Videographer:Kenji Hirano
2020年2月15・16日、NBAバレエ団がとてもユニークな趣向の舞台を上演する。
公演名は「ホラーナイト」。
同団が2014年に日本初演した『ドラキュラ』の第1幕と、新作『狼男』の二本立てだ。
『ドラキュラ』はアメリカのミルウォーキー・バレエ芸術監督のマイケル・ピンクが英国ノーザンバレエシアター在籍時の1996年に振付けた作品。本国では「歩くホラーショー」と呼ばれ、観客もハロウィンのように仮装して観に行くのが恒例となるほどのヒット作となっている。
今回は初日のタイトルロールに英国ロイヤル・バレエ プリンシパルの平野亮一を迎え、同団ソリストの宝満直也とのダブルキャストで上演する。
そして『狼男』は、上述の宝満直也が振付ける新作だ。バレエ団の中核を担うダンサーでありながら振付家としても活躍する宝満が、独自の感性で描き出す“狼男”とは一体――。
本番まであと1ヶ月と迫った1月16日、埼玉県所沢市に拠点を構えるバレエ団の稽古場を取材。
スタジオに響きわたる音楽からして、まさに“ホラー”――ふだん観ているバレエとはひと味もふた味も違う空気が、ダンサーたちの動きの一つひとつに充満していた。
Photos:Ballet Channel
「ドラキュラ」(振付:マイケル・ピンク)
ドラキュラ役の宝満直也とジョナサン・ハーカー役の大森康正
観ていて本当に身の毛がよだつ場面……このシーンはページトップの動画でもお楽しみいただけます……
「狼男」(振付:宝満直也)
『狼男』は1組の男女を中心に踊りが紡がれていく。こちらは2月15日14時公演と2月16日14時公演で主演を務める竹田仁美(a girl)と森田維央(a man)
「“狼男”のイメージとして、“疑心暗鬼”とか“猜疑心”というのがあると思う。誰が、狼男なのか。この人か? もしかするとあの人か? と、誰もが誰かを疑っている」(宝満さん)
Interview 宝満直也(「ドラキュラ」主演/「狼男」振付)
- 今回の「ホラーナイト」公演では、宝満さんは『ドラキュラ』のタイトルロールを務めつつ、さらに『狼男』も振付けるという活躍ぶりですね。
- 宝満 『ドラキュラ』は、バレエ団としては再演ですが、僕にとっては初めての作品です。いっぽうでは『狼男』を作りながら、もういっぽうの『ドラキュラ』で初役主演も務めるということで、いまはちょっといっぱいいっぱいではあります。(編集部注:取材時は1月中旬)
- まずは『ドラキュラ』について聞かせてください。踊り手として、あるいは振付家として、宝満さんはこの作品のどんなところにおもしろみを感じますか?
- 宝満 踊る立場で言うと、まず「わかりやすさ」がいいですね。もちろん振付も演じる内容も難しいのですが、どうすべきなのか、何を表現すべきなのか、といった「目指すべき方向」が明確。動きも純粋なクラシックというよりはもっと自由さがあって、僕にとってはむしろ踊りやすくもあります。作品としては、振付も音楽も衣裳もややミュージカルに近くて、エンターテインメント性が高い。誰にとってもわかりやすくて、最後まで飽きずに観られるのではないでしょうか。
『ドラキュラ』リハーサルより
- 2014年の初演時はダンサーの大貫勇輔さんがゲスト主演し、今回は英国ロイヤル・バレエのプリンシパル、平野亮一さんと宝満さんとのダブルキャストですね。
- 宝満 じつは僕、初演時にドラキュラ役を演じた大貫勇輔君と幼なじみなんですよ。十代の半ばから、彼のお母さんが主宰しているダンススタジオで習っていたので。
- そうなんですね!
- 宝満 だからこの作品のことは観たことはなかったけど知ってはいて、NBAバレエ団に入るとなった時に「踊れたらいいな」と思っていたので、今回チャンスをいただけたのはとても嬉しいです。
当然ですが、僕は平野さんとは全く違うタイプですし、勇輔君とも違います。例えば平野さんは身体が大きくて男性的な魅力を持つダンサーですが、僕の持ち味はどちらかというと中性的。こうした個性を活かして、僕は僕のドラキュラを演じられたらと思っています。
『ドラキュラ』のリハーサルを終え、続いて『狼男』の振付に入るために、ひとり静かに何かを確認していた宝満さん
- そしてぜひたっぷりお話を伺いたいのが『狼男』についてです。“ホラー”になりそうな題材は他にもいろいろありそうですが(フランケンシュタインとか、悪霊とか、化け猫とか……)、今回はなぜ“狼男”なのでしょうか?
