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2023年3月9日(木)、都内ホテルにて、令和4年度(第73回)芸術選奨贈呈式が執り行われました。
この賞は、文化庁が昭和25年から毎年度、芸術各分野において優れた業績を挙げた人、または新生面を開いた人に対して贈っているもの。
本年度は、新国立劇場バレエ団プリンシパルの福岡雄大(ふくおか・ゆうだい)さんが舞踊部門文部科学大臣賞を、愛知県芸術劇場エグゼクティブプロデューサー/Dance Base Yokohama(DaBY)アーティスティックディレクターの唐津絵理(からつ・えり)さんが芸術振興部門文部科学大臣賞を受賞しました。
また舞踊部門文部科学大臣賞はもう一人、琉球舞踊家の志田真木(しだ・まき)さんが受賞。
舞踊部門文部科学大臣新人賞は、舞踏家で大駱駝艦鑑員の田村一行(たむら・いっこう)さんが受賞しました。
まずは文部科学大臣賞・文部科学大臣新人賞を受賞した計30名がひとりずつ登壇。永岡桂子文部科学大臣から表彰状と目録を授与されたのち、受賞者を代表して、演劇部門文部科学大臣賞の俳優・段田安則(だんた・やすのり)さんと、文学部門文部科学大臣賞新人賞の小説家・九段理江(くだん・りえ)さんが挨拶しました。
演劇部門文部科学大臣賞の段田安則さん。「私はふだん、目の前にある仕事をひとつずつ、そうすれば良くなるかな、おもしろくなるかなと思ってただ勤めているだけ。自分が芸術家だなんて思っておりませんでした」と挨拶。いまから四十数年前の20代前半に、今回の贈呈式が行われたホテル内のフレンチレストランでアルバイトをしていた思い出を語り、会場を沸かせました ©️Ballet Channel
贈呈式終了後、福岡雄大さんと唐津絵理さんに話を聞きました。
舞踊部門文部科学大臣賞
福岡雄大(バレエダンサー)
福岡雄大さん。「福岡雄大氏は、数々の国際コンクールで受賞後、平成21年新国立劇場バレエ団に入団、以後華麗なテクニックと豊かな表現力で古典バレエから近代バレエ、コンテンポラリー作品まで、主演を続け成果を上げてきた。令和4年も古典バレエでの成功のみならず、平山素子、柳本雅寛版「春の祭典」では2台のピアノと男女二人のダンサーという小人数の空間構成で、ストラヴィンスキーの難曲に拮(きっ)抗し、二つの肉体と精神が交差し、人間の根源的かつ壮大な世界観を描ききったことは大いに評価できる」という贈賞理由による受賞となりました ©️Ballet Channel
- 受賞おめでとうございます。
- 福岡 ありがとうございます。すごく嬉しいですし、気が引き締まる思いでいっぱいです。
- バレエダンサーとしてキャリアを重ねてきて、いまこのタイミングで大きな賞を受賞したことについて思うことは?
- 福岡 他の受賞者の方々のキャリアがあまりにも素晴らしいので、「まだ39歳の僕がいただいていいのでしょうか……」という戸惑いはあります。でも自分としては、充実したシーズンを送れたからこそいただけた賞なのかなと思います。
永岡文部科学大臣から表彰状を受け取る福岡さん ©️Ballet Channel
- 贈賞理由として、『春の祭典』(平山素子・柳本雅寛振付)が挙げられていました。
- 福岡 踊ってきたのはバレエ作品のほうが圧倒的に多いので、その意味では少し意外でした。でもさまざまな作品を踊らせていただいてきたなかでの『春の祭典』であり、大阪では(編集部注:福岡さんは大阪のK★バレエスタジオ出身。矢上香織・久留美・恵子に師事)師匠・矢上恵子振付のコンテンポラリーダンスもたくさんやってきました。それが実を結んだ部分もあるのかなと。亡くなった師匠も空から喜んでくれていると思います。
僕、平山素子さんの作品を踊るのは、『春の祭典』が初めてだったんです。前にいちどチャンスがあった時には、膝の怪我で出演できなかったので。『春祭』はたった2人で45分間踊り続けるという、フィジカル的にもメンタル的にもハードな作品。めったにない経験をさせていただいたし、もしも再び踊る機会をいただけたなら、また違う景色が見えそうな気がします。
- 授賞式には恩師・矢上久留美さんも大阪から駆けつけていました。
- 福岡 矢上先生は昔から僕のことを我が子のように見守ってくださってきたので、これからは親孝行する気持ちで、長く、いろいろなかたちで舞踊生活を送っていけたらと思っています。
贈呈式に駆けつけた恩師の矢上久留美先生と ©️Ballet Channel
- 今シーズンで心に残っている舞台は?
