令和5年度(第74回)芸術選奨受賞者のみなさん ©︎Ballet Channel
2023年3月12日(火)、都内ホテルにて、令和5年度(第74回)芸術選奨贈呈式が執り行われました。
この賞は、文化庁が昭和25年から毎年度、芸術各分野において優れた業績を挙げた人、または新生面を開いた人を選奨し、芸術活動の奨励と振興に資するためにおくるもの。本年度は、
- 美術分野における表現方法の多様化に伴い、映像、メディアアート、その他新傾向の作家を対象に追加。これにより、部門数が昨年度の11部門から12部門に増加
- 昨年度は原則1名以内だった一部部門の文部科学大臣賞と全部門の文部科学大臣新人賞の贈賞件数が、原則2名以内に増加
- 賞金については、大臣賞の30万円→120万円、新人賞の20万円→80万円にそれぞれ増額
といった変更がなされての実施となりました。
本年度の舞踊部門は、スターダンサーズ・バレエ団常任振付家の鈴木稔(すずき・みのる)さんが文部科学大臣賞、東京バレエ団プリンシパルの秋山瑛(あきやま・あきら)さん、新国立劇場バレエ団プリンシパルの速水渉悟(はやみ・しょうご)さんが文部科学大臣新人賞を受賞しました。
また舞踊部門文部科学大臣賞はもう一人、日本舞踊家の吉村古ゆう(よしむら・こゆう)さんが受賞しました。
贈呈式ではまず、文部科学大臣賞の23名と1組、文部科学大臣新人賞を受賞した23名が部門ごとに登壇。盛山正仁(もりやま・まさひと)文部科学大臣より、受賞者一人ひとりに表彰状と目録を授与しました。
「今年度からは、 優れた芸術家のみなさんに賞を受ける機会を充分に確保できるよう、贈賞件数を増やし、賞金を増額するなどの拡充をしました。今後も「文化芸術立国」の実現に向け、 文化芸術活動の充実に必要な施策に取り組んでまいります」と挨拶した盛山文部科学大臣 ©️Ballet Channel
続いて受賞者代表による挨拶。まずは文部科学大臣賞の代表として、映画部門で受賞した俳優・佐藤浩市(さとう・こういち)さんが登壇しました。
映画部門文部科学大臣賞を受賞した俳優の佐藤浩市さん。「私も45年近くこの世界でやってくることができ、いまこうして登壇させていただくことができたのも、ひとえに“出会い”。一に人との出会い、そして作品、本との出会いがあって、こうして継続することができました。自分がやっていることにいったん蓋をして、新しく次の自分に向かっていけるか。周りにいたいろんな方々との出会いがあったから、やってこられたと思っております。60代半ばですが、これからもそういう出会いの中で、新しいページをめくることができたらうれしい」と挨拶しました ©︎Ballet Channel
続いて文部科学大臣新人賞の代表挨拶を務めたのは、舞踊部門受賞の秋山瑛さん。自身にとって転機となった出来事や、自分はなぜ踊るのか、これからどんなアーティストを目指したいか等について、等身大の率直な言葉で語りました。
舞踊部門文部科学大臣新人賞を受賞したバレエダンサーの秋山瑛さん ©︎Ballet Channel
- 〈新人賞代表・秋山瑛さんのスピーチ全文〉
- この度はこのような素晴らしい賞をいただき、大変光栄に思っています。本当にありがとうございます。
信じられない気持ちが先に立ち、正直実感がわかなかったのですが、受賞を知った家族や、いつも支えてくださっている方々が本当に喜んでくださって、それがいちばん嬉しかったです。
私は7歳で『白鳥の湖』の舞台を見て、両親にお願いしてバレエを始めました。
踊ることが大好きで、新しいステップを知ることや新しい作品を踊れることが嬉しくて毎日踊っていました。
私はバレリーナとして、恵まれた身体条件を持っているわけではありません。
小さな頃からすごく上手で、このまま頑張ればバレエの世界で生きていける、と希望の持てるダンサーではなかったと思います。
バレエが大好きという一念で、やめるという選択肢を持てず今までバレエを続けてきた私が今ここにいられるのは、いつも私の選択を尊重して応援し支えてくれた家族をはじめ、導いてくださった先生方、先輩方、一緒に踊ってきたダンサーたち、いつも応援してくださる周りのみなさまのおかげです。
