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小林十市 連載エッセイ「南仏の街で、僕はバレエのことを考えた。」【第14回】10月11日朝6時37分。起きたての頭でふと考えたこと。

小林 十市

ベジャール・バレエ・ローザンヌ(BBL)のスターダンサーとして世界中の舞台で活躍。
現在はBBL時代の同僚であった奥様のクリスティーヌ・ブランさんと一緒に、
フランスの街でバレエ教室を営んでいる小林十市さん。

バレエを教わりに通ってくる子どもたちや大人たちと日々接しながら感じること。
舞台上での人生と少し距離をおいたいま、その目に映るバレエとダンスの世界のこと。
そしていまも色褪せることのない、モーリス・ベジャールとの思い出とその作品のこと−−。

南仏オランジュの街から、十市さんご本人が言葉と写真で綴るエッセイを月1回お届けします。

***

10月11日日曜日朝6時37分、できることなら10時くらいまでは寝ていたい……けれどいつもと同じように飼い犬のイサオに起こされ、用を足す彼を庭に出す(散歩に行かなくてよいのである意味ラッキー)。わけあって預かっているクリスティーヌの弟の犬、ジャーマンシェパードのジュニアもイサオに続いて家に入れてくれと鳴くので、朝少しの間だけ家の中に入れてあげている。もう2年以上こんな感じだから、いまさらこの習慣を変えることなどできないのでしょうがない。犬が悪いわけではないし……。

朝起きたての脳がまだ半分寝ている状態でいると、たまに考えてもいなかったような昔のことがふと思い出されたり、発表会準備中は振付のアイデアも浮かんだりする。変に思考するよりもボーッとしている時のほうがこういうことが起こりやすいのかもしれない。

ここ数日、8月に『M』の指導で帰国した時に受けたインタビュー記事が掲載された。

フランスからの入国制限/行動制限が解除されていれば再び帰国し『M』を見届けるつもりでいたけれど、先週のいつだったか? フランスでの1日のコロナ感染者が2万人!? などと言われ、パリやマルセイユではバーの閉鎖でレストランはより厳しい感染対策で営業できるけど、アルコールの販売は22時以降禁止になった。「警戒ゾーン」では学校が再びリモートでの授業になっていたりするらしい。僕がいるオランジュはまだ「警戒ゾーン」ではないので、マスクは義務付けられているけどみんな普通に生活している感じに見える。フランスでは17日から2週間の秋休みで、ちょうどタイミングよく『M』の公演日程と重なっていて大丈夫だ! と思っていたのに残念ながら帰国できないです……。

なのでこの場をお借りして、東京バレエ団のみなさんにエールを送りたいと思います。

僕は何も心配していません。稽古場で回数踊りこなしてどんどん自分の作品にしていって舞台を楽しんでください! 成功間違いなし! ベジャール作品が踊れて良かったね!!

ひとつだけ……池本祥真くんの「金閣寺」のソロのあとの刀さばきが心配です、ってプレッシャーかけてどうする(笑)。練習しているみたいですから大丈夫でしょう。

ちなみに僕は、初演の時の刀さばきは飯田宗孝先生(現・東京バレエ団団長)に教わりました。当時公演を観にきた祖父に「あんな形はないよ」と言われましたが、いわゆる商業演劇的な派手な納刀術でした。そして10年前の時は、演劇の舞台でご一緒させていただいた上川隆也さんに教わった華麗なる納刀術でした。今回、祥真君にはいちばんシンプルな居合道の納刀術にすればとアドヴァイスしましたが、今どんな感じになっているでしょうか? みなさん是非劇場でお確かめください……ってまあ、そこだけじゃないですからね観るところ(笑)。

さて、みなさんは映画『イエスタディ』をご存知でしょうか? もちろんご覧になった方もいらっしゃると思います。僕は数ヵ月前に観ました。

簡単に説明しますと……

イギリスの小さな海辺の町に住むジャックは音楽教師の仕事を辞めアルバイトをしつつ(売れない)シンガー・ソングライターとして活動していて夢を諦めていた。ある日、世界規模の12秒間の停電が発生し、その時に自転車に乗っていたジャックはバスにはねられ昏睡状態に陥り入院する。退院後、快気祝いに友人たちからもらったギターでビートルズの「イエスタディ」を聴かせると、友人たちは演奏に魅了され「その曲いつ作ったの?」と、誰もビートルズを知らない!?!

