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新国立劇場バレエ団「バレエ・コフレ」特集③ 米沢唯インタビュー〜『精確さによる目眩くスリル』に出演。私の身体にはまだ余白がある

阿部さや子 Sayako ABE

動画撮影・編集:古川真理絵(バレエチャンネル編集部)
JASRAC許諾番号:V-2419322

2025年3月14日(金)〜16日(日)、新国立劇場バレエ団が「バレエ・コフレ」を上演します。
同公演は、ミハイル・フォーキンが振付けたバレエ・リュスの代表作『火の鳥』と、ダンスの地平を拓いた鬼才ウィリアム・フォーサイス振付の『精確さによる目眩くスリル』、そしてクラシック・バレエのレッスン風景を描き、華麗なテクニックが繰り広げらていくハラルド・ランダー振付『エチュード』のトリプルビル。
同団が『火の鳥』を上演するのは12年ぶり、『精確さによる目眩くスリル』と『エチュード』は今回がバレエ団初演となります。

これら3演目のうち、『精確さによる目眩くスリル』に出演する、米沢唯さんにインタビューしました。

米沢 唯(よねざわ・ゆい)
愛知県出身。塚本洋子バレエスタジオで学ぶ。2006年に渡米しサンノゼバレエ団に入団。10年にソリストとして新国立劇場バレエ団に入団。ビントレー『パゴダの王子』で初主役を務め、『白鳥の湖』『くるみ割り人形』『ドン·キホーテ』『ジゼル』『火の鳥』『不思議の国のアリス』ほか数々の作品で主役を踊っている。13年プリンシパルに昇格。©Ballet Channel

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米沢唯さんは、バレエ団初演となるウィリアム・フォーサイス振付『精確さによる目眩くスリル』に出演します。
米沢 フォーサイス作品を踊るのは今回が初めてなのですが、ステージングのために来日されているホセ・カルロス・ブランコさんのご指導が素晴らしくて。「これは大変な作品だから、最初から一つずつ、きちんと頭に入れながらやっていきましょう」と、本当に一から積み上げていくように、緻密に計算し尽くされたリハーサルをしてくださっています。フォーサイスのスタイルや音の取り方を少しずつ身体に馴染ませるところから始まって、ダンサーそれぞれの個性に合わせたパートが割り振られ、徐々に振りを通していく、というように。すべてのプロセスがとても論理的で、私たちは小さな階段を一段ずつ昇るようにして、進むことができました。こういうリハーサルのシステムそのものも、とても勉強になっています。
ご自身にとって初めてのフォーサイス作品とのことですが、いまリハーサルで実際に体験していて、どんな感覚を持っていますか?
米沢 まずは身体のポジションやポワントワークなど、ピュアなクラシック・バレエの厳密なテクニックが大前提。その上で、上体をいつもよりもうひとつ大きく捻ったり、腕をもうひとつ遠くへ伸ばしたりする……というのが独特で、自分の身体の使い方がどんどん広がっていくような感じがしています。「私の身体って、こんなに余白があったんだな」と、これまで知らなかった領域が少しずつ見えてきているような感覚があります。
観客としてこの作品を観ていても、ダンサーがクラシックの厳格なポジションの先をぐいぐい攻めていくような印象を受けます。
米沢 これは私の個人的な感覚ですが、クラシック・バレエの場合は身体が中心から全方位に向かって同じ力で引っ張られ、立方体になっていくイメージです。でもフォーサイス作品では、それが少し斜めに歪むというか、身体のどこかが思ってもみなかった方向にグーッと引っ張られていくような感じがするんです。まずはクラシックの基礎という盤石な立方体があって、それを縦方向とか斜め方向とかに引き伸ばす、みたいな。そこがフォーサイスの振付ならではの魅力を醸し出している気がします。
しかし『精確さによる目眩くスリル』は、そういうエクステンションを効かせた動きを、かなりのスピード感で行わなくてはいけない作品ですよね……?
米沢 そうなんです! ホセさんに「そこのポワントワーク、ポジションに気をつけて」と注意されても、「こんな、目にも留まらぬ速さの振付なのに?!」と思うことがあります(笑)。だから、踊っていて確かにスリルがあります。そしてそのスリルを楽しめるようになれたらいいなと思いますね。
先ほどリハーサルを少し見学させていただきましたが、ホセさんは音楽についても細かく指導をしていましたね。
米沢 「音をよく聞いて」というのは、本当によく言われます。それから、「カウントに対して動きを厳密に入れていかなくちゃいけない。でも余白の部分で遊ぶことも忘れないで」とも。例えば4カウントでひとつのフレーズを行う時に、ただ「1、2、3、4」と単調に刻むのではなく、「1 and 234」と使ってみることもできる。そうした音の使い方をホセさんが見せてくださるたびに、「踊りって本来こういうことなんだ」とあらためて気付かされますし、それを体得できたら、今後どんな作品を踊るにしても感覚が変わるだろうなと思います。
そうした作品に取り組んでいるいま、朝のクラスレッスンで意識していることや、集中的に鍛えていることはありますか?
米沢 あります。まず、腕をいつも以上に長く、大きく使うこと。リハーサル中、ホセさんがよく「腕は肩からではなく、背中からだよ」とおっしゃるので、それはクラスでも強く意識するようにしています。それから、指先まで力を入れること。普通、バレエでは「指先から水が滴り落ちるように、柔らかく……」と言われますけれど、今回の作品では、指先からレーザービームを発射するみたいに、ピーッと外に張る感覚があります。ですからその点もクラスの時から気を付けていて、ようやく身についてきたかな、というところです。ただし1ヵ月後には『ジゼル』公演が待っているので、それまでにはまた水が滴り落ちる指先に戻さなくてはいけません(笑)。
確かに!(笑)
米沢 ダンサーって、そんなふうにいきなりガラリと違うカラーの踊りをしなくてはいけないので、短時間で身体を変えなくてはいけない。その落差がすごくおもしろいなと思います。