- 福岡 『ジゼル』でしょうか。アルブレヒトは自分としてもすごく好きな役で、周りからも「似合う」と言われます。アルブレヒトが似合うってどういうことやろ?って、たまに複雑な気持ちにもなりますが(笑)。ほかにも『春の祭典』はじめ思い出深い作品が多かったいっぽうで、細かい怪我などしんどいこともいろいろあったシーズンでした。それがこのようなかたちで評価していただけて、報われたような気持ちもあります。
- 今回の受賞をひとつの節目に、これからどのように踊っていきたいですか?
- 福岡 賞とは、受賞したその日だけで終わるもの。それが大阪の師匠の教えです。もちろんすごく名誉で光栄なことですが、次の日からはまた、同じように努力する毎日が始まるだけ。そもそもこの賞は僕個人のものではなく、僕を支えてくれているみなさんが受賞したものだと思っています。だから僕は何も変わりません。これからもただ精進するだけです。
- 疫病に戦争と、不安や怒りや悲しみの靄が晴れることなく世界に立ち込めているいま、芸術家として思うことは?
- 福岡 コロナも戦争も、個人の力ではどうにもできないこと。ニュースを見てもやるせない気持ちになるばかりです。それでも僕たちダンサーにできることがあるとしたら、それはやはり夢を与えることだと思うんです。たとえわずかであっても、僕らが踊り続けることで、観に来てくださったお客様に夢の時間、心が豊かになるひとときを過ごしていただけたら。本当に、何よりもそれをいちばんに思っています。
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芸術振興部門文部科学大臣賞
唐津絵理(舞台芸術プロデューサー)
唐津絵理さん。贈賞理由は「唐津絵理氏は、公共劇場でプロデューサーとして活動を行い、さらに令和2年に民間支援による新しいダンスハウス「Dance Base Yokohama」の立ち上げに参画、これらの連携の成果として令和4年は「愛知県芸術劇場×Dance Base Yokohamaパフォーミングアーツ・セレクション2022」の全国ツアーを行い、ダンスの多様性を示し高く評価された。氏は、アーティストの自立的な活動を支援し、可能性を引き出すために、安全安心な制作環境を整えようと活動を始めた。また創客の視点から、舞台芸術の批評眼を持った新たな観客を生み出すことにも力を入れてきた。これらの活動は芸術振興の意味や方法を改めて問い直す契機ともなった。ダンスに止まらない芸術の創造と振興・支援施策のあり方両面に影響を与える重要な取り組みを牽引してきた存在である」。 ©️Ballet Channel
- 受賞おめでとうございます。
- 唐津 ありがとうございます。この仕事をして30年になりますが、これまでお世話になった方々、一緒に仕事をしてきた方々、それから舞台を観に来てくださるお客様……いろんな人の顔が浮かんできます。
プロデューサーは通常アーティストを支える仕事であって、表舞台に立つことはすごく少ないんです。でも、舞台を作るためには非常に重要な存在だと私は思っていて、そこに光を当てていただけたことが嬉しい。この仕事を目指す若い人たちにとっても、きっと大きな希望になるだろうと思います。文化芸術振興のために重要な存在だと示していただけたという意味でも、とても嬉しかったです。
- 贈賞理由を見ると、プロデュース作品の創作・公演活動、アーティストの活動支援や活動環境の改善、そして批評眼を持った観客の育成と、多岐にわたる活動が評価されています。
- 唐津 みなさんの目に日常的に触れるのは公演活動のみ。それを作るための土台として何をすべきかという議論は、これまであまりなされてきませんでした。どういう環境であればいいパフォーマンスが生まれるのか? アーティストがただ技術に長けていればいいわけではないのと同じように、作品を上演することにおいても、どんな人たちがどんな役割を担うのか、作った作品をどう世に出して、観客にどう伝えていくのか……と、いくつもの段階があるんです。それらはすべて密接につながっているにもかかわらず、つなげて語られることがなかった。芸術を振興していくためには、作品を作るだけでもダメだし、興行的に集客するだけでもダメ。アーティストもお客様も、みんなが作品作りに関わりながら循環していくことがとても重要だということを考えながら、この数年間活動してきました。
