のほうは、竜が爆発して頭から火が出ていても、簡単に手を差し伸べない。それはアーティストをリスペクトしているからだよね。いつでもアーティストの主体性を第一においている。

丹羽 はい、それは最初から意識しています。ドラマトゥルクとして竜さんとどう関わるか、まだ模索段階ではあるのですが、アイディアなり資料なりを渡したら、いったん僕は立ち入りたくないなと思っていて。無責任だなと竜さんは思うかもしれないけど、僕はアートに関わってはいても、「アーティスト」ではない。それだけは強く心に持っておきたいなと考えています。

勝見 建設現場を見ると、必ず「足場」が組んでありますよね。建物を建てる時は、まず足場を組まないと、建築ができないから。青人の得意のするところって、いわば足場を組むことだと思う。アーティストが作りたいイメージを伝えれば、それに合った足場を作ってくれる人。ただ、その「作りたいもの」が揺らいでいると足場は崩れてしまうし、そもそも何を作るかの設計図が引かれていないと、足場を組むことはできない。演出・振付家である竜と、ドラマトゥルクである青人の関係は、まさにそういうことだと思います。

鈴木 竜 Ryu SUZUKI

©️Naoshi Hatori

DaBY アソシエイトコレオグラファー。横浜出身。英国ランベール・スクールで学ぶ。これまでにアクラム・カーン、シディ・ラルビ・シェルカウイ、フィリップ・デュクフレ、インバル・ピント/ アブシャロム・ポラック、平山素子、近藤良平、小㞍健太などの作品に出演。横浜ダンスコレクション2017コンペティションⅠで「若手振付家のためのフランス大使館賞」など史上初のトリプル受賞するなど大きな注目を集めており、作品は国内外で多数上演されている。

丹羽青人 Haruto NIWA

©️Takayuki Abe

DaBYクリエイティブスタッフ。国立音楽大学卒業。公演やWSへの参加も含め、幼少から多くのダンス作品を鑑賞。その経験から、音楽とダンスの関係などに関心をもつ。身体表象による知的価値の創造を目指している。

公演情報

愛知県芸術劇場×Dance Base Yokohama
DaBYアソシエイトコレオグラファー 鈴木竜 トリプルビル

会期 12月3日(金)19:00開演
12月4日(土)14:00開演
12月5日(日)14:00開演
会場 愛知県芸術劇場小ホール(愛知芸術文化センター地下1階)
他会場公演 YPAM – 横浜国際舞台芸術ミーティング
2021年12月10日(金)~12日(日) KAAT神奈川芸術劇場DaBYパフォーミングアーツセレクション
詳細 https://www.ryutriple.com/

 

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