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小林十市 連載エッセイ「南仏の街で、僕はバレエのことを考えた。」【第12回】東京バレエ団「M」のリハーサルをしています。

小林 十市

ベジャール・バレエ・ローザンヌ(BBL)のスターダンサーとして世界中の舞台で活躍。
現在はBBL時代の同僚であった奥様のクリスティーヌ・ブランさんと一緒に、
フランスの街でバレエ教室を営んでいる小林十市さん。

バレエを教わりに通ってくる子どもたちや大人たちと日々接しながら感じること。
舞台上での人生と少し距離をおいたいま、その目に映るバレエとダンスの世界のこと。
そしていまも色褪せることのない、モーリス・ベジャールとの思い出とその作品のこと−−。

南仏オランジュの街から、十市さんご本人が言葉と写真で綴るエッセイを月1回お届けします。

***

皆様、残暑お見舞い申し上げます。このコロナ禍の夏いかがお過ごしですか?

先月末に『M』の指導のため帰国しました。フランス、まあヨーロッパの国を含め120ヵ国/地域が入国制限措置が取られていて、日本に到着したらすべての人が検疫で新型コロナウイルス検査の対象になります。その時に熱や症状がなければPCR検査後に公共交通機関の使用を避けて自宅または予約済みのホテルなどで14日間の外出自粛・待機が求められます。僕は実家へ戻り14日間閉じこもっていました。到着から5日後くらいに厚生労働省から連絡があり検査結果が陰性であると連絡がありました。外出自粛の期間は、家に祖父が剣道/居合道で使っていた道場があるので、そこでいつものように柔軟とバー・エクササイズを続け、あとは『M』の映像を見続けました。動けるスペースがあり食事を作ってくれる母親がいるのがどんなにありがたいことか、日々感謝だなあと……。

『M』の映像は初演時のもので、1993年の730日の舞台での衣裳付き稽古の映像と、731日の初日の映像。そして81日の公演2日目のはNHKが撮影してテレビでも放映された、本編前にベジャールさんのインタビューが付いた映像。最後に10年前に自分が復帰/引退公演と目(もく)して踊った時の映像。

まず、見ながら気がついたのは、ベジャールさんは舞台稽古に入ってからも手を加えていて細かいところが付け足されていく過程が日に日に見えたこと。「ああ、そうだったな」と記憶をサーチ。当時のプログラムに「ベジャールの稽古場制作手帳」という文章が載っていて、「626日に来日し、翌日は日曜にもかかわらず……」とあり、約1ヵ月間で『M』という作品を仕上げなければならなかったベジャールさん、確かにダンサーたちに振付けするだけでなく、衣裳、装置、と様々な細部にも目を向けなければならず、僕は振付アシスタントという立場でもあったけれど、24歳の若造は自分が踊るだけで精一杯だったと思う。今までに『M』という作品を教えたことがなかったので、いろいろと細かい部分での違いとか音の取り方とか気づかなかったけど、そういう部分が見えて「どうなんだこれ?」と。ベジャールさんが生きていらしたら聞きたいことがいくつかあったけど、そんなことはできないわけで……ジルならどうするだろう? とか考えてみたりした。

そんな中、突然、高岸直樹さんと吉岡美佳さんと3人でオンライントークイベントをやることとなり、もちろん今回は3人とも『M』の再演のために指導に入っているので、ベジャールさんの思い出や『M』のことについて話をした。不思議と話していると忘れていたことがふと思い出されたり、同じ状況にいながら三人三様の違う角度からの物の見方があったり、そうだったのか! と面白かった。27年前のことなのに覚えていることは割とハッキリ覚えていて、そうでないことは考えても考えても思い出せない。まあ、そんな物なのだろう記憶なんて……。

たまに「記憶なんて所有しなければ……」と思うことがある。今の自分しかいない、過去も未来もない「今」があるのみ。では「自分」は誰なのだ?

8月12日から『M』のリハーサルに参加し、今日が2日目。
イチ、ニ、サン、シのパ・ド・カトル、言葉、精神、肉体、行動、三島の分身たち。

お互いが同一人物でありながら別の存在、そんな自分たちの別の姿を見つめ、思考や距離を推し量る。動き云々よりも舞台上でのあり方が問われるパートだなと。当時ベジャールさんは「では、4人がそれぞれの間を取りお互いを見ながらランダムに歩いてみて」という方法で、僕らがその場で言われたことを形にしていくこともあった。「アイデア」だけをもとに形に捉われることなく、その時その時で目線や動き場所などが微妙に変化する。それが踊っていくうちに結局は「形」という決まった流れになってくるのだけど、それをそのまま教えることが継承なのだろうか?