Photo by Mitsunori Shitara

いまのお話とややつながるかもしれませんが、『ジゼル』のような物語バレエとは違い、『精確さによる目眩くスリル』には演じるべきストーリーや役がありません。こうした作品の場合、米沢さんはどんなことを考えたり感じたりしながら踊っていますか?
米沢 これはステップと音楽を、ただシンプルに、自分の身体を通して表現する作品だと私自身は思っています。頭で考えたり、自分で何かを表現しようとしたりせず、まずはとにかく音楽に耳を傾けること。音楽を聴けば聴くほど、それまで聴こえなかった音が見つかって、ステップの踏み方も変わっていく気がします。

もうひとつ、いま実際に振付に向き合っていて思うのは、フォーサイスはきっと「人間の身体をどう使うか」に大きな興味があるんだろうな、ということです。「このポジションからそのステップに行く?!」みたいなサプライズがたくさんある振付で、それを踊るダンサー自身にも、自分の身体を楽しんでほしいと思っているんじゃないかな、と。
人間の身体はどこまで動き、どのように使えるのか。その可能性に挑みながら、いかに音楽的に踊るかを楽しむ作品。それが『精確さによる目眩くスリル』なのかなと思います。

この作品は衣裳も非常に印象的で、基本的にはクラシック・チュチュの形ですが、ボンの部分が真っ平な円盤型をしています。米沢さんはあの衣裳からどんなことを感じますか?
米沢 あのチュチュは、動くとバイン、バインって揺れるんです。それによって思いもよらない方向に身体が持っていかれる感じがして、その感覚を楽しみながら踊れるところが、この作品にすごくマッチしているなと思います。
「失敗しても、そこから生まれる何かを楽しんでほしい。失敗したら、そこからライブで何かを創り出してほしい」というのも、ホセさんがよくおっしゃる言葉。それと同じで、あの円盤みたいなチュチュが思いがけない方向に跳ねるエネルギーを、ライブで踊りにつなげられたら。そういう遊び心や自由さが求められている作品だとも思っています。
お話ぶりから、米沢さんがこの作品に対して充実した気持ちで向き合っているのが伝わってきます。
米沢 ダンサーって、いつどんな作品に出会えるかわからないし、踊る作品を自分で選べるわけでもありません。今回の「バレエ・コフレ」では、私は3作品のどれも大好きだし踊れたら楽しそうだなと思いながら配役発表を待っていて、結果、フォーサイス作品を踊るチャンスを与えられました。だから私はただただ全力で、自分にできる限りのところまで挑戦したいと思いますし、いまは踊れるだけで、感謝の気持ちでいっぱいなんです。体力的に「しんどいな……」と思うことがあっても、すぐに「しんどいと思えるって幸せなことだ!」と嬉しい気持ちが湧いてきます。ひたすら全力で踊っていた若い頃よりも、いまのほうが作品を理解できている実感もあります。そういうタイミングで『精確さによる目眩くスリル』という作品に出会えて、本当に良かったなと思っています。

公演情報

新国立劇場バレエ団「バレエ・コフレ」

日程

2025年
3月14日(金)19:00
3月15日(土)14:00
3月15日(土)18:30
3月16日(日)14:00

★予定上演時間:約2時間30分(休憩含む)

会場 新国立劇場 オペラパレス
詳細 新国立劇場バレエ団 公演WEBサイト

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