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【第22回】ウィーンのバレエピアニスト 〜滝澤志野の音楽日記〜ウィーン国立バレエ プリンシパル、木本全優さんにインタビューしました。

滝澤 志野

ウィーン国立バレエ専属ピアニストとして、バレエダンサーを音楽の力で支えている滝澤志野さん。
彼女は日々の稽古場で、どんな思いを込め、どんな音楽を奏でているのでしょうか。

“バレエピアニスト”というプロフェッショナルから見たヨーロッパのバレエやダンサーの“いま”について、志野さん自身の言葉で綴っていただく月1連載。
日記の最後には、志野さんがバレエ団で弾いている曲の中から“今月の1曲”を選び、バレエチャンネルをご覧のみなさんのためだけに演奏した動画も掲載します。

美しいピアノの音色とともに、ぜひお楽しみください。

ウィーン国立バレエ プリンシパル、木本全優さんにインタビュー!

ウィーン国立バレエのプリンシパルとして活躍する木本全優(きもと・まさゆう)さん。端正で美しく清らかな踊りでウィーンの観客を魅了し、団内ではみんなに尊敬され、憧れられる存在です。

そんな木本さんにインタビューする機会をいただきました。10年間のルグリ時代が終わったいま、彼と共に過ごした時間を振り返りながら、木本さんならではのお話が聞けたら……と。じつは昨年5月にこの連載が1周年を迎えた際、ウィーン国立バレエで踊っている日本人ダンサー(当時)にインタビューするという企画を行ったのですが、その時は木本さんのご都合がつかなくて、お話を伺うことが叶いませんでした。ですから、今回は満を持してのご登場です! フランスバレエとのご縁、ルグリ時代のこと、いま感じていること、これからのこと……彼のあたたかいお人柄にも触れられる素敵なお話をたっぷりお伺いしたので、どうぞお楽しみください。

木本全優さん

滝澤 バレエを始めたきっかけは?

木本 ふたつ年上の姉がバレエを習っていたので、3歳から僕も一緒にバレエ教室に通うことになりました。男子ひとりで恥ずかしくもあったけれど、続けていました。12歳の時に、経験として「こうべ全国舞踊コンクール」に出場しましたが、習っていた先生が基礎をみっちり教えてくれる方で、コンクール映えする大技は持っておらず入賞はしていません。でも、バレエがいちばん自分に向いているのではと思い、同学年の男子と切磋琢磨できる環境に身を置きたいと考え、留学を視野に入れるようになりました。

12歳の頃

滝澤 当時、憧れていたダンサーはいましたか?

木本 パリ・オペラ座バレエが好きで、マニュエル・ルグリ、ジョゼ・マルティネス、ウラジミール・マラーホフに憧れていました。

滝澤 彼らが大活躍していた時代ですよね。そしてウィーンで一緒に働いた方ばかりで感慨深いですね。フランスのバレエが好きでフランス留学を志したのですね。

木本 はい、パリ・オペラ座バレエ学校とカンヌ・ロゼラ・ハイタワーにビデオを送って、カンヌから入学許可がおり、中学を卒業してからフランスに渡りました。カンヌではすぐにジュニアカンパニーに入れられて、午前中クラスをして午後はリハーサルをして、いろんなところにツアーに行くという、いまと変わらない生活をしていました。

カンヌ留学時、野外ステージにて。隣(向かって左)は現在ウィーン国立バレエ プリンシパルの橋本清香さん

滝澤 留学して15歳でいきなりその生活は凄いですね!

木本 カンヌでは1時間半のクラシックバレエ・クラスと1時間半のコンテンポラリー・クラスが毎日ありました。それはそれでとても良い経験だったのですが、ジュニアカンパニーで踊るには、パ・ド・ドゥの経験もなくリフトすらできないので、もっときちんと学校で教わりたい、同年代の人たちと学びたいと思い、1年後、パリのコンセルヴァトワールに転校しました。パリではパ・ド・ドゥクラスもきちんとあり、両校で学べたことは結果的にとても良かったと思います。パリでは1年間生徒として授業を受け、もう1年はやはりジュニアカンパニーに入りました。

