文/海野 敏(東洋大学教授)
第26 回 デヴェロッペ
■曲げた片脚を空中で伸ばす動き
「デヴェロッペ」(développé) は、バレエを習っている方にとってはバー・レッスンでお馴染みの、どちらかというと地味な動きが思い浮かぶかもしれませんが、舞台上では、時に回転・跳躍と同じように華やかで力強く、印象に残る動きとなります。
デヴェロッペは、片脚を曲げながら引き上げて、ゆっくりと空中で伸ばしていく動きです。動きのポイントとしては、引き上げる脚のつま先が膝の位置(ルティレのポジション)を通過します(注1) 。片脚を引き上げる動きがなく、空中で曲げた動脚をただ伸ばす動きは、厳密なレッスン用語としてはデヴェロッペではありません。ただ、舞台では、片脚を引き上げる動きがなく動脚を伸ばす動きも、見かけが似ているため、デヴェロッペと呼ぶことがあります。
フランス語の動詞“développer”は、英語の“develop”と同じ語源です。「畳んだものや巻いたものを広げる」「展開する」「発達する」 といった意味で、“développé”はその過去分詞形です。
デヴェロッペは、前後横、曲げた動脚を空中のさまざまな方向に伸ばすことができます。身体の前へ伸ばすのが「デヴェロッペ・ドゥヴァン」(~ devant) 、後ろへ伸ばすのが「デヴェロッペ・デリエール」(~ derrière) 、真横へ伸ばすのが「デヴェロッペ・ア・ラ・スゴンド」(~à la seconde) です。また、デヴェロッペしながら軸脚で回転する場合を「デヴェロッペ・アン・トゥールナン」(~ en tournant) と言います。
■作品中のデヴェロッペ
ダイナミックで美しいデヴェロッペと言えば、まず、『ドン・キホーテ』第2幕、ドン・キホーテの夢の場面、「森の女王のヴァリエーション」 の冒頭が思い浮かびます。まず左脚をデヴェロッペ・ア・ラ・スゴンドで高く上げてから、ジュテやグリッサードで横へ跳び、今度は右脚を同じく高く上げてから反対方向へ跳びます。この左右の移動を繰り返して、都合9回のデヴェロッペが含まれるシークエンスです(注2) 。森の女王は、身長が高く、スタイルのよいソリストが踊ることが多い役であり、3拍子の優雅な楽曲に合わせた華やかな踊りは、この場面の大きな見どころです。
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英国ロイヤル・バレエのカルロス・アコスタ版『ドン・キホーテ』より「森の女王のヴァリエーション」 。こちらの動画では、丁寧なデヴェロッペ・ア・ラ・スゴンドを左右に繰り返しながら、徐々にア・ラ・スゴンドの脚の高さを上げていきます。
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また、この「森の女王のヴァリエーション」の曲は、『海賊』 にも使われます。その場合、「森の女王のヴァリエーション」の曲は、『海賊』の「メドーラのヴァリエーション」として踊られることも少なくありません。
『眠れる森の美女』第3幕のグラン・パ・ド・ドゥ、「オーロラのヴァリエーション」 は、終盤、軸足をポアントにした(=ピケ)デヴェロッペ・アン・トゥールナンが入ります。弦楽器の「タララララン」という上昇するメロディに合わせ、元気よく右脚を上げて元気よく右脚を上げて3〜4度回転し、クライマックスのマネージュ(舞台周回)へとつなげる振付です。
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ミラノ・スカラ座バレエの『眠れる森の美女』より「オーロラのヴァリエーション」 。デヴェロッペ・アン・トゥールナンは1分50秒から見ることができます。このテクニックは華やかな「オーロラのヴァリエーション」のなかでも見どころのひとつです。
『ラ・バヤデール』第3幕、「影の王国」 では、バヤデールとなった群舞全員が縦横に整列し、軸足は踵を上げないポジション(=ア・テール)で、一斉に右脚をデヴェロッペ・エカルテ・ドゥヴァンで高く上げ、しばらくポーズする場面が有名です。バレエ団の実力が問われる場面であり、全員のつま先の方向がしっかり揃ってぴたりと静止すると、思わずぞくっとする美しさです。「影の王国」のコール・ド・バレエは、マリウス・プティパ振付の最高傑作と言ってよいと思います。
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ボリショイ・バレエの『ラ・バヤデール』より第3幕の「影の王国」 です。見事に揃ったデヴェロッペ・エカルテ・ドゥヴァンが見られるのは、5分から。クラシック・バレエの極みと言うべき美しく幻想的な群舞をご覧ください。