とくに最初のパ・ド・カトルは4人の関係性が難しい。そのステップだけ教えても何も見えてこないので、当時のベジャールさんがやっていたように今回の振りうつしを「振付」っぽくできないだろうか? 意図することを伝えダンサーたちを自由に動かしてみる! 実際『M』はそうして生まれたのだけど、やはり誰もベジャールさんになることはできないわけで、そのやり方には無理があると思われた。
別な絵画を描くわけにはいかないのだ……。

あとは分身である4人にはそれぞれの身体の癖があるので、ビデオを見ると同じステップのはずなのに微妙に違う(笑)。そういう時は「パ」の性質を考え、細かいことだけど「では掌は下に」とか、合意を求めるのでした(笑)。

今回「シ=死」を踊る池本祥真くんにソロを教えている

ソロパートを教えるのは、ある意味「楽」なのだけど、クラシックが染み付いている人には時にシンプルなジェスチャーが立体化しづらいことがある。バレエステップではないからこれは説明が難しいことなんだけど、ちょっとの角度の違いで一つの腕の動きやニュアンスが変化してしまうから、そうなるとなんとも格好がよろしくない(笑)。その格好を良くするのが自分の仕事なのだとベジャール節を得意とする自分は思ったわけです……ははは。

先日のトークイベントの質問で「ベジャール作品をやる前とクラシックをやる前ではレッスンの内容を変えたりしますか?」というのがあったんですけど、基本ベジャールさんの作品の基礎は「クラシック」なのでレッスン内容を変えることってないです。普通に「バレエ・レッスン」。ただ作品によって一つの動きに内面的な意味を持たせたり、動きのパというよりもその人の思考が立体化されるような目線の位置、身体の角度、存在の仕方……そんな細かい部分があったりします。

祥真君は勘がいいので、稽古を繰り返すぶんだけ変化してきています。彼がどんな「シ=死」を踊るのか楽しみです。

ベジャール節が得意……得意というか、ベジャールさんしか踊ってこなかった自分。
15年間一緒に。
そんなに長くいたらできて当たり前! とは、思っていない。簡単なことではなかったし、時間がかかったし、これだ! という正解もなかったと思う。
過去に踊ってきた実績も記憶とともに薄らいでいき、あと何十年かしたらこの地球から消えてしまうのだから……。

暗い(笑)。なぜだか分からないけど……何といいますか気持ちだけは若いつもりだけどじつはもう50歳を過ぎていて、今の若い子たちは自分の現役時代なんか知らないわけです。「小林十市さん、まだ何か動けるじゃん? ベジャール上手いじゃん!?」とか思われているかもです(笑)。
実際に今日あるダンサーに「今さらですけど、十市さんて上手ですよね」と言われて……そりゃー自分に振付けられた作品だし、伊達にベジャールさん踊って来てないしって思っちゃった(笑)。

まあ、この『M』の初演の時に生まれていないダンサーが半分以上いるってことですからね~、こっちも年取るわけです(苦笑)。

先月の連載で「今後、踊る機会を得た」とみなさんにお知らせしましたが、ベジャールさんだけ踊ってきた僕は「脱ベジャールさん」を目指します。1人の舞踊家として、50代になりもうベジャール作品も踊れないし、それでも舞台に立ちたい! では、今、何が自分にできるのか? その答えを見つけるチャンスをいただいたのでした。

そうだ、ベジャールさんは確か50歳の時に『我々のファウスト』を踊ったと言っていなかったかな?
今の自分に何か振付けてもらいたかったな、とか、たまに思います。

でも今この地球上のどこを探しても、もちろんスイスにもベルギーにもマルセイユにも、ベジャールさんはいないのです。亡くなって13年目とか信じられません!
それでも自分は進まなければいけないので、過去でなく今を生きるために、違う人の作品で踊らなければならないわけです。そういった意味での「脱ベジャールさん」。

まあ、そんなことを言ってみてもベジャール節が大好きな自分なので、今のそのままの自分からの一歩を踏み出すだけですね。

2020年8月15日 小林十市

★次回更新は2020年9月15日(火)の予定です

この記事を書いた人 このライターの記事一覧

元ベジャール・バレエ・ローザンヌ、Orange Ballet School 主宰、振付家、俳優。 10歳より小林紀子バレエシアターにてバレエを始める。17歳で渡米し、スクール・オブ・アメリカン・バレエに3年間留学。20歳でスイス・ローザンヌのベジャール・バレエ・ローザンヌに入団。以後、数々の作品で主役をはじめ主要な役を踊る。2003年に腰椎椎間板変性症のため退団。以後、世界各国のバレエ団でベジャール作品の指導を行うほか、日本バレエ協会、宝塚雪組などにも振付を行う。また舞台やテレビ、映画への出演も多数。 現在はフランスのオランジュにて Orange Ballet Schoolを主宰。

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