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小林十市 連載エッセイ「南仏の街で、僕はバレエのことを考えた。」【第19回】パトリック・デュポンさんの思い出。そして生と死のこと。

小林 十市

ベジャール・バレエ・ローザンヌ(BBL)のスターダンサーとして世界中の舞台で活躍。
現在はBBL時代の同僚であった奥様のクリスティーヌ・ブランさんと一緒に、
フランスの街でバレエ教室を営んでいる小林十市さん。

バレエを教わりに通ってくる子どもたちや大人たちと日々接しながら感じること。
舞台上での人生と少し距離をおいたいま、その目に映るバレエとダンスの世界のこと。
そしていまも色褪せることのない、モーリス・ベジャールとの思い出とその作品のこと−−。

南仏オランジュの街から、十市さんご本人が言葉と写真で綴るエッセイを月1回お届けします。

***

パトリック・デュポンさんが亡くなった。僕の中では志村けんさんが亡くなった時と同じようなショックと喪失感があった。まったく違うジャンルの2人だけど、お客さんを楽しませる天才的能力があったという点では共通していると思う。ここ数日間で昔の映像をいくつか観たけど、パトリック・デュポンさんのように踊る人は後にも先にもいないでしょうね。自由で力強く柔らかで破天荒。すごすぎて、時に思わず笑ってしまう。ちゃんと計算されているのかもしれないけど、失敗を恐れず、その時の生のフィーリングを大切にしているんだろうなと。世界バレエフェスティバルの時はレッスンに出てきたのがたったの1回だったけど、本番になると「よっし踊ろう!」という感じで、自分の心に素直に踊ることができるダンサーだったのだと思います。観客のみなさんの視点はわからないけれど、僕ら同業者からすると「そこでそれをする!?」的なことだったり、技術の素晴らしさはもちろん、舞台空間の使い方だったり、演技だったり、一時代を画したダンサーだったんだなあと。61歳で亡くなるなんて、まだ若いですよね。若いっていうか、この世を去ってしまうには早すぎる気がします。本当に残念です。

写真の日付を見るとBプロの3日目が終わった後ですね

以前、デュポンさんの世界バレエフェスティバル中のエピソードを話しましたけど、もうひとつ思い出した話を。
1994年の第7回世界バレエフェスティバルはAプロ4公演、Bプロ4公演、そしてガラ公演が2回あり、その後に名古屋と大阪で3公演あり、全13回公演でした。東京でのガラ公演でクリスティーヌと僕は『バッハのチェロ組曲』を踊ったのですが、順番的にはちょうどイザベル・ゲランさんとパトリック・デュポンさんの踊る、トワイラ・サープ振付『グラン・パ』のひとつ前でした。

『バッハのチェロ組曲』は僕が演じる「男」が時にコミカルな動きで少し笑いを誘うような場面もあるのですが、『グラン・パ』も不思議な「間(ま)」がある作品で、ガラ公演では2回ともお客さんに大ウケしていた作品でした。実際にお客さんが声を出して笑うような場面もあったのですが、おそらく本来はそのように意図されて作られた作品ではないのではないか? と。それでも笑ってしまうのは、イザベル・ゲランさんとパトリック・デュポンさんの掛け合いの緩急が絶妙だったからだと思うのです。そしてガラ公演が終わってから、デュポンさんが「クリスティーヌと十市の踊った作品が先に観客を温めておいてくれたから、僕らの成功に繋がったんだよ。すごく踊りやすかった!」と声をかけてくれたのです。そんなことを思い出しました。
BBLでの公演で一緒だったのは1996年だったか? シャイヨー劇場での公演で、以前デュポンさんと玉三郎さんが踊った『黒塚』という作品のリメイクで、デュポンさんとマイヤ・プリセツカヤさんが踊った時があったのですが(ジュリアン・ファブローが何かのインタビューで喋っていたような記憶がありますが自分はこの時のことをほとんど覚えていません)、自分的には世界バレエフェスティバルでデュポンさんと一緒の空間を共有できたことが宝物です。

パトリック・デュポンさんのご冥福をお祈りいたします。(彼もベジャールさんに会いにいくでしょうね、間違いなく)

「バッハのチェロ組曲」

僕は今月11日に52歳になりました。最近「死」についてよく考えます。デュポンさんのように同じ舞台に立ったことのある人が亡くなると、余計に「死」ということが身近に感じられます。よく生と死は表裏一体って言いますよね? コインの表と裏的にそれ自体がひとつのものだと。それでイメージ的に、「死」は後ろにあって「生」が前、って思っていたんです。だってほら、前向きポジティブ、後ろ向きネガティブみたいな感じで、一般的に「死」を肯定的にとらえる人って少ないと思うんです。それで僕は「死は後ろ」って感覚的に捉えていたんですけど、つい数日前に「そうか、生を感じる、生きようとする力が人を前に進ませるから、生はゼンマイ人形のごとく後ろにあるんだ」って。人はみな、生まれた時から「死」へと向かって人生が進んでいくわけだから(あまり気持ちのいい考え方ではないかもですが)、「死」は前にあり表なのだ、と。

エリア50代な自分

さて先日、KAAT神奈川芸術劇場の新芸術監督の就任記者会見がありました。

来月41日より新芸術監督として就任する長塚圭史さんが打ち出したラインアップの舞踊部門に、僕の名前を見た人もいるかと思います。そうなんです、再び踊る機会を与えていただきました! 細かい情報はまた徐々に公開されていくと思うのですが、何と言いますか、本当に人それぞれに「人生のシナリオ」があるならば、自分のシナリオもきっとそういうことなんだろうと(笑)。

どういうこと?