受賞理由に挙げていただいた『ジゼル』と『かぐや姫』は、私のダンサー人生の中で最も迷って、壁にぶつかった作品です。
『かぐや姫』の振付家である金森穣さんとは初めてご一緒しましたが、楽しさと共に、自分の舞踊家としての在り方を考えさせられる経験でした。
東京バレエ団のために創られたこの作品で、3年かけて一から全幕作品を創り出すという創作過程に携われたことは私の宝物です。
『ジゼル』は今年2年ぶりの上演で、日本とオーストラリアのメルボルンで踊らせていただきました。
2021年に初めてジゼルを踊った終演後、芸術監督の斎藤友佳理さんから率直なお言葉をいただきました。
一言でまとめるならば、「よくなかった」という言葉です。
友佳理さんは嘘がなく、バレエという芸術にまっすぐな方です。
『ジゼル』の終演後に友佳理さんからいただいたお話で、私のダンサーとしての意識は大きく変わりました。
「踊る」ということはいったい何だろうと、作品を生きることや表現することについて、もっと自分とも作品とも向き合わないといけないのだ、とやっと気付けたのです。
踊っている時や舞台を観ている時、どうしようもなく心が震えることがあります。
それは説明できない感覚で、なぜこんなに心動かされるのか、揺さぶられるのか分からないけれど、それを感じるからこそ私はバレエがやめられないのだと思います。
観ている方の心を震わせられるような、何かを届けられるようなダンサーになりたい。
それが私の夢です。
毎日自分と向き合い、作品と向き合い、落ち込むことばかりですが、ダンサーとしても人としても深みのある存在になれるよう、憧れの世界にいられることに心から感謝しながら、これからも日々精進してまいります。
本日はありがとうございました。
晴れの場に動じることなく、自分の言葉でスピーチをした秋山さん ©︎Ballet Channel
贈呈式終了後、舞踊部門受賞者の4名に話を聞きました。
写真左から、秋山瑛さん、鈴木稔さん、速水渉悟さん ©︎Ballet Channel
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舞踊部門文部科学大臣賞
鈴木 稔(振付家)
スターダンサーズ・バレエ団常任振付家の鈴木稔さん。贈呈式終了後の祝賀会にて ©︎Ballet Channel
- 受賞しての率直な感想を。
- 大変光栄に思っています。演出・振付家としてこのような賞をいただけるのは本当に嬉しいこと。なぜなら踊ってくれるのはダンサーたちであり、支えてくださるのはスタッフのみなさんであって、そういう方々の力を借りた上での受賞だからです。みなさんに感謝しながら、この賞を一緒に分かち合いたいと思います。
- 贈賞理由の筆頭に挙げられていたのは、鈴木さんが演出・振付を手がけたバレエ『ドラゴンクエスト』の成果。つい先ごろゲーム「ドラゴンクエスト」のキャラクターデザインを手がけた鳥山明さんの逝去が報じられたばかりで、特別な思いもあるのでは。
- 鳥山先生の訃報は本当にショックでした。バレエ『ドラゴンクエスト』は、ゲームデザイナーの堀井雄二先生、音楽の故すぎやまこういち先生、そして鳥山明先生の画力なくしては生まれ得なかったもの。とても気さくでバレエ化に対しても協力的だった先生のことを思い出すと悲しくなりますが、それも含めて、このタイミングで賞をいただいたことに特別な感慨を抱いています。これまで手がけてきたどの作品よりも、いちばんいろいろな方の力を借りて作り上げた作品なので。
バレエ『ドラゴンクエスト』の初演は1995年。そろそろ30年が経つというところでこのように認めていただいて、ひとつの節目になるようにも思います。
盛山文部科学大臣から表彰を受ける鈴木さん ©︎Ballet Channel
- 今後の目標や展望は。