パリ・コンセルヴァトワール留学時

滝澤 3年間の留学生活のうち2年がジュニアカンパニーだなんて才能があり過ぎたんですね。そのあと、ドレスデン州立バレエ団に就職され、カンヌでご一緒だった、のちに奥様となる橋本清香さんと再会されたのですね。ドレスデン時代の思い出を教えてください。

木本 ドレスデンには18歳で就職し、2年間踊りました。監督と2人のバレエマスターがフォーサイス・カンパニー出身で、所属ダンサーたちのプロフェッショナルな踊りに圧倒されました。ドレスデンで代役として学ばせてもらったフォーサイスのレパートリーをのちのちウィーンでも数作品踊ることになったので、いい経験を積ませてもらったと思います。

滝澤 そして2年後、ウィーンに移籍。

木本 清香とふたり揃って活躍できるカンパニーを求めて、移籍することにしました。ウィーンではオーディション時の偶然も手伝ってふたりとも契約をもらい、新たな生活が始まりました。ここに入った時、小さなバレエ団でソリストになるより、大きなバレエ団の群舞で綺麗に踊ることが自分には向いていると思い、そのような道を歩むのだろうなと思っていました。

滝澤 えー! そんな風に感じていたのですね! 性格がでていますね(笑)。それからさらに2年後、マニュエル・ルグリがウィーン国立バレエの監督に就任しました。

木本 マニュエルが就任してわりとすぐ、3月にプレミアを迎えるヌレエフ版『ドン・キホーテ』公演のバジルにキャスティングしたと告げられました。あまりのことに驚き、ひと晩考えたのですが、これまで小さなソロすら踊ったことがない自分がバジルを踊るのは無理だと思い、翌朝、監督室に断りにいきました(笑)。そしたら、「自分が毎日きちんと教えるから大丈夫。踊れるようになる」と言ってもらい、踊ることになりました。

滝澤 ものすごい抜擢であり、転機でしたね! 抜擢されてあの役を踊るのはどんなに大変だったことでしょう。稽古中、葛藤はありませんでしたか。

木本 あまりにも大きな役だったので、自分ができないことが当たり前で、ゼロから経験を積ませてもらっているという気持ちでいたので、落ち込むということはあまりありませんでした。

滝澤 素晴らしい心持ちですね。私は不出来な自分にいつも落ち込んでいるので、見習いたいです……。

木本 のせられて稽古して、本番も意外とうまくいったと思っていたのですが、いまビデオを見返すとこんなにひどい出来でよくやらせてくれたなと(笑)。

ヌレエフ版『ドン・キホーテ』パリ公演 橋本清香さんと夫婦で主演 ©️Shino Takizawa

滝澤 成長したあとに振り返ると、そう思うものですよね(笑)。その次の年に初演を迎えたラコット版『ラ・シルフィード』の主役ジェームス役、しかもファーストキャストに、ラコット氏自身によってキャスティングされましたよね。それも凄いことでした。

木本 もともと、上手くなりたいという向上心はありましたが、トップにいきたいというわけではなく、主役を踊りたいという気持ちもあまりなかったので、与えられるもののすべてが自分には大役過ぎるなと思っていました。でも、マニュエルに引っ張りあげてもらい、ソリストになった時、知人に「地位が人を育てるということもあるから、自分が相応しくないと思っても、そこに見合うように頑張っていけば自然と成長できるんじゃないか」という言葉を言ってもらい、すっと気持ちが楽になりました。

滝澤 そうですね。評価は自分でするものではなく、周りが決めることなので、本来「自分にはできない」と悩む必要もないのかもしれませんね。ところで、怪我をされていた時期も長かったですよね。どんなお気持ちで過ごされていましたか。

木本 『ラ・シルフィード』の初演直前に疲労骨折をしてしまい、ジェームス役を踊ったのは初演からだいぶあとになりました。怪我をしていた時期が長かったのは、それはそれで残念でしたが、たとえば雨が降っていても、「ああ、雨が降っているんだな」と思う。「何で晴れないんだ」とか、そんな風には思わない。できないこと、どうしようもないことに腹を立てても仕方ないと、素直に受け止めるようにしています。怪我をしていた時は、ピラティスをしたり、体幹を鍛えたり、その時しかできないことに前向きに取り組むようにしていました。怪我をして戻ってきた時、体力や技術は落ちていますが、一からやり直す作業が好きなのです。日々ひとつずつできるようになるのを感じられますから。

