
©Ballet Channel
2025年3月11日(火)、都内ホテルにて、令和6年度(第75回)芸術選奨贈呈式が執り行われました。
この賞は、文化庁が昭和25年から毎年度、芸術各分野において優れた業績を挙げた人、または新生面を開いた人を選奨し、芸術活動の奨励と振興に資するためにおくるもの。本年度の舞踊部門の受賞者は以下の通り。
【文部科学大臣賞】
尾上 紫(おのえ・ゆかり)/日本舞踊家
柄本 弾(つかもと・だん)/バレエダンサー
【文部科学大臣新人賞】
スズキ拓朗(すずき・たくろう)/振付家・ダンサー・演出家
中村鷹之資(なかむら・たかのすけ)/歌舞伎俳優・日本舞踊家
贈呈式では文部科学大臣賞の24名と、文部科学大臣新人賞を受賞した22名と2組が、部門ごとに登壇(一部欠席あり)。あべ俊子文部科学大臣より、受賞者一人ひとりに表彰状と目録が授与されました。
贈呈式終了後、舞踊部門文部科学大臣賞を受賞した柄本弾さん(東京バレエ団プリンシパル)と、同新人賞を受賞したスズキ拓朗さん(ダンスカンパニーCHAiroiPLIN(チャイロイプリン)主宰)に話を聞きました。
*
舞踊部門文部科学大臣賞
柄本 弾(バレエダンサー)

柄本弾(つかもと・だん)京都府出身。5歳よりバレエを始める。2008年に東京バレエ団に入団、『ドナウの娘』で初舞台を踏む。2010年『ラ・シルフィード』で主役デビュー、同年『ザ・カブキ』に主演。2013年よりプリンシパルを務める。 ©Ballet Channel
- 受賞おめでとうございます。
- 柄本 ありがとうございます。僕は自分のことを、賞というものには縁がない人間だと思ってきました。“縁遠い”ではなく、“縁がない”人間だと。ですからあまり意識したこともなかったし、まして芸術選奨文部科学大臣賞のような大きな賞をいただけるなんて考えもしなかったので、自分自身とても驚いています。
- なぜ、「自分は賞に縁がない人間」と思っていたのでしょうか。
- 柄本 自分は王道的なダンサーではない、と思っているからです。僕は(王子役など)いわゆる“ザ・主役”も数多くいただいてきましたが、個人的には二番手、三番手のポジションが好きですし、実際そういった役で評価されることが多いんです。だから、自分はそういうところで舞台に貢献できればいいのかな、と。もちろん入団当初からそう思っていたわけではありませんが、在団歴が長くなるにつれて、バレエ団の中で自分はどうありたいか、自分が必要とされるポジションはどこなのかを考えるようになった。大きな賞というのはやはり“メイン”を踊る人たちだというイメージがあり、自分は対象外だと思ってきました。
- 先ほどの芸術選奨贈呈式では堂々とした足取りで登壇し、あべ俊子文部科学大臣から表彰状を受け取りました。
- 柄本 緊張しました。舞踊の文部科学大臣賞をいただきましたが、他のジャンルでは僕よりも年上の素晴らしい芸術家が新人賞を受賞していらっしゃったりするわけですから。身の引き締まる思いもありますし、自分がバレエ分野の代表……というとおこがましいかもしれませんが、今日のこの場ではそういう存在として、しっかりとした姿勢で立ちたいという気持ちでした。