異変に気付いたジャックはインターネットで「ビートルズ」を検索するが、ビートルズに関する情報がまったくヒットしない。昏睡状態から目覚めた世界はビートルズが存在しない世界でジャックただ一人だけが知っていることに気がつき、これを利用してビートルズの曲を歌って成り上がろうとする、という話なんですけど、僕は面白かったです。それで、ちょっと考えちゃったんですけど、もしも自分1人だけがモーリス・ベジャールを知っていたら!?! って(笑)。

でも、何の情報も残っていないので、自分の記憶のみが頼りになるわけです。
そこで、いま現在ビデオなしでベジャールさんの作品を再現できるのはいくつあるか? 考えてみました。

まず『中国の不思議な役人』これは踊り込んだし作品指導も相当したのでビデオを見なくても再現できます。これがひとつ。それから『火の鳥』これもいけそう。そして最近教えたばかりの『M』も何とかいけそう(笑)。あとは例えば『ボレロ』のリズム。メロディのほうは何となくなら? まあ、何となくでも全体像ができてしまえば大丈夫? それから『魔笛』も3年前にすべてを教えたからちょっと振りが違っても何とかいけそうで、あと『春の祭典』これは思い出すのに時間かかりそうだけど、これも何とかいけそう……と、このくらい(笑)。これでまず『ボレロ』で振付家デビューして、いやあ日本人から世界レベルの振付家が出た! 的に騒がれて、でもベジャールさんの作品をコピーしただけで気まずいけれど世間の称賛を受け入れつつそこから『中国の不思議な役人』を発表しさらに評価されて、悩み、ラーメンを食べに行こうとすると何と! ラーメンも存在していない!! 考えられない世界(笑)……とかいろいろ妄想してしまいました。が、結局はコピーなので自分の思想もなく作品の説明も覚束ず、4つ5つのベジャールさんの作品をコピーし世の中に出してしまったあとはもう他の作品を創作することもできず、自分の力のおよばないことはまかり通らないわけで自滅……っていう。

いやあ馬鹿みたい。

もちろん、冗談ですよ。

自分はベジャールさんに会うために完璧なタイミングで生まれてきたと思っていますし、ベジャールさんの元で過ごした15年間はかけがえのない宝ですからね。
ベジャールさんが存在していなかった世界なんて考えられません!

まあ、まだ映画をご覧になっていない方は、そんなことも思いつつ観てみるとおもしろいかもしれません。

昔、まだバレエ団にいた頃に「もしもドンさんがまだ生きていらしたら?」とか考えたことがあります。「もしも?」なんていろいろ考えられるけど、パラレルワールドがありその世界ではそういうことだったり、ベジャールさんも93歳で元気に振付けしている世界とかあったりして、とか。

でも結局人生はいまの姿でバランスが取れているんだろうな……と思います。わからないけれど。

自分の人生を考えた時、あの時腰を痛めず踊れていたら? そのまま踊っていたか? それともやはりあのタイミングで演劇の世界に行っていたか?……と自問してみると、ちゃんと役者としてやっていけなかったけれどやっぱり「演劇の道に行っていた」って思うんです。不思議だけど。

生意気にも腕を組んでベジャールさんの話を聞く自分。1993年初演の時

では、みなさん。
10月24・25日は気をつけて劇場へいらしてください。
『M』楽しみですね!

2020年10月15日 小林十市

★次回更新は2020年11月15日(日)の予定です

この記事を書いた人 このライターの記事一覧

元ベジャール・バレエ・ローザンヌ、Orange Ballet School 主宰、振付家、俳優。 10歳より小林紀子バレエシアターにてバレエを始める。17歳で渡米し、スクール・オブ・アメリカン・バレエに3年間留学。20歳でスイス・ローザンヌのベジャール・バレエ・ローザンヌに入団。以後、数々の作品で主役をはじめ主要な役を踊る。2003年に腰椎椎間板変性症のため退団。以後、世界各国のバレエ団でベジャール作品の指導を行うほか、日本バレエ協会、宝塚雪組などにも振付を行う。また舞台やテレビ、映画への出演も多数。 現在はフランスのオランジュにて Orange Ballet Schoolを主宰。

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