- 少しおこがましいことを言ってしまうのですが、バレエ『ドラゴンクエスト』の時は客席に男の子がいっぱいいて、それをきっかけにバレエを習い始めたと言ってくれる子もいます。最近では「あの作品を踊るのが子どもの頃からの夢だった」と言ってくれる男性ダンサーもいて、すごく嬉しいんですよ。バレエ『ドラゴンクエスト』が入り口になって、他の素晴らしいバレエ団や古典作品の世界につながっていく。そうした活動をこれからも広げていけたらと思っています。
- これから作りたい作品は。
- 僕はいっぽうの手でバレエ『ドラゴンクエスト』や『くるみ割り人形』のようなポピュラーな作品を作り、もういっぽうの手でディープなコンテンポラリー作品を作っているような感覚。コンテンポラリーのほうがまだ少し手薄ではありますが、これからもその両輪で、まだまだ先に進んでいきたいと思います。
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舞踊部門文部科学大臣賞
吉村古ゆう(日本舞踊家)
日本舞踊家の吉村古ゆうさん ©︎Ballet Channel
- 受賞おめでとうございます。
- ありがとうございます。思ってもみなかったことですけれど、踊りを続けてきて本当によかったなと思います。これから先も、自分なりの責任を負っていかなくては。賞をいただいたことで、今後の活動にも何かしらの変化が出てくると思っています。
私の師匠である吉村雄輝(上方舞吉村流四世家元)も、何十年も前にこの賞を受賞しました。その時に「大変に大きな賞をいただいた」と言っておりましたけれども、それを今度は私が頂戴することになって、何かちょっと因縁みたいなものもあるんじゃないかと感じます。
- バレエも日本舞踊も、少子高齢化や人々の嗜好の変化による鑑賞・学習人口の減少など、諸問題を抱えているかと思います。そのような状況について、舞踊家としてどのような考えを持っていますか。
- おっしゃるように、時代としては非常に厳しいものがありますけれども、「種火」というものをしっかり持ち続けていれば、いつどんな世の中になってもしっかり伝えていけると思っています。火が小さくなったようでも、種火さえ守り続けていれば、また大きく表現できる時代も来ると信じています。
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舞踊部門文部科学大臣新人賞
秋山 瑛(バレエダンサー)
東京バレエ団プリンシパルの秋山瑛さん ©︎Ballet Channel
- 受賞の報せを受けた時の率直な感想は。
- 一報を受けた時はあまり実感が沸きませんでした。でも受賞が公に発表されると、家族はもちろん、バレエ団のダンサーたちや舞台を観にきてくださったお客様まで、いろいろな方が「おめでとう!」と声をかけてくださったんです。そんなふうにみなさんがすごく喜んでくださったのが、いちばん嬉しかったです。
- SNSにも「瑛さんおめでとう」の声や反応があふれていました。
- 私はSNSをやっていないので、そうしたみなさんと直接繋がったり、自分で感謝の気持ちを綴ったりすることができなくて。ですから賞をきっかけに、こうしてインタビューを受けたりして、みなさんにあらためて感謝をお伝えできるのも嬉しいことです。
ヘアスタイルもとても素敵でした ©︎Ballet Channel
- 今回の贈賞理由には昨年『ジゼル』『かぐや姫』といった作品のタイトルロールを演じた成果などが挙げられていました。
- 受賞者代表のスピーチでもお話ししたのですが、『ジゼル』は2021年に初めて演じた時、本当に難しかった。舞台上で死んでしまう役が初めてだったというのもあって、命を落とす場面だけでなく、物語を表層的に演じてしまっていたと思うんです。私はジゼルとして真に生ききっていなかったんじゃないか、って。でもその後に斎藤友佳理監督とお話しして、役への向き合い方や意識が変わった上で迎えたのが、昨年の『ジゼル』再演でした。友佳理さんは率直な方で、良くなかった時に「良かったよ」とは絶対に言わないし、その時もただ「良くなかった」ということだけじゃなく、本当に長い時間お話しして、向き合ってくださって。それがなかったら、私はたぶん今でも「私」のまま楽しく踊り演じているだけだっただろうなと思います。