- 舞踊芸術の構造を明確にして、問題のある箇所に次々とメスを入れていくように活動を積み重ね、その成果を形にしてきた人、それが唐津さんだと感じます。
- 唐津 私が30年前にこの仕事に就いた時は、プロデューサーという仕事もまだほとんどなく、公立劇場にダンスの専門家が勤めるということもなかった時代。とにかく手探りで仕事をするなかで、マネージメント人材の役割とは? アーティストはどんな生き方をしていけばいいのか? 等、浮かび上がってくる問題に一つひとつ取り組んできました。いまだに決定的な解決策が見つからないこともありますが、「これならできる」というところから一つずつ、公演や講座などを通して実験的に模索を続けてきた、という感じでしょうか。
永岡文部科学大臣から表彰される唐津さん ©️Ballet Channel
- 贈賞理由にあった「創客の視点から、舞台芸術の批評眼を持った新たな観客を生み出すことにも力を入れてきた」という一文について。先ほど「アーティストもお客様も、みんなが作品作りに関わりながら循環していくことが重要」という言葉もありましたが、唐津さんの考える、これからの観客に求められることとは?
- 唐津 もちろん好きな誰かを観にいくという楽しみ方もあるけれど、やはり作品そのものを見る目が上がっていかなければ、日本全体の文化レベルは向上しないと思うんですね。その作品をどう感じ、どう理解するのか。理解の仕方はもちろん自由です。でも作品は見れば見るほど味わうことができるようになりますし、さらにそこに何らかの補助線があれば、もっと新しい見方ができるようになる。お客様の批評眼が上がれば、当然演じる側もさらに良いものを出していかなくては……と、いい意味で追い込まれますよね。アーティストの成長のためにも、観客の厳しい目は必要です。
それからもうひとつ。ダンスに限らずどの芸術ジャンルでも、クリエイションの過程でハラスメントが起きやすいという問題があります。いい作品を作るために厳しく指導するのが悪いわけではありません。ただ「厳しい指導」を超えて、人を本当に痛めつける言葉を放ったり、精神的に追い込んだりすることが、芸術のためだからと許されている現実がある。でも、創作に関わるすべての人たちがリスペクトし合い、ポジティブな状態でクリエイションをしたほうがいい作品ができることを示していければ、状況は変わっていくと思うのです。
ですから観客のみなさんには、ぜひそういうことにも関心を持っていただきたい。好きな人、好きな作品を観るためだけに劇場に行くのではなく、その作品がどうやって作られたのか、その過程まで総合的に見て判断できるお客様が増えれば、芸術環境は本当に変わっていくと思います。観客のみなさまの目線が、ものすごく重要なんです。
- これからアクセルを踏んで取り組んでいきたい課題はありますか?
- 唐津 いまお話しした芸術環境の改善をもっと明確にやっていきたいのと、もうひとつは今回の賞でも評価していただいた「パフォーミングアーツ・セレクション」をさらに展開していくことです。これは本当に健全な環境で作品を作り、愛知県芸術劇場で初演して、その後全国7ヵ所でツアーをさせていただいたのですが、次は海外展開を考えています。じつはすでに2ヵ所ほど海外上演が決まりつつあるんですよ。日本で作られた作品を、何度もていねいに再演して、それを海外に送り出す。そうしてアーティストたちの芸術活動が仕事として成り立っていくような道筋を作りたいと思っています。
- いま起こっている戦争を見ていると、文化芸術は政治や社会情勢の影響から逃れられないのだと思い知らされます。そのような時代において、芸術はどうあるべきだと考えますか?
- 唐津 芸術が政治に利用されてきたという歴史は確かにあります。けれども芸術だからこそ、政治から距離をおいて人々をつなげるメディアになれると思うのです。国を超えて、多様な人が対話できる場所。価値観の違いに関わらず、個人個人がリスペクトされるメディア。ダンスが有しているそうした価値が、ますます強くなっていってほしいと思います。