滝澤 見習いたいことばかりで……。その誠実さや清らかさが本当に踊りに表れていますよね。私の知り合いが昔、全優さんの踊りをみて、「ものすごく大きな愛を持っている人で、それがオーラの大きさに繋がっている。舞台を支配している。凄いダンサーだ」と言っていたのが何年たっても忘れられません。

木本 そんな風に言っていただけるなんて、ありがとうございます。

『ラ・シルフィード』ジェームス役 ©️Wiener Staatsballett/ Michael Poehn

滝澤 ところで、バレエをやめようと思ったことなどはありませんか?

木本 怪我が長引いてずっと痛みもある状態で、これが続くのなら踊りをやめようと考えていました。6年くらい怪我と共にありましたから。

滝澤 そうですよね。復帰できて本当によかったです(涙)。3年ほど前から安定して大きな役を踊れるようになってきましたね。好きだった役、思い入れの強い役を教えてもらえますか。

木本 いちばんは、『オネーギン』のレンスキーです。作品も音楽も素晴らしいし、踊りもとてもいい。演技面で深く感情移入した思い出があります。第2幕の最後にレンスキーがオネーギンを叩くシーンがあるのですが、「思いっきりやっていいから」とオネーギン役のエノに言われ、あとからビデオで見たら、もの凄い音がするほどひっぱたいていました(笑)。

『オネーギン』レンスキー役  ©️Ashley Taylor

木本 じつはレンスキー役の前に『リーズの結婚』のアラン役を踊ったのですが、その役で大きな成長をさせてもらいました。本来僕はこの役が似合うようなキャラクターを持っていないと思うのですが、マニュエルに「この役で成長してもらいたい。殻を破ってほしい」と言われました。彼はチャレンジ枠を与えるよりも、その人に似合う相応しい役をキャスティングする監督だと思っていたので、驚きました。アラン役で演技面でも彼にたくさん指導してもらいました。演技が楽しいと思えるようになりました。

滝澤 それはいい経験でしたね。全優さんのアラン、人間味が深くて大好きでした。プリンシパルになられてあのアランが見られなくなったのが寂しいです。他の役はいかがですか。

木本 ルグリ振付『シルヴィア』のアミンタ、『ライモンダ』のジャン・ド・ブリエンヌなどが好きでした。これらはまた踊りたいですね。『ジゼル』のアルブレヒトも、ダンサー人生で長く踊り続けていきたい役です。

『シルヴィア』アミンタ役。橋本清香さんと ©︎Ashley Taylor

『ライモンダ』ジャン・ド・ブリエンヌ役 ©︎Ashley Taylor

滝澤 ヌレエフ版『白鳥の湖』王子デビューも素晴らしくて、どうしてこの役でプリンシパルにあげてくれないのと不満に思いました。その年の「ヌレエフ・ガラ」でハンス・ファン・マーネンの『ソロ』を踊り、プリンシパルに任命されましたね。私たちからすると待ちに待った任命でした。

木本 いえ、あの時は、まさか自分がプリンシパルに任命されるなんて思っておらず、本当に驚きました。

『白鳥の湖』王子役 ©︎Shino Takizawa

2017年「ヌレエフ・ガラ」終演後、マニュエル・ルグリ監督によってプリンシパルに任命された

滝澤 奥様の清香さんと踊る機会も多いですが、いかがですか。

木本 やはりいちばん踊りやすいですね。稽古中にたくさん言い合いもするけれど、それも良いことだと思います。僕はいろいろ言ってもらえるほうがやりやすいので。

滝澤 清香さんとの舞台は信頼感と安定感があり、お花が咲いたような清らかな華もあって大好きです。パリ公演での『ドン・キ』『シルヴィア』等クラシック作品はもちろん、『カクティ』『グラス・ピース』『モーツァルト・ア・ドゥ』など、モダンもおふたりのセンスが際立っていました。