■デヴェロッペ(?)の連続技
『グラン・パ・クラシック』 は、クラシック・バレエの技巧をこらして踊るバレエ・コンサート用のパ・ド・ドゥです。その女性ヴァリエーション では、片脚をずっと床に降ろさず、空中で曲げ伸ばししながら斜めに進む終盤の振付が見せ場になっています。
さて、この片脚を空中で曲げ伸ばす動きを何と呼ぶかですが、じつはバレエ教師でもさまざまです。筆者の知る範囲では、「バロネ」(連載第21回) と呼ぶ先生が多いのですが、「バロネ」でなく「バロテ」(連載第20回) だとおっしゃる先生もいます。また、動脚をルティレへ引き上げる動きがないので、デヴェロッペではないと断言される先生もいらっしゃる一方で、パリ・オペラ座のリハーサルで『グラン・パ・クラシック』の指導者が「デヴェロッペ」と呼んでいる映像もあります。「バットマンの一種」とおっしゃる方もいます。呼び名に正解はなさそうですが、今回は、この動きもデヴェロッペとして紹介することにしました。
『グラン・パ・クラシック』の女性ヴァリエーションの終盤 は、デヴェロッペ・ドゥヴァンの連続が見せ場です。詳しく説明すると、「軸脚をポアントにして(=ルルヴェ)デヴェロッペ・クロワゼ・ドゥヴァン×2回→デヴェロッペ・ア・ラ・スゴンド→ルルヴェ・アン・トゥールナン・アン・ドゥオールで1回転」を、動脚を床に降ろさずに7回もくり返して、舞台を斜め前へ進んでゆきます(注3) 。前へ進むため、回転のたびに軸脚を小さくホップして、少しずつ移動します。しかも、5回目のルーティーンからは、デヴェロッペで動脚を水平よりも高く上げなければならず、難易度が上がります。バレエを見始めたばかりの鑑賞者にとっても分かりやすい、驚きのスーパーテクニックです。
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『グラン・パ・クラシック』から女性ヴァリエーション。マリインスキー・バレエのオクサーナ・スコーリク による高度なテクニックは、6分40秒から見ることができます。音楽の盛り上がりに合わせてデヴェロッペの脚の高さも上がり、最後は軽やかなピケ・アン・ドゥダンのマネージュで小粋に終わります。
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『エスメラルダ』 は、全幕作品として上演されることはほとんどありませんが、タンバリンを持って踊る「エスメラルダのヴァリエーション」 は、バレエ・コンサートやコンクールでよく踊られます。この振付でも、『グラン・パ・クラシック』と同じく、終盤のデヴェロッペ・ドゥヴァンの連続が、テクニックの見せ場となっています。詳しく説明すると、「デヴェロッペ・エファセ・ドゥヴァンで動脚を高く上げ、動脚のつま先でタンバリンを叩く×2回→タンバリンを(つま先・肩・ひざ・ひじなどで)3度叩く」というシークエンスを、やはり動脚を床に降ろすことなく3度くり返して、舞台を斜め前へ進むという超絶技巧です。タンバリンの叩き方には、ダンサーによっていろいろなパターンがあります。
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「エスメラルダのヴァリエーション」 を披露しているのは、ベルリン国立バレエのヨランダ・コレア 。連続するデヴェロッペ・ドゥヴァンは、8分7秒から。タンバリンを叩きながら次々と難しいテクニックをこなしていく、ドラマティックなヴァリエーションです。
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(注1) すなわち、デヴェロッペは「パッセ」(passé)と呼ばれる動作を伴います。パッセとは、片脚のつま先が、反対の脚の膝または膝のすぐ下を通過する動きです。なお、「ルティレ」(retiré)は、これまでの連載に登場済みの脚のポジションの名前ですが、同じポジションが「パッセ・ポジション」、「ラクルシ」(raccourci)、「アン・ティル・ブッション」(en tire-bouchon ; 第16回 に登場)など、さまざまな名称で呼ばれています。
(注2) 動脚を引き上げてから伸ばすのではなく、いきなり空中で曲げた動脚を伸ばすダンサーも多いのですが、ここではそれも含めて「デヴェロッペ」としました。
(注3) この動きで、軸脚と動脚をそれぞれ左右どちらにするかは、ダンサーによって異なります。シルヴィ・ギエムは軸脚右、動脚左でした。
(発行日:2021年9月25日)
次回は…
第27回は、「アラベスク・パンシェ」 を取り上げます。発行予定日は2021年10月25日です。第28回は「ランベルセ」 を予定しています。