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【特別インタビュー】上野水香、芸術選奨文部科学大臣賞受賞!「プリンシパルとして20年。これからもまっさらな自分でバレエと向き合っていきたい」

阿部さや子 Sayako ABE

令和3年度(第72回)芸術選奨贈呈式より ©︎Toru Hasumi

2022年3月15日(火)、都内ホテルにて、令和3年度(第72回)芸術選奨贈呈式が執り行われました。
この賞は、文化庁が昭和25年から毎年度、芸術各分野において優れた業績を挙げた人、または新生面を開いた人に対して贈っているもの。
本年度は、舞踊部門の文部科学大臣賞上野水香(東京バレエ団プリンシパル)と奥村康祐(新国立劇場バレエ団プリンシパル)、同部門新人賞井澤駿(新国立劇場バレエ団プリンシパル)が受賞!

受賞者の一覧と贈賞理由はこちら

艶やかな着物姿で晴れの席に臨んだ上野水香さんに、贈呈式終了直後、お話を聞きました。

贈賞式後、斎藤友佳理 東京バレエ団芸術監督と ©︎Toru Hasumi

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このたびの受賞、本当におめでとうございます!
ありがとうございます。本当にびっくりしました。自分がこのような賞をいただけるなんて、一生ないことだと思っていたので。私が芸術選奨舞踊部門新人賞をいただいたのは平成13年度(2001年度)の第52回でした。それからちょうど20年が経った今、こうして賞をいただけたことが素直に嬉しくて、光栄です。
水香さんは5歳からバレエを始めて、いろいろなことがありながらもバレエの道をひたすら歩き続けた、その道程のすべてが丸ごと評価されたとも言えますね。
子どもの頃からずっと必死に積み重ねてきて、プロになり、20年間プリンシパルとして踊り続けてきました。このタイミングで賞をいただけたことを、本当に嬉しく思っています。

©︎Toru Hasumi

まさに今回の「贈賞理由」にも、「デビューから現在に至るまで、常に第一線で活躍している」という言葉がありました。
20年前のことを思い出すと、昨日のことのようでもあるし、まったく思い出せないような気もします。少しおかしな話をしますけれど、今の私は先のことが見えなくて、まるで暗いところにいるみたいな気がすることがあるんです。はたして自分の前にはまだ道が続いているのか、それとも崖っぷちのようなところに立っているのかな、って。その意味でも、こうして存在を認めていただけたことが本当にありがたかったです。
「まだ道が続いている」どころか、例えば今回の受賞にあたっても評価されていた昨夏(2021年8月)の『ボレロ』などは、むしろ新たな水香さんが誕生した瞬間を見た気がしました。
ありがたいことに、たくさんの方にそうおっしゃっていただきました。あの時の踊りがなぜ違っていたのか。それは、私が「諦めたから」だと思います。どれだけ踊ろうと、頑張ろうと、良いダンサーは他にもたくさんいるし、誰だって頑張っている。自分が特別なわけじゃない。ならばもう、「自分はこうありたい」とか「こうでなくちゃいけない」とか、そういう考えから自分を引き離してしまおう、って。「もういいや」と、そんな心境でただシンプルに踊りに没入してみたら、自分の内側から、自然に表現が生まれてくるのを感じました。本当に、それまでにはなかった純粋さで、作品や踊りや芸術というものに入っていけた気がしたんです。

『ボレロ』にはたくさんの名演があって、私はいつも「自分だったらこうしたい、こうできる」と気負い続けてきました。そういうこだわりはもちろん大切ですけれど、それは時として「邪念」になるのかもしれない。ずっと「こうありたい、こうでなきゃいけない」と自分自身を縛ってきたけれど、やはりバレエとは、まっさらな自分で向き合うべきもの。芸術家は常にピュアでいなくてはいけないと思うようになりました。