まあ、背中のゼンマイを巻いていくしかないということでしょうか?

あるひとつのことをきっかけに次々と扉が現れ、その扉を一つひとつ開けていく感じ。
その元の「あること」があるのとないのとでは大違いで、なければ自分の人生はタイミングよく変化していかない、ということ。

そんなことを最近感じました。

占いの石井ゆかりさんの投稿に311日生まれの人の一年占いが載っていたので引用します。

「3/11生まれの人は、助けが欲しいときにちゃんと助けてもらえるし、自分も誰かを助けてあげられる年。傷が治癒していく。不思議な魔法がかかったような、特別な出来事が起こるかも。自分本来のありかたを取り戻せる」

これを見た時はちょっと震えましたね(笑)。いやあ、まったく今年はそういうことですから!

なので前を見て、「死」へと向かっていく「生」を感じて日々の鍛錬怠らず……なのですが、日々の生活での過ごし方やスタジオでの教えが充実していないと、落ち込む日もあったりです。心の在り方をコントロールするのは難しいですね。現生での行いによって、死んだ後の自分の魂の居場所? みたいなのが決まるのかなあ? って思うこともあります。まあ、それはそれで。

フランスでは再び屋内での運動、習い事が禁止になりました。
もう近頃「コロナ禍」と口にすることじたい面倒くささと嫌悪感を感じるほどですが、冬休み明けからオンラインレッスンです。生徒が数人辞めました。

いつになればまたスタジオでの稽古が再開できるのか? 目処は立っていません。

だってもう1年経つんですよね! フランスでは外出禁止令が発令されて、オンラインレッスンという初めての体験をしてから1年! 生徒たちのために予定されている6月のスタジオの発表会は何とか実現させたいです。
けれどもオンラインレッスンだとできることが限られてしまうので、とくに小さな子たちには難しいというのが現状です。

そんなモヤモヤした気持ちを晴らす方法は、日曜日に愛車のYAMAHA SR400でこの辺りの行ったことが無い場所へツーリングすることです!(教えでスタジオへ行かないので、乗る機会が減ったということもあり)

まあ、天候に左右されますが、ここ最近は天気に恵まれて、日曜だと交通量も少なくバイクで走っていてもストレスレスです。(交通量が多いと、変な車に煽られることもあるので)

なのでカメラを持って1人で数時間出かけます。
バイクに跨りながら突然バレエ音楽が脳内再生されたり、「重心をどこに置くか?」とか「肩から腕にかけての力加減」とか、踊りに通ずることを意識してみたりもしています(笑)。

この辺りは桜に似たアーモンドの花が咲きます。時期的に桜よりも早咲きなようです。バラ科サクラ属らしいです。実がなる木とそうでない木があるっぽいです(よくわからない)。とにかく近くで見ても遠くで見てもサクラに似ている。日本のようにお花見をしている人はいないですけど、できそうな場所はたくさんあります。

話は違いますけど、僕は和菓子派なんですね。
きな粉餅とか白玉とか大福とか大好きで、誕生日にもケーキよりぜったい和菓子のほうが嬉しいですね。

桜餅! ああ~食べたい!

そして今年は自分の誕生日に白玉ぜんざい!(笑)材料は、アヴィニョンにあるアジア食材店で購入しました。

白玉を丸くするのって難しいですね。心も丸い方がいい。生き方も食も同じなんだなあ。

「武士道とは死ぬことと見つけたり」。

隆慶一郎さんの小説で、この言葉をタイトルにした本があります。1996年の来日公演中にたまたま本屋さんで見つけ、タイトルに強く惹かれて以来、時代小説にはまりました。確か主人公の武士が、朝、瞑想の中で野生の虎と戦い、虎の爪に切り殺されてから目を覚ますんです。要するに、起きる前に一度「死んでおく」ことが重要なんですね。ディテールまですごく細かくイメージされたかたちで。たぶん、そうすることによって「生への執着」などを持つことなくその日を送ることができるのでは? って僕は思ったのです。「葉隠(はがくれ)」(編集部注:江戸時代中期に書かれた、武士の心得を記した書物)を下敷きに佐賀鍋島藩の武士の生き様を描いた作品なんですけどね。まあ僕も「葉隠」については詳しくわかりませんけど……武士のあり方って興味があるし、何か好きです僕は。

今月もお読みいただきありがとうございます。

2021年3月15日 小林十市

★次回更新は2021年4月15日(木)の予定です

この記事を書いた人 このライターの記事一覧

元ベジャール・バレエ・ローザンヌ、Orange Ballet School 主宰、振付家、俳優。 10歳より小林紀子バレエシアターにてバレエを始める。17歳で渡米し、スクール・オブ・アメリカン・バレエに3年間留学。20歳でスイス・ローザンヌのベジャール・バレエ・ローザンヌに入団。以後、数々の作品で主役をはじめ主要な役を踊る。2003年に腰椎椎間板変性症のため退団。以後、世界各国のバレエ団でベジャール作品の指導を行うほか、日本バレエ協会、宝塚雪組などにも振付を行う。また舞台やテレビ、映画への出演も多数。 現在はフランスのオランジュにて Orange Ballet Schoolを主宰。

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