『カクティ』©︎Shino Takizawa

滝澤 近年はトッププリンシパルになられて、これから若いダンサーと組んでリードしていく機会も増えそうですね。ルグリ監督は全優さんとエレナ・ボッタロを組ませていきたいとおっしゃっていました。『コッペリア』も『エメラルド』も素敵でした。

木本 踊りやすいパートナーであるよう、そしてリードもできるよう、自分も成長していきたいですね。

『コッペリア』エレナ・ボッタロと ©︎Shino Takizawa

滝澤 ルグリ監督と10年の時を一緒に過ごしてきましたが、振り返ってみていかがですか。

木本 尊敬と、育ててくれたことへの感謝の気持ちを強く感じています。ものすごく大変だったけど、ヌレエフ版、ラコット版、ルグリ版の作品が持つフレンチスタイルが自分には合っていたのでしょうか、とても幸運だったと思います。『ドニゼッティ・パ・ド・ドゥ』や『シルヴィア』のアミンタなど、これからも彼の振付は踊っていきたいです。公演では第1幕終了後にものすごい剣幕で怒られた経験も数回ありましたが、だからこそ次の幕では思いっきり力の限りを尽くして踊れました。

滝澤 マニュエルは監督として天性の才能を持っていて、熱情のままに怒っているようで、じつはその人にとっていちばん良いやり方で、最善に導いているのだと思います。私もいつ怒られても仕方ない状況が何度もありましたが、私には怒ったらダメなタイプだと見抜いていたと思います。私たちは幸せなルグリ・チルドレンです。10年間、直接マニュエルの指導を受けてきて、彼のどんなところがとくに素晴らしいと感じていますか。

木本 やっぱりいちばんは彼自身が背中で見せてくれていた、バレエに愛と情熱を捧げて努力を惜しまないところ。そして、パ・ド・ドゥのサポートは本当に神がかっていましたね!

『ジュエルズ』よりダイアモンド。オルガ・エシナと ©︎Shino Takizawa

滝澤 昨年9月から監督が代わり新体制になりましたが、いまはどのように感じていますか。

木本 コロナの影響で11月から公演中止で、マーティン・シュレプファー監督は彼が思っていることの3割も実現できていないのではと思いますが、シュレプファー監督はルグリ監督とはまた違うバレエへの情熱を持っている方で、作品も興味深く、きっと自分のダンサーとしての幅を広げてくれるのではないかと思っています。

滝澤 いま、キャリアの中でとても良い時期だと思いますが、これから踊ってみたいものはありますか。

木本 キリアンの『小さな死』、フォーサイスの『イン・ザ・ミドル・サムホワット・エレヴェイテッド』などぜひ踊ってみたいです。

滝澤 最後になりますが、誰かから言われて心に残っている言葉か、好きな言葉を教えてもらえますか。

木本 好きな言葉は「吾以外皆我師(われいがい みなわがし)」です。周りのすべての人に教わることがあるというこの言葉がとても好きです。

滝澤 本当に心が洗われます。私は全優さんの同僚になれて幸運なピアニストです。今日は素敵なお話をどうもありがとうございました。これからもますますのご活躍を、同僚としてファンの一人としてお祈りしています!

木本 ありがとうございました。

今月の1曲

ウィーン国立バレエでは2021年3月までの公演がすべて中止、予定されていた『ジゼル』も中止になってしまいました。全優さんもダンサー人生で踊り続けていきたいとおっしゃっていた『ジゼル』から、私がいちばん好きな曲、終曲、フィナーレをお届けします。12小節もバス(通奏低音)の音が変わらない静かで穏やかな音楽に、ジゼルの慈愛、赦し、永遠の愛、別れ、儚さ……いろんなものが詰まっていて心揺さぶられます。

2021年2月20日 滝澤志野

★次回更新は2021年3月20日(土)の予定です

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この記事を書いた人 このライターの記事一覧

大阪府出身。桐朋学園大学短期大学部ピアノ専攻卒業、同学部専攻科修了。2004年より新国立劇場バレエ団のピアニスト。2011年よりウィーン国立バレエ専属ピアニストに就任。 レッスンCD「Dramatic Music for Ballet Class」Vol.1、2をリリース(共に新書館)。国内のバレエショップを中心にベストセラーとなっている。

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