贈呈式にて ©Ballet Channel
- 贈賞理由として、クランコ版『ロミオとジュリエット』ロミオ役とベジャール振付『ザ・カブキ』由良之助(ゆらのすけ)役の成果が挙げられました。
- 柄本 『ザ・カブキ』は東京バレエ団が長年にわたって温めてきた作品であり、由良之助は僕が20歳の頃から15年踊っている役。それを評価していただけたのは本当に嬉しいです。いっぽうクランコ版『ロミオとジュリエット』は最近バレエ団のレパートリーに入った作品。そういう意味では両極の作品を授賞対象にしていただけたことになります。
僕はこの両作品で、主役と敵役の両方を演じさせていただいています。『ザ・カブキ』では由良之助と高師直、『ロミオとジュリエット』ではロミオとティボルト。そのこと自体が評価されたわけではないかもしれませんが、自分の中では特別な思い入れがあります。でも何より、この両作は周りのダンサーたちと一緒に物語を作り上げてこその作品。共に舞台を作ってくださったダンサーやスタッフさん、そして劇場に観にきてくださった観客のみなさんに、心から感謝を申し上げたいです。
- 由良之助と高師直、ロミオとティボルトの他にも、柄本さんは光と影のように相対する役を任されることが多くあります。
- 柄本 主役というのは全幕を踊りきるだけでも大変ですから、自分が出ていないシーンへの関心がどうしても薄れやすくなります。しかし、そうした“主役が出ていない場面”で活躍するのが悪役や敵役、つまり二番手・三番手のポジションの役。『白鳥の湖』のロットバルト、『眠れる森の美女』のカラボス、『くるみ割り人形』のドロッセルマイヤー……みんな、王子が登場するまでの間に活躍して物語を動かしていきます。ですから主役と敵役などを両方演じさせてもらえると、作品に対する理解度はもちろん、他のダンサーたちとのコミュニケーションもより深くなります。彼らが舞台上でどんなことを考え、どんな演技をしようとしているのか、一緒に演じながら肌で感じたり話し合ったりできる。それが自分にとっては大きいし、良い舞台を作る上でとても大事なことだと思っています。
- 在団17年、プリンシパルとして12年、現在はバレエ・スタッフとしてバレエ団の指導的な立場にも加わるようになり、昨年は服部智恵子賞、今年は芸術選奨文部科学大臣賞と、キャリアがいよいよ厚みを増してきています。ここからのバレエ人生をどのように歩んでいきたいと考えていますか。
- 柄本 それはたぶん、これまでとあまり変わりません。僕は子どもの頃からバレエしかやってこなかったし、プロになってからは東京バレエ団に育ててもらいました。だからバレエにもバレエ団にも恩返しをしたいという気持ちが強くあります。例えば、自分が経験させてもらったことを次の世代に伝え、育てること。それから、バレエを観る人を増やすことにも貢献できたら。「バレエを観るきかっけを与えられるような人間になりたい」というのは、ずっと前から思ってきた目標のひとつです。
- 柄本さんが主役デビューした頃から本日に至るまで、折に触れてリハーサル取材やインタビューをさせてもらってきました。その中ではキラキラの笑顔を見られた時もあれば、どこか苦しそうに見えた時もあります。いまの柄本さんは、どんな心境でバレエと向き合っていますか。
- 柄本 難しいところは、やはりあります。当然ながら身体的なコンディションは若い頃のようにはいかず、いつもどこかしら調子の悪いところや痛いところを抱えています。そういう中で、先ほどお話ししたように1つの公演で2つの役を演じたり、後輩の指導をしたりと、言うなれば3通りくらいの役目を任せていただくようになっている。僕は自分が必要とされるならば「はい、頑張ります」としか言わない人間で、信頼されることは嬉しいし、大きなやりがいも感じます。そのいっぽうで「指導する立場なのに、自分が情けない踊りをするわけにはいかない」というプレッシャーも感じています。
でも振り返れば、主役をもらい始めたばかりの頃も苦しかったし、つねに主役をもらうようになってからも、プリンシパルとして最年長になってからも、それはそれで苦しかった。いまが苦しくないかと言ったら、正直苦しいことのほうが多いかもしれません。だけどやっぱり、僕は舞台に立って踊ること、演じることが好きだなと、いまでも思っているんです。あるいは自分が教えたダンサーが良い舞台を見せてくれると、本当に自分のことのように嬉しいんですよ。難しいし、楽な仕事ではありませんが、僕は踊ることも指導することも手放せない。どちらも自分にとって大事なものです。
- ファンのみなさんにメッセージを。
- 柄本 賞をいただいて嬉しいことのひとつは、いつも応援してくださっているみなさんに感謝を伝える機会になることです。僕たちが舞台に立つことができ、時にこうして大きな賞をいただけたりするのは、すべて劇場に足を運んでくださる方や支えてくださる方のおかげです。僕にとって、これは新たなスタートです。次のステップに進めるよう、頑張ります。みなさん、これからもよろしくお願いいたします。

贈呈式終了後、斎藤友佳理東京バレエ団団長と ©Ballet Channel
*
舞踊部門文部科学大臣新人賞
スズキ拓朗(振付家・ダンサー・演出家)

スズキ拓朗(すずき・たくろう)新潟県出身。桐朋学園芸術短期大学にて演劇・パントマイム・ダンスの基礎を学ぶ。ダンス×演劇の新たな可能性を強く打ち出す公演を続けている。ダンスカンパニー「チャイロイプリン」主宰。ダンスカンパニー「コンドルズ」所属。©Ballet Channel
- 受賞おめでとうございます。
- スズキ ありがとうございます! 僕はいつもダンスと演劇を融合した作品を作っているのですが、今回はダンスに特化した作品「おどるシェイクスピア『PLAY!!!!! 〜夏の夜の夢〜』」で賞をいただけたのが、まずすごく嬉しくて。僕は新潟の出身で、今回メディア芸術部門で同じく新人賞を受賞されたゲームクリエイターの橋野桂(はしの・かつら)さんも新潟出身。地元の新潟のほうでもみなさんが盛り上がってくれると嬉しいなと思っています。
自分はいま39歳で、まもなく40歳。自分にとっても、主宰しているカンパニーCHAiroiPLIN(チャイロイプリン)にとってもターニングポイントになる年に、このような賞をいただけて光栄です。新人賞って、その上にもうひとつ大賞(文部科学大臣賞)がありますので、「この先まだまだ自分には可能性があるんだ」というふうに受け止めています。いまの自分にちょうどいい賞をいただけたと思って、ここからまた頑張りたいです。
- 「ダンスに特化した作品での受賞で嬉しい」とのこと。スズキさんはダンスのどんなところに魅力や可能性を感じていますか。
- スズキ 僕自身じつは身体に障害を持っていますが、それでもダンスで伝えられることがたくさんあります。今年の秋には東京でデフリンピックもありますが、例えば耳の聞こえない人、障害を持っている人、異なる言語を持つ人など、いろんなことを飛び越えられるのがダンスのいちばんの魅力であり可能性だと思っています。
- アーティストとしていま興味を持っていることや、これからやってみたいことは。
- スズキ コロナ禍で舞台ができなかった時、ダンスの映画を作ったんですね。そういう、映像としてのダンスをもっともっと展開してみたいです。誰もがスマホで動画を見る時代。自分たちのやっていることを、生の舞台だけでなく多様な方向に広めていけたらいいなと思っています。
- ファンのみなさんにメッセージを。
- スズキ 最近本当に思うのは、「夢は叶うんだな」ということです。自分に自信がない方も、ある方も、自分と周りの人を信じて、楽しいことを見つけてやり続けていってほしいなと思います。僕もこのまま頑張りますので、みなさん一緒に頑張りましょう!

贈呈式の壇上にて ©Ballet Channel