- 宝満 久保綋一芸術監督から「直也、『ドラキュラ』とダブル・ビル(二本立て)で上演したいから、『狼男』をテーマにした作品を作ってくれないか」と依頼されたからです。それで「わかりました」と引き受けたのですが、すぐに難しさにぶつかりました。というのは、“ドラキュラ”と“狼男”はどちらもアメリカの映画で大きくなったモンスターということもあって、どうしてもイメージが被るんです。満月や狼の遠吠えが情景として描かれたり、どちらも銀の弾丸が弱点だったり。
- 確かに!
- 宝満 誰もが思い浮かべるような“狼男”のイメージのまま作品を作ってしまうと、ダブル・ビルで上演された場合、僕が観客なら飽きてしまうかもしれません。だからまず、この『狼男』は“物語バレエ”にはしないことにしました。
- そこがまさにリハーサルを拝見して驚いた点です。“狼男の物語”が描かれるのだと想像していたら、まったく違って、とても抽象性の高い作品になっていると感じました。
- 宝満 ピンクさんの『ドラキュラ』が、ものすごくわかりやすい“物語バレエ”ですよね。だから僕は、それとはまったく違う切り口でいこうと。“狼男”という存在が中心にいて、その周りにストーリーを作っていくようなやり方ではなく、“狼男”から想起されるさまざまなイメージを取り込んでいくような作り方をしています。
- 先ほどのリハーサルの現場で、宝満さんのなかから振付が次つぎと生まれていく瞬間を目の当たりにしました。“赤ずきんちゃんに出てくる狼”とか“人狼ゲーム”とか、いろいろな言葉が連想ゲームのように出てくるのがとてもおもしろかったです。
- 宝満 振付を作る時、僕はあまり事前にアイディアを考えたり、動きを作り込んだりはしないんです。もちろん下調べとして、狼男に関する本や映画にはたくさん目を通しました。でも、自分にとっていちばん大事なのは、やはりスタジオでダンサーたちと向き合う時間です。彼ら・彼女らと向き合って、動いてもらった時に見えてくるものを、一つひとつ形にしていく。だから、アイディアや振付を自分のなかから絞り出しているというよりも、ダンサーたちからもらっているような感覚ですね。
- クリエイションの最中、「男性は何かを追いかけるように出てきてほしい。女性は何かに追いかけられるように出てきてほしい」など、ダンサーに振付のイメージを伝える言葉もとても素敵だと感じました。ああいった表現もすべて、あの現場で、あの瞬間に生まれたものだったのでしょうか?
- 宝満 完全にその場での思いつきです。僕は自分がダンサーとして踊る時、必ず“意味”がほしいタイプなんですよ。意味もなく、そこに立ちたくない。自分が動いたことに、意味がほしい。だから振付家に対しても、いつも「この動きにはどんな意味がありますか? なぜこれをやるんですか?」と質問をします。ダンサーとしての自分がそうだから、振付をする時にも、思いついた言葉はどんどん口にして伝えるようにしていますね。またそうして話しているうちに、自分のなかで漠然としていたイメージが明確になって、はっとすることもあります。
- 背景に設置された黒い紐状のカーテンも、振付の要所要所でとても重要な役割を果たしていましたね。
- 宝満 使える装置や道具が限られているなかで、「これはどうか」と提案してもらったのが、あのストリングス・カーテンだったんです。実物を見た瞬間、かっこいいと思いました。獣の表皮にも見えるし、毛並みにも見えるし、他にもいろんなものに見えてきます。これからさらにカーテンと向き合って、もっといろいろな表現の可能性をダンサーたちと探っていけたらと思います。
- それから音楽について。“恐ろしい”というよりも、美しくて、哀しくて、切ない音楽のように感じますが、これも宝満さん自身が選曲したのでしょうか?