『かぐや姫』は、本当にわからなかった作品。受賞が決まった時、(井関)佐和子さんと(金森)穣さんにメールで「贈賞理由に『かぐや姫』を挙げてくださっているのですが、自分ではどうしていいかわからないことも多かった作品なので、穣さんと佐和子さんのお力があったからこそです」ってご報告しました。すると佐和子さんから「(新人賞受賞には)これからますます磨きをかけて昇って行ってほしいというみなさんの期待もあると思うよ」とご返信をいただいて。佐和子さんや友佳理さんのように、私が追いかけたいなと思う方々はダンサーとしても人としても素晴らしい。私も背中を見て頑張りたいなと思います。
- ファンのみなさんにメッセージを。
- 先ほどのスピーチでお話ししたことを、そのままみなさんにお伝えできたら。心が震えるような何かを届けられるダンサーになることが、私の目標です。お時間が合えば、ぜひ劇場に足を運んでいただけると嬉しいです。
斎藤友佳理芸術監督と。「私と一緒に歩んできてくれたプリンシパルたち全員が、こうして何らかの賞を受賞できたことが本当に嬉しい。賞はあくまでも“過去の栄光”。けれども評価されたことを受けて、これから自分がバレエとどう向き合っていくか、そのステップアップのための賞だと思います」(斎藤監督)
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舞踊部門文部科学大臣新人賞
速水渉悟(バレエダンサー)
新国立劇場バレエ団プリンシパルの速水渉悟さん ©︎Ballet Channel
- 受賞おめでとうございます。
- ありがとうございます! ありきたりなセリフかもしれませんが、僕たち踊る側は、お客様がいてはじめて成り立つもの。観にきてくださる方がいて、評価してくださる方がいるから、いただけた賞だと思っています。いつも劇場まで足を運んでくださる方々への感謝の気持ちが、やっぱりいちばん強いです。
- 昨年はプリンシパル昇格、今年に入ってからは「第30回中川鋭之助賞」と今回の芸術選奨文部科学大臣新人賞という2つの大きな賞を受賞。自分のなかでも、アーティストとして変化や成長を感じていますか。
- 例えば過去に踊った演目を再び演じる時は「前回以上のものを伝えよう」という意識を強く持っていますし、実際にある程度は成長できていると自分自身でも感じています。
- 様々な経験のなかでもとくに変化や成長につながったと思う作品や出来事はありますか。
- やっぱり、偉大な先輩方と踊らせていただいた経験値ですね。僕、バレエダンサーはポケモンと一緒だと思っていて。ポケモンって戦えば戦うほど経験値が増えて、レベルが上がっていきますよね。ダンサーも、周りの方々と一緒に踊って経験値が増えていき、だんだんレベルアップしていく。そしてありふれた野生のポケモンでもレベル100まで育てれば伝説のポケモンより強くなるのと同じで、どんなに天性の条件に恵まれたダンサーでも経験が足りなければ、たくさんの舞台を重ねて豊富な引き出しを身につけたダンサーには敵わないと思います。
贈呈式の壇上にて ©︎Ballet Channel
- 新国立劇場バレエ団で与えられたチャンスやその一つひとつに挑んできた経験が、速水渉悟というポケモンをどんどん強くしてきたわけですね。
- そうですね。踊る機会をたくさんいただけて、大変ではありますが、2年前より1年前、1年前より今とだんだんレベルアップできているのかなと実感しています。とくにプリンシパル昇格が決まった昨シーズンは、コロナ禍による公演中止も、自分の怪我による休演もなく、シーズンを通して全公演を踊りきれた1年でもありました。やはり僕たちダンサーは、舞台の上でしかレベルアップできません。どれだけリハーサルしても、本番の舞台で踊れなかったら、真の成長にはつながらない。舞台はまさに生ものであり、その場所こそが僕たちアーティストを育ててくれます。
- 新人賞とは「今後への期待」が込められた賞。その期待に応えるべく、これから注力していきたいこととは。
- たくさんの方々の期待に応えるだけでなく、期待以上のものをお届けすること。僕はずっとそう思っています。