©︎Toru Hasumi

「バレリーナ・上野水香」を語る上でもうひとつ欠かせないのが、クラシック・バレエ作品を踊る時の華やかさ、存在感です。ベジャール、プティ、バランシン、フォーサイス……いろいろなスタイルを踊ってきた上で、あらためてクラシック・バレエとはご自身にとってどのような位置付けにあるものでしょうか?
子どもの頃から最も憧れていて、最もやりたいことで、最も極めたいこと、それがクラシック・バレエです。クラシックって、基礎を正しく行うとか、テクニックは揺るぎなく完璧にとか、やらなくてはいけないことが決まっているし、守るべき約束事が山ほどあるように思えますよね。だから学ぶにはたくさんの年月が必要なのだけれど、長く学び続ければ続けるほど、どんどんピュアにシンプルになっていくのがクラシックなのだと、今は感じていて。やはり、極めがいがある。そういう踊りだと思っています。
クラシック・バレエといえば、先月(2022年2月)に“東京バレエ団プリンシパルとしては最後”というかたちで踊った『白鳥の湖』は、文字通り万雷の拍手に包まれた圧巻の舞台でした。
『白鳥の湖』の主役をはじめて踊ったのも、ちょうど20年くらい前でした。以来ほぼ毎年のように白鳥を踊らせていただいてきましたけれど、先月の舞台は、胸がいっぱいになってしまいました。毎日毎日レッスンして、リハーサルして、治療しながら身体を保って、踊りでも人生でも苦しいことがあって……でもあの日、2幕、3幕と無事にうまくいって、ポーズをした瞬間、本当にたった一瞬なのに、「ああ、すべてはこの一瞬のためだったのか!」と思ったんです。そして気がついたら、最後のカーテンコールで、お客様がものすごく喜んでくださっているのが見えました。私のこの踊りを、みなさんが嬉しいって思ってくださっている。そのことに、とても救われた気がしました。
あのカーテンコールは、その場にいた誰もが、舞台と客席が一体になったのをはっきり感じたと思います。
本当にそうでした。もう胸がいっぱいで、何かがあふれ出しそうでした。
あの日の客席にいた一人として、体感的には、第3幕、黒鳥のグラン・フェッテのあたりからわれわれ観客の気持ちが一気に沸騰し、その後はもう最後まで「私たちの心は水香さんと共にある!」という状態でした(笑)。
そうですよね! 私にも、みなさんが「グラン・フェッテ、どうか失敗しないで! しっかりやり遂げて!」と強く思ってくださっているのがはっきりわかりました(笑)。実際、みなさんがそう念じてくださっていたから、ちゃんと回りきれたのだと思います。本当にもう、心も体もギリギリのところでやっていたので。お客様や周りのダンサー、みんなが「成功して!」って思ってくださっていたのがパワーとなって、体の底から湧いてきた。これほど幸せなことはないな、と思いました。今日の贈呈式で受賞者の代表の方がスピーチをされた際、「自分の芸を支えてくれている人に感謝します」とおっしゃっていましたが、私もまったく同じ気持ちです。自分の芸や芸術を磨くことは、孤独な道に見えても、決して一人ではできないことなんだと。

©︎Toru Hasumi

水香さんは、美しいスタイルも、理想的な脚線も、人並外れた柔軟性も、類稀な華も、独自の個性も、何でも持っているように見えます。それでも満たされることなく、ご自身を踊りへと駆り立てているものは何だと思いますか?
その答えを、私自身も知りたいです。何に駆り立てられて、こんなにも踊りばかりやっているんだろうって。私は気づいたらバレエを始めていて、気づいたら続けていて、気づいたら憧れていて、気づいたらここまで来ていました。頭では、「バレエで収入を得ていくのは大変なことだ」とか「努力したからといって報われるわけではない」とか「いつまでやっても悲しいことばかりだな」とか、思う部分もあるんです。でも、自分の魂や身体は勝手にバレエに向いていき、気づいたら踊っている。だから、やっぱり私はバレエが好きなんだと思います。たとえどんなにつらいことがあっても、クラスをしたり、踊りや作品に自分を没入させている間に、全部忘れてしまいますし。バレエは私を救ってくれるもの。離れることはできないものです。
ファンのみなさんにメッセージを。
「ありがとう」という、最上の言葉をお伝えしたいです。本当に、その気持ちでいっぱいです。ファンのみなさんが私の踊りが見たい!と思い、求めてくださるのでしたら、私は精一杯そのお気持ちに応えたいです。これからも、もっともっと良い舞台をお届けできる自分であれるように、精進していきます。

©︎Toru Hasumi

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