- 宝満 はい、音はすべて僕がチョイスしました。インスタグラムでたまたま知り合った、無名の作曲家の楽曲です。メロディアスな部分もあれば、ミニマルな部分もあって、ベースはとても美しいのに、だんだん歪(ひず)んでいくようなイメージがある。そこが、人間でも獣でもなくて、人間からも獣からも“ずれた”ところにいる狼人間という存在にぴったりだと感じました。
- 人間からも獣からもずれたところにいる存在……切ないですね。
- 宝満 この作品は『狼男』というタイトルになっていますが、僕が描きたいのは男女を限定しない「人狼」です。人でも獣でもなく、男でも女でもない。その曖昧さが生んでしまう“切なさ”というのは、描きたいもののひとつとしてあります。
- 曖昧な存在だから、主役のふたりが「a man」「a girl」という役名なのですね。“the”ではなくて“a”、“A MAN”“A GIRL”ではなくすべて小文字表記。なぜこんなに抽象性の高い役名にしているのか、その理由がわかった気がします。
- 宝満 それこそ物語バレエのように名前を付けて、「この人はジョナサン・ハーカー、この人はミーナ」と、キャラクターを定義することはしたくなかったので。お客様に先入観なく観ていただくために、“それが何者か”をできるだけ特定しない、シンプルで抽象的な表現を選びました。
- 今日は『狼男』の衣裳を担当されるデザイナーの堂本教子さんもいらっしゃいましたね。
- 宝満 僕が心から惚れ込んで、信頼している衣裳デザイナーさんです。振付家である僕の意図を汲み取りながら、ご自分のなかの「これだ」というものを提示してきてくださる。真のアーティストです。
- 衣裳合わせのようすをちらりと拝見しましたが、振付の抽象性の高さに対して、堂本さんの衣裳は、まだベースではありましたがきちんと襟がついていたりと、はっきりとした輪郭のある具象的なデザインに見えました。
- 宝満 堂本さんが僕の振付を見た上で考えてくださっているものですから、そこは完全にお任せしています。動きの抽象性とのバランスをとっているのかもしれないし、そうではない意図があるのかもしれない。最終的にどうなるかはわかりませんが、楽しみです。
- 最後にひとつ、大きな質問をさせてください。ダンサーには大きく分けて、自分で振付を作りたいと思うタイプと、作りたいとはまったく思わないタイプがいるように見えます。宝満さんはなぜ、自分が踊るだけでなく、振付を作りたいと思うのでしょうか?
- 宝満 僕はよく「 “ダンサーとして踊ること”と“振付を作ること”に、何か違いはありますか?」という質問をされるのですが、ひと言でいうと、そこに明確な線引きはありません。踊ることを求められれば踊るし、作ることを求められれば作ります。踊るのも作るのも好きだからやっているという感覚で、自分で踊って表現するか、自分で作って表現するかの違いだけ。両者に本質的な違いはないと思っています。
ただ、もしも僕がバレエしか知らなかったら……つまりバレエ以外のダンスと出会うことがなかったら、振付を作りたいとは思わなかったかもしれません。それこそ大貫勇輔君のお母さんのスタジオに通うようになって、ジャズやモダンやストリートダンスに触れたこと。音楽にはグルーヴがあることを知り、音の捉え方や感じ方が変わったこと。例えばバレエはメロディのなかでなめらかに踊るけれど、ストリートダンスはもっと、音符一つひとつの外郭をカッ!カッ!と捕らえていくような感覚で踊ります。そうしたダンスや音楽の多様性との出会いによって無意識的に養われた感性が、いまの僕の表現を作っているという気はします。
僕はもちろんこれからも踊りますが、“作り手”としてもっと成長したい、という思いはあります。やはり、ダンサーにはいい振付家との出会いがすごく重要で、振付家にもいいダンサーが必要。ダンサーは振付によって磨かれるし、振付もダンサーによって磨かれるんです。その意味で、僕はそう遠くないうちに、ヨーロッパの大きなカンパニーで仕事ができるようになりたいと思っています。日本にも素晴らしいダンサーはたくさんいるけれど、やはり自分がまだ出会ったことのない、想像を二つも三つも超えてくるような人たちと仕事をしてみたいと考えているところです。
公演情報
NBAバレエ団「ホラーナイト」